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009 ビジネスの拡大

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「アレン、これは何の施設なんだ?」

 銭湯を出るなり、外の連中が尋ねてきた。

「スキルを連携させて、山にある温泉を引っ張ってきたんだ」
「温泉を引っ張る? そんなことしてどうするんだ?」
「入るに決まっているだろ」

 そこから、俺はいかに風呂が素晴らしいかを説いた。
 連中はあまり理解してくれなかったが、切り札の一言で押し通す。

「ま、アレコレ云う前に試してくれよ。今回は特別に無料で利用させてあげるからさ。無料なら気に入らなくても損はしないだろ?」

 どこの世界でも人間は共通している。
 損をしないと説けば、わりとあっさり動くのだ。

「たしかに無料ならいいか」
「そうだな、利用してみよう」

 あとは我先にと銭湯に入っていくだけだ。
 皆が銭湯の中に消えた後、俺はポツリと呟いた。

「本当はずっと無料にしてやりたいんだがな」

 俺が銭湯を作ったのは、効率良く経験値を稼ぐ為だ。
 生産物を利用してもらうと、その度に経験値が発生する。
 だから、皆が風呂に入れば入るだけ、俺に経験値が入るのだ。

 オートベンダーで入場券を売るのもその為。
 それに、他の生産物とは違う特徴もあった。
 得られる経験値量が売上金に比例するのだ。
 ベンダーで金を稼げば、その分経験値も稼げるということ。

 今回の場合、入浴で得られる経験値はそれほど多くない。
 どちらかといえばオートベンダーのもたらす経験値が本命だ。

「うおおおおおおおお!」
「お風呂サイコォオオ!」
「気持ちいいぜえええ!」

 銭湯の中から歓喜の声が聞こえてくる。
 濡れたタオルで身体を拭いていた連中にとっては、まさに革命だろう。

「これは流行るな」

 確かな手応えを感じた。

 ◇

 銭湯の開設から数日。
 順調に客が増えていき、そして――。

「まずいな、これは……」

 困ったことが起きた。

「まさかここまで流行ってしまうとは」

 流行りすぎたのだ。
 思っていたよりも遙かに流行ってしまった。
 客が多すぎて浴槽内が見えないくらいの盛況ぶりだ。

「おい! 押すなって!」
「押したのはてめぇだろ!」
「なんだとおらぁ!」

 問題も頻繁に起きている。
 これでは客が嫌気をさすのも時間の問題だ。

「仕方ない、値上げするか」

 俺は値上げを断行した。
 100ゴールドだった入場料を500ゴールドに変更する。
 脅威の5倍価格だ。
 しかし――。

「なんでだ……」

 客足は衰えを見せなかった。
 実際には衰えているのかもしれない。
 しかし、それでもまだ足りなかった。

「かくなる上は!」

 更なる値上げを断行
 それでも客足が衰えないと、またしても値上げ。
 圧倒的値上げの繰り返しで、次第に客足が落ち着きをみせる。

「ここらが妥当な価格か」

 そうして行き着いた入場料は1万ゴールドだった。
 最初に設定した価格の100倍に相当する。
 さすがにこの金額ともなれば、浴場内が快適になった。

 しかし、今度は新たな問題が発生する。

「アレンの銭湯高すぎー!」
「もっと安くしてくれー!」

 多くの庶民から値下げ要求が始まったのだ。

「安くすれば混雑するし、高くすれば苦情が出る」

 対策を考える。
 最初は銭湯の数を増やそうかとも思った。
 だが、それは却下だ。

 数をやたらと増やすのは、ブランド価値の低下に繋がる。
 街に1店舗しかないくらいでちょうどいい。
 それに、オートポータルを追加で覚える必要もある。
 天然の温泉を引っ張る以上、オートポータルは……あっ!

「そうだ!」

 対策を閃いた。

「天然ではなく、人工の温泉施設を作ろう」

 解決策……それは、下位ブランドとなる格安銭湯の新設だ。
 これならば天然温泉と差別化出来る上に、追加のスキル習得もいらない。

 俺は直ちに取り組んだ。
 川に面した土地を購入し、スキルを使って建築を行う。
 見た目は天然温泉と同じようにして、給湯システムだけを変えた。

 新たなシステムはこうだ。

 まず、川の水を吸い上げて〈箱物製作〉で作ったタンクに貯水。
 そのタンクに冒険者用のアイテム〈浄化の石〉を大量に放り込む。
 汚れた水を浄化する石で、緊急時の飲料水調達に利用されている。

 綺麗になったタンクの水は、パイプを通って浴槽へ。
 浴槽は五右衛門風呂を真似て、下から火を焚いて暖める。
 問題なのは継続的に温度管理を行う人員だが――。

「頼むぞ、お前達」
「「「ゴブゥー!」」」

 そこはゴブリン共の力で解決した。
 RLOの独特な〈テイミング〉の仕様を利用したのだ。

 通常のMMOだと、ペットの数には上限がある。
 大体のゲームが2体ないしは4体までしかペットに出来ない。
 しかしRLOでは、条件を満たしていれば、好きなだけペットを増やせる。
 条件とは、ペットの合計レベルが自分のレベル以下であること。

 俺のレベルは72で、ゴブリンのレベルは1。
 つまり、俺は最大で72体のゴブリンを使役できる。
 人工温泉の施設を経営するにあたり、50体のゴブリンを追加した。
 ゴブ助を除く50体のゴブリンに温度管理を任せる。

「天然温泉の方がやっぱり良いけど、高いからこっちで辛抱ねー」
「だなー! 人工温泉もそれはそれで気持ちがいいぜー!」
「ゴブリンさん達が頑張ってくれているのも嬉しいわねー」

 人工温泉の方も受け入れられた。
 庶民は人工温泉、富豪は天然温泉で棲み分け完了だ。
 客達は笑顔になり、俺も笑顔になる。まさにwin-winだ。

「これが温泉かー!」
「遠路はるばる来た甲斐があったねー!」
「うーん、たまらん!」

 他の街から噂を聞きつけて来る客も増えた。
 温泉ビジネスは大成功だ。
 もはや寝ているだけで金と経験値が入る。
 しかし、まだ油断することは出来ない。

 RLO時代、俺は先駆けて温泉ビジネスを行い、成り上がった。
 しかし、すぐに同業者が現れ、最終的には温泉事業から手を引いた。

「次は同業者対策だな……」

 あの苦い経験を糧にした次なる一手を講じることにした。
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