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第019話 お師匠
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サラには訊いておきたいことがあった。
「サラさんって、非上場なんですよね?」
「うん。投資ギルドに行っても私の情報は得られない」
「じゃあ、俺がサラさんの株を売りたくなった時はどうすればいいですか? 現時点で【配当】が三億確定しているわけですから、【優待】を考慮すれば、三億以上の価格で売れることは必至なはず。即金目当てで売る……という選択肢も俺にはあるんですよ」
サラの株を売るという選択。
選択肢として存在はするけれど、選ぶことはない。
そんなことは分かっていても、訊いておく必要があった。
「やっぱりトウヤ君は面白いよ。ワクワクさせてくれる」
サラがクスクスと笑った。
俺とアリサは意味が分からずきょとん。
「資本提携相手の株式を相手に許可なく処分するというのは、マナー違反で失礼な行為になるのよね。『お前とは縁を切る』って宣言しているようなものだから」
それは俺も分かっていた。
だからこそ、資本提携の結びつきは強い。
「で、その行為が可能か不可能かでいえば可能よ」
やはり可能なのか。
売るという可能性、その選択が。
「トウヤ君の言ったとおり、今すぐにでも売りに走れば、【配当】と【優待】込みの評価になるから三億以上は望める。それだけのお金をポンッと出せるクラスの冒険者なら、私の【優待】で是が非でも利用したいサービスってのはいくつか存在するから、実際には【配当】がなかったとしても三億以上の価格で捌けるでしょうね」
これには驚いた。
まさか【配当】抜きでも三億超えの価値があるとは。
サラの吹かしという可能性もあるが、その線は皆無に近い薄さだろう。
ここで嘘を吹くくらいなら、提携前に吹いている。
「なるほど。安心してください……というのは変ですが、安心してください。訊いただけで、サラさんの株を売るつもりはありませんから」
サラが「分かっているわ」と笑う。
それから、「でもね」と続けた。
「何かしらの理由があって、私の株を売りたくなったとしようか。どうしても即金で多額のお金が必要になったとか……まぁ、理由はなんでもいいわ。それで、その場合はね、私に買い戻しをさせてほしい。その時の適正価格をきっちり支払うから。逆に、私がトウヤ君の株を処分したくなった時は、勝手に誰かへ売るようなことはせず、買い戻しをしてくれないかと提案するから」
資本提携を結んで終了ではない。
アフターサービスも丁寧なものだ。
「もちろんかまいませんけど、今サラさんが言ったように、即金でお金が必要になったという理由で買い戻しをしてもらったとしても、やっぱり関係は悪化するんじゃないですか? 今の時点では想像もできないけど、サラさんとの関係は良好のままで、株を処分したい……みたいな状況だってあるかもしれませんが」
サラは真剣な表情で返答する。
「提携を解除した時点で関係性が薄れることは否定できないね。でも、必ずしも処分したからといって仲違いするわけじゃないよ。まぁ、あまり深く考えないほうがいいんじゃないかしら。甘さや優しさが大きな損失を生むこともあるから」
甘さや優しさが大きな損失に……。
なんだか重みのある言葉だ。
経験則で語っているのだろうか。
「よく分かりました。一つ目の質問は以上です。悪気があったわけではないので、気を悪くしたのなら許してください。予防線や免罪符になりますが、自分は投資の初心者なもので」
「あはは、分かっているから気にしないでいいわ。むしろ、そういう質問をされたことを嬉しく思っているから」
「嬉しい? 何故ですか?」
「いざという場合のことにもきっちり考えが及んでいるからよ。投資家の大半がね、良い面ばかり見がちなの。失敗したときの手段を深く考えない人が多いのよ。中には『自分の買う株は絶対に正解だ』とありえない確信をしている人もいる。そういうのって、往々にして手痛い失敗をしてから学ぶものなの。でも、トウヤ君は既にリスクの面にも目を向けている。だから嬉しいのよ。私のした投資は間違いじゃないんだって思えてきてね」
そんなに深く考えたつもりはなかったが……。
なにはともあれ、褒められると気分がよいものだ。
俺は「ありがとうございます」と後頭部を掻きながら頭をペコリ。
「ふふ、それで、二つ目の質問は?」
「そうですね」
俺は「これは質問ではなくて頼みなんですが」と前置きする。
サラが「頼み? なんだろう?」と興味深そうな反応を示した。
何も言っていないが、アリサも目が好奇心に満ちている。
「俺とアリサに、戦闘のイロハを教えてくれませんか?」
「えっ、私が直々に教えるの?」
「はい」
「【優待】の一覧に戦闘指南があったのは見たよね?」
「見ました」
「それでも私に?」
「はい」
サラが驚いた様子で目をパチクリさせた。
それから表情を引き締め「それはどうして?」と訊いてくる。
「建前と本音、どちらを知りたいですか?」
笑いながら尋ねる。
サラも笑って、「じゃあ建前から」と言った。
「俺の勘ですが、一般的な資本提携って、もっと長い付き合いを伴ってするものだと思うんです。俺達みたいに少し話してすぐに一〇パーセントをほいっとはしないということです。資本提携するのであれば、多かれ少なかれリスクがあるわけですから、相手のことを熟知していることが望ましい」
これは資本提携について知ってすぐに思ったことだ。
まるで知らぬ相手と資本提携なんて、常識的に考えたら狂気の沙汰である。
「たしかにそうね。それは間違っていないわ。私だって、普段はもっとじっくりと相手を知ってから提案する。相手が私に提案してくるときもそれは同様よ」
サラの返事は予想通り。
だから俺は「ですよね」と相槌を打って話を進めた。
「俺達は特殊なわけです。ですから、資本提携した後ではありますが、もっとサラさんのことを知りたいと思ったんです。サラさんと俺達のランク差を考えると、普段の生活では気軽にほいほい会えるとは思えません。ですから、折角ですし都合が付きそうな今日、サラさんのことをもっと知ろうと考えました」
サラが「なるほど」と頷く。
「建前でなく本音と言われても納得出来る内容ね」
「完全な嘘っぱちというわけでもありませんから」
「ますます面白い。で、本音は?」
ニヤリと笑うサラ。
対する俺も、ニヤリとした。
「【優待】に乗っている戦闘指南の人より、サラさんの方が師匠に相応しいと思ったんですよ」
「それはつまり、私の方が強いってことでいいのかな?」
「そういうことです。違いますか?」
サラはAランクだ。
かなりの使い手であることは間違いない。
それこそまさしく俺の直感が、サラは強いと告げていた。
「当たりよ。私の方が【優待】の指南者より強いわ」
「やはり」
「でも、私は戦闘指南なんてしていないのよね」
「じゃあ、ダメですか……」
ガッカリ。
予想は当たっても、結果は外れたといったところ。
しかし、ここでまさかの展開がやってきた。
「ダメじゃないわ」
サラがそう言ったのだ。
驚く俺。ついでにアリサも。
「でも、明日からの三日間だけね。その間に基本的な戦闘技術と汎用スキルについて教えてあげる。あとは【優待】に載っている人やその他の人に指南を乞うなり、我流で強くなりしてね。それでもいい?」
「もちろん! でも、どうしてオーケーしてくれたんですか?」
「私がトウヤ君に投資したのは、投資家としての才能に将来性を感じたから。正直、冒険者としてはどうでもいいと思ったの。ゴブリンに勝てなくてもね。だけど、冒険者としても才能があるかもしれないと思えた。明日からの三日間では、冒険者としてのトウヤ君を査定したいわけ。もしも冒険者としての実力が想像以上なら、私の決断は尚更に良かったものだと思えるからね」
よく考えておられる。
俺は笑いながら「それは建前ですか?」と尋ねた。
サラは「ふふ」と笑った後、「さぁね」と流す。
「俺には建前か本音かを教えてくれないわけですか」
「そうよ。食えない女でしょ?」
「全くです。でも、資本提携は正解だったと確信できました」
「それはよかった。私にも早く確信させてね」
こうして、俺とアリサに三日限定の師匠が出来たのであった。
「サラさんって、非上場なんですよね?」
「うん。投資ギルドに行っても私の情報は得られない」
「じゃあ、俺がサラさんの株を売りたくなった時はどうすればいいですか? 現時点で【配当】が三億確定しているわけですから、【優待】を考慮すれば、三億以上の価格で売れることは必至なはず。即金目当てで売る……という選択肢も俺にはあるんですよ」
サラの株を売るという選択。
選択肢として存在はするけれど、選ぶことはない。
そんなことは分かっていても、訊いておく必要があった。
「やっぱりトウヤ君は面白いよ。ワクワクさせてくれる」
サラがクスクスと笑った。
俺とアリサは意味が分からずきょとん。
「資本提携相手の株式を相手に許可なく処分するというのは、マナー違反で失礼な行為になるのよね。『お前とは縁を切る』って宣言しているようなものだから」
それは俺も分かっていた。
だからこそ、資本提携の結びつきは強い。
「で、その行為が可能か不可能かでいえば可能よ」
やはり可能なのか。
売るという可能性、その選択が。
「トウヤ君の言ったとおり、今すぐにでも売りに走れば、【配当】と【優待】込みの評価になるから三億以上は望める。それだけのお金をポンッと出せるクラスの冒険者なら、私の【優待】で是が非でも利用したいサービスってのはいくつか存在するから、実際には【配当】がなかったとしても三億以上の価格で捌けるでしょうね」
これには驚いた。
まさか【配当】抜きでも三億超えの価値があるとは。
サラの吹かしという可能性もあるが、その線は皆無に近い薄さだろう。
ここで嘘を吹くくらいなら、提携前に吹いている。
「なるほど。安心してください……というのは変ですが、安心してください。訊いただけで、サラさんの株を売るつもりはありませんから」
サラが「分かっているわ」と笑う。
それから、「でもね」と続けた。
「何かしらの理由があって、私の株を売りたくなったとしようか。どうしても即金で多額のお金が必要になったとか……まぁ、理由はなんでもいいわ。それで、その場合はね、私に買い戻しをさせてほしい。その時の適正価格をきっちり支払うから。逆に、私がトウヤ君の株を処分したくなった時は、勝手に誰かへ売るようなことはせず、買い戻しをしてくれないかと提案するから」
資本提携を結んで終了ではない。
アフターサービスも丁寧なものだ。
「もちろんかまいませんけど、今サラさんが言ったように、即金でお金が必要になったという理由で買い戻しをしてもらったとしても、やっぱり関係は悪化するんじゃないですか? 今の時点では想像もできないけど、サラさんとの関係は良好のままで、株を処分したい……みたいな状況だってあるかもしれませんが」
サラは真剣な表情で返答する。
「提携を解除した時点で関係性が薄れることは否定できないね。でも、必ずしも処分したからといって仲違いするわけじゃないよ。まぁ、あまり深く考えないほうがいいんじゃないかしら。甘さや優しさが大きな損失を生むこともあるから」
甘さや優しさが大きな損失に……。
なんだか重みのある言葉だ。
経験則で語っているのだろうか。
「よく分かりました。一つ目の質問は以上です。悪気があったわけではないので、気を悪くしたのなら許してください。予防線や免罪符になりますが、自分は投資の初心者なもので」
「あはは、分かっているから気にしないでいいわ。むしろ、そういう質問をされたことを嬉しく思っているから」
「嬉しい? 何故ですか?」
「いざという場合のことにもきっちり考えが及んでいるからよ。投資家の大半がね、良い面ばかり見がちなの。失敗したときの手段を深く考えない人が多いのよ。中には『自分の買う株は絶対に正解だ』とありえない確信をしている人もいる。そういうのって、往々にして手痛い失敗をしてから学ぶものなの。でも、トウヤ君は既にリスクの面にも目を向けている。だから嬉しいのよ。私のした投資は間違いじゃないんだって思えてきてね」
そんなに深く考えたつもりはなかったが……。
なにはともあれ、褒められると気分がよいものだ。
俺は「ありがとうございます」と後頭部を掻きながら頭をペコリ。
「ふふ、それで、二つ目の質問は?」
「そうですね」
俺は「これは質問ではなくて頼みなんですが」と前置きする。
サラが「頼み? なんだろう?」と興味深そうな反応を示した。
何も言っていないが、アリサも目が好奇心に満ちている。
「俺とアリサに、戦闘のイロハを教えてくれませんか?」
「えっ、私が直々に教えるの?」
「はい」
「【優待】の一覧に戦闘指南があったのは見たよね?」
「見ました」
「それでも私に?」
「はい」
サラが驚いた様子で目をパチクリさせた。
それから表情を引き締め「それはどうして?」と訊いてくる。
「建前と本音、どちらを知りたいですか?」
笑いながら尋ねる。
サラも笑って、「じゃあ建前から」と言った。
「俺の勘ですが、一般的な資本提携って、もっと長い付き合いを伴ってするものだと思うんです。俺達みたいに少し話してすぐに一〇パーセントをほいっとはしないということです。資本提携するのであれば、多かれ少なかれリスクがあるわけですから、相手のことを熟知していることが望ましい」
これは資本提携について知ってすぐに思ったことだ。
まるで知らぬ相手と資本提携なんて、常識的に考えたら狂気の沙汰である。
「たしかにそうね。それは間違っていないわ。私だって、普段はもっとじっくりと相手を知ってから提案する。相手が私に提案してくるときもそれは同様よ」
サラの返事は予想通り。
だから俺は「ですよね」と相槌を打って話を進めた。
「俺達は特殊なわけです。ですから、資本提携した後ではありますが、もっとサラさんのことを知りたいと思ったんです。サラさんと俺達のランク差を考えると、普段の生活では気軽にほいほい会えるとは思えません。ですから、折角ですし都合が付きそうな今日、サラさんのことをもっと知ろうと考えました」
サラが「なるほど」と頷く。
「建前でなく本音と言われても納得出来る内容ね」
「完全な嘘っぱちというわけでもありませんから」
「ますます面白い。で、本音は?」
ニヤリと笑うサラ。
対する俺も、ニヤリとした。
「【優待】に乗っている戦闘指南の人より、サラさんの方が師匠に相応しいと思ったんですよ」
「それはつまり、私の方が強いってことでいいのかな?」
「そういうことです。違いますか?」
サラはAランクだ。
かなりの使い手であることは間違いない。
それこそまさしく俺の直感が、サラは強いと告げていた。
「当たりよ。私の方が【優待】の指南者より強いわ」
「やはり」
「でも、私は戦闘指南なんてしていないのよね」
「じゃあ、ダメですか……」
ガッカリ。
予想は当たっても、結果は外れたといったところ。
しかし、ここでまさかの展開がやってきた。
「ダメじゃないわ」
サラがそう言ったのだ。
驚く俺。ついでにアリサも。
「でも、明日からの三日間だけね。その間に基本的な戦闘技術と汎用スキルについて教えてあげる。あとは【優待】に載っている人やその他の人に指南を乞うなり、我流で強くなりしてね。それでもいい?」
「もちろん! でも、どうしてオーケーしてくれたんですか?」
「私がトウヤ君に投資したのは、投資家としての才能に将来性を感じたから。正直、冒険者としてはどうでもいいと思ったの。ゴブリンに勝てなくてもね。だけど、冒険者としても才能があるかもしれないと思えた。明日からの三日間では、冒険者としてのトウヤ君を査定したいわけ。もしも冒険者としての実力が想像以上なら、私の決断は尚更に良かったものだと思えるからね」
よく考えておられる。
俺は笑いながら「それは建前ですか?」と尋ねた。
サラは「ふふ」と笑った後、「さぁね」と流す。
「俺には建前か本音かを教えてくれないわけですか」
「そうよ。食えない女でしょ?」
「全くです。でも、資本提携は正解だったと確信できました」
「それはよかった。私にも早く確信させてね」
こうして、俺とアリサに三日限定の師匠が出来たのであった。
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