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第009話 チキンなクソザコ野郎

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 情けない。
 実に情けない。

 肩を揉め……だと……?

 誰がそんなことを望んだ。
 肩は凝っていないし、揉んでほしくもない。

 揉みたいのはむしろ俺。
 俺がアリサを揉みたいくらいだ。
 揉む箇所は肩か? いや違う。胸だ。
 革の鎧ごしでも、それなりの膨らみがある胸。
 揉めばさぞたまらないはず……!

 無限とも言える選択肢。
 ハッピーエンドは極めて容易な選択肢。
 その中で選んだまごう事なき悪手。

 命令からまだ一秒すら経っていない。
 その短すぎる間に、俺は果てしなく後悔していた。
 これまでの人生で抱いた後悔を合わせても足りない後悔。
 こんな調子では、この先も童貞を卒業することは出来ないな……。

「えー、肩揉み? 別にいいけど、強引に動かされてみたいからここは拒否しよっと! そんなわけでお断りしまっす!」

 俺の邪念に対し、アリサは無垢な笑みで答えた。
 ニヤリと笑い、あえて命令を断ってきたのだ。
 彼女が首を横に振った瞬間、俺のICが光った。

「おお?」

 カードを取りだして確認する。
 だが、その頃には光が消えていた。

「わわ、身体が……!」

 アリサが立ち上がり、近づいてくる。
 どうやら自分の意思に反して身体が動いているようだ。

「命令が強引に執行されていても、意思は残っているのか」
「そうみたい! えー、なにこれ! すごい気持ち悪い! 自分が自分じゃないみたい!」

 アリサは俺の後ろに回り、肩を揉み始めた。
 絶妙な力加減で、この上なく快適である。

「か、かか、肩以外の所も揉んでくれ……!」

 勇気を出して言う。
 これが俺の限界だった。
 これ以上はクソザコ童貞なので言えない。
 あとは彼女が俺のジュニアを揉めば……!

「いいよー! どこがいい? 腕にする!?」

 アリサが、自分の意思で俺の右腕を揉み始めた。
 クソッ! 本人が拒まないから、ICが反応しない。
 これでは、俺のジュニアが揉まれることなどありえない。

「それにしても、トウヤって紳士なんだねー」
「えっ? どういうこと?」
「私ねー、実は結構、不安だったんだー」
「ほう?」

 アリサのマッサージが右腕から左腕に移動する。
 なんだか右腕が軽くなったような気がした。

「いやらしい命令とかされちゃうんじゃないかなぁーってね」

 心臓の鼓動が激しくなる。

「べ、別に、トウヤがそんな命令しそうな人に見えたわけじゃないよ?」

 そんな命令をしたくてたまらない人です、俺。
 チキンなクソザコ童貞だから出来なかっただけなんです。

「だから、トウヤが肩を揉むよう命令してくれて嬉しかった! で、トウヤはすごく紳士だなーと思って!」

 アリサはマッサージを止め、俺の前に来た。
 それから「ありがと!」と微笑む。

 惚れた。
 端的に言って惚れた。
 童貞故に惚れやすいこともあって惚れた。
 アリサの「ありがと!」と微笑みのコンボにより、余裕の轟沈。

 やはりこの買収は正解だったと確信するのであった。

「もしも逆の立場で、アリサが買収した側だったとしたら、俺にどんな命令を出している?」

 アリサは右の人差し指を自分の顎に当て、「うーん」と悩む。
 悩んで、悩んで、ついにはその場でグルグル回り出した。
 そこまで悩んだ末に出した彼女の答え。
 それは、「私も肩揉みかも!」であった。

「い、いやらしい命令とか、しないの?」
「えー、そういうの期待しちゃう感じ!?」
「いや、言っただけだし、期待してないし」

 ニヤニヤして「本当かなぁ?」と言うアリサ。
 対して「本当だし!」と妙に必死な俺。
 傍からだと主従関係が逆に見えることは間違いない。

 我ながら男らしさの欠片もないと思った。
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