上 下
9 / 19

第009話 チキンなクソザコ野郎

しおりを挟む
 情けない。
 実に情けない。

 肩を揉め……だと……?

 誰がそんなことを望んだ。
 肩は凝っていないし、揉んでほしくもない。

 揉みたいのはむしろ俺。
 俺がアリサを揉みたいくらいだ。
 揉む箇所は肩か? いや違う。胸だ。
 革の鎧ごしでも、それなりの膨らみがある胸。
 揉めばさぞたまらないはず……!

 無限とも言える選択肢。
 ハッピーエンドは極めて容易な選択肢。
 その中で選んだまごう事なき悪手。

 命令からまだ一秒すら経っていない。
 その短すぎる間に、俺は果てしなく後悔していた。
 これまでの人生で抱いた後悔を合わせても足りない後悔。
 こんな調子では、この先も童貞を卒業することは出来ないな……。

「えー、肩揉み? 別にいいけど、強引に動かされてみたいからここは拒否しよっと! そんなわけでお断りしまっす!」

 俺の邪念に対し、アリサは無垢な笑みで答えた。
 ニヤリと笑い、あえて命令を断ってきたのだ。
 彼女が首を横に振った瞬間、俺のICが光った。

「おお?」

 カードを取りだして確認する。
 だが、その頃には光が消えていた。

「わわ、身体が……!」

 アリサが立ち上がり、近づいてくる。
 どうやら自分の意思に反して身体が動いているようだ。

「命令が強引に執行されていても、意思は残っているのか」
「そうみたい! えー、なにこれ! すごい気持ち悪い! 自分が自分じゃないみたい!」

 アリサは俺の後ろに回り、肩を揉み始めた。
 絶妙な力加減で、この上なく快適である。

「か、かか、肩以外の所も揉んでくれ……!」

 勇気を出して言う。
 これが俺の限界だった。
 これ以上はクソザコ童貞なので言えない。
 あとは彼女が俺のジュニアを揉めば……!

「いいよー! どこがいい? 腕にする!?」

 アリサが、自分の意思で俺の右腕を揉み始めた。
 クソッ! 本人が拒まないから、ICが反応しない。
 これでは、俺のジュニアが揉まれることなどありえない。

「それにしても、トウヤって紳士なんだねー」
「えっ? どういうこと?」
「私ねー、実は結構、不安だったんだー」
「ほう?」

 アリサのマッサージが右腕から左腕に移動する。
 なんだか右腕が軽くなったような気がした。

「いやらしい命令とかされちゃうんじゃないかなぁーってね」

 心臓の鼓動が激しくなる。

「べ、別に、トウヤがそんな命令しそうな人に見えたわけじゃないよ?」

 そんな命令をしたくてたまらない人です、俺。
 チキンなクソザコ童貞だから出来なかっただけなんです。

「だから、トウヤが肩を揉むよう命令してくれて嬉しかった! で、トウヤはすごく紳士だなーと思って!」

 アリサはマッサージを止め、俺の前に来た。
 それから「ありがと!」と微笑む。

 惚れた。
 端的に言って惚れた。
 童貞故に惚れやすいこともあって惚れた。
 アリサの「ありがと!」と微笑みのコンボにより、余裕の轟沈。

 やはりこの買収は正解だったと確信するのであった。

「もしも逆の立場で、アリサが買収した側だったとしたら、俺にどんな命令を出している?」

 アリサは右の人差し指を自分の顎に当て、「うーん」と悩む。
 悩んで、悩んで、ついにはその場でグルグル回り出した。
 そこまで悩んだ末に出した彼女の答え。
 それは、「私も肩揉みかも!」であった。

「い、いやらしい命令とか、しないの?」
「えー、そういうの期待しちゃう感じ!?」
「いや、言っただけだし、期待してないし」

 ニヤニヤして「本当かなぁ?」と言うアリサ。
 対して「本当だし!」と妙に必死な俺。
 傍からだと主従関係が逆に見えることは間違いない。

 我ながら男らしさの欠片もないと思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-

ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。 断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。 彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。 通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。 お惣菜お安いですよ?いかがです? 物語はまったり、のんびりと進みます。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

処理中です...