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014 ルリウスの特訓(前編)

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 しばらくして、身体に力が戻る。
 その頃、カレンはチュニックを着ようとしていた。

「待て、カレン」
「どうかされましたか?」
「こっちへ」

 カレンはチュニックを手に持ったまま近づいてくる。
 そして、俺の斜め前に腰を下ろした。
 その瞬間、俺はカレンの後頭部に手を回した。
 逃げられないよう、ガッシリと掴む。

「フ、フリード様!?」
「いいだろ?」
「もちろんかまいませんが――んっ」

 強引にカレンの顔をこちらに寄せた。
 唇と唇を重ねる愛情表現『接吻』を行う。
 濃密、濃厚、ねっとり、チュパチュパ。
 ゆっくりと、最後の最後まで堪能し尽す。

「よし満足した」
「もぉ、フリード様ったら……」

 カレンが笑いながら服を着る。
 その後、俺に服を着させてくれた。
 もちろん、ズボンも。

「それではお先に失礼します」
「おう、最高に楽しかったぜ」

 カレンが先に出て行く。
 少しして、俺もおもむろに小屋を出た。

「まだきついな」

 生まれたての小鹿みたいに、脚がガクガク震えている。
 一歩進むごとにバランスを崩しそうだ。
 むふふんの直後は、いつもこうなってしまう。

「おとーさん、おかえりなさいなの!」
「おかえりゴブ、フリード!」
「おう、ただいま」

 どうにか村の中心地に辿り着く。
 ネネイとゴブちゃんは、子犬と遊んでいた。
 子犬はゴブちゃんにもなついている。
 もはや、ひとかけらの恐怖心も残っていない。

「遅くなったな、朝食にしようか」
「もうお昼なの!」
「昼食ゴブー!」
「ははは、それもそうだな」

 二人の言う通り、朝とは呼べない時間になっていた。
 時計がないので不明確だが、およそ11時ってところだ。

「ユニィ、おいで」
「はい、フリード様」

 民家の陰で休んでいたユニィを呼ぶ。
 これで全員揃った。

「酒場に行こう」
「はいなの――ワンちゃん、またなの」
「バイバイゴブーッ!」
「ワゥン♪」

 子犬が離れていく。
 なんだか寂しそうに感じた。
 その背中を見送った後、酒場に移動。

「あ、冒険者様! 今お席をお出ししやす!」
「いやいや、自分でやるよ。外で食べさせてくれてありがとうね」
「こちらこそ! 村をお救い下さりありがとうございました!」

 酒場からテーブル席を一つ運び出す。
 砂利道の上にポンッと設置完了。
 その後、甘えん坊の二人を椅子に座らせた。
 二人は自分の力だと椅子に座れないのだ。
 背丈よりも椅子の方が高いから仕方ない。

「ご注文はいかがしやしょ?」
「俺はハンバーグで」
「ネネイはイカの串焼きなの!」
「私はニンジンでお願いします」
「ゴブもニンジンにするゴブーッ!」
「かしこまり!」

 マスターは注文を受け取ると、店内に消えていった。

「ゴブちゃん、今日は定食にしないんだな」
「ゴブッ! もうお箸は使いたくないゴブ!」
「あははなの、ゴブちゃんはお箸が苦手なの」
「ゴブは手で掴んで食べる方が好きゴブ!」

 昨日の朝食が相当堪えているらしい。
 まぁ、箸を使わない料理にするのは良い判断だ。
 一朝一夕でほいほい使えるようになるものでないからね。

「お待たせしやした!」
「イカさんなのー♪」

 注文した食事が届く。
 俺の前には熱々のハンバーグが置かれた。
 鉄板プレートの上でジュージュー鳴っている。
 鼻孔を突き抜ける香りは、益々の食欲を促した。

「いただきます!」

 実食!
 火傷しないようにふーふーして口に放り込む。
 安定した旨さで、問題なく頬がとろけた。

「イカさんイカさん美味しいなの♪」

 ネネイも幸せそうに食べていた。
 今日も変わらずイカの串焼きである。

「どうですか? ゴブちゃん様」
「美味しいゴブ! 甘いゴブーッ!」

 ゴブちゃんとユニィはニンジンだ。
 どちらもかなり大きなサイズ。
 ゴブちゃんは笑顔でニンジンを味わっていた。
 もちろん、手掴みで食べている。

「ユニィちゃん、あーんなの」
「ありがとうございます、ネネイ様」
「えへへなの♪」

 ネネイが、ユニィにニンジンを食べさせる。
 小さな両手でニンジンを持ち、優しく口の中に入れた。
 ユニィは額の角を、ネネイの膝の上ですりすりする。
 感謝の気持ちを表しているようだ。

「ふぅー、食った食った」
「お腹いっぱいなのー♪」
「ごちそうさまゴブッ!」
「ごちそうさまでした」

 しばらくして食事が終わった。
 俺はハンバーグを一人前。
 ネネイはイカの串焼きを30本。
 ゴブちゃんはニンジンを15本。
 ユニィはニンジンを10本食べた。
 いやぁ、どいつもこいつも遠慮がない。
 俺の財布が温まる日はなさそうだよ……。

「あの、冒険者様」

 余韻に浸っていると、知らない女が寄ってきた。
 褐色の肌と琥珀色の瞳が特徴的なポニーテールの女だ。
 パッと見て年上に感じたが、案外そうでもなさそう。
 よくよく見ると、顔つきは幼く感じた。
 俺より少し年下かな。

「どうした?」

 女の用件が何か予測する。
 本命は村の復興依頼で、大穴はむふふんのお誘いだ。
 一部の民家及び大半の畑は、酷い有様だからな。
 この瞬間も、村人が総出となって復興にあたっている。
 しかし、しばらくは戦闘の痕が残るだろう。

「えっと……」

 女がもじもじする。
 大穴の可能性が高まった。
 むふふんの誘いなのか?
 本日二度目のむふふん?
 悪くない、悪くないが……。

「私を強くしてください!」
「へっ?」

 なんてこった、勘違いだった。
 勝手に大穴とか思って馬鹿みたい!
 それよか――。

「強くしてくださいってどういうこと?」

 ネネイやゴブちゃんも首を傾げている。
 女は力強い眼差しで答えた。

「モンスターと戦えるようになりたいのです」
「モンスターとって、君は現地人だろ?」
「そうです」
「危険すぎるよ」

 現地人の戦闘力は往々にして低い。
 冒険者とはダメージの仕様が異なるのだ。
 同レベルのコボルトを倒すのでさえ、何度も殴らないといけない。
 一度や二度ではなく、数十回に及ぶ攻撃が必要だ。
 その上、敵からの攻撃は大ダメージを受ける。
 俺やゴブちゃんみたいに5ダメで済んだりはしない。
 多少の訓練で戦えるようになるとは思えなかった。

「分かっています! それでも、戦えるようになりたいです!」
「どうしてそこまで戦闘に拘るんだ?」
「もしまた今日みたいなことがあった時、次は我が家を守りたいからです」
「壊れた家の一つに君の家があるのか」
「はい」

 崩壊した民家の数は約10。
 その中に、この女の家があるらしい。

「守り切れなくてすまなかった」
「すみません、責めるつもりで言ったわけではないんです。冒険者様が必死に守って下さったことは、見ていたのでよく分かっております。ただ、私は自分でも少しは戦えるようになりたいんです!」

 すごい熱意だ。
 この様子なら、断っても勝手に訓練を始めるだろう。
 どう見ても「無理なら諦めます」って感じではない。
 無理なら別の手段を模索するタイプだ。
 仕方ない、付き合ってやるか。

「そこまで言うなら協力しよう」
「本当ですか? ありがとうございます!」
「ただし、コボルトに勝てる保証はないぞ」
「はい! それでもかまいません!」

 こうして、今日はこの女の手伝いをすることになった。
 モンスターに挑もうとする現地人の女か。
 俺には到底持ちえないガッツがあって尊敬しちゃうよ。
 心の底から凄いと思う。
 俺なら怖くて無理だもん。

「これからは互いに名前で呼び合おう」
「わかりました、フリード様!」
「俺の名前を知っているのか」
「はい! この村で知らない者などいませんよ!」

 俺は「そうか」と笑った。
 持ち上げられすぎだが、悪くない気分だ。
 ますます手伝おうという気が強まった。

「じゃあ、君の名前を教えてよ」
「ルリウス・ミラリウス。ルリとお呼びください」
「ルリだな、分かった。それにしても長い名前だ」
「よく言われます!」

 ルリが「あはは」と笑った。
 なかなか元気の良い女だ。
 話しているとこちらも元気になる。

「それではよろしくお願いします、フリード様!」
「おう、よろしく」

 こうして、ルリウスの特訓が始まった。
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