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007 ナラを発つ

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 目が覚めると――。

「ど、どこだ、ここは!?」

 知らない場所に居た。
 宿屋かと思いきや、宿屋ではなかったのだ。
 顔をぶんぶん左右に振り、周囲を確認する。
 その結果、ここがどこだか分かった。
 イリナの部屋だ。

「お目覚めですか? フリード様」

 木の扉が開き、イリナが入ってくる。
 俺は慌てて身体を起こした。
 その時、自分が裸であることに気づく。

「どうぞ」
「ありがとう」

 イリナから服を受け取り、サッと着る。
 必死に記憶を辿るが、いまだ事態を把握できていない。

「いったい、どうなっているんだ?」
「昨日、むふふんが終わると、フリード様はそのまま寝られまして……」

 少しずつ思い出してきた。
 そういえば、昨日は三人とむふふんを楽しんだのだ。
 いやぁ、どれも良かったなぁ。
 って、それどころじゃない!

「おとーさん!」

 イリナに続き、ネネイが入ってきた。
 案の定、ネネイはぷんぷんに激怒している。
 まずいよ、まずいぞ。

「ネネイをほったらかして寝たなの!」

 返す言葉もない。
 俺は「ごめんなさい」と頭をペコリ。
 しかし、ネネイの怒りは収まらない。

「ネネイはずっと待っていたなの! 扉が開いて、おとーさんが来たと思ったなの! でも違ったなの! 来たのはお姉ちゃん達だったの! おとーさんは寝ちゃったって言ったなの! ネネイは待っていたのに、おとーさんは寝たなの!」

 怒涛の捲し立て攻撃。
 言葉の一つ一つが胸に突き刺さる。
 やってしまった。完全なる失態だ。

「何度か起こさせては頂いたのですが……」

 イリナが申し訳なさそうに言う。

「起きなかったのか」
「はい」

 そうだろうな、とは思った。
 むふふんは相当な体力を消耗する。
 終わった後は動けなくなるほどだ。
 まさに腰砕けの状態。
 それが今回は三人分ときた。
 そりゃあ、昇天しちゃうよ。

「すまないことをした」
「本当なの! もう朝なの!」
「えっ、嘘だろ」
「本当です、フリード様」

 なんてこった、朝まで寝てしまったとは。
 てっきりまだ夜だと思っていた。
 慌ててベッドから這い出る。
 すぐさまネネイに駆け寄った。
 しゃがんで、目線をネネイに合わせる。

「ネネイ、どうすれば許してくれる?」

 縋るような目で尋ねた。
 自分では埋め合わせの方法を思いつかない。

「むむむぅーなの」

 ネネイはこちらを睨みながら答えを考えている。
 しばらくして、口を尖らせながら言った。

「イカさんなの」
「へっ?」
「イカの串焼きを買ってくれたら許すなの」
「え、それで許してくれるの?」
「そうなの」

 イカの串焼きなんて安いものだ。
 酒場に行けば500ゴールドで食える。
 貧乏な俺でも余裕で買える代物だ。

「それでいいなら、買わせていただくよ」
「なら許すなの♪」

 ネネイがニッコリと微笑んだ。
 ニィと白い歯を見せ、俺の頭を撫でてくる。
 その後、ポンポンと軽く二度叩いた。
 同じ轍を踏んだら駄目だよって警告だろう。
 気を付けないとね。

「すごいですね、ネネイさん」

 イリナが驚いている。
 ネネイが「ふぇぇ?」と首を傾げた。
 何が凄いのかわからない。
 だから、「何がすごいの?」と尋ねる。

「フリード様を尻に敷いているところです」
「あぁ、なるほど」

 現地人は、冒険者を「冒険者様」と崇める。
 年齢を問わず、ひれ伏す勢いで持ち上げるのだ。
 だから、俺とネネイの関係は異様である。
 ネネイも最初は、他の現地人と変わらなかったはず。
 いったい、いつから立場が逆転したのか……。

「とにかく、酒場で朝食を済ませて街を出よう」
「はいなの♪」

 立ち上がり、ネネイと手を繋ぐ。

「昨日はお世話になりました、フリード様」
「こちらこそ。イリナのむふふん、良かったぜ」
「まぁ、フリード様ったら……」
「また機会があったら頼むよ」
「はいな、こちらこそよろしくです♪」

 俺達は家を出るべく一階に降りた。

「おはようございます、フリード様」
「昨夜はぐっすり眠れましたか?」

 一階ではミレナとマキナが居た。
 二人はソファでくつろいでいたようだ。
 雑談でもしていたのかな。

「眠る気はなかったけど、寝ちゃったようだ」

 二人が「あはは」と口に手を当てて笑う。

「おでかけですか?」
「街を出ようと思ってね」

 昨日の今日だが、ナラを発つ。
 次の目標は、とりあえず近くの村だ。
 村はいくつかあるが、どこにするかは決めていない。

「そんなわけで、機会があればまたよろしくね」

 二人に挨拶を済ませ、家を出た。
 外に出たところで、まだ早朝なのだと気づく。
 露店が一つも開いていないのだ。
 酒場は開いているので問題ない。

「ここの店にするか」
「はいなの♪」

 街外れの酒場に入る。
 現地人が経営している店だ。
 立地と時間が悪い為、客はいない。
 静けさを好む俺には都合が良かった。

「らっしゃい! あっ、冒険者様!」
「どうも。ハンバーグとイカの串焼きをお願いしてもいいかな?」
「もちろんですとも! 少々お待ちを!」
「はいよ」

 俺とネネイは、奥のカウンター席に向かった。
 そこからだと、マスターの調理風景がよく見える。

「よいしょっと」

 椅子に腰を下ろす。
 足の高い丸椅子だ。
 背もたれがないのが悲しいところ。
 だが、まぁいい。

「むぅーなの」

 俺の横で、ネネイが不機嫌になっていた。
 椅子が高くて座れないらしい。
 背伸びしたり、ジャンプしたりしている。
 ――が、どうやっても座れそうにない。
 ふわふわの頬がゆっくりと膨らんでいく。
 やれやれ。

「ネネイ、バンザイ!」
「バンザイなのー!」

 ネネイが笑顔で両手を上げる。
 一瞬でこちらの意図を察したようだ。

 俺はネネイを持ち上げ、椅子に乗せた。
 ネネイの表情が上機嫌に染まっていく。
 膨らんでいた頬は、プシューッと萎んだ。

「ありがとーなの、おとーさん」
「どうってことない、気にするな」
「じゃあ気にしないなのー」
「そう言われると気にしてほしくなったよ」
「あははなの♪」

 楽しく談笑に耽る。
 その頃、マスターは調理に励んでいた。
 慣れた手つきでハンバーグを作っている。
 俺の大好物だ。

「へい、お待ち!」

 しばらくして、注文したメニューが届いた。
 俺はハンバーグ、ネネイはイカの串焼きだ。

「いただきます」
「いただきますなの」

 早速ハンバーグを食べる。
 箸で一口サイズにカットし、ゆっくりと口に運んだ。
 口の中でじゅわっと肉汁が広がる。
 熱々のふわふわで、味もしっかりしていてグッドォ!
 一方、ネネイはイカの串焼きを食べている。
 小さな両手でしっかりと串を持ち、パクパク。
 一口食べては「美味しいなの」と頬を緩ませていた。

「ネネイはイカの串焼きが好きなんだな」
「大好きなの! イカさんはすごく美味しいなの!」
「イカが好きなら、イカの刺身とかも食べたらどうだ?」
「イカさんは串焼きで食べるから美味しいなの!」

 少しきつめに言われた。
 妙なこだわりがあるらしい。

「ごちそうさま、美味かったぜ」
「ごちそーさまなの、おじちゃん!」
「へい!」

 あっという間に食事が終了した。
 食事になると、俺達の口数は急減する。
 たまに話すこともあるが、基本的には無言だ。
 もう少し楽しめばいいのに、と自分でも思う。
 だが、こればかりは仕方がない。
 食事中は静かに……と躾けられて育ったからね。

「ネネイは行きたい場所とかある?」

 通りを歩きながら尋ねる。
 ネネイは「うぅーなの」と考え込んだ。
 しばらくして、「ないなの!」と笑顔で答える。

「なら適当に進むか」
「ぶらり旅なのー♪」

 そうして、街の中心に到着した。
 大きな建物がドンッとあり、四方に道が伸びている。
 その道を辿ると、東西南北の門に辿り着く。

「どっちに行きたい? あっち以外で」

 あっちとは西側のことだ。
 その方向に進むと、来た道を戻ることになる。

「じゃあこっちなの!」

 ネネイが指したのは南だ。
 ミカンの美味しい和歌山県の方面。
 この世界のワカヤマにも、美味いミカンがあるのかな?

「オーケー、では南に出発だ」
「出発なのー♪」

 そんなわけで、俺達は南の道を進もうとした。
 その時、正面の大きな建物から数人の女が出てきた。
 首飾りではなく、腕章をしている。
 冒険者だ。

「なんだか悲しそうなの」
「ご奉仕をさせられたのだろう」

 女達の表情はどれもパッとしない。
 中には泣いている者もいる。
 身に纏う衣服は例外なく乱れていた。
 胸の辺りやスカートが派手に破れている。
 かなり乱暴な扱いをされたようだ。

「あそこまでされて残る意味が分からんな」

 足早に去っていく女達を見て呟く。
 世界は広いし、旅をすればいいのに。
 まぁ、他人事だ。
 俺が首を突っ込む案件でもない。

「魔の手が俺達まで及ぶ前に退散しよう」
「はいなの」

 俺達は南に向かって歩き出した。

 ◇

 ナラの南門に辿り着く。

「これ、お返ししますなの」
「丁寧にありがとうな、お嬢ちゃん」

 ネネイが首飾りを門番に返した。
 門番はニッコリとそれを受け取る。
 俺と同い年くらいの若い男だ。

「こちらこそ、ありがとうございましたなの」
「うへへ、嬢ちゃんは可愛いなぁ、うへへ」
「お兄さんはカッコイイなの!」
「ぐへへへへへへ、お、俺がカッコイイ……!」

 門番がニタニタと笑う。
 いやはや、気持ち悪い笑みだ。
 彼が新たな趣味に目覚める日も近い。

「いくぞ、ネネイ」
「はいなの♪」

 門番に会釈して街を出た。

「ゴブーッ!」
「こんにちは、フリード様」

 すぐさま召喚獣を呼ぶ。
 ゴブリンのゴブちゃんと、ユニコーンのユニィ。

「ユニィ、移動を頼めるか」
「わかりました、フリード様」

 俺達はユニィに跨った。
 位置は前回と同じだ。
 一番前がゴブちゃんで、次がネネイ。
 そして最後尾が俺である。
 ネネイが落ちないように配慮した形だ。

 ゴブちゃんが落ちるのは……別にかまわない。
 派手に落ちても怪我をすることはないからね。

「フリード、今ゴブのことを考えたゴブ?」
「いや、いやいや、そんなことはない」

 ゴブちゃんが謎の神通力を発揮する。
 驚きのあまり、心臓が一瞬だけ止まったよ。

「準備オーケー、ゆっくり進んでくれ」
「わかりました、行きます」

 ユニィが歩き始めた。
 指示通り、ゆっくりと静かな動きだ。
 これなら、たてがみを掴む必要もない。

「ユニィ、もっと速く駆け抜けるゴブ!」
「それはできません、ゴブちゃん様」
「どうしてゴブ!?」
「ゆっくり進むように命じられているからです」
「これならゴブの方が速いゴブ!」

 ゴブちゃんはもっと速く移動したいらしい。
 せっかちなワンパク坊主だ。
 それでも、俺はスピードを上げさせない。
 別に急いでいないからね。
 左右に広がる草原を楽しみたいんだ。

「おとーさん、ネネイは眠くなってきたなの」
「まだ動き出したばかりだぞ」
「でもおねむなの」

 そう言うと、ネネイは俺にもたれてきた。
 落ちないよう、俺はネネイの身体に左腕を回す。
 そうした頃には既に、ネネイは眠っていた。

「おいおい、馬上で寝る奴がおるか」

 よほど眠かったのだろう。
 なぜなのかは思い当たる節がある。
 俺がむふふんの後に寝ていたからだ。
 ネネイはきっと、起きるのを待っていたのだろう。
 宿屋に戻って、一緒に寝たかったはずだ。
 そう思うと、なんだか申し訳なくなった。

「むにゃむにゃぁ、なのぉ……」

 ネネイは幸せそうな笑みを浮かべている。
 起こさないよう、慎重に頭を撫でてやった。
 その後、ユニィに命令を出す。

「もっとゆっくりいいよ」
「わかりました、フリード様」
「ゴブ!? フリード、正気ゴブ!?」
「ネネイが寝ているからな。ゴブちゃんも静かにしろよ」
「むむむ、仕方ないゴブ。かくなる上はゴブも寝るゴブ」

 ゴブちゃんがこれまた意味不明な行動をとりだした。
 両腕をだらりと垂れさせ、ユニィの首に倒れ込んだのだ。
 そうやって上半身をユニィに寝かせている。
 バランスが取れるはずもない危険な体勢だ。
 そんな状態なので、当然ながら――。

「ゴブーンッ!」

 落馬した。
 するりと横に傾き、バタン。

「ユニィ、止まらなくていいぞ」
「わかりました、フリード様」
「まっ、待ってゴブーッ!」
「自力で戻るか、無理なら走るんだな」
「フリードは鬼ゴブ! 悪魔ゴブ!」

 ゴブちゃんがキャンキャン喚く。
 そんな声を笑い流し、ステータス画面を開いた。

【名前】フリード
【召喚士Lv】6
【木工師Lv】8
【鍛冶屋Lv】3
【裁縫師Lv】3
【調剤師Lv】4
【料理人Lv】3

 相変わらず低い。
 ぐうたらしているからだ。

 ベアリスの頃から、最強という言葉に縁がない。
 プレイ時間は一人前だが、だらだらしている時間が多かった。
 気が向いたら動くけど、気が向くことは滅多にない。
 そんなぐうたら生活を常としていた。

「召喚士メインで、あとは適当でいいか」

 ぶつぶつと一人で呟く。
 現時点だと、召喚士のレベルを最優先に上げると良さそうだ。
 10になるとバッシブスキル『消えない心』を習得するからね。
 効果は『職業を変えても召喚獣が消えなくなる』というもの。
 これがあれば、ゴブちゃんやユニィを召喚しっぱなしにできる。

「フリード様、村が見えてきました」

 ユニィが言う。
 その言葉を受け、俺は前方に目を向ける。
 村と畑が見えた。

 見た感じ、村の規模は大きめだ。
 ネネイと出会った村の二倍くらい。

 農民たちが精力的に活動している。
 鍬を使って畑を耕しているようだ。
 見るからに長閑のどかで、良い感じじゃないか。

「ネネイ、到着したぞ」
「ふぇぇぇ、いつの間にか寝ていたなの」
「はっはっは、少しは目が覚めたかい?」
「覚めたなの、ふわぁ」

 ネネイが大きなあくびをする。
 その後、ゴシゴシと目をこすった。

「おとーさん、村が見えるなの!」
「そうだ。今日はここでゆっくりしよう」
「分かったなの」

 住み心地が良ければ、ここに定住するのも悪くない。
 ナラで得た情報によれば、生産物を現地人に売れるからだ。
 相手方の買い取り額次第では、真剣に検討してもいい。
 街と違って、冒険者により支配されることもないだろうしな。

「さぁ、入るぞ」
「おーなの♪」
「ゴブーッ!」

 期待に胸を膨らませ、村に足を踏み入れた。

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