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015.最終試験

 ついに、アレン達は最終試験へと到着した。次の試験をクリアすれば合格、めでたく冒険者となる。
 四次試験でメンバーが半数になったとはいえ、受験者の数はいまだ四十名も居る。最終試験の通過者が例年十名前後であることを考えると、この数はまだまだ多いといえる。そのことは受験者達も自覚していた。だから、浮かれている者など誰もいない。

「四次試験、お疲れ様でした」

 黒服が試験通過者へ労いの言葉をかけるが、反応する者はいない。そんなことはいいから最終試験について話せ、というのが受験者の総意だ。

「四次試験が終わったばかりですが、これより最終試験を行わせていただきます」

 今度は、半数の受験者が何かしらの反応を見せた。

「今日中に行うとは予想外ね」メルもその一人だ。
「メルの予想が外れるって珍しいね!」とミオ。

 今日は四次試験だけで、最終試験は明日行われるとメルは見ていた。

「最終試験では、原則として、各PTから選出された一名が合格者となります。
 その一名が誰になるかを、制限時間内に決めることが試験内容です。
 メンバー間で話し合っていただき、四人全員が納得する方法で合格となる一名を選出してください。話し合いでも、殴り合いでも、多数決でも、全員がその方法に納得しているのであれば、いかなる方法でも問題ありません。
 もしも、選出方法に関して誰か一人でも納得していない場合、選出は無効となり、そのPTは四人全員が失格となりますのでご注意ください。また、選出方法に決まりはありませんが、他者への殺生は禁止行為となりますのでご注意ください」

 試験内容を聞き、アレン達は唖然としていた。

「仲間と争えっていうのかよ」
「ここにきてそんなのあんまりだよぅ」
「困ったわね」
「つらすぎでしょ!」

 表情を歪ませるアレン達をよそに、黒服は話を進めていく。

「制限時間は一時間です。制限時間内に一名が決まらなかった場合、そのPTは全員失格となりますのでご注意ください。それと、PT内で通過者が決まった際には、付近に居る我々までご報告ください。我々は皆様の動向をリアルタイムで監視している為、報告がなくても合否の判断はできるのですが、この最終試験では、報告を以って合否の判断をさせていただきます」

 説明を終えると、黒服は質問を受け付けることなく続けた。

「この試験では絆の深さを測らせていただきます。それでは始めてください」

 試験開始の合図と共に、試験場のあちこちにPTが散る。
 アレン達にとって、最も絶望的な最終試験が始まった。

 ◇

「ワシが貰うってことで良いか?」
「当然です、ボス!」
「異論はありません、ボス!」
「同じく異論はありません、ボス!」
「なら決定だな。ここまで協力してくれてありがとう」
「「「イエス、ボス!」」」

 ロッゾは視線を黒服へ向けた。

「見ての通りだ。これで問題ないか?」
「はい、問題ございません」

 黒服は右手をあげると、声高に宣言した。

「ロッゾ・ファミリア選手、最終試験合格です!」

 周囲がざわつく中、ロッゾはすまし顔でスーツを正す。
 四次試験同様、最終試験の合格もロッゾが一番乗りだ。試験開始から十秒足らずのことである。

 ◇

「これまでの功績的にいって、ここはNO3の俺っしょ? 異議ある?」
「仕方ないな、文句ねーよ」「俺もだ」「同じく」

 三人の承諾を得たところで、赤いトサカ頭の男が右手を挙げた。

「決まりっしょ! 試験官さん、見てたっしょ?」

 黒服は頷くと、試験通過者の名前を叫んだ。

「ジョージ・アモレッド選手、最終試験合格です!」
「ボスと俺でワンツーフィニッシュっしょ!」

 ファミリアファミリーのNO3『ジョージ・アモレッド』もまた、話し合いの末にあっさりと最終試験の合格を決めた。
 ジョージPTは誰もスーツを着ていない。その為、ジョージPTとロッゾPTの関係性に気付いている者は、山頂で対峙したミューソラスとそれを見ていた黒服以外にいなかった。

 ◇

「ネェ……ココまで、ダレのオカゲでコレタかワカッテルヨネ?」
「あ、あんたのおかげだよ」
「ソウダヨネ。ナラ、ワカッテルヨネ?」
「あ、ああ。俺は異論ねーよ、あんたの合格でさ」
「お、俺もだ」
「同じく。だから、試験が終わっても殺さないでくれよ」
「ウフフ……アリガトウネ。ナマエはシラナイけど、カンシャスルヨ」

 圧倒的恐怖の力で、ミューソラスが三番手を決めた。

 ◇

「俺はザックスで異論ないぜ」
「俺もさ」

 ザックスPTもまた、好調に話し合いが進んでいた。既にジーノとマークは賛成を示しており、争いも起きていない。だが、ザックスPTはこのあとが問題だった。
 ザックスPTで唯一目立つ存在、鎧の巨人『バッズ・ダライズ』が口を開かないからだ。正確には口を開いているが、その声はザックス達に届いていない。

 最終試験では、全員の合意をもって合格者を決める必要がある。
 しかし、バッズがうんともすんとも言わないのであれば、合意しているのかもわからない。頷かせることはできるが、それを黒服がイエスの返事と受け取るか保証もない。安全性を考慮すると、もっと確実な反応が必要である。
 バッズに明確な意思表示をさせること。それが、ザックスに与えられた試練であった。

「どーすっかなぁ」

 ザックスはバッズの兜を見て頭を抱える。自分達を監視している黒服に対し、全員が合意して自分を選んだと見せる為にはどうすればいいのか。数分考え込み、ザックスは閃いた。

「鎧君、俺の問いにイエスなら右手を挙げて、ノーなら左手を挙げてくれ」

 バッズはペコリと頷く。

「じゃあ、まずは確認だ。イエスの場合の手、つまり右手を挙げてくれ」

 バッズはスッと右手を挙げた。

「じゃあノーだった場合は?」

 今度は左手を挙げる。

「よしよし、意思の疎通はできているな。それじゃ次の質問に行くぜ。四次試験まで、俺達と一緒に過ごしてきてどうだった? 楽しかったら右手を、そうじゃないなら左手を挙げてくれ」

 バッズは迷うことなく右手を挙げた。

「それは良かった。俺達も楽しく過ごせたからウィンウィンだな。ってことで次の質問だ。試験の後も俺達と一緒に行動しないか? イエスなら右手な」

 バッズは少し悩んだのちに右手を挙げた。

「OKOK。じゃあ試験の後も一緒に行動しよう。それじゃ最後の質問だ。ジーノとマークはさっきの通り、最終試験の合格者が俺で異論はないと言っている。俺もそれでいいと思ってる。あとは鎧君の気持ち次第なんだが、リーダーである俺がこの試験を通過するということで問題ないかな?」

 バッズは悩むことなく右手を挙げた。

「よっしゃ決まりだ!」

 ザックスは黒服へ目を向ける。

「今の見てただろ? 鎧君の意見も俺達と同じだ。問題ないよな?」
「はい、問題ございません」

 ザックスは「しゃあ!」と大声で叫ぶと、バッズの背中に飛び乗った。バッズはザックスを上に移動させ、自身の肩車に乗せて立ち上がる。

「おめでとうございます、ザックスさん!」

 バッズは満面な笑みを浮かべ、ザックスに祝いの言葉を述べる。その表情は、フルフェイスの兜が邪魔で誰にも見えていない。しかし、その声はザックスへと届いていた。

「鎧君、今、俺の名を……」

 ザックスに自分の声が聞こえると思っていなかったバッズは、声が聞こえてしまったことに強く驚いて数秒固まった後、恥ずかしさのあまりに肩車をしている状態で暴れ出した。

「うわ、落ちるって鎧君! あぶねぇよ! 鎧君ッ!」

 ◇

 全てのPTが円滑に進むかといえばそうでもない。
 ムサシPTは、少し変わった揉め方をしていた。

「この中で誰か一人が通過するならムサシしかいねぇよ!」
「そうだ! 俺達がここまでこれたのはムサシのおかげなんだから!」
「俺、三次試験でムサシが仲間じゃなかったら死んでたんだ!」

 PTメンバーの三人がムサシの通過で意見を一致させているのに、当のムサシ本人がそれを拒んでいた。

「拙者はただ、必要なことをしただけでござる。そのことに恩義を感じられるのは間違いというものでござるよ。もう少し、皆が納得する決め方があるのではござらんか?」

 ムサシとしては、二次試験でカメレオンモンキーを引き受けたのも、三次試験でミューソラスと戦ったのも、自分の意思でしたことであり、そのことに感謝されるなど微塵も思っていなかった。それどころか、そうするのが当然、朝起きたら水で顔を洗うぐらいに当然のことだと思っていた。顔を洗うたび、水に感謝する人間などいない。

「それに、拙者だけ外様ではござらぬか。一次試験で拙者を混ぜてくださった皆様を差し置いて拙者が選出されるというのは、物事の道理から外れるというものでござるよ! そんなことはできないでござる!」

 ムサシ以外の三人は、冒険者試験より前からの付き合いで、ムサシだけが一次試験でPTに加わっている。一人で呆然と立ち尽くしていた自分を拾い上げてくれたことに対し、ムサシは恩義を感じていた。

「そんなことないさ。実際に試験を受けて分かったが、俺達三人には、三次試験どころか、二次試験を通過する程の実力さえなかった。そんな俺達が二次・三次・果てには四次と突破してここまでこれたのは、ひとえにムサシが居たからに他ならない。そう考えると、最終試験で通過するのはムサシ以外にありえない」

 PTリーダーが言うと、他のメンバーも同意した。

「この試験が終わったら、俺達三人はもう一度鍛えなおし、実力をつけてまた挑む。冒険者にはその時になるから、今回はムサシ、お前が冒険者になってくれ」
「リーダーの言う通りだ。ムサシ、頼む」
「ムサシ……!」

 ムサシの目から、たらたらと涙が流れ始めた。

「せ、拙者で、良いのでござるか……?」
「ああ、誰も異論なんてねぇさ」
「ほ、本当に良いのでござるか?」
「何度も言わせるなって! お前で決まりだ!」
「ありがとうでござる、ありがとうでござる……!」
「おうよ。冒険者試験合格、おめでとうな」

 仲間達に拍手され、ムサシは試験の通過を決めた。

 ◇

 十PT中五PTが円滑に決まる中、残りのPTは苦しんでいた。その中でも特に厳しい状況にあるのがランナーズだ。話し合いは平行線を辿り、進展の兆しを見せていない。

 アレン達は囲む形で地面に座っていた。

「どうするよ」とアレン。
「どうもこうもならないっしょ!」とユミィ。
「うぅ」とミオが唸り、メルは静かに考え込んでいた。

 皆で冒険者になって試験を通過しよう、そう決めた矢先にこれだ。

「選択肢は二つだね」

 十分ほど静かに考え込んでいたメルが口を開く。

「一つ目は、誰か一人を決めること。この場合、アレンかユミィが合格者になるわね。私とミオはもともと、どちらか片方しか合格できない状況になったら、合格した方は辞退することに決めていたから」

 メルは顔の前で右手の人差し指を立てて話した後、中指も立てた。

「二つ目は、全員で不合格の道を選ぶことね。試験内容は毎年変わるから、来年は今年と同じになることもない。だから、来年の試験で冒険者を目指すという考え。しかし、これにも仲間同士で争うリスクがある。例えば四次試験の個人戦版のような試験とかね。それで私達がぶつかる可能性もあるから」
「うーん、悩ましいな」とアレン。
「ていうか、決められないよね」とユミィ。

 刻一刻と、時間だけが無情にも過ぎていく。
 四人共、仲間と一緒だからいいのであって、自分だけが冒険者になりたいとは思っていなかった。それに、四人の実力であれば、来年以降でも冒険者に慣れる可能性が十分にある。ここまできたのは、運が良かったからではない。

「――選手、最終試験合格です!」

 アレン達が時間を浪費している間にも、新たな合格者が現れる。
 気が付けば、残り時間は十分を切っていた。
 アレン達の他には、三つのPTが決めかねている。それらのPTは、何かしらの条件をつけて一名を選出するために争っていた。実力が拮抗しているところは殴り合いを行い、そうじゃないところは別の手段で決めようとしている。まともに話し合いが進んでいないのは、アレン達だけであった。

「こうやって悩んでいても仕方ないわね」

 ふぅ、とメルが息を吐く。

「皆が思っていることを同時に言いましょうか。それで、全員が同じことを思っていたら、その通りに行動しましょ」
「わかったぁ……」「はいよ」「イエッサー!」

 メルは三人を見渡した後、「せーの」と合図した。

「「「「今年は諦めて、来年もう一度挑戦する」」」」

 アレン達は互いに見合わせると、声をあげて笑った。

「やっぱ、他にはないよな」
「だねぇ! 来年は合格できるよ!」とユミィ。
「うんうん! ランナーズは最強だよぅ」
「そうだね」

 メルは口元に笑みを浮かべた後、スッと立ち上がった。
 残り時間は十分を切っている。

「後悔は、ないんだね?」メルが最終確認をする。
 三人は迷うことなく頷いた。決まりだ。

 メルは黒服に向かって言う。

「話し合いの結果、私達は誰か一人を決めることは不可能だと判断しました。故に、この最終試験は辞退させていただきます」

 黒服は表情を変えず、「本当にいいのですか?」と尋ねる。

「私達は四人で一つのチームなんです。誰か一人でも抜けたら、このチームは成立しません。ですから、来年また、この四人で試験を受けようと思います」

 黒服は視線をアレン達へと移す。アレン達の表情は、メルと同じくすっきりとしたもので、後悔の色など微塵もない。

「まだ時間は残っていますよ。本当によろしいのですね?」

 黒服の最終確認に、四人は口を揃えて答えた。「はい!」

「そうですか。では、試験が終わるまでお待ちください」
「わかりました」

 黒服への報告を終えると、メルは再びその場へ座った。

 ――残り時間が過ぎていき、そして、タイムアップとなる。
 結局、他の三PTは時間内に話をまとめることができなかった。

「そこまで。これより、冒険者試験の合格者を発表いたします」

 試験場の中央で黒服が話し始める。

「俺達は関係ないんだから、もう帰らせてくれよな」

 ぼやくアレンに、ミオとユミィが同意する。
 メルは「あと少しなんだしいいじゃない」と大人の意見。

「合格した順に発表していきます。まずは、ロッゾ・ファミリア選手」

 ロッゾに対し、黒服と受験者から拍手が送られる。当のロッゾは、特に喜ぶこともなく、当然といった様子だ。 その後、ジョージ、ミューソラスと順に合格者が発表され、暖かい拍手が送られる。
 そして――。

「最後に、アレン・ラフィットをはじめ、そのPTメンバー全員を合格といたします」

 受験者達が一気にどよめく。アレン達も「どういうこと?」と困惑している。

「アレンPTは、話し合いの末に辞退を申し出ました。その理由として、自分たちは四人で一つのチームであり、誰か一人を選出することはできないということを述べています。この行為は、利害を超えた絆の深さを表したものであると判断し、例外的にPT全員の合格を決めさせていただきました」

 黒服の説明に対し、受験者の多くは納得しない。

「なんだよそれ。辞退したから全員合格っておかしいだろ! 絆っていうなら俺達だって負けてねぇよ」
「俺達もだ!」「そうだそうだ!」「不公平だぞ!」

 次々と不満が噴出する。
 これらの不満に対し、黒服は淡々と答えた。

「不公平でもなければ、何の問題もありません。
 最初に試験内容を説明した際、原則として各PTから選出された一人が合格者と言いいましたが、これは原則にしか過ぎません。原則なのだから、当然、例外も存在します。そして、例外である全員合格へのヒントとして、絆の深さを測らせていただくということも述べています。
 試験内容が誰か一人を選出するものなのに、絆の深さを測るというのは、常識的に考えておかしいことです。そこを考慮すれば、この例外に気づくことは決して不可能だとはいいきれません。
 そして、仮にここまで思い至ったとして、全員で辞退するという道を選択できたでしょうか? 例外なんてものは存在しない、あるいは、存在としても違う内容かもしれない。その中で、ここまで進んできた試験を辞退することができましたか?」

 黒服の言葉に、不満を爆発させていた受験者が黙る。

「絆といっても形は色々あります。例えばロッゾPTのように、ロッゾ選手の為であれば自己を犠牲にすることも厭わない、そんなメンバーとロッゾ選手の関係も一種の絆といえます。
 ですが、我々の理想とする絆はそうではありません。誰か一人しか生き残れないという苦境に陥った時、全力で誰か一人を生かすのではなく、四人全員が同じ道を選択する、そんな関係を理想としています
 今回の試験において、我々の理想とする絆を証明できたのはアレンPTだけになります。ですので、この例外合格は妥当と判断します」

 加熱していた受験者達が、急激にクールダウンしていく。もはや、不満をいう者は誰もいなかった。
 一方、合格の決まったアレン達は驚愕していた。

「皆、例外合格とか知ってた?」とアレン。
「いんやぁ」とユミィが首を横に振る。
「知らないよぅ! メルは?」
「例外があるとは思ったけど、その条件がコレだとは知らなかったわ」

 例外合格の条件に引っかかったのは、完全な偶然だったのだ。だから、例外合格に対して、誰よりもアレン達が驚いていた。

「アレンPTの例外的な合格に関しまして、一切の苦情を受け付けません」

 黒服がピシャリと言い放つ。

「それでは、ロッゾ選手ほか、先程発表した十名を冒険者試験の合格者とし、今年のバージュにおける冒険者試験を終了させていただきます。合格者の方以外は、速やかに退場してくださりますようお願い申し上げます。お疲れ様でした」

 黒服の言葉に従い、不合格となった受験者が足早に去っていく。ランナーズの合格に対して、いまだ納得しきっていない者は多くいるが、文句を言う人間はいない。文句を言ったところで、自分達が合格できるわけではないからだ。強さに差異はあれど、最終試験まで残れるだけの人間なので、その点は現実的である。

 去りゆく受験者をの背中を眺めながら、アレンは呟いた。

「こんなどんでん返しがあるとはな」
「ま、ラッキーってことで万事オッケーでしょ♪」

 ユミィの言葉に、アレン達三人は笑顔で頷く。
 実感の有無は別として、アレン達は合格したのだ。

 ――冒険者となったランナーズの物語が、ついに幕を開けた。
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