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005

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005.一次試験【鑑識眼と社交性】

 続々とパーティーが出来上がっていく中、アレンは一人、どうにかしなければと焦っていた。試しに、適当な人間に声をかけてみる。

「あの、よかったら俺とパーティーを――」
「お前まだガキじゃねぇか。ガキとはさすがに組まねぇよ」
「悪いけどお子様はなぁ……遊びじゃねぇんだ、すまんな」
「もう四人集まってんだ、わりぃな」

 結果は惨敗。アレンはことごとく断られた。
 断られる主な理由は「子供だから」である。
 多くの人間は、アレンのように一目見て他人の強さを見抜いたりはできない。それらの人間が他人を評価するための判断材料は、見た目が強そうかどうかだ。その点でいえば、十五歳の少年であるアレンは、分が悪いことこの上なかった。

「こりゃ、今年はダメだな」

 十回程断られたところで、アレンは諦めた。慌ただしく動き回る人混みから離れると、黒服の横で大の字になって寝ころぶ。

「どうしたアレン・ラフィット。試験はまだ終わっていないぞ」

 黒服がアレンに尋ねる。
 自分の名前を黒服が知っていることに驚きながらも、アレンはすまし顔で答えた。

「俺の能力じゃこの試験を突破できそうになくてね。終了時間までここで寝ておくことにするよ」
 黒服は「そうか」と短く答えると、視線をアレンから他の受験者へ移した。

「これじゃあ、レイノルズさんにあわせる顔がねぇな」

 雲一つない透き通った青空を眺めながら、アレンがため息をつく。
 そんなアレンに、ある受験者が近づいてきた。

「ねぇ、キミ!」

 自分に向かって発せられている声だとは思わず、アレンは無反応で空を眺め続ける。そこへ、声の主が覗き込み、アレンの視線を遮る。

「キミってば!」

 アレンをキミ呼ばわりしていたのは、試験開始前にアレンが見ていた二人組の女の一人だ。正確には、ピンクのロングヘアをした女である。女はクリッとした目でアレンを眺めている。身に纏う真紅の鎧が陽光を反射し、女の顔をわずかに赤く照らしていた。

「ん? どうかしたの?」とアレン。
「キミ、今一人だよね。良かったら、私達のパーティーに参加しない?」

 女の言葉に、アレンがピクッと反応する。
 あれだけ声をかけて回っても断られ続けていたというのに、諦めた途端、誘いの声がかかった。しかも相手は、アレンが強いと推測する女である。なんたる僥倖だ。アレンは光の速さで身体を起こした。

「わわっ! ちょっとー、いきなりガガッと動かれたら驚くよぅ!」
「悪いね、思わぬ誘いでつい」
「よし、許そう!」

 女は笑みを浮かべ、アレンに手をさし伸ばす。
 その手を掴み、アレンは立ち上がる。

「私の名前はミオ。ミオ・ノワール! キミの名前は?」
「俺はアレン・ラフィットだよ」
「そっか、よろしくね、アレン!」
「ああ、よろしく」

 ミオに誘われる形で、アレンはパーティーへ参加することになった。
 立ち上がったアレンが、身体に付着する砂を手で払い落としていると、別の女が近づいてきた。ミオの相方であるベージュのショートヘアをした女だ。

「その様子だと、承諾してもらえたようね」

 女の言葉に、ミオが「うん!」と嬉しそうに頷く。

「メル、彼の名前はアレンだよ。アレン、彼女はメル!」

 アレンとメルの間に立ち、ミオがそれぞれを紹介する。

「アレン・ラフィットです。よろしく」
「メル・ラトゥールよ。こちらこそよろしくね」

 メルがアレンに向かって手を伸ばし、握手を促す。
 アレンはその手に応じ、メルと握手をする。

「アレン、出身はどこなの? かなり強いみたいだけど」とメル。
「リック島です」
「なるほど。あの森で生活していたわけね」
「はい」

 短いやり取りの中で、アレンは二つの驚きを感じた。
 一つは、メルが自分の強さを見抜いたことだ。戦闘を見ないで相手の強さを判断することは、並大抵の人間にはできない。力量を見抜けるというだけで、それなりの強さは保証されているようなものだ。やはり自分の目は間違っていなかった、とアレンは満足する。
 もう一つは、リック島及び名も無き森を知っていたことだ。何か特徴的なものがあるわけでもない西端の孤島『リック島』の存在を知っている者はかなり少ない。そこに孤島があるということを知っていても、島の名前や森の危険さを熟知している者はまずいない。それだけに、メルがリック島と森のことを知っていることは、アレンにとって衝撃的だった。

「そんなにかしこまった話し方をしなくていいよ。同じパーティーなんだから、年齢は気にしないでいきましょ」
「うんうん、そのとーり!」とミオが続く。
「わかったよ、ありがとうね」

 タイミングを見計らって慣れない言葉遣いをやめたいと考えていたアレンにとって、願ったり叶ったりの提案だった。フランクな言葉遣いでいけるのであれば、アレンとしても過ごしやすい。

 人生の大半を独りで戦い続けてきたアレンにとって、これが初めてのパーティーである。
 アレンの人生で誰かと共に戦った経験というのは、レイノルズに狩りを教わっていた頃しかない。その時でさえ、金魚の糞みたくレイノルズの後ろを歩いていただけで、協力して戦っていたわけではなかった。
 協力して試験を乗り越えていく自分の姿を想像し、アレンは密かに胸を躍らせた。

「まだ終わってないよ。あと一人、見つける必要があるんだから」

 そんなアレンを、メルの言葉が現実へと引き戻す。
 一次試験では四人一組のパーティーを組む必要があるのに、アレン達はまだ三人なのだ。残り一人を見つけなければ、失格となる。

「良さげなのは粗方決まっているわね」とメル。

 周りを見渡した後、アレンは「だな」と同意する。
 一次試験が始まってから三十分が経過しており、既にある程度のパーティーが完成していた。アレンの目に見ても、強そうな人間はどこかしらのパーティーに所属している。いまだ一人でうろついている人間もいるにはいるが、見るからに弱そうな人間ばかりであった。

「さて、どーしましょ!」

 まるで緊張感のない調子でミオが言う。それに対し、メルは苦笑いを浮かべた。

「たまにはあなたも考えなさいよ、ミオ」
「えーやだよぅ! 考えるのはメルの役目だもん!」
「はぁ……」

 メルが大きなため息をつく。

「一応、手がないわけじゃないんだけど、揉め事になるからできれば避けたいんだよねぇ」とメル。
「え、どんな作戦?」とアレン。
「揉め事になるならパスー!」とミオ。

 メルは視線をアレンに移し、淡々と答えた。

「引き抜きよ。弱そうなパーティーに居る強そうな人の所にいって、こちらの実力を見せて私達の方へ来てくれって交渉するの。誘われた方としては、より良いパーティーへ入りたいだろうから、十中八九承諾するとは思うんだよね」

 メルの言葉に、アレンは目を見開いた。

「それ、名案じゃん! 早速それで誰か引き抜こうぜ」
「ダメだよー! 相手のパーティーの人が怒っちゃうよぅ」とミオ。
「そんなの俺達に関係なくない? このままじゃ失格なわけだし」
「でも喧嘩は駄目だよぅ!」

 ミオがぷくぅっと頬を膨らませる。
 なんで他人のことを気にするのだろう、とアレンは不思議に思っていた。

「私もね、ミオと同じで引き抜きには否定的な考えなんだよね。最終手段として引き抜きがあるよって話なだけで、出来れば避けたいと思ってるの。まあ、私の場合、ミオとは違う理由なんだけどね。他人がどう思おうが関係ないって考えている点では、アレンと同じなわけだし」
「じゃあなんで否定的なの?」とアレンが尋ねる。
「パーティーっていうのはね、信頼関係が大事なのよ。でも、良い条件が提示された途端に飛びつくような人間が仲間だと、信頼関係なんて構築できないでしょ? だからね、引き抜きに応じるような人とは組みたくないわけ」
「なるほど、そういう考え方もあるわけか」

 メルの意見に、アレンは納得した。
 背中を任せられない人間とは組みたくないという意見は一理あるな、と。

「でもさ、俺だって、メル達からしたら信頼できる人間か分からないだろ? もっと良い条件が出たらそっちに飛びつくかもしれないよ」

 アレンの言葉に、「そうかもね」とメルが笑う。その後、真剣な表情で答えた。

「でもね、それならそれでかまわないのよ。もしそうなったら、あなたを選んだ私達の目が節穴だったってことで満足できるから。だけど、最初から信頼できない人間を誘う気にはなれないの」

 メルは視線をアレンからそらし、周囲を窺う。

「雑談はこの辺にしておいて、残っている人の中から良さそうな人間を探すわよ」

 ミオとアレンは頷き、周囲に目をやった。だが、何度見渡しても、良さそうな人間は見当たらない。アレンの判断基準はひとえに強さだが、及第点と思える人間は既にどこかしらのパーティーへ参加して余っていない。
 このままだと最後の一人は見つからないかもな、とアレンの心が再び諦めへ傾き始める。
 そこへ、メルが声をあげた。

「お、良さそうなの発見」
「どこどこ!?」とミオ。
「どこだ?」とアレン。
「あそこよ」

 メルが指をさした方向には、一つのパーティーがあった。女が一人に男が四人だ。
 女はアレンと同い年くらいで、紺色のショートボブに紺色のローブと、全体的に紺色のシルエットである。右手には、先端がコウモリの形をした杖を持っている。
 男達は四人共二十代前半といったところか。

「もうパーティーが完成しているみたいだけど」と言うアレンに、「人数がオーバーしているでしょ? それに、揉めてるみたいよ」とメルが答える。

 アレンが遠目に見ても分かる程、そのパーティーは揉めていた。
 苦笑いを浮かべる四人の男達に対し、女は激怒している。地面をガンガン踏みつけ、おそらく一五〇センチメートルもない小さな身体を必死に伸ばしながら、何かしらを捲し立てている。離れているので、話している内容までは分からない。

「あの女の子、おそらくパーティーからこぼれるね。拾いに行きましょう」とメル。
「わーい、女の子だぁ! やったぁー!」ミオが両手を挙げて喜ぶ。
「なんであの女がこぼれるんだ? あの中だと、あいつが一番強いだろ」アレンは首を傾げた。

 アレンの見立てでは、怒っている女がずば抜けて強い。強さでいえば、自分やメル達にも引けを取らないレベルだ。それに、他の男達はどう見てもザコだ。おそらくは、四人で束になってかかっても、女には勝てないだろう。
 だから、アレンにはメルの言葉が理解できなかった。

 アレンの言葉に、ミオが目を見開いて驚き、メルは口元に笑みを浮かべた。

「あなたが他のパーティーに断られ続けたのと同じ理由よ。見る目のない人間にとっては見た目が全てなの。あなたやあそこで喚いている女の子は、子供だから弱いって判断されるのよ。実際の強さは別にしてね」
「なるほど。っていうか、俺が断られているのを見ていたのか」
「まぁね」

 アレンの質問に答えると、メルは五人組に向かって歩き始めた。その後ろを、アレンとミオが続く。
 五人組へ近づくにつれて、アレン達にも話し声がはっきりと聞こえてきた。

「だから何度も言ってるでしょ! なんで私が抜けなきゃいけないのよ! それからしておかしいじゃない! 四人で組んだ時点で終わりでしょ!? なんで後からもう一人入れるわけ!?」

 女の怒声により、アレンは事情を把握する。
 女を含めた四人でパーティーを組んだ後、誰かが五人目をスカウトしたのだ。そして、五人目が見つかった途端、女に抜けろと迫ったのである。そのことに女が怒り、捲し立てている。

「まぁまぁユミィ。今回は縁がなかったってことでさ」男の一人が答える。
「縁はあったでしょ!? それを潰したのがあんたなんじゃない! 抜けるならあんたが抜けなさいよ!」
「は、なんで俺が抜けなきゃいけねぇんだよ」
「ほらみなさい、自分が同じように言われたら怒るでしょ! あんたは自分が嫌がることを人にしているんだよ!」
「はいはい、お前の言う通り俺はクズだよ。でも抜けるのはお前だ、ユミィ。これは多数決で決まったことだぞ」

 収拾の気配を見せない言い合いに、アレン達が乱入する。

「ちょっといい? あなた達の話が聞こえてきたんだけど」

 切り出したのはメルだ。

「な、なんだよ?」男が怪訝そうに答える。

「そちらの女の子、パーティーからこぼれるんでしょ?」
「そうだよ」と男が答える。
「違う! 私は抜けない!」とユミィは声を荒げて否定する。

 再び言い合いになりかねない二人を落ち着かせた後、メルが続ける。

「あなた達が問題ないなら、そちらの女の子を私のパーティーに入れたいんだけど、どうかしら? あなた達は四人で組めて万々歳だし、私達も四人になって試験を突破できるの。win-winだと思うのだけど」

 ユミィは何も答えずにメルを睨む。
 一方、男の方は「そいつは助かるぜ。連れて行ってくれ!」と快諾した。

「話は解決ね。それじゃ、行きましょうか」

 ユミィに向かってメルが言う。

「まだ終わってない!」

 ユミィは首を横に振ると、男に向かって言った。

「謝れ! 私に対する失礼な態度を謝れ!」
「……悪かったよ」

 少し沈黙を作った後に、男は申し訳なさそうな表情で謝る。
 その表情が作り物で、本当は申し訳ないなんて欠片も思っていないことを、アレンとメルは見抜いていた。しかし、二人ともそのことを指摘しない。既に残り時間が五分を切っていることもあり、これ以上余計ないざこざは避けたいと考えていたからだ。それに、指摘したところで何も良いことがないのは分かり切っていた。

「なら許す!」

 ユミィはくるりと身体を翻し、アレン達を見た。

「よろしくね、三人共。私の名前はユミィ・ブリオンだよ」

 ユミィに続き、アレン達も自己紹介をする。
 全員が名乗り終えたところで、試験官である黒服が右手を上げた。

「そこまで! 時間になりましたので、一次試験を終了します」

 こうして、アレンのパーティーが完成した。
 絶望に思われた一次試験を、アレンは無事に突破したのだ。
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