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003
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003.冒険者試験の申し込み
海賊との戦いから二時間ほどして、アレンは港町『ザッカリー』へ到着した。
「でっけぇ……」
船を降りたアレンが、最初に抱いた感想だ。
ザッカリーは、首都に次いで大きな町であり、その広さはパテル村の二千倍に達する。適当な場所に立ち、首を左右に動かすだけで端から端まで見えたパテル村とは違い、一度に全体を見ることはできない。
広さもさることながら、建物の規模も、パテル村とは桁が違う。基本的に平屋だったパテル村に対し、ザッカリーの建築物は二階建て以上の物が大半だ。その上、当たり前のように全ての建物が石造りなので、アレンには少々威圧的にさえ感じられた。
人の多さも、パテル村とは比較にならない。人口百人足らずのパテル村とは違い、ザッカリーには十万人近い人間が住んでいる。アレンのような外部から訪れる人間も含めると、人口は二十万人に及ぶ。うじゃうじゃと居る人々を見ているだけで、アレンは酔いそうになった。
「最初にやることはなんだっけか」
アレンはその場に佇み、ザッカリーについたらすることを思い出していた。リック島を出る前に、予め、行動の仕方を村民や島に来た船のクルーに尋ねて決めておいたのだ。
「宿屋の確保か試験の申し込みだったな」
町についてから最初にすることは何かという質問に対しては、答えがきっぱりと二分されていた。
一つ目は、宿屋に行って部屋を確保しろという意見だ。アレンのような外来の人間……いわゆる『観光客』は、宿屋に泊まることが国の法律によって義務付けられている。適当な場所でシートを敷いて眠る、なんてことは禁止されているのだ。それなのに、宿屋の部屋数は不足気味で、空いていないことも多い。だから、町に着いたら兎にも角にも宿屋を確保しろというのが一つ目の意見である。
二つ目は、先に冒険者試験の申し込みをしろという意見だ。冒険者試験を受けるには、冒険者ギルドで試験の申し込みを行う必要がある。それさえ済ませておけば、その後に何かあっても安心できるだろうというのが二つ目の意見だ。
数秒悩んだのちに、アレンは答えを出した。
「先に受付を済ませておくか」
宿屋は後回しでもいい、とアレンは判断した。
その理由としては、国の法律が関係している。法律によって町の中で野宿をすることは禁じられているものの、町から一歩でも外に出れば、堂々と野宿をして問題ないのだ。
リック島で狩猟生活に明け暮れていた頃、アレンはよく森の中で野宿をしていた。適当な木に登り、警戒態勢を維持したまま、樹上で仮眠をとっていたのだ。そんなアレンにとって、野宿というのはそれほど過酷なものではない。故に、もしも宿屋が満室だったら外で野宿をすればいい、とアレンは考えていた。
考えがまとまった所で、アレンは歩き始めた。
だが、歩きだして数秒で、またしても足を止める。
「冒険者ギルドって……どこだ?」
そう、アレンは冒険者ギルドの場所が分からなかったのだ。場所どころか、どういう施設なのかも詳しくは分かっていない。大体の街にあると言われている冒険者ギルドだが、パテル村には存在していなかった。
冒険者ギルドのことでアレンが知っているのは、冒険者試験を受ける為の申し込みができるということと、クエスト――依頼のこと――を受注できるということだけだ。
立ち止まっていても問題は解決しない。
仕方なく、アレンは適当な人間を捕まえ、冒険者ギルドの場所を尋ねた。
「冒険者ギルドならそこら中にあるよ。目印は紫の看板さ。ほら、あそこもそう」
アレンに呼び止められた中年の男が指をさす。
その方向には細長の建物があった。左右の建築物の間に無理やり建てたかのような狭さの四階建てだ。目印である紫の看板は、三階の窓の横にあった。
「三階に看板が出ているということは、冒険者ギルドは三階にあるということなんですか?」
「違うよ、あの建物自体が冒険者ギルドなんだ」
アレンの問いに答えると、男は去っていった。
男が去った後、アレンはしばらく冒険者ギルドの場所を示す紫の看板を眺めていた。文字などは一切書かれていない、石かを紫に塗装しただけの看板だ。
「なんだか、イメージと全然違う建物だな」
アレンのイメージにおける冒険者ギルドは、もっと広いものだった。人が百人いても余裕を感じるくらいの広さをした建築物だ。それが、現実はその真逆で、とても狭い建物である。十人も入れば窮屈さを感じるレベルだ。
イメージと大きく乖離している現実に多少の戸惑いを抱きつつも、アレンは冒険者ギルドへと向かって歩き始めた。
「試験の申し込みに来たのかい?」
アレンが冒険者ギルドの扉を開けるなり、中から声が聞こえてくる。
声の主は、二十代後半から三十代程度の女だ。鳥の巣にも見える爆発した髪形と鋭い目つきが特徴的である。
女は木製の受付テーブルに座っていた。対面……つまり扉側には、木の椅子が置かれている。アレンはその椅子に座り、女へ尋ねた。
「はい、そうです。ここであってますか?」
「違うね、大外れだよ」
「え、違うんですか?」
「嘘、正解。あってるよ」
「どっちなんですか?」
「どっちだと思う?」
アレンは何も答えず、女を睨みつけた。その顔は、苛立ちの色に染まっている。
「そう不機嫌にしないでよ。答えるからさ」
苛立ちを募らせるアレンに対し、女は余裕の笑顔だ。
「そうしてもらえると助かります。で、ここであってるんですか?」
「あってるよ。申し込むならこの用紙に記入してね」
女はテーブルの下から一枚の紙とペンを取り出した。紙には名前と住所を記入する項目がある。
言われた通り、アレンは紙に情報を記入した。
「なるほど。アレン・ラフィットね。本当は用紙を渡す前に確認するんだけど、忘れていたから今確認するね。この試験は死の危険が付きまとうものだけど、その点は理解している?」
女が真剣な表情でアレンを見る。
「分かっていますよ。諸々のことは理解した上で来ました」
「そう、なら問題ないね。アレン・ラフィット、あなたの申し込みはこの私ラフィネスタ・イースターが受理したわ」
ラフィネスタは用紙を折り畳むと、指で押さえつけながら、テーブルの隅へスライドさせた。
「試験は明日の朝九時から行う。集合場所は町を出て東に行った所にある広い更地よ。森の中じゃなくて、その手前にある更地が集合場所だから間違わないでね。他にも冒険者がいるから、迷子になることはないと思うよ。遅刻するとその時点で失格になるから、時間に余裕をもって行くことをお勧めするわ」
「わかりました」
アレンは短く答えると、静かに立ち上がった。
「それではこれで失礼します」
「はいはーい。頑張ってね、アレン」
アレンはラフィネスタに背を向け、外へ向かって歩き出した。
海賊との戦いから二時間ほどして、アレンは港町『ザッカリー』へ到着した。
「でっけぇ……」
船を降りたアレンが、最初に抱いた感想だ。
ザッカリーは、首都に次いで大きな町であり、その広さはパテル村の二千倍に達する。適当な場所に立ち、首を左右に動かすだけで端から端まで見えたパテル村とは違い、一度に全体を見ることはできない。
広さもさることながら、建物の規模も、パテル村とは桁が違う。基本的に平屋だったパテル村に対し、ザッカリーの建築物は二階建て以上の物が大半だ。その上、当たり前のように全ての建物が石造りなので、アレンには少々威圧的にさえ感じられた。
人の多さも、パテル村とは比較にならない。人口百人足らずのパテル村とは違い、ザッカリーには十万人近い人間が住んでいる。アレンのような外部から訪れる人間も含めると、人口は二十万人に及ぶ。うじゃうじゃと居る人々を見ているだけで、アレンは酔いそうになった。
「最初にやることはなんだっけか」
アレンはその場に佇み、ザッカリーについたらすることを思い出していた。リック島を出る前に、予め、行動の仕方を村民や島に来た船のクルーに尋ねて決めておいたのだ。
「宿屋の確保か試験の申し込みだったな」
町についてから最初にすることは何かという質問に対しては、答えがきっぱりと二分されていた。
一つ目は、宿屋に行って部屋を確保しろという意見だ。アレンのような外来の人間……いわゆる『観光客』は、宿屋に泊まることが国の法律によって義務付けられている。適当な場所でシートを敷いて眠る、なんてことは禁止されているのだ。それなのに、宿屋の部屋数は不足気味で、空いていないことも多い。だから、町に着いたら兎にも角にも宿屋を確保しろというのが一つ目の意見である。
二つ目は、先に冒険者試験の申し込みをしろという意見だ。冒険者試験を受けるには、冒険者ギルドで試験の申し込みを行う必要がある。それさえ済ませておけば、その後に何かあっても安心できるだろうというのが二つ目の意見だ。
数秒悩んだのちに、アレンは答えを出した。
「先に受付を済ませておくか」
宿屋は後回しでもいい、とアレンは判断した。
その理由としては、国の法律が関係している。法律によって町の中で野宿をすることは禁じられているものの、町から一歩でも外に出れば、堂々と野宿をして問題ないのだ。
リック島で狩猟生活に明け暮れていた頃、アレンはよく森の中で野宿をしていた。適当な木に登り、警戒態勢を維持したまま、樹上で仮眠をとっていたのだ。そんなアレンにとって、野宿というのはそれほど過酷なものではない。故に、もしも宿屋が満室だったら外で野宿をすればいい、とアレンは考えていた。
考えがまとまった所で、アレンは歩き始めた。
だが、歩きだして数秒で、またしても足を止める。
「冒険者ギルドって……どこだ?」
そう、アレンは冒険者ギルドの場所が分からなかったのだ。場所どころか、どういう施設なのかも詳しくは分かっていない。大体の街にあると言われている冒険者ギルドだが、パテル村には存在していなかった。
冒険者ギルドのことでアレンが知っているのは、冒険者試験を受ける為の申し込みができるということと、クエスト――依頼のこと――を受注できるということだけだ。
立ち止まっていても問題は解決しない。
仕方なく、アレンは適当な人間を捕まえ、冒険者ギルドの場所を尋ねた。
「冒険者ギルドならそこら中にあるよ。目印は紫の看板さ。ほら、あそこもそう」
アレンに呼び止められた中年の男が指をさす。
その方向には細長の建物があった。左右の建築物の間に無理やり建てたかのような狭さの四階建てだ。目印である紫の看板は、三階の窓の横にあった。
「三階に看板が出ているということは、冒険者ギルドは三階にあるということなんですか?」
「違うよ、あの建物自体が冒険者ギルドなんだ」
アレンの問いに答えると、男は去っていった。
男が去った後、アレンはしばらく冒険者ギルドの場所を示す紫の看板を眺めていた。文字などは一切書かれていない、石かを紫に塗装しただけの看板だ。
「なんだか、イメージと全然違う建物だな」
アレンのイメージにおける冒険者ギルドは、もっと広いものだった。人が百人いても余裕を感じるくらいの広さをした建築物だ。それが、現実はその真逆で、とても狭い建物である。十人も入れば窮屈さを感じるレベルだ。
イメージと大きく乖離している現実に多少の戸惑いを抱きつつも、アレンは冒険者ギルドへと向かって歩き始めた。
「試験の申し込みに来たのかい?」
アレンが冒険者ギルドの扉を開けるなり、中から声が聞こえてくる。
声の主は、二十代後半から三十代程度の女だ。鳥の巣にも見える爆発した髪形と鋭い目つきが特徴的である。
女は木製の受付テーブルに座っていた。対面……つまり扉側には、木の椅子が置かれている。アレンはその椅子に座り、女へ尋ねた。
「はい、そうです。ここであってますか?」
「違うね、大外れだよ」
「え、違うんですか?」
「嘘、正解。あってるよ」
「どっちなんですか?」
「どっちだと思う?」
アレンは何も答えず、女を睨みつけた。その顔は、苛立ちの色に染まっている。
「そう不機嫌にしないでよ。答えるからさ」
苛立ちを募らせるアレンに対し、女は余裕の笑顔だ。
「そうしてもらえると助かります。で、ここであってるんですか?」
「あってるよ。申し込むならこの用紙に記入してね」
女はテーブルの下から一枚の紙とペンを取り出した。紙には名前と住所を記入する項目がある。
言われた通り、アレンは紙に情報を記入した。
「なるほど。アレン・ラフィットね。本当は用紙を渡す前に確認するんだけど、忘れていたから今確認するね。この試験は死の危険が付きまとうものだけど、その点は理解している?」
女が真剣な表情でアレンを見る。
「分かっていますよ。諸々のことは理解した上で来ました」
「そう、なら問題ないね。アレン・ラフィット、あなたの申し込みはこの私ラフィネスタ・イースターが受理したわ」
ラフィネスタは用紙を折り畳むと、指で押さえつけながら、テーブルの隅へスライドさせた。
「試験は明日の朝九時から行う。集合場所は町を出て東に行った所にある広い更地よ。森の中じゃなくて、その手前にある更地が集合場所だから間違わないでね。他にも冒険者がいるから、迷子になることはないと思うよ。遅刻するとその時点で失格になるから、時間に余裕をもって行くことをお勧めするわ」
「わかりました」
アレンは短く答えると、静かに立ち上がった。
「それではこれで失礼します」
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アレンはラフィネスタに背を向け、外へ向かって歩き出した。
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