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第055話 官吏闘争の煽動④

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 ムーングレイス以外の都市では、適当な爆撃を行った。
 目的は殺傷や破壊ではなく、恐怖を植え付けることだ。
 いかに堅牢な城郭都市といえど、空襲を防ぐことは出来ない。
 そのことを知らしめる為の攻撃である。

 皇帝の崩落と各都市の空襲。
 これらにより、文官の支配力が大幅に弱まる。
 民は武力を求め、その結果として武官を指示するのだ。
 その流れに武官が乗れば、後はクーデターが起きるだけである。

 そう上手いこと物事が進むのか?
 実際、進む可能性はかなり高いと見られる。
 新聞によると、武官の不満は相当高まっているからだ。
 それは武官のみならず、武官の管轄下における者達も同様である。

 冒険者や衛兵などのことだ。
 これらの職業は、昔ほど羽振りがよくないらしい。
 長らくの平和によって、大幅に支給額がカットされているからだ。
 冒険者のクエスト報酬や衛兵の給与は税金から捻出されているらしい。
 だから、冒険者や衛兵の不満は相当に強いわけだ。

 転移から数ヶ月で死んだ俺には知らなかったことである。
 お金に興味がなかった上に、他人との付き合いは皆無だったから。

「それでは族長、俺達ゴブリン族はこれにて失礼する。最初に話した通り、今後はここに人間の集団が攻め入ってくることが予想されるので、その際は残しておいた砲弾を活用するなりして欲しい。威力はワイバーンの火炎に劣るが、人間の射程外からの攻撃出来るので役に立つはずだ」
「感謝する。ゴブレス族長」
「こちらこそ、助かった。それではまた」

 ワイバーン族に感謝の言葉を伝えた後、俺達は山から撤収した。

◇◆◇◆◇

 ゴブレスの考えは間違っていなかった。
 しかし、全くもって正しいかといえばそれも違う。
 人類の行動速度はゴブレスの想定よりも遙かに遅かった。

「次の皇帝は法律に従って文官から輩出すべきで――」
「ふざけたことを。お主らの大好きな世論は我々武官に傾いておる。モンスターが前代未聞の奇策を次々に弄する今、ここは戦闘に長けた武官が民を率いるべきであろう」

 武官連中は、直ちにクーデターを実行したりはしなかったのだ。
 既にストレスという名の燃料は満タンで、許容量を大幅に超えている。
 それでも、まずは論を戦わせて決めようとしていた。

 こうして、一ヶ月が経過する。
 内乱は起きず、皇帝は決まらず、政府は停止している状態で。

 その間、ゴブリン族に動きはなかった。
 武官がクーデターを起こさない為、作戦の練り直しを行っていたのだ。
 実際には、きっかけすらあれば爆発する状態だが、ゴブレスには分からない。

 そんな時、事態が急変することとなった。
 帝国の首都ムーングレイスにある城の一室にて……。

「マルクス大将軍」
「おお、そなたは新進気鋭のアルフレッドではないか」

 二人の男が会っていた。

 片方はマルクスという齢五〇半ばの老将。
 武官の最高権威である“大将軍”の任を担う者だ。
 そして、Sランク冒険者と違わぬ剛の者でもある。

 もう一人はアルフレッド。
 リーネから忽然と姿を消した元Fランク冒険者。
 現在はBランクにまで昇格していた。
 ゴブレスことリュウタロウ以来となるスピード出世だ。

「将軍、もはや文官の時代はおしまいですよ」
「分かってはおる。じゃが、クーデターを起こすのはな……」
「ですが、このままではモンスターに滅ぼされますよ」
「たしかに。空からの攻撃に対抗出来る者は少ないからな……」
「将軍が皇帝となり機動的な戦法に切り替えましょうよ!」

 マルクスは反応を渋る。
 ゴブレスの誤算は、マルクスの智勇にあった。
 武官のトップに立つだけあり、マルクスは戦略に長けている。

「しかし、空からの攻撃を抑えるには翼竜の巣を制圧するのが必須。あそこを長期にわたって制圧するには、よほどの手練れを連れていかねばらならない。そうなると、今度はいつぞやの毒の煙を使われるのが目に見えておる」

 マルクスがクーデターに踏み切れない理由がコレだ。
 ゴブレスと殆ど同じレベルで先を読んでいること。
 自分が皇帝に就くのは容易くとも、その後で詰まる。
 しかし、アルフレッドは譲らなかった。

「私もそれは考えました。ですがこれはチャンスともとれますよ」
「チャンス? どうしてじゃ?」
「仮に空の攻撃を潰して毒の煙が来たとしましょう。多少の被害は出ますが、備えてあれば壊滅的な被害は避けられます」
「そうだな。それでも被害は相当なものになるだろう。どこの都市が攻められるか分からぬ以上、戦力を集中させるわけにもいかんしな」
「たしかに多少の被害は避けられません。しかし、その代償として、我々には大きなチャンスを得られます。それは、奇策の数々を打ち出しているボスゴブリンの炙り出しです」

 ボスゴブリンとはゴブレスのことだ。
 人類は既に、常識外れのゴブリンの存在を気づいている。
 しかし、どのゴブリンがボスゴブリンなのかは分かっていない。
 人間にとって、ゴブリンはどいつも同じ見た目だからだ。

「刺し違える覚悟でボスゴブリンを狙うわけか」
「そうです。そこまでしなければ、ヒットアンドアウェイ戦術に徹底しているボスゴブリンを殺すことは出来ないでしょう。これまでの動向を見ている限り、他の低ランクを皆殺しにしてもゴブリン軍団が現れないことは明白。挑発に乗らないのです」
「たしかにお主の言う通りではある。勝利の為に犠牲を覚悟せねばならぬか」
「そうです。そして、このような決断が出来て、機動的に大軍を動かすという芸当はマルクス大将軍でなければ不可能です」

 アルフレッドの強い説得が功を奏した。

「うむ……。アルフレッド、お主の説得で目が覚めた。ワシは覚悟を決めたぞ」
「さすがはマルクス大将軍! 一介の冒険者に過ぎませんが、私も出来る限りの協力をさせていただきます!」

 アルフレッドは、マルクスに向けて深々と頭を下げる。
 そうやって顔を見せないようにして、彼はニヤリと笑った。

「直ちに行動に入る! アルフレッド、ワシが皇帝になったら武官に志願してはくれぬか?」
「いいえ、滅相もない。自分は冒険者として国の為に戦って死なせて頂きます」
「そうか……。老いぼれの背中を押してくれてありがとうな」

 この日、マルクスは電光石火のクーデターを敢行した。

◇◆◇◆◇
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