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第003話 人攫い

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 鬼畜の化身ともいうべき極悪非道の人狼幼女アーシャ。
 彼女の作ったビーフシチューを食べた俺は、思わず涙を流してしまった。

「ゴブゥ……! (うめぇ! 元気な身体で食うメシは尚更うめぇ!)」
「ゴブスケ興奮しすぎー! ビーフシチューで泣くとかマジか!」

 対面に座るアーシャは豪快に笑う。
 隣に座るリーナは「ゴブちゃん、美味しいです?」と訊いてきた。
 俺がペコペコ頷くと、リーナは「それは良かったです」とニッコリ。

「アーシャは料理が凄く上手なのです。リーナはいつもアーシャに作って貰っていますです」
「ゴブゥ(アーシャも案外いいとこあるんだなぁ)」
「その代わりに、リーナはお皿洗いと配膳とお掃除と薬草採取と水汲みとお洗濯などをしていますです」
「ゴブッ!?」

 調理の代償が大きすぎるだろ。
 やはり鬼畜の化身だ、人狼幼女のアーシャ!

「リーナ、今後はゴブスケにも家事させようぜー。働かざる者食うべからずってね! ニッシッシ!」
「ゴブッ(たしかにそれもそうだな。いいだろう)」

 これはアーシャの言う通りだ。
 一方、リーナは「駄目ですよ」と言いだした。

「ゴブちゃんは小さい小さいですから、お仕事は出来ませんです」
「薬草採取と水汲みなら出来るって!」
「お外を1人で歩くのは危険ですよ。ゴブちゃんはゴブリンなのですから」
「それもそっかー!」

 テイムされておいてなんだが、外くらい1人で大丈夫だと思う。
 俺は魔法を使えるから、冒険者に襲われても余裕で撃退できるぞ。
 もっといえば掃除や洗濯も、魔法でサクサクとこなせる自信がある。

「(でも、魔法は極力使わないようにしておくか)」

 魔法を使うゴブリンなど聞いたことがない。
 だから、俺がポンポンと魔法を使うのは変に見えるだろう。
 ゴブリンとしてテイムされた以上、ゴブリンらしく振る舞わないとな。

「じゃあ、ゴブスケはリーナの仕事を手伝うのが基本任務だねー」
「そういうことになりますです。それでもいいですか? ゴブちゃん」
「ゴブゥ! (もちろんだとも!)」

 俺はリーナのペットだ。
 リーナのお手伝いこそ本来の役割である。

「(それにしてもうめぇな、このビーフシチュー)」

 モグモグ、モグモグ。
 小さな身体には多すぎるシチューを、俺はペロリと平らげた。

 ◇

 食事が終わるとアーシャは昼寝をすると自室に消えた。
 リーナはすぐに食器を洗い、それから薬草採取を出かける。
 俺はリーナにギューッと抱かれる格好で同行した。

「ゴブちゃんはどうしてこの森にいましたですか?」
「ゴブゥ? (ここに居るのはおかしいのか?)」
「この森にゴブリンは棲息していないですよ。リーナ、驚きましたです」
「ゴブゥ……。 (そうだったのか)」

 俺がこの場に居た理由は分からない。
 なぜならこの森を選んだのは前の人格だからだ。
 俺に身を奪われる前のゴブリンである。

「リーナ、この出会いは運命だと思ってテイムしましたです」
「ゴブブゥ(なるほど)」
「ゴブちゃんはきっと、リーナ達と家族になる運命だったです」
「ゴブゥ(運命論者ではないが、ありえるかもしれないな)」

 リーナの話を聞く形で森の中を移動する。
 世俗と地理に疎い俺には、ここがどこだか分からない。
 別にどこだってかまいやしないので気にならなかった。

「ありましたです、薬草」
「ゴブ! (本当だ! 薬草じゃないか!)」

 リーナは薬草に駆け寄ると、俺を隣に立たせた。

「リーナ達は薬草を売ってお金を稼いでいますです」
「ゴブブー(妥当だな)」

 この子達の年齢で自立するならそれが一番のはず。
 街で暮らしていた頃の知識だから、今は少し違うかもだが。

「よいしょ、よいしょ」

 地面に生える薬草をリーナが摘んでいく。
 葉っぱに傷がつかないよう、丁寧に、優しく、抜き抜き。
 摘んだ薬草は背負っていた竹の籠に放り込まれた。

「この辺りには薬草が多いです。あちらにもありましたです」

 リーナが次の薬草ポイントを発見して駆け寄る。
 薬草に近づくと腰を下ろし、ゆっくりと採取していく。
 何度も繰り返すと腰が痛くなりそうな作業だ。

「(やることねぇな……)」

 手伝おうにも手伝うことがない。
 リーナだけで作業が完結しているのだ。
 俺はどうしたものかと辺りを見渡した。

「(――! あれは!)」

 そして発見した。
 吹き矢を持って樹に身を潜める連中を。
 見るからにならず者といった様の野郎共だ。
 数は3人で1人が吹き矢、2人が紐と剣を持っている。
 どう見ても善人ではない。

「(あいつら人攫ひとさらいか!)」

 人攫い。
 主に女児を攫う野蛮な連中だ。
 攫った女児を奴隷商人に売って金を稼いでいる。
 また、中には売らずに自身の奴隷にしている者もいた。
 奴隷となった女児は調教され、性欲処理の道具にされてしまう。

「(吹き矢に仕込んだ麻酔毒でリーナを眠らせて拉致する気だな)」

 俺はチラリとリーナを見た。
 彼女は薬草採取に必死で気づいていない。
 気づいていないのなら――チャンスだ。
 俺は指をパチンと鳴らした。

「な、なんだ!?」
「闇の炎だ!」
「なんで闇の炎がここに!」

 野郎共の身体に黒色の炎が纏わり付く。
 俺の発動した闇魔法である。

「わわわ!?」

 人攫いの悲鳴により、リーナが気づいた。
 炎に飲まれる男達を見て驚き、そして――。

「悪い大人達なのです! ゴブちゃん、逃げましょうです!」

 慌てて俺を抱え、薬草採取を放棄して走り出した。

「(対応に淀みがない。慣れているのか)」

 普通なら燃えている人間に驚いて固まる。
 しかし、リーナは瞬時に相手を人攫いだと認識した。
 そして、迷うことなく逃げの一手を繰り出したのだ。
 常日頃から人攫いの恐怖に怯えている証拠である。

「(幼女の自立にはこういうリスクがあるわけか)」

 リーナが俺をテイムしたのも自衛の一環だろう。

「(悪い大人達は俺がやっつけてやる!)」

 リーナの平和を脅かす奴等はこの俺が成敗してやる。
 そのついでに鬼畜人狼幼女のアーシャも守ってやるのだ。
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