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016 ヤークックの卵に関する依頼

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 新しく入ってきたのは青年だった。
 白のコック服にコック帽という、見るからに料理人の男だ。

「それではよろしくお願いします」

 子爵が立ち上がり、一礼してから足早に出て行く。
 新しく入ってきた青年に対する会釈も忘れない。

「な、なんでここに子爵閣下が……!」

 驚く青年。
 そんなことより依頼の確認だ。

「それで、依頼内容は?」

 向かいのソファに座るように手で促す。
 青年はソファに座ると、依頼について話し始めた。

「自分、料理人をしておりまして、怪鳥ヤークックの卵を調理したいんです」
「ヤークックとは結構な大物だな」

 怪鳥ヤークックはB級モンスターだ。
 近くにある中央が吹き抜けの山を根城にしている。
 世界屈指の美味さと評される巨大な卵を産むことで有名だ。
 そして、その卵が超高級食材であるということも。

「すると俺達に頼みたいのは、ヤークックの卵を回収することだな?」
「そうっす! 1つでいいんで、どうかお願いします!」
「まぁいいだろう」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「流石はロイド! 当たり前のように引き受けちゃう!」

 ヤークックの卵を回収するなど造作もないことだ。
 しかし、今日はタイミングが悪い。これからVIPの護衛だ。

「今日は忙しいから明日にでもやるよ」

 そう云うと、青年がテーブルを叩いて立ち上がった。

「今日じゃないと駄目っす!」

 まさかの剣幕で、俺とルイゼが軽く怯んだ。

「な、なんで今日じゃないと駄目なんだ?」

 恐る恐ると訊いてみる。

「今日が一番美味いからっす!」

 その後、青年が熱く語ってくれた。
 曰く、卵の味にはムラがあるそうだ。一般人にはさほど分からないが、彼ほどの料理人なら分かるとのこと。折角の超高級食材だから、彼としては是が非でも一番美味い時点の卵を調理したい。だから、今日でなければ駄目という。

「そうは云われても、私達は今から別の依頼があるから無理だよー」

 ルイゼが申し訳なさそうに断る。
 青年は目に見えて落胆し、大きく肩を落とした。

「どうしても無理っすか? 今日は……」
「むしろ明日じゃ駄目なのか? そんなに変わらないんだろ?」
「自分にとっては違います。妥協したくないっす。こんな機会、そう何度もあることじゃないですから。絶対に今日がいいっす」

 熱意の篭った目で見てくる。

「やれやれ……」
「ロイド、まさか?」
「受けてやるしかないだろう」

 燃えさかるような目で見られたら拒めない。
 それに、妥協したくないという彼の気持ちも理解出来た。

「しかし、この任務はルイゼに1人で受けてもらう」
「なんですとー!?」
「俺はVIPの護衛があるからな」
「難易度的に逆でしょ! そっちの方が楽じゃん!」

 たしかに難易度は護衛の方が遙かに楽だ。
 それでも、俺が担当するのはVIPの護衛で変わりない。

「仕方ないだろう。護衛対象がVIPなんだから。ルイゼに任せて何かあったら、俺まで処罰されかねないからな。難易度に関係なく、こっちは俺が担当しなければならないさ」
「たしかにそうだけどさー! 私は不安だよぅ!」
「大丈夫さ。ヤークックは強いが、巣を空けていることが多い。戦わずにコッソリと卵を盗めばいいんだ」
「うぅぅ、分かったよう」

 ルイゼが渋々と承諾する。

「そんなわけで、今日中に依頼をこなすなら、担当はルイゼだけになる。それでもいいかな?」
「やってくれるならそれだけでありがたいっす! お願いします! ルイゼお姉さん!」

 ルイゼの顔が一気に明るくなっていく。

「お、おお、お姉さん!?」
「はい! ルイゼお姉さん! お願いしやす!」
「お姉さん頂きましたァアアアアアア!」

 ルイゼが大興奮で立ち上がる。
 どうやら“お姉さん”というワードに反応しているようだ。

「任せなさい! このルイゼお姉さんが卵を盗んであげるよ!」
「はい! この町で一番の冒険者と名高いお姉さんなら任せられます!」
「なっはっは! 君は嬉しいことばかり云ってくれるねー! がははは!」

 ルイゼ、あっさりと有頂天に達する。
 先程までの不安に満ちたアレコレはいずこ。

「ま、まぁ、やる気を出してくれてよかったよ」

 なんだかんだで青年の依頼も引き受けることにした。

「それじゃ、自分はこれで!」
「はーい! 楽しみに待っててねー!」

 報酬の話も詰め終わると、青年が店を出て行った。

「俺達も各々の作業に取りかかるか」
「アイアイサー! 私の働きぶりに期待していてよね!」
「もしヤバくなったら適当に隠れて耐えるんだぞ」
「隠れてたらロイドが助けにきてくれる?」
「当たり前だろ。ルイゼは大事な相棒だからな」
「ロイド……!」

 ルイゼの顔がポッと赤くなる。

「本当は何でも屋の看板に泥を塗りたくないだけだがな」
「へっ?」
「卵を回収する程度の任務で失敗したらダサいだろ? だからさ」
「じゃあ私は?」
「オマケさ、オマケ」
「むぅー!」

 ルイゼにボコられてしまった。
 またしても何かやってしまったようだ、俺は。

「よーし、がんばろー!」
「お、おう……」

 既に死にそうな気持ちになりながら任務に取りかかる。

(でもその前に)

 走り去っていくルイゼの背中に、ひっそりと魔法を掛けておいた。

(これでよし)

 新たな任務の始まりだ。
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