祝福の居場所

もつる

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 マーシャとジェラは轟音で叩き起こされ、首を左右に振った。

「え!? なになに!?」
「盗賊の襲撃だ」ライフルを手に取ってキャリー・プレイトが言う。「三人は万一に備えて武器防具を」

 兄妹は急いで靴を履き、防具を身に着け、武器を手にした。
 キャリー・プレイトは窓の外を見る。

「向かいは質屋だが……ここに侵入してこないとも限らない」

 出入り口の近くで火柱がまた一つ上がる。怒号と騒音がだんだん大きく、激しくなってきた。
 すると突然、ランプが消える。さらに街灯や、わずかに点いていた他の建物の明かりも次々に消えていった。
 隣の部屋から他の客の声がする。

「おい! 扉が開かないぞ!」
「なんで!? どうなってんの!?」
「窓もだめだ! 閉じ込められた!」

 アリテームが言った。

「盗賊団に魔法使いがいるんだ。それも結構なスゴ腕だ!」
「えっそれって……」

 彼は荷物の中から大振りな巻物を取り出し、机の上で広げた。複雑な魔法陣と呪文で埋め尽くされた紙面が現れる。スクロールだ。
 それを見てマーシャは驚いた。

「うわスゴッ!」
「ここまで手の込んだスクロール、始めて見た……」

 ジェラの言葉にアリテームは得意げな顔をしてみせると、ペンで魔法陣の中心を突いた。
 空中に青白い幾何学模様が浮かび上がり、いくつかの枠が描かれた。その中に呪文が走る。
 マーシャは魔法のことはよくわからないが、これだけ大きい宿ならば結界や設備の運用を司る魔石壇や大魔法陣があるはずだというのは想像がついた。それにアリテームは部外者からの干渉ができないであろう中枢に忍び込んでいることと、それができるだけの技能を持っているということも。
 アリテームが言う。

「考えてみたら、盗賊が来たっていうのに警鐘が鳴らなかったのはおかしいじゃないか。外周には監視鏡もあったのに」
「つまり相手はウィザード?!」
「いいや……」アリテームは呪文を書き込みながら言う。「こんな悪事を働いた時点でウォーロックだ」

 彼のペンが止まった。

「わかったぞ……この宿を締め出したのはガルノン兄さんだ」
「どうしてそれが?」

 ジェラが問うと、アリテームは枠内の呪文の一部を指差す。

「この呪文、ガルノン兄さんが好む文法なんだ。筆跡もよく似てる」

 するとマーシャが言った。

「でもなんでガルノンさんがこんなことを?」
「襲撃直前に兄さんからメッセージが来たんだ。この村に盗賊が来るって」
「ということは、ガルノンさんはあたしたちを守るために――!」
「たぶんそうだ」アリテームは笑みと共にまたペンを動かす。「さすがガルノン兄さん!」
「この状況なら安全にウォーロックの仕掛けを解除できるね!」
「そういうこと!」

 それを聞いてマーシャは腕を真上に振った。

「がんばれアリちゃん! 警備手の人より先にやっちゃえ!」
「へへん任せろ!」

 アリテームは魔法陣に手を触れ、警魔呪文の領域に忍び込もうと試みる。ジェラはその様子を食い入るように見ていた。
 魔法関連はアリテームに任せておけば大丈夫だろう。
 そう思ったマーシャはキャリー・プレイトのところに行き、

「どうです?」

 と訊く。

「……たぶんあれは陽動だ」
「あの火柱が?」
「おそらく真の狙いは――」

 彼女は荷物からライフル用の望遠鏡を取り出す。

「アリテーム、警備手や自警団にメッセージを。火柱は囮だと」
「了解です」
「あと窓を開けてくれ。十中八九質屋を襲うぞ」

 キャリー・プレイトは銃にスコープを取り付け、薬室に弾を装填した。
 マーシャは彼女から観測用の望遠鏡を受け取る。

「手伝ってくれ」
「はい」マーシャは頷いた。

 アリテームは二人の背後で宿の警魔錠を操作すると、部屋の窓だけ解錠した。
 キャリー・プレイトが身を乗り出し、スコープを覗き込んで言う。

「やはりだ……」
「何が見えます?」
「男が五人……二人は銃で武装、三人が剣……」

 マーシャもレンズ越しに賊を視た。

「他に仲間っぽいのはいない。あ裏に回った」
「ここからじゃ見えん……外に出してくれ。渡り廊下からならいけそうだ」

 アリテームはキャリー・プレイトの言うとおりにした。

「マーシャは私と来てくれ。ジェラ、もしもに備えてアリテームを頼む」
「はい。二人とも気をつけて」
「お兄ちゃんたちもね」

  ◇

 アリテームはキャリー・プレイトとマーシャが部屋を出ていったすぐ後に、ウォーロックの仕込んだ呪詛にたどり着く。
 その呪詛を見て――。

「え……なにこの書き方……うそでしょ……」
「どうしたの?」
「これ……この呪詛の筆跡……」
「……まさかウォーロックは――」
「ガルノン兄さんだ」

  ◇

 渡り廊下に来たマーシャとキャリー・プレイトは、通路の中ほど、手すりから数歩離れた場所で賊の動向を見る。
 二人の剣持ちと一人の銃持ちが周囲を見張り、あとの二人は質屋裏口の警魔を破ろうとスクロールを広げていた。
 空中に投影された魔法陣の放つわずかな光が、ウォーロックの顔を照らす。
 マーシャはそこで気づいた。

「ねえ……あの人……」

 キャリー・プレイトはスコープを覗く。

「……ガルノンか……道理で襲撃を知っていたわけだ」
「脅されてやってるのかも」
「いずれにせよ、これ以上名誉に泥を塗る前に止めないとな」

 彼女は発砲した。
 弾丸は見張りの銃持ちを仕留める。
 地上の賊が慌てた。

「なんだ!?」
「銃撃だ! くそ!」

 さらに二発撃ち、剣持ち一人とガルノンのそばにいた男を倒す。
 キャリー・プレイトは叫んだ。

「もう終わりだ! これ以上罪を重ねるな!」

 その声にガルノンは逃げようとする足を止めたが、残った剣持ちは落ちた銃を拾おうとした。
 キャリー・プレイトは落ちた銃を撃ち、はじいて遠ざける。
 すると、賊は懐から拳銃を抜いて撃ってきた。

「やばっ!」

 マーシャたちは通路の反対側に逃げる。
 罵声と共に銃声が響いた。
 六回の発砲音の直後、ガチンと金属が金属を叩く音がする。

「弾切れか!」とキャリー・プレイト。
「なら今がチャンス!」

 マーシャは剣を抜く。

「油断するなよ!」
「もちろん!」

 彼女は渡り廊下を飛び降り、壁に手足を滑らせて勢いを加減する。
 中ほどで木に飛び移ってから、幹を蹴り跳んだ。
 賊は弾倉を振り出したままの拳銃を投げ捨て、剣で斬りかかる。
 が、マーシャは斬撃を前転で躱すと、がら空きの背に蹴りを浴びせた。
 蹴りは軽く、賊はまだ反撃してくる。
 それを剣で受け流し、死角に回り込んだ。
 マーシャは懐に飛び入る勢いで柄頭を相手のみぞおちに打ちつける。
 賊は剣を落とし、仰向けに倒れて意識を失った。
 ここで、村の照明が復旧し、警鐘が鳴り響く。
 キャリー・プレイトもマーシャのところまでやって来て、にわかに安心した面持ちを見せた。

「アリちゃんがやったんだ」マーシャは光を見て言う。「さすがだよアリちゃん」
「ああ。だが……」

 キャリー・プレイトはすこし表情を曇らせ、固まるガルノンを見下ろした。
 ガルノンはうなだれ、肩を落としていた。


 マーシャたちのところに、ジェラとアリテームが合流する。
 アリテームはガルノンへ掴みかかった。

「兄さん! どうしてさ!? どうしてこんなことしたの!?」
「……生きてくためだったんだ……」
「だからって……! 兄さんくらいのウデなら真っ当な仕事があったじゃんか!」
「わかってる……わかってたさ……」
「……脅されたの……? ……そうだよね……?」

 アリテームの問いにガルノンは答えない。
 その時、ガルノンの背後でうめき声がした。
 賊の一人が起き上がったのだ。
 キャリー・プレイトが銃を構え、マーシャとジェラも切っ先を男に向ける。
 賊は咳き込むと胸元から一枚の板を取り出した。弾丸は板で止まっていた。

「おめぇがガルノンの言ってた小僧か……カワイイ顔しやがって……」
「よくも兄さんを――!」
「おおっと勘違いするなよ……こいつは自分から仲間になってきたんだ……ひと山当てたいって言ってな」
「嘘をつくな!」アリテームは拳を握る。「オマエに兄さんの何がわかる!」
「じゃあなんでさっきの質問に答えられなかったんだ? ええ?」

 アリテームは言葉に詰まった。代わりにガルノンが言う。

「……事実だ……俺は自分の意思でここまでやった……」
「で、ものの見事に失敗しちまったな」

 賊はそう言って、ライフルを手に取った。

「お互いヤキが回ったな!」

 銃声が二重に響く。
 キャリー・プレイトの銃撃が賊の眉間を撃ち抜き、賊の放った弾丸は――、

「ガルノン兄さん!」

 ガルノンの胸を砕いていた。
 アリテームは急いで止血を試みるが、無駄だということは誰の目にも明らかだった。

「ごめんな……アリテーム……」

 彼はアリテームの頬に触れる。

「おまえには……たくさんの傷をつけちまった……。なのにいつだって俺を慕ってくれた……。嬉しかったぜ……」

 アリテームの目から涙がこぼれ、ガルノンはそれを拭う。

「俺も……おまえみたいになりたかった……」

 ガルノンは自分の手をアリテームの手の上に置き、まもなく息を引き取る。
 アリテームは動かなくなったガルノンの手を強く握り、警備手たちが来ても泣き続けていた。

「アリちゃん……」

 マーシャは暗い顔で、アリテームの背を見つめる。
 そんな彼に、そっと寄り添ったのはジェラだった。


 朝日がのぼり、昨晩の騒ぎはすっかり落ち着きを取り戻す。賊は皆捕縛され、村の生活基盤を脅かしていた呪詛も取り除かれた。
 だが、マーシャにはわかっていた。アリテームの心が晴れるには一晩では足りないことが。
 彼女はせめてもの慰めにと、すこし良い朝食を用意した。キャリー・プレイトはヒュシャンからメッセージが来たため、ロビーにいる。
 部屋の扉を開けると、アリテームは窓際でジェラと話し込んでいた。二人は隣り合って外を眺め、こちらに気づいていないようだ。

「……ボク、ずっと誰かの特別になりたかったんだ……チビで、力も弱くて、そんなボクに価値をくれたのがガルノン兄さんだったんだ。こわいところもあったし、正直、兄さんの友達はすこし苦手だった……でも、魔法の使い方や呪文の読み書きを、イチから丁寧に教えてくれた……あのスクロールだって、ボクと兄さんが一緒に作ったものなんだ」

 アリテームはうつむく。

「今のボクがあるのはガルノン兄さんのおかげなんだ……」
「アリテーム……」

 ジェラはずっと彼の横顔を見続けていた。

「……きっと、魔がさしたんだ。誰にだって、最悪のタイミングで、やっちゃいけない決断を……普段なら絶対しないような選択をしてしまう時がある。……ぼくだって、とりかえしのつかない過ちを犯したことがある」
「ジェラが……?」
「うん。ずっと昔……小さいころだったけど……」

 物陰のマーシャはそれを耳にして、すこし眉をひそめる。
 ジェラは顔を前に向けてから、空を仰いだ。

「……ぼくはきみのことをすごい人間だと思ってる。昨日の晩、きみは特別な人間なんだって確信したよ。鮮やかな手つきだった。大勢を救って、師匠超えを果たした。……きみにとっては悲しい運命だったろうけど、尊敬してる。それに……」
「それに?」
「……きみの培った技術は血筋や運じゃない、自分で行動を起こして勝ち取ったものなんだ。それだけでも――」

 最後まで言う前に、アリテームはジェラの頬に口づけした。
 ジェラは驚きの顔で彼を見る。
 アリテームは、しばらくジェラを見つめてから慌てた。

「あっ、ごめん……! ボク、誰かに良く言ってもらえるのって慣れてなくてその……」

 顔が赤くなる。
 ジェラも気まずそうに、しかしどこか嬉しそうな表情で目を泳がせていた。
 マーシャはここで今入ってきたかのように、

「おはよう~朝ごはん持ってきたよ~」

 と言って近づく。
 ジェラとアリテームは驚いて固まった。

「マーシャ、いつからそこに……?!」
「ん~?」彼女は薄ら笑いでごまかす。「そんなことより、食べよう。アリちゃんにはちょっと良いの持ってきたから」
「あ、ありがとう……」

 アリテームに対して、マーシャは親指を立ててウインクしてみせた。
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