ガロンガラージュ正衝傳

もつる

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チャプター6

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 バーキンはアリシアを無事に学校へ送り届けた後、職場へ向かいながらどうしようかと悩んだ。いちおうコガワにはすこし遅れると伝えているが、問題はそこではない。

 一晩置いて考えてみれば、かなりまずい状況だ。警察とも癒着しているであろう教団に殴り込んだのだから。しかもそことは仕事で付き合いもあるとなると、今この場で警官に呼び止められて逮捕だってありうる。

 そう考えていると、信号待ちで真横に一台の車が止まる。半光沢の、黒に近い紺色のボディー、ルーフには赤色回転灯。そして横には<GallongaRage Police Department>の文字。
 バーキンは背筋が凍って冷や汗を噴き出す。
 警官と目が合った。
 彼は努めて平静を装う。
 しかし、警官は横の席の同僚と一言二言交わし、前を向いた。そして信号が青になると同時に、交差点を曲がって離れていった。
 バーキンは警察の狙いが自分でないと判明して、ひとまずはホッとした。が、今後どうなるかはわからない。

 自分やアリシアも、この街を出るべきなのかもしれないな。

 やがて職場に到着する。
 駐車場には、見慣れない高級車が一台停まっていた。その傍には運転手と思しき、身なりの良い男が背筋を伸ばして立っている。車自体も、見栄っ張りや高給取りのサラリーマンが乗るようなものではない。大企業の重役や政府高官が乗るような風格がある。
 ただならぬオーラに、バーキンは警戒を解くことなく、しかし普段通りの様子で事務所へ向かった。
 朝の挨拶と共に扉を開ける。次の瞬間、心を威圧するような気迫を感じた。
 その気迫は、コガワと向き合う長身の老人のものだった。彼は襟足まで伸ばした白髪を後ろで整え、口元にはたてがみめいた髭をたくわえている。着るスーツはダブルブレスト。生地から高級な一流品だと容易に察せる。シャツ、タイ、カフリンクス……全ての装身具が彼の<位>の高さを物語っていた。

「おはよう、バーキン。こちらは……」

 とコガワが言おうとすると、老人の爪先がこちらに向く。
 黒くて鏡のような光を放つストレートチップだ。
 小さな瞳がバーキンを射抜き、まっすぐ近づいてくる。
 彼は言った。

「お初にお目にかかる。バーキンどの……私は動力教団司教、ジョンディ。此度は、我が教団の愚行をお詫びしたく、参上いたした」
「……お詫び……?」


 バーキンはコガワ、ジョンディと共に応接室へ移動し、そこでこれまでに起こったことを交えながら、司教の話を聴く。

「――私は信徒の自由意志を尊重しております。それが裏目に出てしまった……私の不行き届き故です」

 彼はわずかに頭を下げて言った。

「先程も申した通り、此度の祝祭は毎年の例祭とは無比なほど重要なものなのです。それが失敗したとなれば、この街全体が揺らぐ……。我が教団の運営は寄付ばかりでなく、さまざまな有力企業からの支援を得て成立しております。かれらを失望させたくはない……あなたがたを襲った信徒たちもそう思ったのでしょう」

 ジョンディは、悔いと憂いを含んだ息を吐き、

「私が個人的に許せぬのは……職権を乱用してあなたがたを捕え、あまつさえ殺そうとした警官たちだ……。我が信徒であるにも関わらず、汚職をしていたのだから」

 と拳を固く握った。
 彼はすこしの間、目を伏せ、それからバーキンを見て言う。

「此度の惨劇を引き起こしたのは鉄面宰カルバリ……。彼と、彼に同調した者たちには私が責任を持って、然るべき処罰を下すことをお約束します。そしてあなたがたを襲ったハイルダイン・セキュリティサービスとは、今後一切の取引をせぬことも誓いましょう……!」

 熱のこもった眼差しだった。だが、バーキンはさとっていた。彼の胸中が、しんと冷えていて、心の痛みに動揺していないことを。
 とはいえ、それからの話はバーキンらにとっても損ではない方向へと進む。
 信徒らの生活も支えねばならないため、バーキンの配送業務は今までどおり行ってほしいとのことだ。当面の間は教団内の改善に専念することを宣言された。
 そして、

「あなたがたにも、変わらぬ日常をお約束します」

 と言ってジョンディは事務所を後にする。
 バーキンとコガワは、彼の車が失せてから顔を見合わせた。

「……どうにも怪しいな」
「コガワさんもそう思いますか」
「ハイルダインの後釜はたぶんブレード・ディフェンドでしょう? ルカさんとやらを攫った……」
「終戦というよりも……休戦ってところでしょうね」
「……あなたが望むなら、別の仕事を持ってきますが」
「――コガワさん」

 バーキンは向き直る。

「あなた……実は反対派の人間なんじゃないんですか?」
「なぜそう思うんです?」
「……前の土曜日に、動力教団への反対演説があったでしょう? あの聴衆の中にあなたを見た」

 その言葉で、コガワの眉がひそまるのをバーキンは見逃さなかった。

「配送から戻ってきたとき、いつも何か変わったことはなかったかと訊いてくるのも、もしかしておれを使って情報収集してるんじゃないんですか? 連中の弱みを握ろうと――」
「さすがはもと傭兵だ」

 コガワは目を伏せ、笑みを浮かべた。

「おっしゃる通り、私は反・動力教団グループと通じている。正規メンバーではないがね……」
「……仕事はこのままで大丈夫です。ただ……コガワさんもどうか用心を」
「ありがとう。また困ったことがあったら連絡をおくれ」

 バーキンは頷き、車庫へ向かう。
 彼の背に、コガワが言った。

「お気をつけて」

 そしてその日は、多少遅れはしたものの業務自体は無事に終わる。案の定宿舎側は人が多く、ざわついていた。だが荷捌き場も、本殿も先週以前と変わらぬ空気を漂わせていた。
 ひとつ違うところといえば、小銃を持つ傭兵がいなくなり、刀を帯びた傭兵に変わったことであった。
 表向きはいつもの毎日が続く。だがバーキンはその中に感じていた。神殿の、聖の境をくぐる度、鋭い敵意が自分に向いているのを。それは刃物に例えるなら、よく研がれたナイフだ。そして、バーキンはそれに馴染みがあった。自分に向けられるのは初めてだが、ずっと近いところで感じていたものだった。


 自室に戻り、夕食を済ませてしばらく経ったころ、彼はまた刃の気配を感じる。
 彼はコンテナケースの中からナイフを取り出した。刃渡り十五センチを超えるコンバットナイフだ。
 シースに納まったままのナイフを手に、バーキンは玄関扉を開ける。
 外の冷えた空気を吸い込んで、鈍色の空を見たまま言った。

「一人か?」
「ああ、誰もいない。……私ひとりだ」
「そうか……。……久しぶりだな、カルンウェナン……いや――」

 バーキンは視線を下ろし、それから振り向く。

「ラムダ」

 彼の横には、かつての仲間が腕を組んで立っていた。黒のタクティカルギアに身を包み、フルフェイスマスクで顔全体を防御した出で立ち――当時のままだ。
 ハイランダー<カルンウェナン>のラムダ。
 ラムダはこちらを睨む。ナイフを得意武器とするスタイルに違わない、紫電の目つきだった。
 その目を逸らすことなく、ラムダが組んだ腕を解き、こちらに向き直る。手がナイフのハンドルを握った。

「よしてくれ」バーキンは言う。「今度こそ追い出されかねない」
「ならばそのナイフはなんだ」
「……念の為だよ」

 バーキンの言葉に、ラムダはしばしの沈黙を挟んでから言った。

「我々が動力教団に雇われたのは知っているだろう? ……戻ってこい」
「断る。依頼があったのか、そっちから売り込んだのかは知らないけど、いたいけな女の子を騙すとこまで落ちぶれた場所には帰る気が起きん」
「……やはりか……やはりきさまには所詮その程度の誠意しかなかったわけだ」

 ラムダがナイフを抜く。
 バーキンも呼応して抜き身のナイフを手にした。
 ラムダの斬撃を、バーキンは後ろに跳んで避け、追撃は身を屈めて躱す。
 体を起こす勢いで、こちらもナイフを突き上げた。
 が、ラムダは背を反らせて回避し、膝蹴りをバーキンの顎に当てた。
 バーキンはそれを受けて片膝をつく。
 そこに、ラムダの刺突が降りかかってきた。ラムダはナイフを逆手に持っていた。
 脳天に刃を突き立てられる前に、バーキンは彼の手を掴み、頸動脈へナイフのポイントを突きつける。
 両者は拮抗し、しばし睨み合いが続いた。
 ラムダは突然目を閉じ、ナイフを持つ手の力を抜く。

「……やはり岩拳宰を退けただけのことはある。ブランクをまるで感じない」

 それを聞いて、バーキンも手を離した。
 二人はナイフを納め、改めて向き合う。

「それだけに残念だ」

 言いながらラムダはユーティリティーポーチから一通の手紙を取り出し、投げてよこした。
 バーキンはそれを受け取る。

「これが目的なら最初からそうしてくれ」
「いいから読め」

 バーキンは手紙の封を切り、中の便箋を開く。
 そこでドキリと、心臓が跳ねた。

 エクスカリバーからカラドボルグへ

 それ以上、内容を読むことにためらいを覚えた。恐怖に近い感覚だ。
 が、一方であの人からのメッセージに、懐かしい筆跡に、一抹のぬくもりを感じてもいた。
 彼はラムダに一瞥をくれた後、便箋を開ける。
 そこには、ブレード・ディフェンドで使われていた暗号の短いメッセージがあるばかりだった。
 内容は素っ気ないもので、所定の時間に指定した場所へ来いというものだ。

「すっぽかすなよ」

 ラムダが言う。

「そんなことできるわけないだろう……」
「フン、白々しい……」

 言いながらラムダは階段を降りようとする。
 去り際、彼は言った。

「人伝いに詫びを入れるようなヤツなど信頼しきれるか」

 彼の言葉に、バーキンは何も言えなかった。
 ただ、かつての戦友の後ろ姿を見送るしかできないでいた。
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