ガロンガラージュ正衝傳

もつる

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チャプター5

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 フレーシとカルバリが左右に散開して、バーキンとアリシアに迫る。
 バーキンは斬撃を繰り出した。
 だがフレーシは裏拳を鎬に滑らせ、太刀筋を狂わせると、密着して拳を当てる。
 重い衝撃がバーキンの胴を突いた。
 バーキンは後ろに退いて咳き込む。跳んで威力を殺ぐ暇もなかった。
 今度は蹴りが来る。正面蹴りだ。
 バーキンは紙一重で躱し、斬撃を放つ――そう見せかけて肘鉄を当てた。
 肘はフレーシの頬骨に命中し、彼をふらつかせたものの、すぐに立ち直り追撃は阻止された。
 また太刀筋を狂わされ、斬撃が不発に終わる。
 早くも防戦一方に陥ってしまった。
 フレーシの拳の嵐は、容赦なく彼を削っていく。致命打こそ回避できているが、焦りがじわじわと顔に出始めたのを自覚した。
 バーキンは一旦距離を置き、呼吸を整える。
 フレーシは警戒ゆえか、動きを止めた。
 が、それは僅かな間だった。
 フレーシが突進してきて、バーキンも踏み込む。
 刀を突き出し、同時に迫る拳を受け止めた。
 掌にひりついたショックが伝わるが、相手の拳を封じた。
 だが一方で、こちらの刀を持つ手もまた、ホールドされていた。
 フレーシの指は、関節の存在を疑いたくなるほど、強固にバーキンの右手を掴んでいる。

 岩拳宰とはよく言ったものだ。

 バーキンはそう思い、ロックアップを維持したままフレーシと睨み合う。


  ◇


 アリシアはカルバリの刺突を避け、バーキンを横目で見た。
 形勢はバーキンの不利みたいだ。が、こちらも助太刀の余裕が無い。
 カルバリはナイフを持ってから身のこなしが違っていた。斬撃、刺突、手刀に掌底と、やたら手数が増えている。
 彼女は左の詠春刀で斬り結び、反対側から脇腹目掛けて来た掌底を脚で受け止めた。
 そして右の詠春刀を振り下ろす。
 だがカルバリの掌底が斬撃を弾いた。
 続けてナイフが迫る。
 アリシアはバック転で躱し、また攻めた。
 カルバリの刺突がアリシアの眼前に迫る。
 彼女は一気に身を低くし、全身のバネで斬り上げた。
 斬撃はカルバリの左腕と、仮面に刀傷をつくる。
 追い打ちに蹴りを喰らわせたが、カルバリは咄嗟にナイフを薙ぐ。
 姿勢が崩れて力を乗せきれなかったが、カルバリは己にできた傷を見て小さなうめき声を上げる。

「……仮面じゃ視界も悪いんじゃないの?」

 アリシアは詠春刀の切っ先を彼に向け、構え直した。


  ◇


 バーキンはフレーシの目が、一瞬だけアリシアとカルバリに向いたのを見逃さなかった。
 彼は拳を手放すと同時に足払いを放った。
 フレーシの身が地に倒れたところで刀を突き立てる。
 そのままいけばフレーシの頭蓋骨を貫き斃していたところだった。
 が、フレーシは首を反らせて刺突を避け、蹴りを伴って立ち上がる。
 蹴りを受けたバーキンは刀を手放し、身を屈めた。
 バーキンは刀を再び手に取ろうとして、考え直す。
 コイツ相手に刃渡り約九十センチの長尺刀は不利だと、ようやく確信した。
 確信して、

 おれも鈍ったもんだ。

 と自嘲の笑みを浮かべる。
 しかし、段々と昔の感覚を思い出してきた。
 ゆっくりと息を吐き、フレーシの突きに臨む。
 命中ギリギリでその腕をいなし、拳を繰り出す。
 拳は受け流され、バーキン自身も背を晒す。
 ここから来るのはおそらく延髄目掛けての肘鉄だ。
 バーキンは身を屈め、両掌を地につける。上空で風切り音。
 それから踵落としの気配がして、バーキンは四肢で真横に跳ねた。
 踵落としがアスファルトを穿ち、クレーターを作る。
 バーキンは破片を振り払いつつ片膝立ちで起き、フレーシの次の攻撃に備えようとする。
 フレーシが跳び、脚をしならせる。脚が弧を描くと上からの蹴撃が来た。
 防御はできたが不充分だった。
 バーキンは蹴りを受け止めた自らの腕ごと身を折り曲げられる。
 地面に伏せて思わず苦しい声が漏れた。
 フレーシが鼻で笑い、追い打ちに迫る。
 バーキンは地を這う体勢で相手の懐に潜り、アッパーカットを繰り出して顎を打った。
 フレーシが大きく仰け反る。

 胴に隙――好機だ。

 バーキンはフレーシのボディに何発も拳打を浴びせ、ソバットで仕上げようと半身を引いた。
 しかしフレーシは、雄叫びを伴う蹴りで反撃してきた。
 バーキンとフレーシ双方の蹴りがぶつかり合い交差する。
 脚を引き、また拳を交える。
 速さは互角。重さはフレーシのほうがやや上だ。
 まもなくバーキンは競り負け、右ストレートを受ける。
 両腕のガード越しに背中まで衝撃を浴び、後ろに滑った。
 そして、地面に突き刺さったままの刀の感触をブーツ越しに得る。
 両腕をだらりと下げ、バーキンは猫背の姿勢でフレーシを見据えた。
 長い息を吐く。
 フレーシがにやりと笑う。その笑みはすぐに消え去り、突進が迫る。
 バーキンは後ろの刀に手をかけ、切っ先を突き出した。
 ギリギリのところだった。
 フレーシは己の脳天が串刺しになる寸前で止まった。
 うろたえた表情のフレーシ目掛けて、バーキンは前に出る。
 刀を手放し、彼の頭へと腕を伸ばした。
 バーキンの掌がフレーシの後頭部を捉える。
 そのまま足払いと共に体を浮かし、全体重をフレーシの頭へとかけた。
 重力を味方につけたバーキンの攻撃は、フレーシの顔面をアスファルトに叩きつけ、血しぶきを舞い散らせた。
 衝撃でフレーシはすこし首を反らせ、どさりと地に伏せた。
 この一撃でも絶命には至らなかったようで、彼は苦しそうな声を絞り出しながら立とうとする。が、すぐにまた突っ伏して動かなくなった。
 そこにカルバリの声。

「岩拳宰!?」

 次の瞬間には、アリシアがカルバリの顔に回し蹴りをヒットさせていた。
 鉄色の仮面が割れ、カルバリは背中を打ってバウンドすると、うつ伏せに倒れる。
 バーキンは刀を拾ってアリシアの隣に行き、

「お見事」

 と軽く笑った。
 アリシアはこちらを一瞥して、それから目を閉じ笑う。
 すると、カルバリが唸って起き上がろうとした。
 カルバリの顔がこちらに向く。鉄面は目元が割れて、彼自身の右目があらわになっていた。
 バーキンはトドメを刺そうとしたが、アリシアのほうが早く動いた。
 彼女は詠春刀を右手に二つまとめて持ち、転がったカルバリのナイフを蹴って遠ざけると、彼の前に立つ。
 カルバリは小さく唸り、自ら仮面を外した。

「わたしの負けだ……。殺せ」

 アリシアは詠春刀のナックルガードでカルバリを殴り倒した。
 今度こそカルバリは意識を手放したようだ。
 バーキンは深呼吸して、昂ぶった神経を落ち着かせる。アリシアも同じようにした。


 バーキンとアリシアは、気絶したルカ一家を介抱する。
 目を覚ましたルカは、眼前のアリシアを見るやいなや、大粒の涙を流しながら彼女を抱きしめた。

「ありがとう……アリシア……」
「気づくの遅れてごめんね……でも無事でよかった……」

 そんな二人を見て、バーキンとルカの両親は目を細める。
 両親はバーキンに向け、

「本当にありがとうございます」
「あなたたちのお蔭です。ありがとう」

 と言った。
 が、バーキンはこう返す。

「いえ……元はといえばおれが軽率だったからです」

 両親が首を傾げると、ルカが言う。

「バーキンさんは何も悪くありません。ぼくとアリシアに、最善を尽くしてくれた」
「ルカの言う通りさ」アリシアも頷く。「バーキンがいてくれたから、アタシたちはまたこうして巡り会えた」
「……おれが礼を言わなきゃいけなくなりそうだ」

 バーキンは顔を逸らして言った。
 それからアリシアと共にチェーンの切れたバイク――ネロに向かう。

「追手が来る前に逃げよう」彼はアリシアと二人がかりでネロを持ち上げる。「みんなおれの車へ」

 ルカたちはピックアップトラックへ駆け寄った。
 助手席にルカが乗り、荷台に固定したネロの脇にアリシアとルカの父母が寝転がる。
 皆が乗ったのを確かめ、バーキンはアクセルを踏み込んだ。


  ◇


 司教ジョンディは、五行宰の三人、そして新たに契約を結んだ傭兵を率いて、戦場となった宿舎の庭へと踏み入る。
 まだ周囲には硝煙の匂いがかすかに残り、固まりつつある血の匂いがそこに交じっていた。地面や壁にも弾痕や穿たれた跡が目立つ。葉麗宰ようれいさいミィパが指先でそれをなぞった。
 ハイルダインの傭兵たちは皆手足を放り出し転がっていて、岩拳宰と鉄面宰も同じように死体同然の姿を晒している。

「だからテヤンの日は前倒しにすべきと言ったのです」

 氷胆宰ひょうたんさいブライレムがため息と共に言う。
 彼にミィパが返した。

「まだ<霊的活力>に余裕があるうちだと、また次のテヤンの日が三十年後とかになっちゃうんじゃないかしら?」
「あれはヴェラボの姪の人選が――」

 と、ブライレムは言いかけて黙った。
 ジョンディは何も言わずに彼を睨めつける。
 その横で、炎占宰えんせんさいヒュシャンが方位盤を表示した端末を見つつ言った。

「今日この宿舎は凶方位に入っています。ヴェラボの姪が逃げ出そうとせずとも、何らかの形で失敗していたでしょう」
「……まったく、そなたはいつもそれだ」

 ブライレムの、皺深い顔の眉間がさらに深まる。

「確かにそなたの占いはよく当たる。それは認めよう。だが今回は我が街の存亡がかかっていると言っても過言ではない。多少星回りが悪くとも――」
「運勢ではないな。必然だ」

 言ったのは新たなる傭兵――ベルフェン・ガウスだった。
 彼はハイルダインの小銃を拾い、鼻を鳴らす。

「ミスター・ブライレム。知ってるか? ハイルダインは俺たちPMCの間ではけっこう評判が悪い。創業何十年だか知らんが、旧態依然とした経営でオペレーターの質も低いとな」
「質が低い? かれらはわしの折り紙付きだ。若造どもが忘れつつある滅私奉公の精神を、今でも持っておる素晴らしい傭兵たちだぞ」
「できもしない仕事をハイハイ引き受けて媚びを売る連中がか? 俺たちPMCは技術を売るのが仕事だ」

 ベルフェンは銃を放り捨てる。

「そもそも最初の作戦からしてひどいもんだ。女子高生が相手だからナンパに見せかけて誘拐だって? 立案したヤツは教団を潰したいのか?」
「きさま!」
「氷胆宰よ」

 ジョンディは言った。
 ブライレムが握った拳を下げ、こちらへ向き直る。

「ハイルダイン他、ブレード・ディフェンドを除く民間軍事会社との契約は全面終了する」
「そんな! 神殿を護る傭兵の数が大幅に減りますぞ!?」
「だから俺たちが残るんだ」

 と、ベルフェン。彼は続けてジョンディに言う。

「ただちにオペレーター増員の手配をしましょう。我々ハイランダーも、引き続き……」
「フン、わけのわからん薬でドーピングしておる連中など、肝心な時に役に立たんに決まっておる」

 ブライレムがベルフェンを睨みつける。するとミィパが言った。

「けどフレーシはいいとこまで追い詰めてたみたいよ? あの、カラドボルグだっけ……?」
「それはフレーシだからだ。薬なんぞ毒の言い換えでしかない。百害あって一利無しだ」
「ああ……アナタの薬嫌いは今に始まったことじゃなかったわねぇ」
「司教」ブライレムはジョンディに振り返る。「わしが直々に動きます。<商会>の力も総動員すれば必ずや……」
「ウム。好きなようにやるがよい」

 ジョンディは答えた。

「は。このブライレム、氷胆宰の称号に恥じぬ働きをご覧に入れます」
「だが体勢を立て直す必要がある。しばらくの間、荒事は絶対に避け、波風を立てずに事を進めるのだ」
「御意……」

 ブライレムは深々と頭を下げ、その場を去ってゆく。
 それからミィパに言った。

「葉麗宰よ。死者の弔いと、再起し難いと思われる生者の介錯を」
「かしこまりました」

 嬉しそうな口調で、ミィパは答える。
 そして、ベルフェンに言った。

「フラガラッハどの、ブランドン……<エクスカリバー>どのを呼んでいただきたい」
「ええ、ただちに――」
「その必要はない」

 硬い靴音と共に<彼>が現れた――。


  ◇


 バーキンのピックアップトラックは、ルカ宅の前で停まり、それから<夜逃げ>の準備をする。
 使える車はマルーンのミニバンだ。荷物の積載に不向きというわけではないが、少なからず制約がある。
 そのためバーキンは、アリシアと共にルカ一家が持ってゆく物の厳選と、車への積み込みを手伝う。家の鍵のうち一つはアリシアが預かることになった。ハウスキーパーも兼任するのだ。
 作業の途中で、アリシアとルカの会話が耳に入ってくる。

「そういえばルカはさ、どうやって逃げたの? 部屋に閉じ込められてたんでしょ?」
「あー、それは……ええっと……ごはんを運んできた看守の人の銃を奪って……」

 バーキンは己の耳を疑い、ルカのほうを見た。
 アリシアも目を丸くしている。
 するとルカが焦った口調で、

「えっだってアリシア、ぼくに銃持ってる人の見分け方とか、格闘技とか教えてくれたじゃん!」

 と言った。

「いやそうだけどさあ、まさか……まさかホントに役に立つとは……嬉しいけど、嬉しいけど……信じられない……」
「ぼくも必死だったから……」

 とルカは苦笑する。
 バーキンもつられて苦笑いした。
 するとルカの父が言う。

「そのお蔭で、私たちは今こうしてる。ありがとう、アリシア」

 母はルカの肩に手を乗せ、にこりと笑う。

「ほんとうに……良い彼女さんと巡り会えたわね」

 両親の言葉に、アリシアもルカも頬を赤くした。
 そんな光景を、バーキンは微笑んで、静かに見つめていた。
 まもなく全ての荷物が車に乗る。あとは出発するだけだ。
 ルカたちはいくつかのモーターロッジを経由して、教団の権力の届かないガロンガラージュ外へと向かうつもりだった。父の伝手で、住む場所のあてはあるとのことだ。
 家の灯を消し、鍵をかけると、ルカとアリシアは見つめ合う。

「気をつけてね」アリシアが言った。
「うん、アリシアも」
「……しばらく会えなくなるのは、正直淋しいけど――元気でね」

 ルカは頷く。
 二人はハグして、最後の未練を清算した。
 かくして、ルカ一家を乗せたミニバンはガロンガラージュを去ってゆく。
 バーキンとアリシアはテールライトの赤い光を見送って、それからアリシアの家へと向かった。


 ミッドナイトブルーの空には月がひとつ。
 静まり返った道路を、オレンジ色の街灯たちが照らす。
 バーキンは凪いだ心持ちで、車を走らせる。助手席のアリシアは疲れが出てきた様子で、窓枠に肘をかけ、ぼんやりと外を見ていた。
 そうやって数分ほど、静寂と共に走る。
 ふと、アリシアが言った。

「……ほんとにありがとう。バーキンがいなかったら、きっと最悪の結果になってた」
「きみの意志の力だよ。おれはそれを助けただけさ」
「だとしたら――」アリシアは己の手を見る。「神さまの助けも同然だ」
「神さまか……」

 バーキンは笑った。
 その笑い声を聞いてか、アリシアはすこしおどけた口調で言う。

「なに? アタシにくれた薬、天からの授かり物とかだったりする?」
「まさか」バーキンは肩をすくめた。「でも、もしかしたらそうかもな」
「ブレード・ディフェンドの、門外不出の薬なんでしょ?」
「ああ。刀剣を使うスタイルの、もうひとつの理由……最大の理由さ」

 バーキンは答える。

「数カ月間、銃弾すら跳ね返して岩をも砕く超人にするんだ。そういう人知を超えたパワーが使われてても納得だろう?」
「そうだね……。でもアタシらにとってはキューピッドかも」
「それもそうだ」

 バーキンはアリシアと共に笑い声を上げる。
 すこし落ち着いてから、彼は吐く息と共に言った。

「……きみたちが眩しいよ」
「青春時代を思い出す?」
「……そうだな……きみらに、理想の自分を重ねてるのかもしれない」
「理想……?」

 バーキンは微笑で答え、それから訊く。

「彼女とは学校で知り合った?」
「うん。一年の頃からのクラスメイトだった。……あのコ、前から人当たりは良かったけど、やっぱり……憂いというか、自分はみんなとは違うっていう気持ちがあったのか、距離置いてた」

 アリシアはまた、自分の手を見た。

「アタシがいっつもハーフフィンガーの手袋つけてるのもさ……子どもの頃からのファッションっていうのもあったけど……ルカの淋しさをすこしでも和らげたいって気持ちが無かったわけでもないんだ」
「そうだったのか……優しいな」
「……バーキンにも、そういうエピソードあるの?」
「おれは……そうだな……きみらに比べるとあっさりとしてたけど」

 バーキンは続けて言う。

「大学を卒業したまではよかったんだ。だけど職にあぶれて……正直自殺すら考えたこともあった。けど、そんなおれを……あの人は拾ってくれた。設立したばかりのブレード・ディフェンドに迎えてくれて、ハイランダーになった。今にして思えば、幸せな毎日だったよ」
「……なら、どうして辞めたのさ? あ、いや、答えたくないならいいんだけど――」
「……巨域で銃の乱射事件あったの、知ってるかい?」
「ああ……確か――.二十二口径弾と銃を規制するきっかけになったっていう」

 バーキンは頷く。

「事件の現場に、おれたちも居合わせたんだ」
「え……じゃあ、犯人をやったのって――」
「……あの人さ……。おれは何気なく巨域の二番街に出かけただけで丸腰だった。でも彼は……研ぎ師に預けてた刀を受け取りに行った帰りでね」
「イヤなタイミングだね」
「ああ。まったくさ」バーキンは苦笑する。「勇気を出して食事に誘った直後だった」
「……イヤなんてもんじゃないね……最悪だ」
「……その日から、あの人は変わった。口数も減って、言動も荒れて……トレーニング中もまるで怒りをぶつけるように、器具を何度も壊すように……しまいには任務中の殺人も厭わなくなって……見ていられなくなった」
「それは……なんというか……つらいね」
「……まあ、過ぎたことさ。でも……」

 バーキンはすこし黙って、そして言う。

「あの時――あの人を食事に誘った時に出したのは勇気じゃなくて、要らぬ欲だったんじゃないかって。もっとわきまえた行動をしてれば、もっと明るい未来があったんじゃないかって、たまに思うんだ」
「アタシは、バーキンが欲張ったとは思えない。たぶん、ホントに不運だっただけだよ。……勇気とか、正しいと思ってしたこととか、全部が良い結果になるとは限らないじゃん」
「そうか……そうだよな……」
「むかつく現実だけど……。でもそのことがバーキンと、アタシやルカを巡りあわせてくれたって思うと、ちょっとは気慰みに……なるかな……?」
「……きみの言う通りだ……」

 バーキンの笑みが、やわらかくなる。

「過去の未練をつらつら吐いたけど……なんだかんだで、今は久しぶりに心が充実してる。きみらと知り合えて」
「なら、よかった」
「だから、おれからも言わせてくれ。……ありがとう」

 バーキンの言葉に、アリシアは照れくさそうな笑いを浮かべ、また窓の外に向く。
 会話はそこで途切れ、また静けさと走る。
 教えてもらった道を正しく走っているなら、そろそろアリシア宅だ。
 バーキンは、

「そういえば、バイクはどこに――」

 とアリシアの方を向いて、彼女が眠っているのを見とめた。
 あどけない女の子の寝顔がそこにあって、彼は静かに微笑む。
 真夜中の帰り道を、バーキンの車だけが駆け抜けていった。


  ◇


 アリシアはやわらかいベッドの上で、嗅ぎ慣れたにおいと目覚めた。
 一瞬惑ったが、すぐにバーキンの車の中で寝落ちしてしまったことを察する。
 彼女は身を起こそうとして、体のごわつきを覚えた。昨日の格好のままだった。とはいえ、ブーツや手袋は外され、ジャケットも椅子にかかっていたが。
 バーキンが自室まで運んできてくれたんだなと、彼の気遣いに感謝した。
 しかし、何気なく手に取った時計を見て残りの眠気が全部吹っ飛ぶ。
 家を出る時刻はとうに過ぎていた。
 アリシアは大慌てで準備を行い、並行して朝食を摂る。戸棚のパンケーキを、りんごジャムもつけずにミルクで流し込み、ネロのところへ急いだ。
 そこで、昨晩の闘いでネロが乗れない状態なのを思い出す。

 こんな時に発車できないなんて!

 アリシアは絶望し、親が出張で不在という間の悪さを呪い、遅刻する覚悟を決めた。
 が、その時視界の端にピックアップトラックが停まり、声がかかった。

「おはようさん」

 バーキンだった。

「こうなるかと思って、見に来て正解だった」
「――恩に着るよ!」

 アリシアは車に飛び乗り、どうにか遅刻を免れた。
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