ガロンガラージュ正衝傳

もつる

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チャプター2

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 バーキンはアリシア、ルカと共に狙撃犯から逃れて、ひとまず落ち着くことのできる場所へと至る。
 そこはレストランから数分のところに建つショッピングモール、その地下駐輪場だった。けっこうな数の自転車が置いてある。店舗への入り口の傍には大きな駐車券読み取り機が鎮座していた。
 三人はひとまず警戒態勢を解き、呼吸を整える。

「大丈夫かい?」バーキンは訊いた。
「アタシはなんとか……」とアリシア。もう息が整いつつある。

 彼女はルカの肩に手を乗せ、言った。

「ルカはどう? 平気?」
「うん……なんとか……」

 ルカの薄桃色の肌は赤みを増して、高熱を帯びているような感じさえ受けた。
 三人とも間もなく体と頭が冷え、状況のまとめを行う。

「あのチンピラども……頼まれてやったとか言ってたな……」
「もしあなたが助けてくれなきゃ……アタシらあのまま店を出て、待ち構えてたお仲間にかっ攫われてたかもね」
「そういえば……食事中に妙なバンを見かけた。ガラスに全部スモークフィルム貼ってるやつを」
「やっぱりな」アリシアは顔をしかめた。
「でも……どうしてぼくたちを……?」
「……狙いはきみだけかもしれないね」

 バーキンはルカを見る。
 アリシアも頷いた。

「あのスナイパー、アタシまで撃ってきたんだ」

 続けて彼女は、バーキンに向かって言う。

「庇ってくれて助かりました。ええと……」
「バーキンだ」
「ありがとう、バーキンさん」

 それから二人は改めて名乗る。
 バーキンは携帯端末を取り出した。

「警察に通報しておこう。あとはプロに護ってもらっておくれ」

 彼は緊急ダイヤルを押し、電話を繋げる。
 電話越しの警官に事の顛末と自らの立場を伝え、少女たちの保護を依頼した。

「――承りました。では近くで待っていてください。詳しい話は彼女らが来てから」
「ありがとうございます」

 バーキンは電話を切り、アリシアとルカに言う。

「警察の人がこっちに来てくれる。もうしばらくの辛抱だよ」 


 三人は店舗に入ってすぐ横のベンチへ腰掛けた。すこし身を傾けて振り返れば駐輪場がよく見える箇所だ。今もまた一台、前カゴにショッピングバッグを乗せた女性がやってきた。
 バーキンは姿勢を戻し、コートの肩口を指で強くつまむ。
 アリシアが言った。

「そういえば撃たれて……」
「コートは防弾なんだ」バーキンは弾丸を引き出す。弾丸は先が潰れて、キノコのように変形していた。「眼鏡も防護ガラスで、飛んできた破片くらいなら」
「ひょっとして……軍人さん?」
「もとPMC……大雑把に言えば傭兵だった。だから喧嘩慣れしてるのさ」
「なるほど、どうりで」アリシアは頷いた。「見事な腕前でしたよ」

 バーキンは笑って返す。

「きみも華麗な身のこなしだった」
「格闘技とかバイクとか、好きなんです」

 そう言って彼女は、ハーフフィンガーグローブをつけた己の手を見つめた。

「ただ、ああいう場面で役に立ってほしくなかったかな……」
「でも、お蔭でぼくは助かったよ」

 ルカの掌が、アリシアの手を包み込む。
 二人は見つめ合い、それから微笑みあった。
 バーキンはその様を見てすこし笑うと、また銃弾に目をやる。
 弾は定番の九ミリパラベラム弾。入手経路から犯人を割り出すは難しいだろう。

 やはり特定となると、旋条痕から犯行に使われた銃を探すという手順を踏むことになるか。

 バーキンはそんなことを考えた。
 するとアリシアに声をかけられる。

「拳銃弾?」
「ああ。小銃弾じゃなくて助かったよ」
「すぐ近くのビルからでしたよね? ……いったい何者だったんだろう。どうしてルカを……」
「それは今後わかるだろうさ」

 バーキンはまた駐輪場を見て、深い青の制式トレンチコートと制帽を着用した二人組を目にした。警察官だ。一人は口ヒゲをたくわえ、もう一人は百九十センチはあろうかと思われる長身で、どちらも男だった。蛍光灯の青白い光の下、場内をきょろきょろと見回している。
 彼は違和感を覚えた。

「……二人はちょっとそこにいて」

 と言い、他の客が出ていくのに便乗して駐輪場へ入る。
 二人の警官がこちらに気が向いていないのを確かめて、読み取り機の陰に体を屈めると、聞き耳を立てた。

「……早く来すぎたか? 中で買いもんでもしてるのかな? これでひと安心って感じでさ」
「だろうな。まったく、手間かけさせやがって」
「あいつらがしくじらなきゃ、俺も今頃一杯やってたんだがなァ」
「まあいい。相手は真っ白けな娘ッコなんだ。すぐ見つかる」
「他にも二人いるんだろ? どうするよ」
「適当に理由つけて引っペがせばいいさ。その後は生かすも殺すもお上次第だよ……」

 くそったれめ。

 バーキンは心の中で悪態をつき、二人が背を見せた隙にアリシアとルカのところへ戻る。

「警察はダメだ。行こう」
「ダメって、どういうこと――」
「今来てるのは偽者か汚職警官だ。電話では女性の警官をよこす口ぶりだったのに男が来てる」
「そんな……!」ルカが言う。「何かの手違いじゃあ――」
「聞こえたんだ、やっぱりきみだけが狙いで、おれたち二人は最悪の場合……殺される」

 バーキンの言葉に、アリシアたちは顔を見合わせ、立ち上がった。
 昼下がりの空気の中、明朗なBGMと数多の買い物客で賑わうモール内を、三人は急ぎ足で進む。

 連中が警察に通じているというのなら、いったい誰を頼ればいい?

 バーキンは真っ先にコガワの名が浮かんだが、彼はただの営業マンだ。頼りにしているといっても、それは仕事の上での話だ。こんな状況でいったい彼に何をどうしろというのか。
 彼はまた思慮を巡らせ、どこかに解決の糸口が無いか考えた。

「……きみらの家はどのへん?」彼は問う。
「四番街と五番街の境目くらいに」とアリシア。「今日は電車を使ったんです」
「なるほど、じゃあ駅に――」

 と言おうとして、やめた。

 あのチンピラどもも、狙撃手も、おそらく二人の行動を予測して逆尾行していたはずだ。ならば――。

「家に帰るのは危険だと思います」

 言ったのはルカだった。

「もし家を特定されてたら……」
「だろうね……」アリシアが頷く。「レストランのアイツら、たぶんアタシらが行くとこを予め調べてたはずだ」
「なら……」

 バーキンは言いかけて、すこしためらう。
 汚職警官から逃げてすぐ思いついていた案だったが、今はこれしか良いと感じるものが思い浮かばない。

「ひとまずおれのアパートに来ないか?」


 バーキンの提案は意外とあっさり承諾された。彼自身は、まったくもってその気・・・は無いのだが、男の部屋に女の子を招待するなど、どんな状況であっても下心があると捉えられかねない。それなのに、アリシアとルカはバーキンを信用してくれている様子だった。

 ならばその信頼に応えないわけにはいかない。

 バーキンは二人を伴って、アパートへの道を進む。警戒しながら、遠回りを繰り返して。
 幸い、すれ違うのは子供か老人ばかりで、敵と思しき者とは出くわさなかった。が、やはりルカの白さはもの珍しいらしく、三人は好奇の視線を浴びながら古びたコンクリート壁の伸びる道を歩いていく。
 自室に着くころには、すっかり日が暮れていた。玄関扉を開けると同時に、街灯が光を放つのが脇目に見えた。
 全員入って、バーキンはドアチェーンをかける。

「狭い部屋で申し訳ない」
「いえ、助かります」

 それから三人は手洗いとうがいを済ませ、今度こそ休息の時間を得る。
 アリシアとルカにはひとまずベッドに腰掛けてもらい、バーキン自身はPCデスクに尻を乗せた。

「なんというか……」とアリシア。「シンプルな部屋ですね」
「そう?」

 バーキンは自室を見回す。着替えやオフシーズンの衣類、礼装はクローゼットの中に収納してあるし、他にあるのは小さな冷蔵庫と五段スチールラックに載った大小のコンテナケース、小さな本棚、救急キット。あとは仕事用のカバンと、愛刀を納めたソフトケース。
 己にとってはあたりまえの光景だが、言われてみれば確かにそうだ。ベッド下にあるのも非常用持ち出しバッグと工具箱くらいだ。ゴミ箱も車載用の小さなものを種類別に数個置いた程度である。テレビすら無い。

「バーキンさんは、ミニマリストなんですか?」

 アリシアが訊ねる。

「うーん……自覚は無いけど、たぶんそうかもしれない」
「アリシアの部屋も、けっこう似た感じで……すこし落ち着きます」
「アタシの部屋はもっと殺風景だよ」

 二人は笑い合った。その顔に安らぎの色が見えて、バーキンもほっとする。
 彼はまた立って、

「食欲が無いかもしれないけど、何か腹に入れておこう」

 と言った。

「ありがとうございます」
「うどんでいいかな?」

 彼は乾麺の袋を手に取る。

「お願いします」アリシアが答えた。「あ、手伝いますよ」
「いいさ。どうせ茹でるだけだし、ゆっくりしてて」

 バーキンは鍋に水を入れ、湯を沸かすと、乾麺をいつもより多めに入れた。
 沸騰して吹きこぼれないよう、たまにかき混ぜつつ、茹で具合を確かめる。
 いい塩梅にほぐれたところでIHヒーターの電源を切り、食器の用意をした。
 朝食のグラノーラを入れる深皿と、うどん用の丼。それにステンレスマグだ。

「箸は……割り箸がいくつか残ってるな……コンビニ弁当買った時につけてもらったやつだけど……」

 バーキンは割り箸を二膳取り出し、粉末スープを溶かした器と共に二人へ渡す。
 ルカが訊いてきた。

「バーキンさん、もしかしてマグカップで食べるんですか?」
「まあね。わんこそばみたいで趣があるだろう?」

 彼は笑った。ルカとアリシアも、つられて笑う。
 かくして用意ができた。
 揚げ玉や海苔、魚のフレークをトッピングに用意し、

「いただきます」

 夕食が始まる。
 三人は麺取り用の割り箸を代わるがわる手にし、うどんを食べ進めた。

「足りなかったら、シリアルとオートミールがあるよ。あと卵も」
「いえ、これで充分です。ありがとうございます」

 ルカが言った。
 アリシアも頷いた。それから彼女はバーキンのマグを見て言う。

「あれ? そのロゴは……」
「おっ、<ブレード・ディフェンド>をご存知?」
「ええ。刀剣を使う民間軍事会社でしょう? バーキンさんもそこに?」
「まあね。しかしよく知ってたね」
「けっこう有名ですよ」アリシアは笑う。「でも、どうして銃じゃなくて剣を?」
「まあ、理由はいろいろある。そのうちのひとつが、流れ弾の心配をしなくていいってことだね」
「あー……たまに取り沙汰されますよね、流れ弾被害」
「おれが現役だったころは、ガロンガラージュ圏内で施設や物流の警備をメインにしてたからさ、海外へ行くような物々しい武器が必要なかったっていうのもある」

 言いながら、バーキンはカップをくるりと回し、プリントがすこし削れて欠けた社章を見つめる。
 そして、机の上に置いたままのピルボトルを一瞥した。
 夕食が終わり、バーキンはいつも通り皿を洗おうとする。が、アリシアとルカはせめてものお礼にと、後片付けを代わってくれた。
 水の流れる音と、それまで無縁だったふわりと甘い香りに、バーキンは心の潤いを感じる。
 その凪いだ気持ちが、彼に解決の糸口を掴ませた。

 ブレード・ディフェンドだ。

 バーキンは端末を手に取り、電話帳を開いた。

 けれど――あの人に電話するのはまだすこし抵抗がある。
 となると、ベルフェンかラムダか。
 ラムダはきっと、今も怒っているだろう……。


 夕食と片付けが終わって、ゆっくりしていると、入浴時間が来た。

「外で待ってるから、出たら電話して」
「お時間とらせませんよ」アリシアが言った。「一緒に入るんで」
「そのほうがお湯も使わないですし」

 と、ルカも乗り気のようだ。

「そう……。じゃあ、待ってる」

 バーキンは刀のケースを担ぎ、玄関扉を開けた。
 かすかに聞こえるシャワーの音を背に、バーキンはベルフェンへ電話をかける。

 たのむ、出ておくれ。

 何度目かのコール音がして、懐かしい男の声が聞こえてきた。

「よう、久しぶりじゃないか」
「ああ……こんばんわ。夜分遅くに申し訳ない。……助けてほしくて――」


 バーキンは、風呂上がりのアリシアとルカに、先程の電話の件を話す。

「――そういうわけで、明日の朝に巨域の十番街へ行くことになる」
「ほんとうに……なんてお礼を言ったらいいか……」

 ルカが言った。その声はすこし震えていた。
 アリシアはそんな彼女を見て、目を細めている。

「昔の知り合いを頼っただけさ。……昔のね」

 バーキンは改めて自分の有様を認識した。
 そうだ。もう自分は戦士ではない。
 彼はにわかに目を伏せ、下を向いた。

「……バーキンさん……?」アリシアの声。
「……ああ、すまん。とにかく、ブレード・ディフェンドの<ハイランダー>は文字通りの超人だ。だからもう安心しておくれ」

 バーキンは二人に向き直る。

「迎えに来てくれるベルフェン・ガウスは凄腕だし、良い奴さ。もう心配はいらない」


 それから夜も更け、三人は眠りにつく。
 アリシアとルカにはバーキンがいつも使っているベッドを使ってもらう。安いシングルのスチールベッドだが、マットレスは高品質の物だ。二人いても寝心地は悪くないだろう。
 バーキンは刀や貴重品を持って駐車場に向かい、自分のピックアップトラックの中で寝た。


  ◇


 アリシアとルカはほとんど同時に目が開いた。まだ朝は遠い。常夜灯のほんのわずかな光の下で、二人はお互いを見つめる。

「……ありがとう、アリシア」とても小さな声だった。
「バーキンさんのお蔭でもあるよ」
「わかってる……わかってるけどね……」

 彼女がそっと手を握る。

「目の前で人が殺されて……すごくショックだったのに……ものすごく怖かったのに……ずっと横にいてくれた」

 ルカの透き通った瞳が、アリシアにまっすぐ向いた。

「あの日から……ううん、出会った瞬間から、アリシアはずっとぼくを気にかけてくれた。……ありがとね」
「……いいんだ。アタシだってキミに助けられてるし、キミがいるから頑張れる」

 アリシアはベッドの中で、彼女に近づいた。

「全部落ち着いたらさ……今日のデート、やり直そう」
「……うん」

 ルカはにこりと微笑んだ。

「……愛してる」

 二人はそっとキスして、また眠りについた。
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