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チャプター12
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12
ダークはバイクを駆り、ラボへの道を行く。アストルから予め受け取っていたデータと違わぬ道であった。
彼はそこに広がる光景に、すこしだけ惹かれていた。
舗装は戦前のようにきれいで、草木も道路にかかって通行の邪魔になりかねない枝葉を剪定してある。瓦礫も、残骸も、傷跡さえそこには無かった。
とても走りやすい道であったが、一度の会敵も無いまま走り続ける。
ラボまであと半分ほどだが、どんな罠が待ち受けているのか……。
そう思った時であった。
真正面から、ライトブリンガーが姿を見せた。
「レイディアント!」
ヘッドライトの光の裏で、レイディアントが銃を構える。
ダークも銃を構え、撃った。
レイディアントは躱し、そのまま撃ってくる。
ダークは急加速で対処した。
自身への直撃は避けられたが、バイクに中たった音がした。
しかし走りに異変は出ていない。走行に影響のある箇所ではなさそうだ。
ミラーを見ると、レイディアントの回頭がうつった。鋭利なターンだ。
そして追いかけてくる。
ダークは腕だけを後ろに伸ばし、威嚇射撃する。
案の定レイディアントには命中しなかった。彼は一直線に迫ってくる。
あえて減速し、レイディアントに抜かせた。
そこに弾を撃ち込む。バイクのタイヤと、レイディアント自身に。
だが、彼は避け、意趣返しといわんばかりに後ろ手で射撃する。
ダークは避けようとハンドルを切ったが、肩に一発喰らった。
にわかにバランスを崩すと、レイディアントが左に並んでくる。
銃口がこちらを睨んだ。
ダークは距離をとりつつ銃口を向け、撃つ。
両者の銃が火を噴くのは同時だった。
弾丸が空中で正面衝突し、次も、その次も、ことごとく弾同士がぶつかり合う。
果てに同じタイミングで弾切れとなった。
ダークはマガジンをリリースすると、ヘルメットのシールドを上げて銃を咥える。
マグポーチに手を伸ばしていると、レイディアントはもうリロードを完了していた。
空の銃を前に放り投げ、予備マガジンを持つと加速して空中で再装填したのだ。
曲芸めいた手つきだった。
レイディアントがダークを撃つ。
その一発は、ダークの手から銃を撥ね飛ばした。
こちらも再装填を完了した直後だった。
ダークは剣を抜き、斬撃を仕掛ける。
レイディアントの銃撃を剣で打ち除けながら、刃の射程まで近づいた。
一発目の斬撃は空を斬った。
ここで大回りのカーブに入る。
ダークとレイディアントは、攻撃の手を休めコーナリングに入った。ダークがアウト、レイディアントがインの位置だ。
コーナーを抜けると、前に出たレイディアントが銃を納めるのが見えた。
次の瞬間、彼は剣を抜く。
ダークが追いつくと、レイディアントの斬撃が迫った。
それを剣ではじき、刺突を繰り出す。
刺突はレイディアントが減速したことで空振りに終わった。
ダークは相手の右側を取ろうと動く。
が、レイディアントは急加速してそれを妨げた。
続いて斬撃が来る。
自分がやられるのは紙一重で回避したが、バイクのリアカウルに傷をつけられた。
一瞬だけ、ダークはバランスを崩しよろめく。
どうにか立ち直ると、長いストレートでレイディアントと斬り結んだ。
しかし、左腕を右側に向けねばならないダークのほうが不利だった。
彼は徐々にガードレール側へ追いやられてゆく。
レイディアントが剣を叩きつけてきた。ダメ押しと言わんばかりの一撃だ。
ダークは剣で受け止めはしたものの、さらに押し込まれる。
数秒間は持ちこたえたが、次のカーブを目前にして、彼はさとった。
もうダメだ!
直後、ダークは剣を引き、バイクから跳んだ。
制御を失った愛車はガードレールに衝突し、勢いでそれを乗り越えると、傾斜に何度も叩きつけられて森の中へ沈んだ。
ダーク自身も、斜面に足をついて滑り降りる。
平らな地面に転がり込むと、彼は立ち上がった。
ヘルメットを脱ぎ、上を見る。
予想通り、レイディアントも飛び降りてきた。
剣を真上に振りかざし、重力との袈裟斬りを繰り出す。
ダークは間一髪で躱し、斬撃の代わりに土塊を浴びた。
腕を振って土を払い、レイディアントを見る。
彼は土埃の中に立っていた。厳かに、悠然と。
二人は互いを真っ直ぐに見据える。言葉は無かった。
レイディアントは装備ベルトのバックルをリリースした。ベルトはどさりと音を立てて、銃や弾薬、鞘ごと地面に落ちる。
ダークも、同じように装備ベルトを外した。
かくして二人は剣一本、身ひとつで相対する。
風が森の木々を揺らした。
数秒強く吹いた風が、また弱まる。
それが合図だった。
二人は前へ踏み出た。
足取りは徐々に速まり、互いの手が届く距離まで至ろうとした時、剣が激突する。
ダークとレイディアントの剣が、何度も火花を散らす。
森じゅうに金属の衝突音が繰り返し響いて、ダークはすこしずつ間合いを詰めていった。
レイディアントの斜め斬り下ろしをガードした流れで、鍔迫り合いに持ち込む。
二人は全身で押し合った。
ダークは歯牙を剥き出しにして、更に力を入れる。
するとレイディアントが剣を震わせた。
刃越しにダークにも超振動が伝わり、彼はあえて身を引く。
しかしレイディアントは強く押してきた。
ダークはまもなく木に背をぶつける。
ここで、レイディアントが攻勢に出た。
剣を振りかぶり、横薙ぎを放つ。
ダークは屈んで避けた。
斬撃が木の幹を斬り裂き、すこし遅れて木は倒れる。
木が地面を叩く音に紛れて、ダークは怒声と伴った肘鉄を放った。
肘鉄はレイディアントの横腹を突いた。
レイディアントはにわかに揺らぎ、それでも膝蹴りでカウンターする。
膝がダークの胴に入った。
ダークはバランスを崩し倒れた。
起き上がろうとすると、レイディアントの追撃。
超振動剣を逆手に持ち、貫こうとしてきた。
ダークは身を横たえたまま転がって躱し、串刺しを免れる。
回転の勢いで起き上がったダークは、剣を構えて突撃した。
が、レイディアントは脚を振り上げて斬撃を撥ね、その隙に剣を抜く。
レイディアントが更に攻撃を加えてきた。
ダークは左手を剣身の峰に添え、斬撃をガードした。
直後、レイディアントの剣から超振動が消える。バッテリー切れだ。
ダークは身を翻して剣を薙ぐ。
レイディアントは避けようとしたが、ダークのほうがわずかに速かった。
放った斬撃で彼の腕に刀傷をひとつ、くれてやった。
レイディアントが後ろに飛び退く。
ダークは追った。
するとレイディアントは剣からバッテリーを引き抜き、投げつける。
それを払い除けていると、レイディアントは予備バッテリーのセットを終えていた。
再び剣が超振動を放つ。
跳躍と共に、レイディアントが斬りかかってきた。
これを回避し、岩に飛び乗る。
脚に力を込めたその時、レイディアントが翻って剣を振った。
ダークの乗る岩が斬り飛ばされ、跳ぼうとした力を散らされる。
そこにレイディアントが手を伸ばし、首を掴んだ。
対処するより先に、ダークは投げられる。
レイディアントの膂力が、地面にクレーターを作った。
背中から全身を突き抜けた衝撃に、ダークは咳き込む。
視界に影が射した。
レイディアントが剣を高らかに掲げていた。
ダークは跳ねるように起き、斬首を避ける。
そして相手の次の一手を予測し、剣を背中に回した。
案の定、レイディアントの斬撃の感触。
背中越しに彼の驚きを感じ、ダークは蹴りを放つ。
クリーンヒットだった。
レイディアントは仰向けに倒れ、しかしすぐに立ち直る。
ダークは追撃し損ねて逆に刺突を喰らった。
浅い突きだったが、刃がダークの肩を穿ち、攻撃を中断させた。
レイディアントの攻撃は続いた。
彼はダークの胸ぐらを掴み、ヘッドバットを喰らわせる。
処置してもらった額の傷口が、また裂けて血が吹き出た。
が、ダークはレイディアントの最接近を利用する。
腕を振り、柄頭でレイディアントの頬を殴った。
レイディアントの頬に裂傷ができる。
二人はふらついて、攻撃の手を休めた。
乱れた呼吸を落ち着かせながら、睨み合って出方を窺う。
レイディアントが深く息を吐いた。
ダークは大きく息を吸った。
そして二人の咆哮が轟いた。
ダークとレイディアントは、走り出し、剣を叩きつけ合う。
斬り結びの中に、雪の粉にも似た銀色が舞うのが見えた。
ダークの斬り上げを、レイディアントが受け止める。
剣戟が一瞬止み、ダークは見た。
レイディアントの剣の刃こぼれが酷くなっている。
十字を描く二人の刃が、陽の光で輝くと、レイディアントが動いた。
剣を横にスライドさせ、刃こぼれにこちらの剣を引っ掛ける。
ダークは利き手を右にずらされた。
レイディアントがその手首を掴む。
ダークの額に、冷や汗が滲んだ。
レイディアントの右腕が攻撃準備に入る。
が、ダークは彼の腕を脇に抱え込み、更に前腕でクラッチした。
二人の、剣を持つ腕が封じられた。
レイディアントが驚愕の表情を見せる。
そんな彼の顔を、ダークはまっすぐに見つめた。
レイディアントの指から強まる力を感じ、ダークも左腕全体に、更に力を込めた。
二人の腕が軋んだ瞬間、ダークは攻撃に出る。
首の力で頭突きを喰らわせ、背中を反らしてヘッドバットを何度も繰り返す。
ダークもレイディアントも、額からおびただしい血を流した。
やがてダークの額右側の皮膚が剥がれ、視界に掛かってくる。
レイディアントが右手首を開放した。
ダークも左腕から力を抜き、レイディアントの離脱を許す。
二人とも肩で息をして、すぐには動かなかった。
ダークは垂れ下がってきた己の皮膚を剥がそうとする。
痛みが顔全体に走って、思わず呻いた。が、レイディアントの攻撃が来る前に、一気に引っぺがした。
レイディアントが突っ込んでくる。
ダークは迎え撃ち、剣を振るった。
刃の衝突の瞬間、今までとは異なる手応えを感じる。
だがそれを確認する暇も無く、ダークはレイディアントの斬撃を防ぎ、また斬撃を当てんと剣を閃かせた。
まもなくダークは違和感の答えを見る。
剣が二人の間で轟音と共にXの字を描いた瞬間、レイディアントの剣が折れた。
剣身が虚空に飛び出し、地面に突き刺さる。
その様にダークが気を取られた刹那、レイディアントは剣を捨て拳を放ってきた。
ダークは頬を打たれて後ろに退くと、剣を手放しエルボーで迎え撃った。
肘鉄がレイディアントの手刀を受け止め、懐に潜る好機を得る。
ダークはタックルを喰らわせ、レイディアントもろとも倒れ込んだ。
レイディアントの呻き声が聞こえて、追撃を繰り出す。
上体を跳ね上げ、腹にエルボードロップを当てた。
ダークは攻撃を続けようとするが、レイディアントの拳打が側頭部に入り、ぐらつく。
レイディアントは更に蹴りを放ってきた。
防御こそ間に合ったものの、ダークは吹き飛ばされ、相手に立て直しの時間を与えてしまう。
が、ダークは察していた。もうレイディアントには余裕が無いことを。
二人は立ち上がり、またぶつかる。
レイディアントの蹴りを、ダークの前腕がガードし、その流れで肘鉄を放つ。
ダークの肘鉄はレイディアントの胸を突いた。
そのすぐ後、レイディアントの放ったフックがダークの頬を打つ。
続けて脚が振り上がるのが見えた。
ダークも蹴りを放ち、レイディアントの蹴撃を相殺した。
脚を引いたレイディアントが、大きく傾く。
そこにダークは渾身の蹴りを叩きつけた。
蹴りはレイディアントにクリーンヒットし、彼を地面に打ち据える。
掌を地につき、顔を歪めながら立ち上がらんとするレイディアントの頬に、ダークは右拳を放つ。
そして、ついにレイディアントを倒した。
ダークは片膝を突き、肩で息をしながらレイディアントを見る。
彼は四肢を投げ出して横たわっていた。
だがまもなく小さく唸り、身を起こそうとする。
血と泥に汚れた、弱々しい姿であった。けれどそれはダークも同じであった。
ダークはおぼつかない足取りで、剣を拾う。
レイディアントが言った。
「私の負けだ……。殺せ……」
「……殺す気はない……もう勝負はついた。それに……」
ダークはレイディアントに背を向け、歩き出す。
「わたしにはまだ任務がある……リュイを救い出す」
「リュイ……」
「ラボに向かう……。あんたのライトブリンガーを借りるぞ」
「……その必要はない」
「なぜ?」
ダークは振り返った。
「リュイと……ギガンテラは、ここからほど近い場所にいる……」
「……そうか……。あんたの狙いはグレイグー……有機物の多いここならうってつけというわけだ……」
ダークはレイディアントの腕を肩に回し、立たせてやる。
「案内してもらう。いやだとは言わせない」
レイディアントはその言葉に、何も返さなかった。ただ、森の奥へと指を差し、ダークを導いた。
二人は、何度も倒れそうになりながら進んでゆく。
拡張現実モードでリュイたちを捜すが、ダメージがひどいらしく、視界にノイズが走るばかりだった。
それでも、乱れきって判読困難な情報の中にリュイの所在を見る。レイディアントの案内は正しかった。尤も、ダークは彼を疑ってなどいなかったが。
ダークとレイディアントは、焦って足がもつれないように、しかし急いでギガンテラの稼働地点へと向かった。
その途中、レイディアントが訊いてくる。
「……ダーク・レイディアント……といったな……」
「ああ……」
「きみは……何者なんだ……? なぜ、私と同じ――」
「どうしてだと思う……?」
「……偽者というのは……大抵の場合、本物を貶めるのが目的だが……きみは――」
その言葉に、ダークは微かに笑う。
レイディアントは言った。
「……憧れか……」
「あの時言ったとおり……あんたは今でもわたしのヒーローなんだ」
ダークは微笑んだまま、レイディアントを見る。
「覚えてるかな……? 戦争が終わってすぐの頃……炊き出しをしてくれてたのを……」
「……いちおうは……」
「あなたから温かいスープを貰って……わたしは、思わず手を差し出した……。握手してほしくて……」
すこしだけ、ダークは目を伏せた。だがレイディアントは、黙って聴いていた。
「手を引っ込めようとした時、あなたは……握手してくれたんだ……力強くて、優しい手だった」
「……それだけか……?」
彼の問いに、ダークは頷く。
「それだけさ……。でもそれだけが、わたしを支えてくれた」
レイディアントは、信じられないといったような顔だった。けれどすぐに、苦笑いを浮かべ、ダークから顔を逸らした。
ダークも、決まりの悪い照れ笑いをしていた。
やがて二人は、木々の奥に機械の作動音を聞く。
ギガンテラ稼働地点に着いたのだ。
ダークはバイクを駆り、ラボへの道を行く。アストルから予め受け取っていたデータと違わぬ道であった。
彼はそこに広がる光景に、すこしだけ惹かれていた。
舗装は戦前のようにきれいで、草木も道路にかかって通行の邪魔になりかねない枝葉を剪定してある。瓦礫も、残骸も、傷跡さえそこには無かった。
とても走りやすい道であったが、一度の会敵も無いまま走り続ける。
ラボまであと半分ほどだが、どんな罠が待ち受けているのか……。
そう思った時であった。
真正面から、ライトブリンガーが姿を見せた。
「レイディアント!」
ヘッドライトの光の裏で、レイディアントが銃を構える。
ダークも銃を構え、撃った。
レイディアントは躱し、そのまま撃ってくる。
ダークは急加速で対処した。
自身への直撃は避けられたが、バイクに中たった音がした。
しかし走りに異変は出ていない。走行に影響のある箇所ではなさそうだ。
ミラーを見ると、レイディアントの回頭がうつった。鋭利なターンだ。
そして追いかけてくる。
ダークは腕だけを後ろに伸ばし、威嚇射撃する。
案の定レイディアントには命中しなかった。彼は一直線に迫ってくる。
あえて減速し、レイディアントに抜かせた。
そこに弾を撃ち込む。バイクのタイヤと、レイディアント自身に。
だが、彼は避け、意趣返しといわんばかりに後ろ手で射撃する。
ダークは避けようとハンドルを切ったが、肩に一発喰らった。
にわかにバランスを崩すと、レイディアントが左に並んでくる。
銃口がこちらを睨んだ。
ダークは距離をとりつつ銃口を向け、撃つ。
両者の銃が火を噴くのは同時だった。
弾丸が空中で正面衝突し、次も、その次も、ことごとく弾同士がぶつかり合う。
果てに同じタイミングで弾切れとなった。
ダークはマガジンをリリースすると、ヘルメットのシールドを上げて銃を咥える。
マグポーチに手を伸ばしていると、レイディアントはもうリロードを完了していた。
空の銃を前に放り投げ、予備マガジンを持つと加速して空中で再装填したのだ。
曲芸めいた手つきだった。
レイディアントがダークを撃つ。
その一発は、ダークの手から銃を撥ね飛ばした。
こちらも再装填を完了した直後だった。
ダークは剣を抜き、斬撃を仕掛ける。
レイディアントの銃撃を剣で打ち除けながら、刃の射程まで近づいた。
一発目の斬撃は空を斬った。
ここで大回りのカーブに入る。
ダークとレイディアントは、攻撃の手を休めコーナリングに入った。ダークがアウト、レイディアントがインの位置だ。
コーナーを抜けると、前に出たレイディアントが銃を納めるのが見えた。
次の瞬間、彼は剣を抜く。
ダークが追いつくと、レイディアントの斬撃が迫った。
それを剣ではじき、刺突を繰り出す。
刺突はレイディアントが減速したことで空振りに終わった。
ダークは相手の右側を取ろうと動く。
が、レイディアントは急加速してそれを妨げた。
続いて斬撃が来る。
自分がやられるのは紙一重で回避したが、バイクのリアカウルに傷をつけられた。
一瞬だけ、ダークはバランスを崩しよろめく。
どうにか立ち直ると、長いストレートでレイディアントと斬り結んだ。
しかし、左腕を右側に向けねばならないダークのほうが不利だった。
彼は徐々にガードレール側へ追いやられてゆく。
レイディアントが剣を叩きつけてきた。ダメ押しと言わんばかりの一撃だ。
ダークは剣で受け止めはしたものの、さらに押し込まれる。
数秒間は持ちこたえたが、次のカーブを目前にして、彼はさとった。
もうダメだ!
直後、ダークは剣を引き、バイクから跳んだ。
制御を失った愛車はガードレールに衝突し、勢いでそれを乗り越えると、傾斜に何度も叩きつけられて森の中へ沈んだ。
ダーク自身も、斜面に足をついて滑り降りる。
平らな地面に転がり込むと、彼は立ち上がった。
ヘルメットを脱ぎ、上を見る。
予想通り、レイディアントも飛び降りてきた。
剣を真上に振りかざし、重力との袈裟斬りを繰り出す。
ダークは間一髪で躱し、斬撃の代わりに土塊を浴びた。
腕を振って土を払い、レイディアントを見る。
彼は土埃の中に立っていた。厳かに、悠然と。
二人は互いを真っ直ぐに見据える。言葉は無かった。
レイディアントは装備ベルトのバックルをリリースした。ベルトはどさりと音を立てて、銃や弾薬、鞘ごと地面に落ちる。
ダークも、同じように装備ベルトを外した。
かくして二人は剣一本、身ひとつで相対する。
風が森の木々を揺らした。
数秒強く吹いた風が、また弱まる。
それが合図だった。
二人は前へ踏み出た。
足取りは徐々に速まり、互いの手が届く距離まで至ろうとした時、剣が激突する。
ダークとレイディアントの剣が、何度も火花を散らす。
森じゅうに金属の衝突音が繰り返し響いて、ダークはすこしずつ間合いを詰めていった。
レイディアントの斜め斬り下ろしをガードした流れで、鍔迫り合いに持ち込む。
二人は全身で押し合った。
ダークは歯牙を剥き出しにして、更に力を入れる。
するとレイディアントが剣を震わせた。
刃越しにダークにも超振動が伝わり、彼はあえて身を引く。
しかしレイディアントは強く押してきた。
ダークはまもなく木に背をぶつける。
ここで、レイディアントが攻勢に出た。
剣を振りかぶり、横薙ぎを放つ。
ダークは屈んで避けた。
斬撃が木の幹を斬り裂き、すこし遅れて木は倒れる。
木が地面を叩く音に紛れて、ダークは怒声と伴った肘鉄を放った。
肘鉄はレイディアントの横腹を突いた。
レイディアントはにわかに揺らぎ、それでも膝蹴りでカウンターする。
膝がダークの胴に入った。
ダークはバランスを崩し倒れた。
起き上がろうとすると、レイディアントの追撃。
超振動剣を逆手に持ち、貫こうとしてきた。
ダークは身を横たえたまま転がって躱し、串刺しを免れる。
回転の勢いで起き上がったダークは、剣を構えて突撃した。
が、レイディアントは脚を振り上げて斬撃を撥ね、その隙に剣を抜く。
レイディアントが更に攻撃を加えてきた。
ダークは左手を剣身の峰に添え、斬撃をガードした。
直後、レイディアントの剣から超振動が消える。バッテリー切れだ。
ダークは身を翻して剣を薙ぐ。
レイディアントは避けようとしたが、ダークのほうがわずかに速かった。
放った斬撃で彼の腕に刀傷をひとつ、くれてやった。
レイディアントが後ろに飛び退く。
ダークは追った。
するとレイディアントは剣からバッテリーを引き抜き、投げつける。
それを払い除けていると、レイディアントは予備バッテリーのセットを終えていた。
再び剣が超振動を放つ。
跳躍と共に、レイディアントが斬りかかってきた。
これを回避し、岩に飛び乗る。
脚に力を込めたその時、レイディアントが翻って剣を振った。
ダークの乗る岩が斬り飛ばされ、跳ぼうとした力を散らされる。
そこにレイディアントが手を伸ばし、首を掴んだ。
対処するより先に、ダークは投げられる。
レイディアントの膂力が、地面にクレーターを作った。
背中から全身を突き抜けた衝撃に、ダークは咳き込む。
視界に影が射した。
レイディアントが剣を高らかに掲げていた。
ダークは跳ねるように起き、斬首を避ける。
そして相手の次の一手を予測し、剣を背中に回した。
案の定、レイディアントの斬撃の感触。
背中越しに彼の驚きを感じ、ダークは蹴りを放つ。
クリーンヒットだった。
レイディアントは仰向けに倒れ、しかしすぐに立ち直る。
ダークは追撃し損ねて逆に刺突を喰らった。
浅い突きだったが、刃がダークの肩を穿ち、攻撃を中断させた。
レイディアントの攻撃は続いた。
彼はダークの胸ぐらを掴み、ヘッドバットを喰らわせる。
処置してもらった額の傷口が、また裂けて血が吹き出た。
が、ダークはレイディアントの最接近を利用する。
腕を振り、柄頭でレイディアントの頬を殴った。
レイディアントの頬に裂傷ができる。
二人はふらついて、攻撃の手を休めた。
乱れた呼吸を落ち着かせながら、睨み合って出方を窺う。
レイディアントが深く息を吐いた。
ダークは大きく息を吸った。
そして二人の咆哮が轟いた。
ダークとレイディアントは、走り出し、剣を叩きつけ合う。
斬り結びの中に、雪の粉にも似た銀色が舞うのが見えた。
ダークの斬り上げを、レイディアントが受け止める。
剣戟が一瞬止み、ダークは見た。
レイディアントの剣の刃こぼれが酷くなっている。
十字を描く二人の刃が、陽の光で輝くと、レイディアントが動いた。
剣を横にスライドさせ、刃こぼれにこちらの剣を引っ掛ける。
ダークは利き手を右にずらされた。
レイディアントがその手首を掴む。
ダークの額に、冷や汗が滲んだ。
レイディアントの右腕が攻撃準備に入る。
が、ダークは彼の腕を脇に抱え込み、更に前腕でクラッチした。
二人の、剣を持つ腕が封じられた。
レイディアントが驚愕の表情を見せる。
そんな彼の顔を、ダークはまっすぐに見つめた。
レイディアントの指から強まる力を感じ、ダークも左腕全体に、更に力を込めた。
二人の腕が軋んだ瞬間、ダークは攻撃に出る。
首の力で頭突きを喰らわせ、背中を反らしてヘッドバットを何度も繰り返す。
ダークもレイディアントも、額からおびただしい血を流した。
やがてダークの額右側の皮膚が剥がれ、視界に掛かってくる。
レイディアントが右手首を開放した。
ダークも左腕から力を抜き、レイディアントの離脱を許す。
二人とも肩で息をして、すぐには動かなかった。
ダークは垂れ下がってきた己の皮膚を剥がそうとする。
痛みが顔全体に走って、思わず呻いた。が、レイディアントの攻撃が来る前に、一気に引っぺがした。
レイディアントが突っ込んでくる。
ダークは迎え撃ち、剣を振るった。
刃の衝突の瞬間、今までとは異なる手応えを感じる。
だがそれを確認する暇も無く、ダークはレイディアントの斬撃を防ぎ、また斬撃を当てんと剣を閃かせた。
まもなくダークは違和感の答えを見る。
剣が二人の間で轟音と共にXの字を描いた瞬間、レイディアントの剣が折れた。
剣身が虚空に飛び出し、地面に突き刺さる。
その様にダークが気を取られた刹那、レイディアントは剣を捨て拳を放ってきた。
ダークは頬を打たれて後ろに退くと、剣を手放しエルボーで迎え撃った。
肘鉄がレイディアントの手刀を受け止め、懐に潜る好機を得る。
ダークはタックルを喰らわせ、レイディアントもろとも倒れ込んだ。
レイディアントの呻き声が聞こえて、追撃を繰り出す。
上体を跳ね上げ、腹にエルボードロップを当てた。
ダークは攻撃を続けようとするが、レイディアントの拳打が側頭部に入り、ぐらつく。
レイディアントは更に蹴りを放ってきた。
防御こそ間に合ったものの、ダークは吹き飛ばされ、相手に立て直しの時間を与えてしまう。
が、ダークは察していた。もうレイディアントには余裕が無いことを。
二人は立ち上がり、またぶつかる。
レイディアントの蹴りを、ダークの前腕がガードし、その流れで肘鉄を放つ。
ダークの肘鉄はレイディアントの胸を突いた。
そのすぐ後、レイディアントの放ったフックがダークの頬を打つ。
続けて脚が振り上がるのが見えた。
ダークも蹴りを放ち、レイディアントの蹴撃を相殺した。
脚を引いたレイディアントが、大きく傾く。
そこにダークは渾身の蹴りを叩きつけた。
蹴りはレイディアントにクリーンヒットし、彼を地面に打ち据える。
掌を地につき、顔を歪めながら立ち上がらんとするレイディアントの頬に、ダークは右拳を放つ。
そして、ついにレイディアントを倒した。
ダークは片膝を突き、肩で息をしながらレイディアントを見る。
彼は四肢を投げ出して横たわっていた。
だがまもなく小さく唸り、身を起こそうとする。
血と泥に汚れた、弱々しい姿であった。けれどそれはダークも同じであった。
ダークはおぼつかない足取りで、剣を拾う。
レイディアントが言った。
「私の負けだ……。殺せ……」
「……殺す気はない……もう勝負はついた。それに……」
ダークはレイディアントに背を向け、歩き出す。
「わたしにはまだ任務がある……リュイを救い出す」
「リュイ……」
「ラボに向かう……。あんたのライトブリンガーを借りるぞ」
「……その必要はない」
「なぜ?」
ダークは振り返った。
「リュイと……ギガンテラは、ここからほど近い場所にいる……」
「……そうか……。あんたの狙いはグレイグー……有機物の多いここならうってつけというわけだ……」
ダークはレイディアントの腕を肩に回し、立たせてやる。
「案内してもらう。いやだとは言わせない」
レイディアントはその言葉に、何も返さなかった。ただ、森の奥へと指を差し、ダークを導いた。
二人は、何度も倒れそうになりながら進んでゆく。
拡張現実モードでリュイたちを捜すが、ダメージがひどいらしく、視界にノイズが走るばかりだった。
それでも、乱れきって判読困難な情報の中にリュイの所在を見る。レイディアントの案内は正しかった。尤も、ダークは彼を疑ってなどいなかったが。
ダークとレイディアントは、焦って足がもつれないように、しかし急いでギガンテラの稼働地点へと向かった。
その途中、レイディアントが訊いてくる。
「……ダーク・レイディアント……といったな……」
「ああ……」
「きみは……何者なんだ……? なぜ、私と同じ――」
「どうしてだと思う……?」
「……偽者というのは……大抵の場合、本物を貶めるのが目的だが……きみは――」
その言葉に、ダークは微かに笑う。
レイディアントは言った。
「……憧れか……」
「あの時言ったとおり……あんたは今でもわたしのヒーローなんだ」
ダークは微笑んだまま、レイディアントを見る。
「覚えてるかな……? 戦争が終わってすぐの頃……炊き出しをしてくれてたのを……」
「……いちおうは……」
「あなたから温かいスープを貰って……わたしは、思わず手を差し出した……。握手してほしくて……」
すこしだけ、ダークは目を伏せた。だがレイディアントは、黙って聴いていた。
「手を引っ込めようとした時、あなたは……握手してくれたんだ……力強くて、優しい手だった」
「……それだけか……?」
彼の問いに、ダークは頷く。
「それだけさ……。でもそれだけが、わたしを支えてくれた」
レイディアントは、信じられないといったような顔だった。けれどすぐに、苦笑いを浮かべ、ダークから顔を逸らした。
ダークも、決まりの悪い照れ笑いをしていた。
やがて二人は、木々の奥に機械の作動音を聞く。
ギガンテラ稼働地点に着いたのだ。
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