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チャプター6
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6
ダークは、突進してくるキンクをぎりぎりまで引きつけ、刺突を受け流した。
――そのつもりだった。
両者の刃が交わったと思いきや、ダークは横からの力で押される。
キンクの薙ぎ払いが、ダークの姿勢を崩す。
続けてダークに拳が迫る。
ダークはあえて攻撃を胸に向かわせるが、ヒットする直前に腕を絡め取った。
ダークの左腕がキンクの左腕を固める。
そこからダークはキンクを投げようと引っ張った。
が、キンクは脇腹目がけて銃剣を突き出す。
ダークはキンクの拘束を解き、身を捻って攻撃を避けた。
その勢いですこし間合いを取る。
剣を構え直し、ダークは言った。
「……まさかオマエ……」
「ナノマシンだよ」
キンクが鼻を鳴らす。
「三英傑の体に、そしておまえの体にも流れている循環フルード……その複製品だ」
キンクの指が、倒した他の鉄面たちを差す。
彼らの傷口からは、血にしては灰色の強い液体が流れていた。
「なるほど、レイディアントたちのナノマシンをリバースエンジニアリングしたか」
「その通りだ。お蔭で我々の身体能力は飛躍的に向上した」
「たいしたもんだ。だが――!」
ダークは剣を振り上げる。
キンクが避けると、返す太刀で振り下ろした。
斬撃は銃剣が受け止められる。
相手が前に踏み込んできた。
が、ダークはそのぶん後ろに退く。
二人の刃が斬り結ぶ中で、ダークはキンクの銃剣を見た。
刃渡りは二十センチ前後。何か特別な細工がしてあるようには思えない。機能的には着剣機能のあるコンバットナイフを逸脱しないだろう。
三倍以上の刃渡りがあるこちらのほうが射程は長いが、そのぶん懐に入られると厄介だ。
ならば――。
ダークは相手の刃を撥ね除け、剣を逆手に持った。
死角に回り込み、グリップエンドでキンクの横腹を突く。
キンクがよろめく。しかしすぐ体勢を立て直し、二撃目は躱された。
銃剣の斬撃が来た。
剣身で受け止め、蹴りでカウンターを放つ。
キンクがジャンプして避け、頭上を取ってきた。
突きが降ってくる。
ダークはあえてそれを受けた。
左前腕部を、銃剣が貫くと、傷口から循環フルードが散った。
バイクの陰からリュイが叫ぶ。
「ダーク!」
「大丈夫!」
ダークは答えながら、左拳を握りしめる。
人造筋肉が収縮し、銃剣をロックした。
全身をしならせ、ダークはキンクを叩きつけようとする。狙いは橋の角だ。
が、キンクは銃剣を手放し、着地する。
ひと呼吸も置かずに、キンクが突進してきた。
ダークは肘鉄の要領で剣を突き出す。が、キンクは剣身を握り動きを封じてくる。
キンクの掌から灰色がかった血が飛んだ。
姿勢が乱れ、その隙に腕に刺さったままの銃剣が引き抜かれた。
その勢いで、キンクが体を回転させる。
ダークは頬に、銃剣のグリップエンドでの痛打を喰らった。
続けて飛び膝蹴りを顎に受ける。
ダークは吹っ飛ばされ、上空を舞うキンクの影を見た。
そして、己のバイクに背をぶつけた。
彼はバイクごと、リュイの隠れている側に傾く。
ダークは焦ってバイクに腕を伸ばした。
直後、キンクが駆け出す。
彼はリュイを庇うと同時に腕をバイクに突き出したのだ。
ダークはキンクと共に、バイクの転倒を止める。
「リュイさま」キンクがリュイを見る。「危ないところでしたね」
リュイは、すこし遅れて頷いた。
体勢を立て直したダークは、バイクを引っ張って安定させながら、リュイとキンクを見る。
キンクは背筋を伸ばしてこちらに向いた。
「……リュイを助けようとしてくれたのか?」
「レイディアント直轄部隊として当然のことだ」
「……見上げた忠義だ」
ダークは微笑み、続ける。
「敵に言うのも変だが、ありがとう。すまなかった」
「降参する気か?」と、キンク。「そうであれば正直に言いたまえ」
「さっきとは逆だな」
ダークはリュイに目を向ける。
「……きみはどうしたい? わたしと一緒に行くか、キンクと共に帰るか……」
「ぼくは……」
「きみに来てほしい気持ちはある。けど、わたしはきみの意思を尊重する」
「リュイさま、一緒に戻りましょう。何も考える必要はありません。それが正しい選択なのです」
「正しい……」
リュイが呟き、ダークとキンクを交互に見た。
そしてすこしだけ俯き、目を閉じる。
再び目を開くと同時に、彼は言った。
「ぼくは――ダークと一緒に行く」
一陣の風が吹いた。
ダークも、キンクも何も言わなかった。
二人はまた向き合い、より開けた位置へ移動する。
キンクが銃剣を構える。ダークも呼吸を整え、備えた。
風の強まる中で、両者は睨み合いを続ける。
やがて、風が止んだ。
その時、キンクが動いた。
銃剣を高らかに構え、突っ込んでくる。ダークも同じく、まっすぐ走った。
一見、猪突猛進だが、考えあってのことだろう。と、彼は思った。
それはこちらも同じだ。
ダークは射程距離に入った瞬間、左手で剣の柄を掴んだ。
刃を、居合のごとく振り上げる。
左順手による斬撃は、キンクの右腕を斬り飛ばした。
彼の二の腕から先が宙を舞い、途中で銃剣を手放す。
そしてダークは、キンクの胸へとソバットを繰り出した。
狙い通りの箇所にヒットし、キンクが吹き飛ぶ。
数秒後、川から大小の水柱が天へと伸びた。
ダークは、肩で息をしていた。川のせせらぎが聞こえてきて、彼は剣を手放し膝をつく。
リュイが名を叫びながら、近づいてきた。
「ダーク……大丈夫?」
「ああ……この通り……」
彼は左手でサムズアップしてみせる。
するとリュイは、ポケットからハンカチを取り出し、銃剣で貫かれた箇所に巻いてくれた。
自己修復機能は正常に働いているため、ほったらかしでも大丈夫なのだが、
「ありがとう」
ダークはにこりと笑い、立ち上がる。
それから雑嚢を再び肩に掛け、リュイと一緒にヘルメットを被った。
エンジンをかけると、ダークは言った。
「今度こそ、しっかり掴まって」
リュイが頷いて、腰に腕を回すのを確かめると、ダークはスタートダッシュを決めた。
倒した直轄部隊の鉄面やバイクに衝突する直前で、跳び越えた。
ダークは、バイクを引っ張り上げるようにしてジャンプさせたのだ。
一気に橋を渡り切り、二人は先を急いだ。
走ること約一時間。
ダークとリュイは海沿いの道を走り、道路のど真ん中に突き刺さった鉄骨をすり抜けていった。ダークはそれが何を意味しているのか知っていた。放浪の難民たちの間でまことしやかにささやかれているのだ。鉄骨が、マキュラの本拠地が近いという目印となっている、と。
彼は思わず笑みを浮かべてしまう。
鏡越しにリュイを見ると、彼は海のほうに顔を向けていた。
昼過ぎの淡い光が、大海原できらめいていた。
バイクはヘアピンカーブめいた、U字に曲がる道へ差し掛かろうとする。
速度を落とし、安全にコーナリングを決めた次の瞬間、ダークは停車を強いられた。
「これは……!」
カーブを抜けた直後の道は、土砂崩れで塞がっていた。
おそらく戦時中に崩落して、そのまま復旧工事がなされることなく今に至るのだろう。土砂の隙間からは草木が生えつつある。
まいったな。とダークは顔をしかめる。
潜水橋でやったように跳び越えられればいいが、助走をつけられるほどの直線が無い。
「どうしよう……」リュイが言った。「歩いて越える?」
「そうするしかないか……」
と言ったその時、土砂を隔てた向こうの道路に、一台の車が見えた。
拡張現実モードでズームしてみると、見覚えのあるセダンがそこにいた。土埃に汚れているが、間違いない。
高層ホテルへの道ですれ違った、あのセダンだった。
セダンはバイザーめいた横一文字のヘッドライトを点滅させ、こちらに信号を送ってくる。
それを見てリュイが言った。
「ねえ、ダーク……あそこチカチカ光ってない?」
「ああ……。車がいる。たぶん――マキュラの」
ダークは引き続き拡張現実モードで回光信号を解読し、バイクのヘッドライトをセダンへ向けた。
そしてパッシングスイッチを使って、同じく回光信号にて了解と感謝の意を伝えた。
「鉄骨のところまで戻ろう」ダークは言った。「あの近くに隠し通路があるらしい」
突き刺さった鉄骨まで戻り、ダークは一旦バイクを降りる。
法面に近づき、保護工として植えられたであろう草の一部を持ち上げた。
裏には、細い道が伸びていた。
リュイが驚きの声を上げる。
ダークは捲り上げたコンクリートキャンバスを見て、
「なるほどな」
と呟いた。
二人はバイクを隠し通路内に通し、暗く狭い隧道を低速走行した。
リュイの腕に力が入っているのを感じる。
隧道は石畳で舗装してあり、坑木が側壁や天井を支えているが、照明は無い。バイクのヘッドライトだけではやはり心もとないのだろう。
ダークの目は暗視モードに設定すれば充分だが、
「早いとこ外に出るとしよう」
すこしだけ速度を上げた。
隧道は蛇行していて、思いのほか距離があった。
地質的な理由か、あるいは戦略的な意図なのか。
そんなことを考えていると、天井に監視カメラを見つける。
ダークはカメラに正面顔を向け、通過した。
それからさらに進み、前方に光が見えてくる。
隧道を、抜けた。
海からの風がダークとリュイを迎え、大きな入江が眼下に広がった。
入江の周りには数多のモービルホームと、それを牽引するであろうトレーラーに、キャンピングカーなどが村を成している。海岸には巨大な艦艇が、浜辺へ鋭角に突っ込む形で座礁していた。いずれも構造物の真上に迷彩天幕を張っていた。
とうとう、マキュラの本拠地に辿り着いたのである。
丘を降り、集落に向けて進む。
出入り口にはバスの車体を流用した検問所があり、ダークはマキュラ兵の指示に従って停車した。
「交通手形はお持ちですか?」
「手形……?」
ダークは首を傾げた。
マキュラ兵は、
「ええ。何か心当たりのある物はお持ちではありませんか?」
と、手振りを交えて言う。
ダークは思い出して、懐から<割引券>を取り出した。
「保証区域内の協力者から、燃料の割引券として受け取ったものですが……」
と言っていると、兵士は携帯端末を手に持ち、札をスキャンする。
裏面もスキャンして、彼は言った。
「OKです。どうぞ」
「どうも」
ダークとリュイは兵士に頭を下げ、集落内に入った。
その瞬間、ダークは空気が変わるのを感じた。気温や湿度といった物理的なものではなく、もっと感覚的なものだ。
冷涼な気候の下、賑わう人々の活気である。温かな心のやりとりである。
前方に見える、わずかに盛り上がった小山の上で子どもたちが遊んでいるのが見えた。
それを過ぎると、麻でできた買い物袋を抱え、手を繋いだ二人組の女性とすれ違う。
しばらく走って、道の脇でこちらを見やる親子連れがいるのに気づいた。おそらく道路を横断したいのだろう。
ダークは一旦停止し、道を譲る。
親子は嬉しそうな笑顔で手を振り、駆け足で道を渡っていった。
そうやってマキュラの集落を抜け、座礁した艦の前まで至る。
来客用の駐車場にバイクを停め、二人は降りた。
「近くで見ると……ホントに大きいね……」
リュイが、艦を仰ぎながら言った。
「空母っていうんでしょ?」
「正確には、そこから派生した<強襲揚陸艦>だね」
ダークは答えた。
彼は艦尾――そこに設けられたウェルドックを指差して続ける。
「ほら、ちょうどホバークラフトが出て行った。あんなふうに、人や物資が港無しで陸に揚がるための設備が充実した艦なんだ」
「じゃあ、こっちのは車が直接乗り降りするのかな」
リュイが艦首側に顔を向けた。
「たぶんね。……初めて見るけど……」
遠目には後付で艦首にランプウェイを架けているようにも見えた。が、艦と海岸とをつなぐその道は、どうやら艦側から伸びているみたいだ。艦首には大門扉があり、ランプウェイはその下部に収納する構造なのだろう。戦車揚陸艦を彷彿とさせる様式であった。
しかしながらそこ以外はほぼ一般的な強襲揚陸艦の形状だ。砂の下に埋まっているのも球状艦首であることは、喫水線付近のバルバスバウマークが示していた。
艦の周囲には、鉄骨でできた櫓が船体を囲って固定するように立ち並んでいる。もう陸上基地として割り切っているのだろう。錨鎖は沖に向かって伸びていて、離岸の努力の跡が伺えるが。
櫓の上では、警備兵がAKやイトリから鹵獲したであろうM4系カービンを持って往来していた。
ふと、甲板上を見るとダークはある人物に気がつく。
着古した作業着姿で、長い髪をまとめたマスクの人物だ。他の作業員と何やら話し合っている。
おそらく彼人は――。
ダークが考えていると、リュイが不意に声を上げた。
「あの車――」
「あれは……」
二人の視線の先には、回光信号を送ってきてくれたセダンがいた。
そこから降りてきたのは、尼削ぎの髪で眼鏡をかけた、細身の女性――。
「お母さん……」
リュイが一歩前に踏み出す。
そして、駆けた。
「お母さん!」
「リュイ!」
彼女は駆け寄るリュイを抱きしめ、涙をきらめかせていた。
そんな二人を見て、ダークは微笑む。
ふと、セダンの運転手と目が合った。おそらく彼も近衛兵だろう。
彼はダークに向けて、深々と頭を下げた。
リュイが涙を拭きながらこちらに向き直る。
「ここまでダークが護ってくれたんだ」
母親が姿勢を正し、目の前に立った。
「私はカツェ。この子の母親です……ほんとうに、ありがとうございました」
「ダーク・レイディアント……ダークと呼んでください」彼は答えた。「リュイが無事で何よりです。けれど、もう一人のお子さんは……」
「キィのことですね……」
カツェの言葉に、ダークは目を伏せる。
彼女は言った。
「お気になさらないでください。あの子も、覚悟の上でした」
「そうおっしゃっていただけて、すこし気が休まります」
カツェはにこりと笑うと、腕時計を見る。
「さあ、艦内へ。あなたたちが来るのを、あの方はずっと待っていました」
「あの方?」
「ええ。終戦の三英傑のひとり――アストルが」
ダークは、突進してくるキンクをぎりぎりまで引きつけ、刺突を受け流した。
――そのつもりだった。
両者の刃が交わったと思いきや、ダークは横からの力で押される。
キンクの薙ぎ払いが、ダークの姿勢を崩す。
続けてダークに拳が迫る。
ダークはあえて攻撃を胸に向かわせるが、ヒットする直前に腕を絡め取った。
ダークの左腕がキンクの左腕を固める。
そこからダークはキンクを投げようと引っ張った。
が、キンクは脇腹目がけて銃剣を突き出す。
ダークはキンクの拘束を解き、身を捻って攻撃を避けた。
その勢いですこし間合いを取る。
剣を構え直し、ダークは言った。
「……まさかオマエ……」
「ナノマシンだよ」
キンクが鼻を鳴らす。
「三英傑の体に、そしておまえの体にも流れている循環フルード……その複製品だ」
キンクの指が、倒した他の鉄面たちを差す。
彼らの傷口からは、血にしては灰色の強い液体が流れていた。
「なるほど、レイディアントたちのナノマシンをリバースエンジニアリングしたか」
「その通りだ。お蔭で我々の身体能力は飛躍的に向上した」
「たいしたもんだ。だが――!」
ダークは剣を振り上げる。
キンクが避けると、返す太刀で振り下ろした。
斬撃は銃剣が受け止められる。
相手が前に踏み込んできた。
が、ダークはそのぶん後ろに退く。
二人の刃が斬り結ぶ中で、ダークはキンクの銃剣を見た。
刃渡りは二十センチ前後。何か特別な細工がしてあるようには思えない。機能的には着剣機能のあるコンバットナイフを逸脱しないだろう。
三倍以上の刃渡りがあるこちらのほうが射程は長いが、そのぶん懐に入られると厄介だ。
ならば――。
ダークは相手の刃を撥ね除け、剣を逆手に持った。
死角に回り込み、グリップエンドでキンクの横腹を突く。
キンクがよろめく。しかしすぐ体勢を立て直し、二撃目は躱された。
銃剣の斬撃が来た。
剣身で受け止め、蹴りでカウンターを放つ。
キンクがジャンプして避け、頭上を取ってきた。
突きが降ってくる。
ダークはあえてそれを受けた。
左前腕部を、銃剣が貫くと、傷口から循環フルードが散った。
バイクの陰からリュイが叫ぶ。
「ダーク!」
「大丈夫!」
ダークは答えながら、左拳を握りしめる。
人造筋肉が収縮し、銃剣をロックした。
全身をしならせ、ダークはキンクを叩きつけようとする。狙いは橋の角だ。
が、キンクは銃剣を手放し、着地する。
ひと呼吸も置かずに、キンクが突進してきた。
ダークは肘鉄の要領で剣を突き出す。が、キンクは剣身を握り動きを封じてくる。
キンクの掌から灰色がかった血が飛んだ。
姿勢が乱れ、その隙に腕に刺さったままの銃剣が引き抜かれた。
その勢いで、キンクが体を回転させる。
ダークは頬に、銃剣のグリップエンドでの痛打を喰らった。
続けて飛び膝蹴りを顎に受ける。
ダークは吹っ飛ばされ、上空を舞うキンクの影を見た。
そして、己のバイクに背をぶつけた。
彼はバイクごと、リュイの隠れている側に傾く。
ダークは焦ってバイクに腕を伸ばした。
直後、キンクが駆け出す。
彼はリュイを庇うと同時に腕をバイクに突き出したのだ。
ダークはキンクと共に、バイクの転倒を止める。
「リュイさま」キンクがリュイを見る。「危ないところでしたね」
リュイは、すこし遅れて頷いた。
体勢を立て直したダークは、バイクを引っ張って安定させながら、リュイとキンクを見る。
キンクは背筋を伸ばしてこちらに向いた。
「……リュイを助けようとしてくれたのか?」
「レイディアント直轄部隊として当然のことだ」
「……見上げた忠義だ」
ダークは微笑み、続ける。
「敵に言うのも変だが、ありがとう。すまなかった」
「降参する気か?」と、キンク。「そうであれば正直に言いたまえ」
「さっきとは逆だな」
ダークはリュイに目を向ける。
「……きみはどうしたい? わたしと一緒に行くか、キンクと共に帰るか……」
「ぼくは……」
「きみに来てほしい気持ちはある。けど、わたしはきみの意思を尊重する」
「リュイさま、一緒に戻りましょう。何も考える必要はありません。それが正しい選択なのです」
「正しい……」
リュイが呟き、ダークとキンクを交互に見た。
そしてすこしだけ俯き、目を閉じる。
再び目を開くと同時に、彼は言った。
「ぼくは――ダークと一緒に行く」
一陣の風が吹いた。
ダークも、キンクも何も言わなかった。
二人はまた向き合い、より開けた位置へ移動する。
キンクが銃剣を構える。ダークも呼吸を整え、備えた。
風の強まる中で、両者は睨み合いを続ける。
やがて、風が止んだ。
その時、キンクが動いた。
銃剣を高らかに構え、突っ込んでくる。ダークも同じく、まっすぐ走った。
一見、猪突猛進だが、考えあってのことだろう。と、彼は思った。
それはこちらも同じだ。
ダークは射程距離に入った瞬間、左手で剣の柄を掴んだ。
刃を、居合のごとく振り上げる。
左順手による斬撃は、キンクの右腕を斬り飛ばした。
彼の二の腕から先が宙を舞い、途中で銃剣を手放す。
そしてダークは、キンクの胸へとソバットを繰り出した。
狙い通りの箇所にヒットし、キンクが吹き飛ぶ。
数秒後、川から大小の水柱が天へと伸びた。
ダークは、肩で息をしていた。川のせせらぎが聞こえてきて、彼は剣を手放し膝をつく。
リュイが名を叫びながら、近づいてきた。
「ダーク……大丈夫?」
「ああ……この通り……」
彼は左手でサムズアップしてみせる。
するとリュイは、ポケットからハンカチを取り出し、銃剣で貫かれた箇所に巻いてくれた。
自己修復機能は正常に働いているため、ほったらかしでも大丈夫なのだが、
「ありがとう」
ダークはにこりと笑い、立ち上がる。
それから雑嚢を再び肩に掛け、リュイと一緒にヘルメットを被った。
エンジンをかけると、ダークは言った。
「今度こそ、しっかり掴まって」
リュイが頷いて、腰に腕を回すのを確かめると、ダークはスタートダッシュを決めた。
倒した直轄部隊の鉄面やバイクに衝突する直前で、跳び越えた。
ダークは、バイクを引っ張り上げるようにしてジャンプさせたのだ。
一気に橋を渡り切り、二人は先を急いだ。
走ること約一時間。
ダークとリュイは海沿いの道を走り、道路のど真ん中に突き刺さった鉄骨をすり抜けていった。ダークはそれが何を意味しているのか知っていた。放浪の難民たちの間でまことしやかにささやかれているのだ。鉄骨が、マキュラの本拠地が近いという目印となっている、と。
彼は思わず笑みを浮かべてしまう。
鏡越しにリュイを見ると、彼は海のほうに顔を向けていた。
昼過ぎの淡い光が、大海原できらめいていた。
バイクはヘアピンカーブめいた、U字に曲がる道へ差し掛かろうとする。
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「これは……!」
カーブを抜けた直後の道は、土砂崩れで塞がっていた。
おそらく戦時中に崩落して、そのまま復旧工事がなされることなく今に至るのだろう。土砂の隙間からは草木が生えつつある。
まいったな。とダークは顔をしかめる。
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「どうしよう……」リュイが言った。「歩いて越える?」
「そうするしかないか……」
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それを見てリュイが言った。
「ねえ、ダーク……あそこチカチカ光ってない?」
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ダークは引き続き拡張現実モードで回光信号を解読し、バイクのヘッドライトをセダンへ向けた。
そしてパッシングスイッチを使って、同じく回光信号にて了解と感謝の意を伝えた。
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突き刺さった鉄骨まで戻り、ダークは一旦バイクを降りる。
法面に近づき、保護工として植えられたであろう草の一部を持ち上げた。
裏には、細い道が伸びていた。
リュイが驚きの声を上げる。
ダークは捲り上げたコンクリートキャンバスを見て、
「なるほどな」
と呟いた。
二人はバイクを隠し通路内に通し、暗く狭い隧道を低速走行した。
リュイの腕に力が入っているのを感じる。
隧道は石畳で舗装してあり、坑木が側壁や天井を支えているが、照明は無い。バイクのヘッドライトだけではやはり心もとないのだろう。
ダークの目は暗視モードに設定すれば充分だが、
「早いとこ外に出るとしよう」
すこしだけ速度を上げた。
隧道は蛇行していて、思いのほか距離があった。
地質的な理由か、あるいは戦略的な意図なのか。
そんなことを考えていると、天井に監視カメラを見つける。
ダークはカメラに正面顔を向け、通過した。
それからさらに進み、前方に光が見えてくる。
隧道を、抜けた。
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とうとう、マキュラの本拠地に辿り着いたのである。
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「交通手形はお持ちですか?」
「手形……?」
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「ええ。何か心当たりのある物はお持ちではありませんか?」
と、手振りを交えて言う。
ダークは思い出して、懐から<割引券>を取り出した。
「保証区域内の協力者から、燃料の割引券として受け取ったものですが……」
と言っていると、兵士は携帯端末を手に持ち、札をスキャンする。
裏面もスキャンして、彼は言った。
「OKです。どうぞ」
「どうも」
ダークとリュイは兵士に頭を下げ、集落内に入った。
その瞬間、ダークは空気が変わるのを感じた。気温や湿度といった物理的なものではなく、もっと感覚的なものだ。
冷涼な気候の下、賑わう人々の活気である。温かな心のやりとりである。
前方に見える、わずかに盛り上がった小山の上で子どもたちが遊んでいるのが見えた。
それを過ぎると、麻でできた買い物袋を抱え、手を繋いだ二人組の女性とすれ違う。
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ダークは一旦停止し、道を譲る。
親子は嬉しそうな笑顔で手を振り、駆け足で道を渡っていった。
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「近くで見ると……ホントに大きいね……」
リュイが、艦を仰ぎながら言った。
「空母っていうんでしょ?」
「正確には、そこから派生した<強襲揚陸艦>だね」
ダークは答えた。
彼は艦尾――そこに設けられたウェルドックを指差して続ける。
「ほら、ちょうどホバークラフトが出て行った。あんなふうに、人や物資が港無しで陸に揚がるための設備が充実した艦なんだ」
「じゃあ、こっちのは車が直接乗り降りするのかな」
リュイが艦首側に顔を向けた。
「たぶんね。……初めて見るけど……」
遠目には後付で艦首にランプウェイを架けているようにも見えた。が、艦と海岸とをつなぐその道は、どうやら艦側から伸びているみたいだ。艦首には大門扉があり、ランプウェイはその下部に収納する構造なのだろう。戦車揚陸艦を彷彿とさせる様式であった。
しかしながらそこ以外はほぼ一般的な強襲揚陸艦の形状だ。砂の下に埋まっているのも球状艦首であることは、喫水線付近のバルバスバウマークが示していた。
艦の周囲には、鉄骨でできた櫓が船体を囲って固定するように立ち並んでいる。もう陸上基地として割り切っているのだろう。錨鎖は沖に向かって伸びていて、離岸の努力の跡が伺えるが。
櫓の上では、警備兵がAKやイトリから鹵獲したであろうM4系カービンを持って往来していた。
ふと、甲板上を見るとダークはある人物に気がつく。
着古した作業着姿で、長い髪をまとめたマスクの人物だ。他の作業員と何やら話し合っている。
おそらく彼人は――。
ダークが考えていると、リュイが不意に声を上げた。
「あの車――」
「あれは……」
二人の視線の先には、回光信号を送ってきてくれたセダンがいた。
そこから降りてきたのは、尼削ぎの髪で眼鏡をかけた、細身の女性――。
「お母さん……」
リュイが一歩前に踏み出す。
そして、駆けた。
「お母さん!」
「リュイ!」
彼女は駆け寄るリュイを抱きしめ、涙をきらめかせていた。
そんな二人を見て、ダークは微笑む。
ふと、セダンの運転手と目が合った。おそらく彼も近衛兵だろう。
彼はダークに向けて、深々と頭を下げた。
リュイが涙を拭きながらこちらに向き直る。
「ここまでダークが護ってくれたんだ」
母親が姿勢を正し、目の前に立った。
「私はカツェ。この子の母親です……ほんとうに、ありがとうございました」
「ダーク・レイディアント……ダークと呼んでください」彼は答えた。「リュイが無事で何よりです。けれど、もう一人のお子さんは……」
「キィのことですね……」
カツェの言葉に、ダークは目を伏せる。
彼女は言った。
「お気になさらないでください。あの子も、覚悟の上でした」
「そうおっしゃっていただけて、すこし気が休まります」
カツェはにこりと笑うと、腕時計を見る。
「さあ、艦内へ。あなたたちが来るのを、あの方はずっと待っていました」
「あの方?」
「ええ。終戦の三英傑のひとり――アストルが」
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◇
前作『ガロンガラージュ正衝傳(https://www.alphapolis.co.jp/novel/283100776/657681082)』とは同一世界観であり一部登場人物、設定も続投していますが物語的な繋がりはありません。そのため新規タイトルとしてUPしています
アイドル⇔スパイ
AQUA☆STAR
キャラ文芸
【現在、更新停止中】
アイドルとスパイの日常が入れ替わる⁉︎
ソロアイドルとして人気絶好調の凛花(天然、超幸運体質)、表は普通の女子高校生『白波瀬凛花』として生活していた彼女は、校内で『自分と瓜二つの人間が現れる』という都市伝説を耳にする。
その日、いつもの様に学校から自宅へと帰宅していたリンカは、黒ずくめの怪しい男たちに襲われる。そんな彼女を助けたのは、自分と瓜二つの顔をするカリンと名乗る少女だった。
「私は通りすがりのスパイよ」
アイドルに憧れる凄腕スパイ。
非日常に刺激を求める天然アイドル。
混ぜるな危険。二人の少女による華麗な輪舞曲、『アイドル』と『スパイ』略して『アイスパ』ここに開演。

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