ガロンガラージュ愛像録

もつる

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チャプター9

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 アリシアとテシルはそれから発令所を目指して通路をひた走る。途中、傭兵たちが迎撃に現れたが、そいつらを蹴散らし進む。
 倒した敵からは見取り図やそれに相当するような情報は得られなかったが、進入位置と船体形状を考慮すれば、目的の場所に近づいているような予感がした。
 そしてそれは当たった。
 ひときわ多くの無粋な機械を打ち込まれた通路、その突き当りの扉を蹴破った途端、二人の目の前に大部屋が広がる。

「やっぱり来たね」

 大部屋の中央には、ファビオラが立っていた。
 二人は身構え、室内を窺う。
 得体の知れない装置と祭壇めいた装飾を施した台座があり、装置の中には死体。ファビオラの背後に位置する、巨大な宝玉を掲げる座には――。

「アシェルさん!」

 彼は玉座に縛りつけられ、ぐったりとしていた。首筋には管が刺さっている。
 アシェルが虚ろな瞳でこちらを見た。

「きさま、彼に何をした!」

 テシルが銃口を向ける。

「見れば察しがつくだろう? 生贄さ」

 ファビオラは鼻で笑い、指を鳴らす。
 すると、壁と天井が急にほのかな光を発し、外の景色を映した。
 彼女は言う。

「アシェルが同化することで、本当の意味でこの艦は完成する。そうなれば――」

 艦全体から、甲高い音が響く。何かを充填しているような音だ。
 まさか、とアリシアは思った。
 ファビオラが腕を真横に伸ばし、壁に映った山を指差す。
 壁のスクリーンの下部から、砲身めいた鈍色の円柱が伸びてきた。
 アリシアは叫ぶ。

「やめろ!」

 だがファビオラは薄ら笑いを返すと、囁いた。

「撃て」


  ◇


 ルカは頭痛を訴えたアシェラにアスピリンを飲ませてやり、また窓の外を見る。
 アリシアとテシルが向かった方角に浮かんだ、巨大な木造船。それは江域じゅうの人々を驚かせ、周囲に民家の乏しいここでもざわつきが感じられた。

「お姉ちゃん……」

 アシェラが言う。
 ルカは振り向いて、

「もう大丈夫?」

 と訊いた。
 彼女は頷く。

「けど……あの船にお兄ちゃんを感じる……苦しんでる……」
「わかるの?」

 アシェラがまた頷いた。

「伝わる……。船の力が歪められて……お兄ちゃんを呑み込もうとしてる」
「呑み込もうと……?」

 ルカの隣に、アシェラが来る。
 船はなおも空中で沈黙を保っていた。
 その時だった。
 船の横腹から真っ赤な光がほとばしり、ルカは悲鳴を上げて両目を覆う。

「お姉ちゃん!」

 涙を溢れさせて床に崩れたルカに、アシェラが寄り添う。
 だが、激痛に悶えているのも束の間、外で大きな爆発がした。
 衝撃波が家全体を震わせ、遠いところでガラスの割れる音も聞こえる。
 アシェラがルカを庇うように覆いかぶさって、二人は爆風をやり過ごした。
 落ち着いてきたところで、ルカとアシェラは身を起こす。
 アシェラが背筋を伸ばし、外を見て言った。

「……山が……吹き飛んだ……」

 回復しつつあるルカの目にも、黒煙の大柱が見えた。
 外のざわつきは悲鳴に取って代わられている。
 まもなく、街じゅうにサイレンの音が響き渡った。


 ◇


 山の形を変えるほどの大爆発だった。それを見せつけられ、アリシアとテシルは唖然とする。
 ファビオラが言った。

「どこに喧嘩を売ったのか、わかったろう?」

 二人はファビオラを睨んだ。彼女が浮かべる笑みは、いつしか歯牙を見せていた。
 外の映像が消え、ファビオラは続ける。

「さっきの砲撃でも、まだ百パーセントの出力じゃないのさ」
「まさか、オマエらこの艦で世界を――!」
「そこまで大それたことは考えちゃいないよ」

 けど、とファビオラ。

「世界中がこの力を欲するだろう。それがハイルダインに大きな利益をもたらす。そして――」

 装置の陰から、大勢の傭兵が姿を現した。今朝見た顔も交じっている。
 アリシアとテシルは囲まれ、またアシェルのうめき声がした。
 ファビオラも銃を抜く。

「我が社に仇なすあんたらには死んでもらう」
「その前に彼を救い出す」アリシアは構えた。
「やれるものなら、やってみな!」

 ファビオラの銃声が轟いた。
 アリシアは前転で躱し、彼女へと走る。
 テシルが叫んだ。

「雑魚は任せろ!」

 敵とテシルの銃撃が交錯する音を背に、アリシアは詠春刀を振るう。
 ファビオラが上体を反らして避ける。が、全身をツイストさせてもう一撃放った。
 銃把が斬撃をガードする。
 アリシアは代わりの一手を繰り出そうとしたが、ファビオラも同時に腕を振った。
 デリンジャーを出す気だ。
 アリシアは詠春刀を突き出し、鍔の鈎でそれを絡め取ろうとする。
 しかし、ファビオラの手の動きは銃とは違った。
 咄嗟に手を引く。
 銀色の一閃が空を斬り、アリシアは大きく後退した。そこに隙ができた。
 ファビオラの蹴撃が胴を打つ。
 アリシアはあえて床に転がり、間合いを取って立て直す。
 彼女はファビオラが袖から出した得物を視た。
 ダガーだった。小ぶりではあるが、人を殺すには充分な厚みと刃渡りを持っている。
 武器を確かめると、アリシアはまた自分の間合いまで突進する。
 ファビオラが銃を構えた。
 相手の視線と指の動きを見極め、アリシアは射撃の直前でジャンプする。
 銃弾はアリシアの爪先を掠め、床にはじけた。
 アリシアはそのまま飛び蹴りを浴びせる。
 蹴りはファビオラの頬にヒットし、彼女を床に倒した。
 着地と同時に身を翻し、首筋へ斬撃を繰り出すが、こちらは空振りに終わる。
 ファビオラは倒れたままの姿勢でローリングし、躱したのだ。
 アリシアは自分に隙ができているのを認識する。
 案の定、ファビオラが撃ってきた。
 床に伏せる格好で弾を避け、跳ねるように立ち上がる。
 二人は武器と睨視を向け合った。
 ファビオラが血混じりの唾を吐き捨てる。
 アリシアは心の中で五秒、カウントダウンした。
 ゼロになった瞬間、アリシアは踏み込む。ファビオラも同じタイミングで動いた。
 だがその時、アリシアは視界の端でファビオラの手下がこちらに銃を向けているのを見た。
 かかとで床を蹴りつけるようにして留まり、背を反らす。
 手下の放った弾丸が鼻先を掠め、直後のファビオラの銃撃も間一髪、躱した。
 テシルの怒声と銃声が重なる。

「この無粋野郎!」

 彼女が割り込んできた敵兵を撃ち倒す。
 ファビオラが舌打ちした。
 アリシアは改めて突進する。
 ファビオラがナイフを突き出したが、それをいなして回り込み、斬りかかる。
 金属のぶつかる音と火花が散った。詠春刀は拳銃のフレームを打っていた。
 銃撃が来る前に、アリシアはファビオラにタックルを喰らわせる。
 ファビオラがよろめき、追撃の蹴りを放つ。
 バランスが崩れていたファビオラを床に叩きつけた。
 チャンスが生まれる。

「先輩!」アリシアはアシェルのほうへ走り出した。「援護お願いします!」
「まかせろ!」

 アリシアは左の詠春刀を逆手に持つ。
 彼のすぐ前に至り、まずは拘束しているタイラップの切断を試みる。
 背後からファビオラの声。

「させないよ!」

 そこにテシルの雄叫びが重なった。

「こっちのセリフだ!」

 重々しい衝突音がする。
 アリシアはアシェルの右手首のタイラップに刃を通し、捻じ切ろうとした。
 が、その時玉座の裏から傭兵が飛びかかり、壁まで押し込まれる。詠春刀の一本は手からこぼれてアシェルの足元に落ちた。
 飛びかかってきたのは、資材置き場で見た顔だった。

「まだ殴られ足りねえみたいだな、ええ!?」

 傭兵の腕がアリシアの喉を押しつぶす。
 アリシアは脚を振り上げ、男の顎を蹴った。
 縛が解けるや否や、彼女は護拳で殴りかかる。

「殴られ足りない!? ばかぬかせ!」

 相手の胸ぐらを掴み、更に殴打を浴びせる。

「殴り足りないんだよ! こっちは!」

 顔の骨を砕く勢いで打撃を繰り返し、気を失ったところでその身を放り捨てた。
 振り返ると、テシルとファビオラの交戦が見える。
 状況はテシルの防戦一方だった。
 ダガーによる高速斬撃の嵐を、テシルはライフルで受け、流し、隙を縫って打撃を試みる。
 が、ファビオラの紙一重の回避でバランスを崩してしまった。
 そこに肘鉄を喰らい、テシルは床に伏す。
 アリシアは半ば反射的に、テシルへ助太刀した。
 壁を蹴って跳び、空中から斬撃を放つ。
 直撃こそしなかったが、ファビオラをテシルから離した。
 テシルは拳銃を抜き、ファビオラ目がけて射撃する。
 しかしファビオラは防御姿勢を取り、銃弾をガードした。彼女の赤コートは防弾仕様だった。
 二人がそれに気づくと、玉座側で男の声が張り上がる。

「武器を捨てておとなしくしろォ! コイツをブッ殺すぞ!」

 傭兵の一人が、アシェルのこめかみに銃を突きつけていた。
 アリシアとテシルは己の目と男の正気を疑う。

「おいふざけんな!」アリシアは怒鳴り返した。「何がしたいんだオマエら!」

 だがハイルダインの連中のことだ。本当に撃ちかねない。
 なんとかしなければと思ったその時、相手の頭が吹き飛んだ。
 男の死体はアシェルにいくらかの返り血を浴びせながら、転げて床に伏した。
 その場の全員が、銃撃の方向を見る。
 開け放たれた入り口に、一人の乱入者が立っていた。

「アンタは――」

 アリシアが言っているうちに、乱入者は奪ったカービンと、スタームルガー・スーパーレッドホークで敵を蹴散らす。
 ルガーのグルガルタであった。

「アンタ逃げたんじゃないのか!?」

 アリシアは彼に向かって指を差す。
 彼女に対し、グルガルタは肩をすくめてみせた。

「逃げた先が地獄ってのも笑えねえ話だからな」
「尻尾を巻いて逃げりゃあよかったものを」

 ファビオラが嗤った。

「普段ならそうしたいとこだがね」とグルガルタ。「今回ばかりは放っておくわけにはいかねえのさ」
「じゃあ――」

 アリシアはテシルと目配せする。テシルはこの隙にライフルの弾を再装填していた。

「ファビオラはまかせた!」

 そう言って再びアシェルへ向かう。
 途中、雑魚の傭兵が撃ってきたが、跳んで避けた。弾は床ではじける。
 そのまま壁を蹴って、傭兵の頭上を越えた。
 傭兵はこちらに目を奪われていた。そのためテシルの銃床打をまともに喰らい沈む。
 着地と同時に体の重心を真横に移動し、装置を遮蔽物にする。
 敵の銃撃が装置に中たる音がした。
 テシルが撃ち返し、また一人倒す。ライフルと、先刻倒した敵のカービンで二挺撃ちだった。
 アリシアは陰からわずかに顔を覗かせ、アシェルのもとへ行く機を窺う。
 するとグルガルタとファビオラの格闘に目が行った。
 一進一退の攻防を繰り広げている。
 両者は互いに拳銃使い。ほとんど拳の届く距離での撃ち合いで、最小限の動きで弾を避け、隙あらば銃口を向ける。
 彼女は二人の闘いに、すこしだけ舞踊にも似た印象を覚えた。
 それも束の間、乱戦の中に一直線の<道>を見出す。
 アリシアは陰から飛び出て、落ちた詠春刀を拾いタイラップを切る。
 タイラップがブチリと音を立てた。
 続けて反対側の手と、足の拘束も断つ。

「立てます?」

 アリシアはアシェルの身を起こそうとした。
 彼は苦悶の表情ながらも頷き、首の管を引き抜いた。そして手足に力を入れようとする。
 しかし、立ち上がるには至らず、四つん這いの姿勢になった。
 よく見れば彼の背と首筋には菌糸のような、べたつく何かがまとわりついていた。それは時折、アシェルから玉座へと走るわずかな光を発する。
 アシェルが言う。

「玉座の宝珠……それがこの船の核……」
「じゃあこれを壊せばいいんですね?」

 アリシアは件の珠を見上げた。
 アシェルは小さな声で、そうだと答える。
 ならば、とアリシアは座の肘掛けに足を乗せ、背もたれの装飾を手掛かりに宝珠と向き合う。
 詠春刀を振りかぶり、刃を叩きつけた。
 が、宝珠は硬い音を立てて斬撃を撥ね退ける。
 今度は左の詠春刀を逆手に持ち、切っ先を当てる。それから右の詠春刀を振りかぶり、柄頭同士を打ちつけた。
 それでも、宝珠は傷一つつかない。

「くっそ硬いな!」

 アリシアは毒づいた。
 その時、銃撃がアリシアを襲い、頬を掠めた。
 致命打は間一髪で躱せたものの、急速な離脱を強いられる。
 テシルがカービンを鈍器に、敵を叩きのめしながら言った。

「わたしがやってみる!」

 アリシアは玉座から更に離れ、その流れで敵の一人にソバットを喰らわせた。

「これでどうだ!」

 レバーアクションライフルが火を噴く。
 けれど珠はそれすらも受けつけなかった。

「くそ!」

 テシルが毒づく。
 アリシアはファビオラと交戦中のグルガルタに目をやり、両者の間に割って入った。
 ファビオラのガロンガ・コルト改を鍔鈎で絡め取り、脇腹を空けさせる。
 そこに膝蹴りを当てつつ、彼女は言った。

「アンタのルガー、マグナムだろ!?」

 ファビオラが反撃する前に、アリシアは続けて相手を押し込み、壁に叩きつける。

「あの宝珠を砕いてくれ!」
「よしきた!」

 グルガルタはスーパーレッドホークのシリンダーを開放し、残弾を取り出す。
 それを持ってテシルの横に跳んだ。

「姐さんよ、コイツを使いな!」弾を持った腕を彼女へ伸ばす。「.45ロングコルトだ!」
「たすかる!」

 テシルは弾を受け取った。

「しっかり援護たのむぜ!」
「ああ、まかされた!」

 グルガルタが射撃位置へ駆け、テシルのライフルが再び銃声を轟かせた。
 その裏でファビオラの舌打ちが聞こえ、アリシアはさらに強く押さえる。
 が、ファビオラは頭突きを繰り出してきた。
 よりにもよって傷口に命中し、アリシアは声を出して退いてしまう。
 ファビオラがダガーを突き出してきた。
 寸でのところで刺突の手を掴み、封じ込める。
 それはフェイントだった。
 ダガーを封じている隙に、ファビオラの銃撃が胴の横をすり抜けた。
 その弾は、グルガルタが取り出したマグナム弾を掠めた。
 彼の指先から弾をまとめたクリップが吹き飛び、そこに傭兵が迫る。
 傭兵の攻撃はテシルの援護射撃が阻んだ。
 ここでアリシアとファビオラの膠着状態に変化が生じる。
 ファビオラがアリシアを押し出して、拘束を外そうとしてきたのだ。
 アリシアは踏ん張って耐えつつ、ファビオラの力を横に流そうと身を回転させる。
 しかし、背後に圧を感じてファビオラを離し、回避した。
 マチェットの袈裟斬りが、アリシアのすぐ近くで炸裂する。
 アリシアは空振りの隙を突いて傭兵を蹴り倒すが、肝の冷えを自覚していた。
 ファビオラはすでにグルガルタへと向かっていた。走りながら銃撃を連ね、彼を玉座から、そして落ちたマグナム弾から遠ざける。
 テシルが銃撃するも、手下の傭兵を盾にして避けられていた。グルガルタの、短銃身仕様スーパーレッドホークでの反撃も躱される。
 アリシアはマグナム弾目がけて走り出す。
 案の定、傭兵が妨害してきたが、斜め横へのジャンプで弾を躱し、壁面を蹴って死角へ着地する。
 アリシアは敵のカービンを払い除け、その腕を斬りつけた。
 傭兵が怯んでいるうちに、脇腹への蹴撃が決まった。
 次の邪魔が入る前に、マグナム弾へ飛びつく。

「受け取れ!」

 詠春刀の切っ先が弾を撥ね、グルガルタへと飛ばす。
 彼が弾をキャッチした次の瞬間、マグナム弾をまとめたクリップが変形した。
 クリップはシリンダーの円筒形に合うようにカーブを描き、スピードローダーとなる。
 マグナム弾を装填し、グルガルタが言った。

「さあて出番だぜ!」

 両手でホールドされたスーパーレッドホークの照準が合わさる。

「.454カスールさんよォ!」

 轟音が響き、弾頭が宝珠に激突した。
 グルガルタは立て続けに撃つ。
 雷鳴めいた銃声が五発轟いて、宝珠が砕けた。
 部屋全体に飛び散る破片は花火さながらで、誰もが動きを止める。
 ハイルダインの装置が稼働を止め、アシェルの背の菌糸もしなびてちぎれていった。
 アシェルが立ち上がろうとして、やはり床に突っ伏す。
 それをテシルが抱き上げてやる。
 アリシアはすこし笑い、ファビオラを見た。
 ファビオラはただ何も言わず、アリシアを睨む。
 彼女の食いしばった歯牙がぎりりときしむのが、アリシアにも聞こえた。
 次の瞬間、空間全体が縦に揺れる。
 傭兵の誰かが叫んだ。

「墜落だ! 墜落するぞ!」

 それがきっかけになった。
 傭兵たちは次々に銃を捨て、重い防具を脱ぎ、逃げ出してゆく。
 グルガルタがそんな彼らを鼻で笑い、手近な装置に掴まる。

「どうせ下は水なんだ」

 アリシアとテシルも、アシェルを庇いながら玉座にしがみついた。
 ファビオラも同じように出入り口近くの柱に駆け寄り、落下に備える。
 かくして、湖底遺跡の船が墜ちる。
 衝撃が襲った。続けて側面から硬質な振動が迫り、水面の破裂したような音と混ざり合う。おそらく船体の一部が陸地にぶつかったのだろう。
 これに耐えかねて、ハイルダインの機械がいくつか吹っ飛び、床に部品を飛散させつつ壁を貫いた。
 やがて音は止み、衝撃も治まって耳鳴りを伴う静寂が訪れる。
 アリシアは痺れと痛みにかぶりを振って、アシェルとテシルに訊いた。

「……大丈夫?」
「なんとか……」
「わたしもかろうじて」

 ファビオラの方を見る。彼女はもう立ち上がっていた。
 グルガルタも身を起こしているのが横目で見える。
 舌打ちがファビオラから出て、彼女は外へと走った。
 グルガルタが撃つ。
 しかし銃弾は彼女の頭上を過ぎて明後日の方向をえぐった。

「逃さねえ!」

 彼はファビオラの後を追ってゆく。
 アリシアはテシルと共にアシェルに肩を貸し、

「アタシらも脱出しよう」

 と進みだした。


  ◇


 ファビオラは艦体の、陸に乗り上げた部位を伝って地上に降り立つ。
 そこから駐車場へ急ぎ、控えていた手下に向けて言った。

「発車準備!」
「姉貴!? 何があったんです?!」
「いいからさっさとしな!」

 手下はSUVの運転席に駆け込み、ファビオラはその真後ろの席に乗ろうとした。
 その時、銃声がして横腹にショックと痛みが走り思わず声を上げた。
 が、彼女はよそ見もせず車の乗り込んだ。
 ミラー越しにグルガルタが追いかけてくるのが見える。
 SUVが発車した。
 グルガルタは、足を止めてから空いた車を探しているのか、左右に頭を振っている。

「アイツ、追ってくるよ」

 ファビオラは言いながらコートにめり込んだグルガルタの弾頭を引っ張り抜く。
 防弾素材を射抜かなかったのは、やつが.45ロングコルト弾を装填し直したからだろう。
 思わず笑ってしまった。グルガルタが早射ちを売りにしていなければ今頃死んでいたはずだ。
 手下が訊いてくる。

「でもどうするんです? 艦のことはどう報告を……」
「んなもんどうでもいいよ」

 ファビオラは答えながら、銃に弾を追加装填する。

「あのカフェに向かいな……クライアントからの依頼は未遂なんだ」

 後ろから同型の別SUVが、爆音を上げてこちらに迫ってきた。


  ◇


 アリシアたちは地面に突き立った船の残骸を蹴り倒し、外に出る。
 風が渦を巻いて彼女らの頬を撫でた。そこには、サイレンの音とわずかな焦げ臭さが乗っていた。
 市街地の方角からは、いくつかの黒煙の柱が見える。
 アリシアたちは一瞬たじろいで、そして歩き出した。
 フェンスの向こうに停まっているバイクは、船の墜落の衝撃で転倒しているのではないかという懸念もあったが、幸いにもネロ、テシルのマシン共に無事だった。足元にはいくらか破片が落ちているものの、車体にダメージは見られない。
 不意にアシェルの歩調が乱れ、肩を貸しているアリシアも連られてつんのめる。
 周囲を警戒してくれているテシルが手を差し出そうとしたが、どうにか踏ん張って歩を進めた。
 途中、アシェルがアリシアの名を呼んだ。
 アリシアは彼に目を向ける。

「なんで……どうしてここまで……」
「どうしてって……」
「僕を助けても、何の得も無いのに……それどころか、僕のせいでこんなボロボロになってまで――」
「それは……アタシ自身もよくわからないです」

 彼女は小さく笑い、けど、と続けた。

「あの時、遊覧船の中でお二人が手を繋いだのを見た……」
「それがどうか……?」
「それはつまり、恋人の面をアタシたちに見せてくれたってこと……。信頼してくれたんでしょ? アタシとルカを」

 彼は何も言わなかった。が、その眼差しに否定の意は感じられない。

「アタシは、その信頼に応えたい」
「……ありがとう」

 かくしてバイクの所まで戻ってきた。
 テシルが、予備のヘルメットを手にしながら言う。

「彼女、アシェラちゃんを狙うんじゃないかな」
「でしょうね」とアリシア。「グルガルタが追っかけてったけど、どうなることか」

 相打ちしてくれるのがいちばん良いけれど、と彼女は思った。思うだけに留めた。
 そして端末を取り出し、ルカに電話をかける。
 ワンコールで繋がった。

「アリシア!?」
「ルカ、無事?」
「無事だよ。そっちは?」
「アシェルさんを救出した。今替わるから、アシェラちゃんに」
「わかった」

 返事の後、アリシアはアシェルに端末を手渡す。

「アシェラ……? ああ、僕だ……。ほんとうにごめんよ……」

 ようやく、彼の瞳に輝きが戻った。
 アシェルは続ける。

「黒幕はファビオラだったんだ。けど、彼女はまだ諦めてないと思う……。ひょっとしたらそっちに行くかもしれない。だから窓には近づかないで。僕らもすぐ戻るから……」

 それから電話越しのアシェラの言葉に何度か頷いて、

「ありがとう……。僕も――愛してる」

 通話を終えた。
 アリシアは端末を返してもらうと、ネロのエンジンをかける。
 アシェルがテシル車の後ろに跨ったのを確認して、言った。

「よし、急ごう!」
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