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チャプター8
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8
アリシアはラップトップの画面を見て、表情を曇らせた。
「なるほど、そういうことか……」
「でも、神話ですよ?」隣のアシェラが言う。「いくらなんでも現実味が……」
するとルカが、自身の端末を見ながらこう返した。
「いや……あながち神話っていうわけでもなさそうだよ」
彼女が画面をアリシアたちに見せる。
そこには今朝のニュースが表示されていた。
「消えた湖底遺跡。それと、遺跡の周りで警備会社勤務の人の水死体が発見されたっていう過去のニュースが」
「警備……? ああ、放送用語か」
アリシアは頷いて、またラップトップに目をやる。
「確かに、持って帰った情報と一致するね……」
「ねえアシェラ」ルカが訊ねた。「神話では船って武装あったりする?」
「きょうだい神さまが造った時点では、武器の言及はなかったはず……」
アシェラはにわかに顔を蒼くする。
「けど――許嫁だった神さまたちに奪われたんです。それから船は他の土地の神さまとの戦争に備えて――」
「戦艦に改造された……」
アリシアは、アシェラが首を縦に振るのを見て苦い顔をした。
その時である。
ホールが騒がしくなった。そう思いきや銃声が聞こえた。
三人はぎくりとして、武器に手を伸ばす。
客たちの悲鳴の後に破壊音が響き、拳銃を手にしたテシルが飛び込んできた。
「先輩!」
「ハイルダインだ!」
叫び声とほぼ同時に、アリシアたちは席を立ち応戦体勢に入る。
ルカがアシェラを庇うように構え、アリシアはホールへ向かう。
直後、カービンを構えたハイルダインの傭兵が姿を見せた。
アリシアは正面蹴りを喰らわせ、吹っ飛ばす。
勢いでホールに出たところで、敵の数と武装を目の当たりにする。
相手は六人。いずれもカービンとプレートキャリアで完全武装だ。
本気で殺す気だ。
アリシアが思った瞬間、敵は一斉に撃ってきた。
咄嗟にしゃがみ、カウンターを遮蔽物にする。
蹴り飛ばした一人目も立ち直ろうとしていた。
彼女はその顎に詠春刀の護拳で追撃する。
敵が倒れ、銃を手放した。
アリシアはカービンを掴むと、休憩室側に投げた。
「援護よろしく!」
「気をつけて!」
ルカが銃をキャッチし、テシルと共にカーテンを翻す。
カービンと、テシルのレバーアクションライフルが同時に炸裂する。
アリシアは二人の援護射撃を背に、カウンターから飛び出した。
まずは手近な敵兵の懐に突っ込む。
両の鈎鍔でカービンを引っ掛け、捻る。
追撃を試みた直後、他の敵が撃ってきた。
アリシアは詠春刀を引き、敵兵を盾にする。
弾は彼のプレートキャリアに中たった。
撃ってきた敵が散開するのが見える。が、テシルとルカの銃撃が牽制した。
アリシアは眼前の敵にソバットを放つ。
男の身が大きく横に振れ、床に叩きつけられた。
その裏で、また別の敵が銃を構えているのが見えた。
アリシアが動く前に、敵は銃弾に腕を射抜かれる。
テシルだった。
二人は一瞬、互いを見て微笑み合う。
そしてアリシアは他の敵に攻めかかった。
相手の目線と指先の動きを見切り、斜めに角度をつけて走る。
敵の銃弾がアリシアのすぐ横を飛んだ。
相手が驚きの声を上げている隙に、アリシアは斬撃を放つ。
斬撃は敵兵の脚を斬り裂き、姿勢を崩した。
片膝をついて頭の位置が低くなったところに、蹴りを喰らわせる。
敵兵が床に伏した勢いでカービンを手放した。
するとまだ継戦可能な傭兵が言う。
「撤退だ!」
動ける者たちが、負傷した仲間に手を貸し逃げてゆく。
アリシアたちは追い討ちをかけようとしたが、相手の銃撃に阻まれた。
カウンターを跳び越え、裏側に避難する。
テシル、ルカと共に背中で銃弾がはじける振動と音を感じた。
外で車のエンジンがかかる音がする。
アリシアとテシルは立ち上がり、窓に顔を近づけた。
敵を乗せた一トンバンが、一目散に逃げていくのが見える。
二人は車の特徴とナンバーを記憶し、頷きあった。
「追いかけるの?」ルカが訊いた。
「うん」アリシアは答える。「確実にファビオラのところに行くはず」
「違ったとしても、連中の拠点は割れている。そして――」
テシルがイエローレンズのサングラスをかけながら、休憩室の床に落ちたダスターコートを着て言った。
「アシェルくんもそこに囚われている」
「先輩も来てくれるんですか?」
「ああ。店をここまでメチャクチャにされて黙ってるわけにもいくまい」
二人はルカと、アシェラを見た。
アシェラはやはり困惑の眼差しでこちらを見ている。
が、アリシアは微笑みを浮かべ、親指を立てた。
「ルカ、彼女をよろしくね」
「戸締まりはぬかりなく頼むよ」
と、テシルが敵の落としたカービンをアシェラに渡す。
かくして二人はガレージへと向かった。
アリシアとテシルは発進準備を整え、マシンに跨る。
エンジンを動かす前に、テシルが声をかけてきた。
「必要ないとは思うが――」と、彼女は拳銃を差し出す。「いちおう持っておきなよ」
それはコルト.32オートのクローンモデル、ラージュM1903だった。ラージュM1911と並ぶ、ガロンガ・コルトの代表的モデルである。
だがアリシアはやや決まりの悪い笑みを浮かべ、受け取らなかった。
「アタシ、銃の免許は持ってないんです」
「そうだったのか。意外だな」
「金銭的に運転免許と二択だったんで、こっちに」
言いながらネロのタンクに掌を置く。
「なるほど。なら仕方ない……」
テシルが拳銃を納める。
二人はヘルメットのシールドを下げ、スタータースイッチを押し込んだ。
エンジンに火が入り、アリシアのネロとテシルのバイクがエキゾーストノートを轟かせる。
横目にテシルのマシンを見ると、流麗なフロントカウルと一体化したような黒いスモークスクリーンの向こうから、ライトの光がぎらりと輝いた。
アリシアとテシルは目配せして、声を揃える。
「GO!」
爆音と共に二台のマシンが格納庫から飛び出した。
風を切り、アシェルとファビオラのもとへ駆ける。
人里を過ぎ、橋を渡り、田園の真ん中を貫く道路を、アリシアとテシルのバイクだけが走っていた。
間もなく三叉路が現れる。
端末のナビでは右方向とあるが、テシルは真正面の道を指差す。
アリシアは彼女に従った。
端末のルート案内が修正され、到着予定時刻が数分短縮する。
そこは農道めいた長い直線道路で、左右には田園と空き地が広がっていた。
次の瞬間、二人の間でアスファルトがはじけ飛ぶ。
タイヤが何かを撥ねたわけではない。
アリシアたちはミラー越しに後ろを見る。
鏡には古い集合住宅がうつっていた。
「狙撃か!」
アリシアはテシルと共に加速する。その時また道路に弾丸がはじけ、甲高い音を立てた。
今度はミラーが小さな発砲炎を捉える。
二人はハンドルを切って進路に曲線を描いた。
銃弾がアリシアの横を掠める。
速度の加減と蛇行を交えたハンドリングで、アリシアとテシルは狙撃を躱していく。
それでもなお敵は撃ってきたが、どれも道路に砕け、土を穿ち、水路に飛沫を立てる結果であった。
やがて敵は苛立ったのか、銃撃のスピードを上げる。が、弾はまったく見当違いの方向に飛ぶばかりで、アリシアは先刻まで抱いていた焦りが引いていくのを感じた。テシルに目配せして、彼女も同じ心境であることを察する。
好機でもあった。
二人はストレートに加速し、敵狙撃手の射程から逃れる。
そして古びた山沿いの道路へと至る。道路の伸びる先にはダンティバ湖と、それを望むようにそびえる、リゾート施設めいた建物の影が見えた。
端末のナビは、その建物を目的地として示している。
もうすこしだと思いきや、アリシアとテシルは自分たち以外のエキゾーストノートを耳にする。
それはこちらにまっすぐ近づいてきて、やがて音の主が姿を現した。
二台のオフロードバイク。うち一台はタンデムで、いずれも銃で武装している。
ハイルダインの第二陣だった。
タンデム兵の後席側がピストルキャリバーカービンを構える。
アリシアとテシルは、敵の発砲と同時に左右へ散開した。
テシルがバイクのホルダーからライフルを引き抜く。
アリシアも詠春刀を一振りだけ抜刀し、左手に持った。
一人乗りの拳銃使いがアリシアへ近づく。
照準がこちらの頭に合わさった。
撃たれる前に、アリシアは動く。
彼女は咄嗟に姿勢を低くし、弾丸を回避した。
そして急接近して詠春刀を横に薙ぐ。
拳銃使いの敵は斬撃を躱し距離をとった。
それを、アリシアは追う。
一瞬、ミラーにテシルの姿がうつる。
彼女はライフルを後ろにスイングさせ、その勢いでループレバーを動かしていた。
初弾装填の音がして、二つの銃声が響く。
拳銃使いがこの隙にアリシアの前方へ躍り出る。
アリシアはコーナリングで弾を避け、再び攻撃を試みた。
相手の左側につき、刺突を繰り出す。
敵は切っ先を銃把で受け止め、打撃を返してきた。
アリシアも護拳でガードすると、一旦離れる。
相手の右手側に回ろうとした。が、その時カーブにさしかかった。
拳銃使いは減速し、タンデム兵の後ろまで下がる。
アリシアとテシルは敵に背を見せる格好に冷や汗を流しつつも、コーナリングにかかった。
案の定、銃撃が来た。
アリシアはバンク角をさらに深め、曲がりながら弾を避ける。
そのすぐ近くで、テシルはライフルの銃口を路面に擦りながらバランスを取っていた。
カーブを抜ける直前で、アリシアの眼前にガードレールが迫る。
彼女は急速に車体を起こし、半ば蹴る勢いでガードレールに足を添え、バランスを保った。
そのまま靴底を滑らし、立て直す。
同時にテシルのスイングコックの音がした。
テシルが後方に銃撃を行うと、敵のバイクが左右に散る。
アリシアは前方に意識を向ける。すると道の先にあるものを見た。大きな陥没だ。かつての事故か落石かでえぐられたのであろう。
あそこに敵を誘導できれば――。
考えていると、拳銃使いがまた接近してくる。
アリシアは今度こそ、と車体を右に振り、斬撃の位置を取る。
加減速で弾を躱しながら近づいた。
相手が弾切れを起こす。好機だ。
彼女は詠春刀を振りかぶり、斬りつけた。
しかし拳銃使いは急減速して躱す。
そこに、タンデム兵が来た。
アリシアにカービンの銃口が向く。
離脱しようとした時、両者の間にテシルが割って入った。
ライフルが大きく弧を描き、敵より先に火を噴く。
弾丸が乗り手の横腹に命中し、動揺させた。
そのままタンデム兵はアリシアが目星をつけていた陥没にタイヤを取られ、転倒する。
バイクが火花を散らして路面を滑り、乗り手は法面に、後席の銃手はガードレールに激突した。
まず一台、戦闘不能に追い込めた。
だが安堵も束の間、リロードを完了させた拳銃使いがまた追い上げてくる。
テシルが下がり、アリシアは拳銃使いと攻撃ポジションを奪い合う。
加速で敵の弾から逃れ、右に出た。
が、拳銃使いは法面ぎりぎりまで寄り、アリシアが腕を振り回せる位置に行くのを阻む。
敵の銃口がアリシアを睨んだ。
彼女は大きく左に舵を切って回避行動を取る。
銃声が風を貫き、ガードレールを響かせた。
そしてまた肉薄する。
拳銃使いが腕を伸ばし頭を狙ってきた。
が、アリシアはその腕を払う。
彼女は自らの射程に入った瞬間、クラッチを握り右腕をフリーにしたのだ。
相手の銃が真上を向き、アリシアは右の詠春刀を抜いた。
脇腹への斬撃と護拳での打突を続けて放ち、拳銃使いの胴へダメージを通す。
拳銃使いはバランスを崩し、路面に転がって倒れた。
アリシアとテシルはすこしスピードを落とし、武器を納める。
そして再度加速し、目的地へ至った。
端末の音声ガイドが言う。
「目的地に到着しました。お疲れさまでした」
アリシアはすこしだけ笑った。
「お疲れさまでした、ねェ……」
「本当に疲れるのはここからなんだがネ」とテシル。
二人は敷地の内外を隔てるフェンスの前にバイクを停め、己の足でハイルダインの拠点に踏み入る。
遠景で見たとおりの廃墟だった。黒いくすみがコンクリート壁を染め、割れた窓と共に建物から生気を奪っている。一方でその周りに広がる、アスファルトの平面には鬱蒼とした気配は無い。ヒビだらけで、雑草も伸び放題な上に資材なのか廃材なのか判別のつかないコンクリートブロックやドラム缶などが随所に放置されている有様だが、かつては客用の駐車場だったのだろう。
廃墟の外観を一通り見回していると、テシルが言う。
「高度成長期には、レイクビューを売りにした商業施設が競うように立ち並んだ。ここもかつてはその一つだったんだろう……」
「なるほど……」アリシアは湖に浮かぶ、神殿の島を見た。「目当ての遺跡に近い上、数が多いからうってつけだったということですか」
「だろうな」
二人は地面に視線を落とす。
轢かれて平らになった草と、砂埃が残す薄いタイヤ痕が確認できた。
タイヤ痕を目で追うと、やはり建物へと伸びている。連中は従業員や搬入業者用の駐車場を使っているようだ。
そしてタイヤ痕は、案の定カフェを襲ってきた連中のバンのものだった。
「ビンゴ」
「ですね」
言ったその時、二人は割れ窓の奥に動くものを見とめた。
アリシアとテシルは身構え、散る。
建物側から銃撃が襲ってきた。
二人はそれを避けつつ、エントランスへ駆ける。
その時、頭上を一本のワイヤーが勢い良く過ぎた。
ワイヤーの先端はフェンスの傍に置かれたドラム缶を掴み、引き寄せる。
ドラム缶がこちら目がけて飛んできた。
アリシアとテシルは伏せてドラム缶を躱す。
頭上を錆鉄の塊がよぎる圧を感じ、エントランスのガラス戸が枠ごと粉砕されるのを見た。
起き上がると同時に、テシルが発砲して牽制する。
向こうも撃ち返してきたが、二人とも被弾は免れた。
銃撃をしのぎ、建物内に入る。
その途端、正面の階段から敵兵が撃ってきた。
アリシアは前転で躱し、テシルは横に跳んで柱の陰に隠れた。
テシルの援護射撃で、アリシアはさらに近づく。
階段を駆け上って、まず一人目のカービンを撥ね、蹴りを喰らわせた。
一人目は二人目を巻き込んで仰向けに倒れ、三人目の兵の対応を遅らせる。
アリシアは斬撃を放ち、銃口を逸らすと相手の懐に入り込んだ。
そして手すり側に押しやり、投げ落とす。
三人目は悲鳴を上げながら床に叩きつけられ、悶絶した。
それから起き上がろうとしている二人目の顎を蹴飛ばし、気絶させる。
テシルが叫んだ。
「伏せろ!」
アリシアは彼女の言葉に従う。
鈎つきのワイヤーがアリシアの頭上を掠めた。
横目でワイヤーの飛んだ先を見やると、鈎が大型のコンテナケースを掴んでいた。
コンテナがこちら目がけて引っ張られてくる。
アリシアはぎりぎりまでその場に留まり、目前に迫ったところでコンテナに飛び乗った。
コンテナごと彼女はワイヤーを放ってきた敵へ急接近する。
敵は驚いて持っていた道具を手放し、避けようとした。
だがアリシアのほうが速かった。
勢いを活かした飛び蹴りを喰らわせる。
蹴りは敵兵にクリーンヒットし、仰向けに倒した。
着地と同時に、アリシアは敵の顔に気づき、近づく。
「オマエあの時の!」
彼は資材置き場でアリシアをさんざん殴った男たちの一人だった。
男が、ぎくりとした表情を浮かべる。
アリシアは彼の胸ぐらを掴み、歯牙を剥き出しにして睨みつけた。
すると彼は声を上ずらせる。
「待てよ待ってくれ! しょうがなかったんだよ!」
「俺にもやらせてくださいよとか言ってただろコノヤロウ!」
「あれは場の雰囲気というか……」
男の答えに、アリシアは詠春刀を振りかぶった。
その時テシルが制止する。
「他の連中はどこだ?」
「艦に乗ったよ、ファビオラの姉貴やあのガキと一緒に……」
「艦だと? 湖底遺跡を改造したやつか?」
「なんでそれを……」
アリシアとテシルは顔を合わせ、小さく頷く。
男が声を震わせて言った。
「俺を殺すのか……?」
続けて、
「なあ頼むよ助けてくれ! 空気読まなきゃいけねえ時だってあるだろ!? 痛かったんなら謝るからさあ!」
その言葉にアリシアは下げた腕をまた振りかぶろうとする。
すると、テシルが言った。
「放してやりな」
「や、でも――」
「いいから」
アリシアは渋々、男を掴む手を緩める。
次の瞬間、テシルの正面蹴りが彼の顔面を砕いた。
血飛沫と折れた歯が飛散し、男はうめき声を上げながら悶絶する。
テシルが言った。
「痛かったのなら謝る」
さすがのアリシアも冷や汗を流して、にわかにテシルから目を逸らす。
だがこれで襲ってきた敵は全員倒した。増援や伏兵の気配も無い。
二人は先の男が持っていた小銃型の道具を見やる。
「グラップルガンか?」
「みたいですね」アリシアは道具を拾い上げる。「グルガルタが使ってたのと、たぶん同じやつだ」
グリップを握り、各部を観察してみる。
すると、湖の側から地鳴りのような音が聞こえ、空間全体が揺れた。
二人はにわかに声を上げながらも踏ん張り、ダンティバ湖を見る。
巨大な影が湖面に現れ、隆起させる。終いには突き破るようにして、巨大な木造船が空へと舞い上がった。
アリシアとテシルは割れ窓からの水飛沫を浴びながら、己の目を疑う。
けれどアリシアはその船が、あの時見た湖底遺跡であるということを受け入れざるをえなかった。
船はぐんぐんと高度を上げていく。
二人はやっと気を取り戻し、
「追わなきゃ!」
と階段を駆けた。
二人はテラスに至り、グラップルガンを構える。
アリシアの右手とテシルの左手がグリップを握り、空いた側の腕を互いの腰に回す。
レーザーサイトで船に照準を合わせ、フックを発射した。
ワイヤーが直線を描きながら空へ伸び、鈎が船体に喰らいつく感触が伝わる。
巻き取りと同時に、二人は跳んだ。
水滴混じりの風を浴びながら、まもなく二人は船の横腹に足をつく。
そして甲板に上がった。
船が上昇を終え、滞空する。
アリシアとテシルは船内への扉を見つけ、くぐった。
船内は何千年も水中に沈んでいたとは思えぬほど美しく、良好な状態であった。それだけ高い気密性を保っていた証拠である。
しかし随所に、ハイルダインの連中が持ち込んだケーブルや機械類が打たれていた。
それを目の当たりにしたテシルが眉をひそめているのに、アリシアは気づく。
「あいつら……この遺跡がどれだけ価値ある文化財か、わかっているのか……」
「……わかってないから、こんな無粋なこと――」
言っていると、丁字になった通路の向こうに人が倒れているのを発見した。
おそらく死体だろうが、二人は武器を構えたまま近づき、調べてみる。
死体がハイルダイン所属のオペレーターだというのは、服装と装備品、首に提げたIDタグでわかった。眉間には十一ミリ程度の穴が開いていて、驚いたような表情を保っている。
テシルが言った。
「……仲間割れか、アシェルくんが逃げたか、あるいは――」
「ハイルダインの連中とアタシら以外の誰か、ですね」
アリシアは死体の銃創を指差す。
「目測だから不正確かもですけど、弾の入射角的にコレ、腰だめの状態で撃ったんだと思います」
「なるほど。抜き射ちの可能性があるな」
テシルが自分のライフルに使う、予備の.45ロングコルト弾を取り出し、弾頭を銃創に近づける。
「口径的にもピッタリ…….四十五口径か」
「ということはまさか――」
言いかけると、通路の奥から敵が現れ撃ってきた。
二人は跳ねるようにして立ち上がり、壁に隠れる。
弾丸が間近で砕け、その音に耳を刺された。
銃撃が止んだ一瞬の隙に、テシルが撃ち返す。
「数は三人! 全員自動小銃持ちだ!」
彼女が四発撃ったところで、別の銃声が敵側からした。
ハイルダインの傭兵たちが驚き、そして短い悲鳴と共に絶命する。
アリシアとテシルは警戒しつつも顔を覗かせ、状況を確かめる。
すると、
「借りるぜホトケさんよ。ルガーだけじゃ心もとないんでな――」
敵兵を斃した彼がこちらを向いた。
その瞬間、余裕の笑みがこわばって己の目を疑うような表情に変わる。
ルガーのグルガルタだった。
アリシアは脇道から出て行き、グルガルタに詰め寄った。
「おどろいたな」グルガルタが言った。「どうやったのか知らんが、まさかファビオラを追って来たってのか」
「アシェルさんを助けに来ただけだ」
アリシアは答える。
「なるほど」グルガルタは頷いた。「じゃあそっちの姐さんは?」
「わたしはハイルダインの連中に店を荒らされて、あまつさえ――」
テシルの目がアリシアに向く。
「かわいい後輩を痛めつけられたんでね。その仕返しだ」
「そういうこと。で、なんでアンタがここにいるのさ」
「てめえが俺のルガー水ン中に投げ捨てたせいだろう!」
「……まさか素潜りで!?」
「あたぼうよ。そしたらすったもんだでこの船の中ってわけだ」
そう言うグルガルタをよく見れば、確かに服が濡れている。髪もまだ湿り気が残っていた。コートは地上に置いてきたのだろう、ベストとノースリーブシャツから伸びる筋肉質な腕は、水に冷やされて血の気に乏しい。
アリシアはテシルと共に、呆れと感心の混ざった眼差しを彼に向ける。
そんなグルガルタは、通路の奥に目をやりながら言った。
「今は脱出方法を探してるのさ。だがこいつァ潜水艦だからな……まずは装備が――」
「もう水の中にはいないよ」
「なに? 浮上したってのか?」
「ああ。空にね」
またグルガルタが首を傾げる。
が、アリシアは調子を変えない。
「アタシらが乗り込めたのも、アンタの持ってたグラップルガン使ったからだよ」
そして横を過ぎながら言った。
「おい待ちなよ、もうちょっと詳しく――」
「せいぜいがんばって降りたらいいさ」
アリシアはラップトップの画面を見て、表情を曇らせた。
「なるほど、そういうことか……」
「でも、神話ですよ?」隣のアシェラが言う。「いくらなんでも現実味が……」
するとルカが、自身の端末を見ながらこう返した。
「いや……あながち神話っていうわけでもなさそうだよ」
彼女が画面をアリシアたちに見せる。
そこには今朝のニュースが表示されていた。
「消えた湖底遺跡。それと、遺跡の周りで警備会社勤務の人の水死体が発見されたっていう過去のニュースが」
「警備……? ああ、放送用語か」
アリシアは頷いて、またラップトップに目をやる。
「確かに、持って帰った情報と一致するね……」
「ねえアシェラ」ルカが訊ねた。「神話では船って武装あったりする?」
「きょうだい神さまが造った時点では、武器の言及はなかったはず……」
アシェラはにわかに顔を蒼くする。
「けど――許嫁だった神さまたちに奪われたんです。それから船は他の土地の神さまとの戦争に備えて――」
「戦艦に改造された……」
アリシアは、アシェラが首を縦に振るのを見て苦い顔をした。
その時である。
ホールが騒がしくなった。そう思いきや銃声が聞こえた。
三人はぎくりとして、武器に手を伸ばす。
客たちの悲鳴の後に破壊音が響き、拳銃を手にしたテシルが飛び込んできた。
「先輩!」
「ハイルダインだ!」
叫び声とほぼ同時に、アリシアたちは席を立ち応戦体勢に入る。
ルカがアシェラを庇うように構え、アリシアはホールへ向かう。
直後、カービンを構えたハイルダインの傭兵が姿を見せた。
アリシアは正面蹴りを喰らわせ、吹っ飛ばす。
勢いでホールに出たところで、敵の数と武装を目の当たりにする。
相手は六人。いずれもカービンとプレートキャリアで完全武装だ。
本気で殺す気だ。
アリシアが思った瞬間、敵は一斉に撃ってきた。
咄嗟にしゃがみ、カウンターを遮蔽物にする。
蹴り飛ばした一人目も立ち直ろうとしていた。
彼女はその顎に詠春刀の護拳で追撃する。
敵が倒れ、銃を手放した。
アリシアはカービンを掴むと、休憩室側に投げた。
「援護よろしく!」
「気をつけて!」
ルカが銃をキャッチし、テシルと共にカーテンを翻す。
カービンと、テシルのレバーアクションライフルが同時に炸裂する。
アリシアは二人の援護射撃を背に、カウンターから飛び出した。
まずは手近な敵兵の懐に突っ込む。
両の鈎鍔でカービンを引っ掛け、捻る。
追撃を試みた直後、他の敵が撃ってきた。
アリシアは詠春刀を引き、敵兵を盾にする。
弾は彼のプレートキャリアに中たった。
撃ってきた敵が散開するのが見える。が、テシルとルカの銃撃が牽制した。
アリシアは眼前の敵にソバットを放つ。
男の身が大きく横に振れ、床に叩きつけられた。
その裏で、また別の敵が銃を構えているのが見えた。
アリシアが動く前に、敵は銃弾に腕を射抜かれる。
テシルだった。
二人は一瞬、互いを見て微笑み合う。
そしてアリシアは他の敵に攻めかかった。
相手の目線と指先の動きを見切り、斜めに角度をつけて走る。
敵の銃弾がアリシアのすぐ横を飛んだ。
相手が驚きの声を上げている隙に、アリシアは斬撃を放つ。
斬撃は敵兵の脚を斬り裂き、姿勢を崩した。
片膝をついて頭の位置が低くなったところに、蹴りを喰らわせる。
敵兵が床に伏した勢いでカービンを手放した。
するとまだ継戦可能な傭兵が言う。
「撤退だ!」
動ける者たちが、負傷した仲間に手を貸し逃げてゆく。
アリシアたちは追い討ちをかけようとしたが、相手の銃撃に阻まれた。
カウンターを跳び越え、裏側に避難する。
テシル、ルカと共に背中で銃弾がはじける振動と音を感じた。
外で車のエンジンがかかる音がする。
アリシアとテシルは立ち上がり、窓に顔を近づけた。
敵を乗せた一トンバンが、一目散に逃げていくのが見える。
二人は車の特徴とナンバーを記憶し、頷きあった。
「追いかけるの?」ルカが訊いた。
「うん」アリシアは答える。「確実にファビオラのところに行くはず」
「違ったとしても、連中の拠点は割れている。そして――」
テシルがイエローレンズのサングラスをかけながら、休憩室の床に落ちたダスターコートを着て言った。
「アシェルくんもそこに囚われている」
「先輩も来てくれるんですか?」
「ああ。店をここまでメチャクチャにされて黙ってるわけにもいくまい」
二人はルカと、アシェラを見た。
アシェラはやはり困惑の眼差しでこちらを見ている。
が、アリシアは微笑みを浮かべ、親指を立てた。
「ルカ、彼女をよろしくね」
「戸締まりはぬかりなく頼むよ」
と、テシルが敵の落としたカービンをアシェラに渡す。
かくして二人はガレージへと向かった。
アリシアとテシルは発進準備を整え、マシンに跨る。
エンジンを動かす前に、テシルが声をかけてきた。
「必要ないとは思うが――」と、彼女は拳銃を差し出す。「いちおう持っておきなよ」
それはコルト.32オートのクローンモデル、ラージュM1903だった。ラージュM1911と並ぶ、ガロンガ・コルトの代表的モデルである。
だがアリシアはやや決まりの悪い笑みを浮かべ、受け取らなかった。
「アタシ、銃の免許は持ってないんです」
「そうだったのか。意外だな」
「金銭的に運転免許と二択だったんで、こっちに」
言いながらネロのタンクに掌を置く。
「なるほど。なら仕方ない……」
テシルが拳銃を納める。
二人はヘルメットのシールドを下げ、スタータースイッチを押し込んだ。
エンジンに火が入り、アリシアのネロとテシルのバイクがエキゾーストノートを轟かせる。
横目にテシルのマシンを見ると、流麗なフロントカウルと一体化したような黒いスモークスクリーンの向こうから、ライトの光がぎらりと輝いた。
アリシアとテシルは目配せして、声を揃える。
「GO!」
爆音と共に二台のマシンが格納庫から飛び出した。
風を切り、アシェルとファビオラのもとへ駆ける。
人里を過ぎ、橋を渡り、田園の真ん中を貫く道路を、アリシアとテシルのバイクだけが走っていた。
間もなく三叉路が現れる。
端末のナビでは右方向とあるが、テシルは真正面の道を指差す。
アリシアは彼女に従った。
端末のルート案内が修正され、到着予定時刻が数分短縮する。
そこは農道めいた長い直線道路で、左右には田園と空き地が広がっていた。
次の瞬間、二人の間でアスファルトがはじけ飛ぶ。
タイヤが何かを撥ねたわけではない。
アリシアたちはミラー越しに後ろを見る。
鏡には古い集合住宅がうつっていた。
「狙撃か!」
アリシアはテシルと共に加速する。その時また道路に弾丸がはじけ、甲高い音を立てた。
今度はミラーが小さな発砲炎を捉える。
二人はハンドルを切って進路に曲線を描いた。
銃弾がアリシアの横を掠める。
速度の加減と蛇行を交えたハンドリングで、アリシアとテシルは狙撃を躱していく。
それでもなお敵は撃ってきたが、どれも道路に砕け、土を穿ち、水路に飛沫を立てる結果であった。
やがて敵は苛立ったのか、銃撃のスピードを上げる。が、弾はまったく見当違いの方向に飛ぶばかりで、アリシアは先刻まで抱いていた焦りが引いていくのを感じた。テシルに目配せして、彼女も同じ心境であることを察する。
好機でもあった。
二人はストレートに加速し、敵狙撃手の射程から逃れる。
そして古びた山沿いの道路へと至る。道路の伸びる先にはダンティバ湖と、それを望むようにそびえる、リゾート施設めいた建物の影が見えた。
端末のナビは、その建物を目的地として示している。
もうすこしだと思いきや、アリシアとテシルは自分たち以外のエキゾーストノートを耳にする。
それはこちらにまっすぐ近づいてきて、やがて音の主が姿を現した。
二台のオフロードバイク。うち一台はタンデムで、いずれも銃で武装している。
ハイルダインの第二陣だった。
タンデム兵の後席側がピストルキャリバーカービンを構える。
アリシアとテシルは、敵の発砲と同時に左右へ散開した。
テシルがバイクのホルダーからライフルを引き抜く。
アリシアも詠春刀を一振りだけ抜刀し、左手に持った。
一人乗りの拳銃使いがアリシアへ近づく。
照準がこちらの頭に合わさった。
撃たれる前に、アリシアは動く。
彼女は咄嗟に姿勢を低くし、弾丸を回避した。
そして急接近して詠春刀を横に薙ぐ。
拳銃使いの敵は斬撃を躱し距離をとった。
それを、アリシアは追う。
一瞬、ミラーにテシルの姿がうつる。
彼女はライフルを後ろにスイングさせ、その勢いでループレバーを動かしていた。
初弾装填の音がして、二つの銃声が響く。
拳銃使いがこの隙にアリシアの前方へ躍り出る。
アリシアはコーナリングで弾を避け、再び攻撃を試みた。
相手の左側につき、刺突を繰り出す。
敵は切っ先を銃把で受け止め、打撃を返してきた。
アリシアも護拳でガードすると、一旦離れる。
相手の右手側に回ろうとした。が、その時カーブにさしかかった。
拳銃使いは減速し、タンデム兵の後ろまで下がる。
アリシアとテシルは敵に背を見せる格好に冷や汗を流しつつも、コーナリングにかかった。
案の定、銃撃が来た。
アリシアはバンク角をさらに深め、曲がりながら弾を避ける。
そのすぐ近くで、テシルはライフルの銃口を路面に擦りながらバランスを取っていた。
カーブを抜ける直前で、アリシアの眼前にガードレールが迫る。
彼女は急速に車体を起こし、半ば蹴る勢いでガードレールに足を添え、バランスを保った。
そのまま靴底を滑らし、立て直す。
同時にテシルのスイングコックの音がした。
テシルが後方に銃撃を行うと、敵のバイクが左右に散る。
アリシアは前方に意識を向ける。すると道の先にあるものを見た。大きな陥没だ。かつての事故か落石かでえぐられたのであろう。
あそこに敵を誘導できれば――。
考えていると、拳銃使いがまた接近してくる。
アリシアは今度こそ、と車体を右に振り、斬撃の位置を取る。
加減速で弾を躱しながら近づいた。
相手が弾切れを起こす。好機だ。
彼女は詠春刀を振りかぶり、斬りつけた。
しかし拳銃使いは急減速して躱す。
そこに、タンデム兵が来た。
アリシアにカービンの銃口が向く。
離脱しようとした時、両者の間にテシルが割って入った。
ライフルが大きく弧を描き、敵より先に火を噴く。
弾丸が乗り手の横腹に命中し、動揺させた。
そのままタンデム兵はアリシアが目星をつけていた陥没にタイヤを取られ、転倒する。
バイクが火花を散らして路面を滑り、乗り手は法面に、後席の銃手はガードレールに激突した。
まず一台、戦闘不能に追い込めた。
だが安堵も束の間、リロードを完了させた拳銃使いがまた追い上げてくる。
テシルが下がり、アリシアは拳銃使いと攻撃ポジションを奪い合う。
加速で敵の弾から逃れ、右に出た。
が、拳銃使いは法面ぎりぎりまで寄り、アリシアが腕を振り回せる位置に行くのを阻む。
敵の銃口がアリシアを睨んだ。
彼女は大きく左に舵を切って回避行動を取る。
銃声が風を貫き、ガードレールを響かせた。
そしてまた肉薄する。
拳銃使いが腕を伸ばし頭を狙ってきた。
が、アリシアはその腕を払う。
彼女は自らの射程に入った瞬間、クラッチを握り右腕をフリーにしたのだ。
相手の銃が真上を向き、アリシアは右の詠春刀を抜いた。
脇腹への斬撃と護拳での打突を続けて放ち、拳銃使いの胴へダメージを通す。
拳銃使いはバランスを崩し、路面に転がって倒れた。
アリシアとテシルはすこしスピードを落とし、武器を納める。
そして再度加速し、目的地へ至った。
端末の音声ガイドが言う。
「目的地に到着しました。お疲れさまでした」
アリシアはすこしだけ笑った。
「お疲れさまでした、ねェ……」
「本当に疲れるのはここからなんだがネ」とテシル。
二人は敷地の内外を隔てるフェンスの前にバイクを停め、己の足でハイルダインの拠点に踏み入る。
遠景で見たとおりの廃墟だった。黒いくすみがコンクリート壁を染め、割れた窓と共に建物から生気を奪っている。一方でその周りに広がる、アスファルトの平面には鬱蒼とした気配は無い。ヒビだらけで、雑草も伸び放題な上に資材なのか廃材なのか判別のつかないコンクリートブロックやドラム缶などが随所に放置されている有様だが、かつては客用の駐車場だったのだろう。
廃墟の外観を一通り見回していると、テシルが言う。
「高度成長期には、レイクビューを売りにした商業施設が競うように立ち並んだ。ここもかつてはその一つだったんだろう……」
「なるほど……」アリシアは湖に浮かぶ、神殿の島を見た。「目当ての遺跡に近い上、数が多いからうってつけだったということですか」
「だろうな」
二人は地面に視線を落とす。
轢かれて平らになった草と、砂埃が残す薄いタイヤ痕が確認できた。
タイヤ痕を目で追うと、やはり建物へと伸びている。連中は従業員や搬入業者用の駐車場を使っているようだ。
そしてタイヤ痕は、案の定カフェを襲ってきた連中のバンのものだった。
「ビンゴ」
「ですね」
言ったその時、二人は割れ窓の奥に動くものを見とめた。
アリシアとテシルは身構え、散る。
建物側から銃撃が襲ってきた。
二人はそれを避けつつ、エントランスへ駆ける。
その時、頭上を一本のワイヤーが勢い良く過ぎた。
ワイヤーの先端はフェンスの傍に置かれたドラム缶を掴み、引き寄せる。
ドラム缶がこちら目がけて飛んできた。
アリシアとテシルは伏せてドラム缶を躱す。
頭上を錆鉄の塊がよぎる圧を感じ、エントランスのガラス戸が枠ごと粉砕されるのを見た。
起き上がると同時に、テシルが発砲して牽制する。
向こうも撃ち返してきたが、二人とも被弾は免れた。
銃撃をしのぎ、建物内に入る。
その途端、正面の階段から敵兵が撃ってきた。
アリシアは前転で躱し、テシルは横に跳んで柱の陰に隠れた。
テシルの援護射撃で、アリシアはさらに近づく。
階段を駆け上って、まず一人目のカービンを撥ね、蹴りを喰らわせた。
一人目は二人目を巻き込んで仰向けに倒れ、三人目の兵の対応を遅らせる。
アリシアは斬撃を放ち、銃口を逸らすと相手の懐に入り込んだ。
そして手すり側に押しやり、投げ落とす。
三人目は悲鳴を上げながら床に叩きつけられ、悶絶した。
それから起き上がろうとしている二人目の顎を蹴飛ばし、気絶させる。
テシルが叫んだ。
「伏せろ!」
アリシアは彼女の言葉に従う。
鈎つきのワイヤーがアリシアの頭上を掠めた。
横目でワイヤーの飛んだ先を見やると、鈎が大型のコンテナケースを掴んでいた。
コンテナがこちら目がけて引っ張られてくる。
アリシアはぎりぎりまでその場に留まり、目前に迫ったところでコンテナに飛び乗った。
コンテナごと彼女はワイヤーを放ってきた敵へ急接近する。
敵は驚いて持っていた道具を手放し、避けようとした。
だがアリシアのほうが速かった。
勢いを活かした飛び蹴りを喰らわせる。
蹴りは敵兵にクリーンヒットし、仰向けに倒した。
着地と同時に、アリシアは敵の顔に気づき、近づく。
「オマエあの時の!」
彼は資材置き場でアリシアをさんざん殴った男たちの一人だった。
男が、ぎくりとした表情を浮かべる。
アリシアは彼の胸ぐらを掴み、歯牙を剥き出しにして睨みつけた。
すると彼は声を上ずらせる。
「待てよ待ってくれ! しょうがなかったんだよ!」
「俺にもやらせてくださいよとか言ってただろコノヤロウ!」
「あれは場の雰囲気というか……」
男の答えに、アリシアは詠春刀を振りかぶった。
その時テシルが制止する。
「他の連中はどこだ?」
「艦に乗ったよ、ファビオラの姉貴やあのガキと一緒に……」
「艦だと? 湖底遺跡を改造したやつか?」
「なんでそれを……」
アリシアとテシルは顔を合わせ、小さく頷く。
男が声を震わせて言った。
「俺を殺すのか……?」
続けて、
「なあ頼むよ助けてくれ! 空気読まなきゃいけねえ時だってあるだろ!? 痛かったんなら謝るからさあ!」
その言葉にアリシアは下げた腕をまた振りかぶろうとする。
すると、テシルが言った。
「放してやりな」
「や、でも――」
「いいから」
アリシアは渋々、男を掴む手を緩める。
次の瞬間、テシルの正面蹴りが彼の顔面を砕いた。
血飛沫と折れた歯が飛散し、男はうめき声を上げながら悶絶する。
テシルが言った。
「痛かったのなら謝る」
さすがのアリシアも冷や汗を流して、にわかにテシルから目を逸らす。
だがこれで襲ってきた敵は全員倒した。増援や伏兵の気配も無い。
二人は先の男が持っていた小銃型の道具を見やる。
「グラップルガンか?」
「みたいですね」アリシアは道具を拾い上げる。「グルガルタが使ってたのと、たぶん同じやつだ」
グリップを握り、各部を観察してみる。
すると、湖の側から地鳴りのような音が聞こえ、空間全体が揺れた。
二人はにわかに声を上げながらも踏ん張り、ダンティバ湖を見る。
巨大な影が湖面に現れ、隆起させる。終いには突き破るようにして、巨大な木造船が空へと舞い上がった。
アリシアとテシルは割れ窓からの水飛沫を浴びながら、己の目を疑う。
けれどアリシアはその船が、あの時見た湖底遺跡であるということを受け入れざるをえなかった。
船はぐんぐんと高度を上げていく。
二人はやっと気を取り戻し、
「追わなきゃ!」
と階段を駆けた。
二人はテラスに至り、グラップルガンを構える。
アリシアの右手とテシルの左手がグリップを握り、空いた側の腕を互いの腰に回す。
レーザーサイトで船に照準を合わせ、フックを発射した。
ワイヤーが直線を描きながら空へ伸び、鈎が船体に喰らいつく感触が伝わる。
巻き取りと同時に、二人は跳んだ。
水滴混じりの風を浴びながら、まもなく二人は船の横腹に足をつく。
そして甲板に上がった。
船が上昇を終え、滞空する。
アリシアとテシルは船内への扉を見つけ、くぐった。
船内は何千年も水中に沈んでいたとは思えぬほど美しく、良好な状態であった。それだけ高い気密性を保っていた証拠である。
しかし随所に、ハイルダインの連中が持ち込んだケーブルや機械類が打たれていた。
それを目の当たりにしたテシルが眉をひそめているのに、アリシアは気づく。
「あいつら……この遺跡がどれだけ価値ある文化財か、わかっているのか……」
「……わかってないから、こんな無粋なこと――」
言っていると、丁字になった通路の向こうに人が倒れているのを発見した。
おそらく死体だろうが、二人は武器を構えたまま近づき、調べてみる。
死体がハイルダイン所属のオペレーターだというのは、服装と装備品、首に提げたIDタグでわかった。眉間には十一ミリ程度の穴が開いていて、驚いたような表情を保っている。
テシルが言った。
「……仲間割れか、アシェルくんが逃げたか、あるいは――」
「ハイルダインの連中とアタシら以外の誰か、ですね」
アリシアは死体の銃創を指差す。
「目測だから不正確かもですけど、弾の入射角的にコレ、腰だめの状態で撃ったんだと思います」
「なるほど。抜き射ちの可能性があるな」
テシルが自分のライフルに使う、予備の.45ロングコルト弾を取り出し、弾頭を銃創に近づける。
「口径的にもピッタリ…….四十五口径か」
「ということはまさか――」
言いかけると、通路の奥から敵が現れ撃ってきた。
二人は跳ねるようにして立ち上がり、壁に隠れる。
弾丸が間近で砕け、その音に耳を刺された。
銃撃が止んだ一瞬の隙に、テシルが撃ち返す。
「数は三人! 全員自動小銃持ちだ!」
彼女が四発撃ったところで、別の銃声が敵側からした。
ハイルダインの傭兵たちが驚き、そして短い悲鳴と共に絶命する。
アリシアとテシルは警戒しつつも顔を覗かせ、状況を確かめる。
すると、
「借りるぜホトケさんよ。ルガーだけじゃ心もとないんでな――」
敵兵を斃した彼がこちらを向いた。
その瞬間、余裕の笑みがこわばって己の目を疑うような表情に変わる。
ルガーのグルガルタだった。
アリシアは脇道から出て行き、グルガルタに詰め寄った。
「おどろいたな」グルガルタが言った。「どうやったのか知らんが、まさかファビオラを追って来たってのか」
「アシェルさんを助けに来ただけだ」
アリシアは答える。
「なるほど」グルガルタは頷いた。「じゃあそっちの姐さんは?」
「わたしはハイルダインの連中に店を荒らされて、あまつさえ――」
テシルの目がアリシアに向く。
「かわいい後輩を痛めつけられたんでね。その仕返しだ」
「そういうこと。で、なんでアンタがここにいるのさ」
「てめえが俺のルガー水ン中に投げ捨てたせいだろう!」
「……まさか素潜りで!?」
「あたぼうよ。そしたらすったもんだでこの船の中ってわけだ」
そう言うグルガルタをよく見れば、確かに服が濡れている。髪もまだ湿り気が残っていた。コートは地上に置いてきたのだろう、ベストとノースリーブシャツから伸びる筋肉質な腕は、水に冷やされて血の気に乏しい。
アリシアはテシルと共に、呆れと感心の混ざった眼差しを彼に向ける。
そんなグルガルタは、通路の奥に目をやりながら言った。
「今は脱出方法を探してるのさ。だがこいつァ潜水艦だからな……まずは装備が――」
「もう水の中にはいないよ」
「なに? 浮上したってのか?」
「ああ。空にね」
またグルガルタが首を傾げる。
が、アリシアは調子を変えない。
「アタシらが乗り込めたのも、アンタの持ってたグラップルガン使ったからだよ」
そして横を過ぎながら言った。
「おい待ちなよ、もうちょっと詳しく――」
「せいぜいがんばって降りたらいいさ」
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