ガロンガラージュ愛像録

もつる

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チャプター6

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 アリシアは詠春刀の刃先をファビオラに向けたまま、アシェルを肩越しに見た。

「どうしてここに……?」アシェルが言う。
「ちょっと様子が妙だったからさ、こっそりついてきたんですよ」

 言いながら彼女はファビオラに向き直った。
 ファビオラは鼻を鳴らし、拳銃から弾倉を引き抜いて弾を補充していた。

「アンタ……」と、アリシアは眉をひそめる。「あの島でも見たよ」
「へえ、目ざといね」
「彼がいる場所ならどこでも現れるんだな」
「まさか」ファビオラが失笑した。「あそこにいたのは別件さ」
「別件?」
「ああ。そもそもあたしがここにいるのも、その仕事のためだ」

 ファビオラが再び弾倉を銃に挿し込むと、冷たい金属音が鳴った。
 彼女は銃を持つ手で、アシェルを指差す。

「そしてあんたが必要になったのさ。アシェル」
「……僕に何をしろっていうんだ」
「それは言えない」
「なら連れてくわけにはいかない」

 アリシアは言って、構えを取る。
 ファビオラも、ひと呼吸の間の後に構えた。

「アシェルさん。今のうちに逃げて」

 アリシアは言って、突進した。
 ファビオラの銃口がアシェルの背を捉える。
 火を噴く前に、詠春刀が銃を撥ね上げた。
 隙のできたファビオラの胴にタックルを喰らわせ、体勢を崩す。
 だがファビオラのトーキックがアリシアを突き、追撃を封じられた。
 視界の端に銃口の黒が見える。
 それを認識すると同時にアリシアは身を低くしていた。
 炸裂音が響き、彼女の頭上数ミリを銃弾が掠める。
 髪と頭皮で熱を帯びる風圧を感じ、アリシアは雄叫びを上げた。
 そして左の詠春刀を突き出す。
 ファビオラが躱すと、右の詠春刀で斬りかかった。
 一瞬の引っ掛かりと直後の抜けるような感触。
 アリシアの斬撃はファビオラのコートに一筋の傷をつけていた。
 ダメージは入っていないようだが、相手の意外そうな顔に優位を感じる。
 追って回し蹴りを放った。
 が、これはガードされた。
 ファビオラの銃がこちらの眉間を狙う。
 詠春刀の鍔鈎で銃を絡め取り、射線をずらす。
 銃弾は置かれたコンクリートブロックに中たり、粉砕された。
 アリシアはバランスを崩し地面に倒れ込む。
 そこに、ファビオラの踏みつけが来た。
 喉笛ごと頚椎を砕かれる前に、アリシアは横に転がって避ける。
 膝立ちになって一瞬動きを止め、ファビオラに己を狙わせた。
 発砲直前で、彼女は弧を描くように駆け出す。
 狙い通り、ファビオラの銃撃は外れてアリシアは相手の死角へ回り込めた。
 アリシアはファビオラの脚に脚を絡みつけ、転倒せしめる。
 その衝撃と、詠春刀の護拳を使った打撃で銃を手放させた。
 彼女は腕挫十字固めに移行し、ファビオラの右腕を極める。
 この時、袖の内に硬い物を感じた。

 おそらくこれは――。

 推察するや否や、ファビオラの左手側から器械めいた音を聞く。
 次の瞬間、アリシアはロックを外し離脱していた。
 弾丸がジャケットの肩口を裂く。
 アリシアは敵に背を見せる格好になって、振り向こうとするや否や蹴飛ばされた。
 うつ伏せに転がり、本能が警報を鳴らす。
 しかし追い討ちは来なかった。
 全身で跳ねるようにして立ち上がり、構え直す。
 ファビオラは手放した拳銃を拾っていた。
 彼女が嗤う。

「両手に武器」

 言いながら、ロングスライドカスタムのラージュM1911と袖に隠していたデリンジャーを見せつける。

「条件は互角だねえ」
「圧倒的にそっちのが有利だろ!」

 アリシアの怒鳴り声。それに被さるようにファビオラが撃ってくる。
 彼女はブロックや足場、建築資材を遮蔽物に銃撃から逃げる。
 .四十五口径の銃弾が人工石にはじけ、天幕を穿ち、単管パイプをへこませた。続けて.三十八口径の弾丸が仮設足場を僅かに震わせ、被っていた土埃を舞わせる。
 そのにおいがアリシアの鼻を突き、すこしだけ黄土色になった視界の向こうに勝機を見出す。
 ファビオラの銃はスライドを開放させていた。
 弾切れだ。
 アリシアは向こうが再装填する前に突進する。
 ファビオラがロングスライドのガロンガ・コルトを捨て、右手のデリンジャーを振り出した。
 が、アリシアのほうが早かった。
 詠春刀の一本を投げ、ファビオラのデリンジャーを跳ね飛ばすと、その胴に膝蹴りを喰らわせた。
 その勢いでファビオラを背中から資材の山に叩きつけ、残したほうの詠春刀を彼女の首に突きつける。
 アリシアは言った。

「さあチェックメイトだ。さっさと引き上げなよ」

 ファビオラは無言でこちらを見ていた。だが、妙な感じだ。意外そうな表情こそ浮かべているものの、どこか余裕があるような――。
 すると彼女は笑みを貼り付ける。

「たいしたモンだ。だけど……所詮はアマチュアだねえ」
「なんだと――」

 アリシアが最後まで言わぬうちに、視界の外で複数人の足音がする。
 振り返ると、プレートキャリアにピストルキャリバーカービンで武装する傭兵たちがいた。
 彼らは、アシェルを拘束し頭に銃を押し当てている。

「ごめん……」アシェルがこぼす。「待ち伏せされてたんだ……」

 愕然としていると、ファビオラがアリシアを突き飛ばす。
 アリシアは倒れかけて、なんとかバランスを取り、傭兵たちを見回した。
 数は九人。ファビオラを入れて十人。ほとんどが分厚く幅広な体格と、好戦的な面構えを持つ男たちである。
 再びファビオラに目をやると、彼女はデリンジャーを袖に戻した上で乱れた衣服を整え、主武器のガロンガ・コルト改を拾っていた。

「どこまで汚いんだ……!」

 アリシアは歯ぎしりする。
 その言葉にファビオラは、答えた。

「あんたみたいなカタギじゃ想像つかないくらい汚いのさ」

 銃口がこちらに向く。

「あたしは、こっちを狙ってくる敵を殺したことがある」
「それが仕事なんだろ?」
「戦えなくなった敵にトドメを刺したこともある。無抵抗の敵も、降伏してきた敵も一緒くたに殺した」

 そう語るファビオラの笑みの色が変わる。

「敵と誤認した味方、無関係の人間、年寄り、子ども……みんな殺したんだ」
「……自慢してるわけじゃなさそうだね」
「あんたはあるかい? 妊婦を殺したことがさ」
「あるわけないだろ」
「あたしはあるのさ」

 ファビオラの顔から笑みが消え、銃口がすこし下を向く。
 そう思いきや、ファビオラの銃が火を噴き詠春刀をはじき飛ばした。
 アリシアの手に痺れと痛みが走り、視界の外で二本目の詠春刀が地面を滑る音がした。
 手を庇いながら、アリシアはファビオラを睨めつける。

「さあてボディーガードさん。相手があたしみたいな汚いヤツだったことが運の尽きだよ」

 次の瞬間、アリシアは傭兵二人に両腕を掴まれる。
 まったく気づけなかった。
 彼女は焦って、蹴りで縛を解こうとするが、その前に両足も踏みつけで封じられた。
 強引に腕を開かれ、胴が無防備になる。
 目の前に、他の連中より一回り大きい傭兵の男が立つ。
 アシェルが言った。

「よせ……やめてくれ、やめろ!」

 男の拳がアリシアの腹を突き、彼女は短い悲鳴を上げた。
 息が詰まり衝撃が臓腑を襲う。
 アリシアは鈍く鋭い痛みに苛まれる間もなく、二発目が来る。
 裏拳が、今度は頬を打った。
 皮膚が裂けて血が飛ぶ。
 またアシェルが叫んだ。

「やめろォ!」

 その声は、慟哭のようだった。
 だがアリシアはそれを耳にしながら、また殴られる。
 頬にフックを受け、ヘッドバットに額を割られ、後ろ髪を引っ掴まれたと思えば喉輪攻め。
 アリシアは絞め殺されかねないほどの力で気道を潰され、絞り出るうめき声と共に天を仰いだ。脳に酸素が行かなくなり意識が朦朧としてくる。
 唐突に喉から手が離れ、息を吸おうとした。
 そこに膝蹴りを受ける。
 膝はみぞおちにめり込み、彼女はまた息を止められる。
 涙混じりの血が地面に滴り、咳き込むと、

「先輩、俺にもやらせてくださいよ」

 と、傭兵の一人が言った。
 そいつの顔を見ようとした途端、アリシアは後頭部に衝撃を受けた。
 顔面から地に伏せ、自分がダブルハンマーを喰らったのだと自覚する。
 彼女は小さな唸り声を上げ、ずっと聞こえるアシェルの嗚咽に拳を握った。
 顔をわずかに上げると、ファビオラのブーツが眼前にあることに気づく。
 そしてアリシアは、頭を鷲掴みにされてファビオラと顔を突き合わせる格好になった。

「思い知ったろう? アシェルの護衛気取りなんてやめて、失せな」
「……こういう状況でさ……素直に従うと、思う……?」
「なんだい? まだ策でもあるってのかい? じゃあやってみなよ」

 ファビオラが嗤うと、アリシアはその顔に唾を吐きかけた。
 一瞬だけ、ファビオラが驚いたような表情を浮かべ、すぐに嘲笑に戻る。
 そして右ストレートが飛んできた。
 アリシアはそれをまともに喰らって沈んだ。

「なんで……なんでここまで……」

 アシェルの涙声がした。

「さっさと僕を連れていけばいいじゃないか! 彼女を痛めつける必要なんてなかったはずだ!」
「これがハイルダインの方針なんだよ」

 とファビオラ。
 アリシアは彼女に足で押され、仰向けになる。
「連れてきな」ファビオラがアシェルのほうを見て言った。

「待て! 待て! その前に彼女の治療をしてくれ! たのむから……!」

 数多の足音と共に、アシェルの声が小さくなってゆき、やがて聞こえなくなる。
 場に残った数人の男が、こちらの顔を覗き込みつつファビオラに問う。

「コイツはどうします?」
「好きにしな。だけど後始末はぬかりなくね」
「了解」

 男たちはにたりと笑う。
 ファビオラが立ち去って、アリシアと男たちだけになったところで、

「待った……」

 と掌を掲げたのはアリシアだった。
 彼女は痛む体をなんとか起こし、資材を手がかりにして立つ。

「アンタらのことはイヤというほど思い知った……。なにがお望みかもね……」
「じゃあおとなしくしてな」
「その前にさ……水で顔を洗いたい……アンタらもどうせなら小ぎれいなほうがいいだろ?」

 アリシアの言葉に、男たちは顔を見合わせ、うち一人が水筒を手にした。
 栓を開け、彼女の頭上から水を流す。

「ほれ、先にシャワー浴びてこいよ」
「笑えないジョークだ……」

 アリシアの顔に流水が当たって音を立てる。水温は思っていたほど冷たいものではなく、傷口もそこまで沁みない。
 これで一応は傷の洗浄ができた。ついでにすこし水分も補給し、痛みがやや和らぐ。気力も多少回復した。
 水が途切れると、アリシアは頭を振って髪の水を切り、男たちを見やる。
 数は三人。装備するピストルキャリバーカービンはいずれもガロンガ・コルトをカービンキットに組み込んだ代物だ。プレートキャリアに装着してあるのは予備の弾薬や通信機を入れたポーチ。腰にはシースナイフを吊っている。
 それから詠春刀の落ちている場所を確認し、

「オッケー……」

 ジャケットを脱ぐ。

「準備完了……」

 男たちは、アリシアの筋肉に口笛を鳴らし、あるいはにわかに感嘆の声を上げた。

「てめえがやる気だと……」男の一人が手を伸ばす。「こっちのやる気も高まるってもんだぜ」

 その手が触れようとした瞬間、アリシアはジャケットを巻きつけて男の腕を封じ、膝蹴りを喰らわせた。
 別の男たちがまた銃を構え、撃つ。
 アリシアは男を盾にし、腰のナイフを奪ってから蹴飛ばした。
 男は仲間の一人にぶつかり、もろとも倒れ込む。
 三人目が罵りと共に撃とうとした。
 彼女はそいつの前にジャケットを放り投げ、視界を封じる。
 銃撃がジャケットの後身頃に穴を開けている間に、アリシアは敵の死角に回り込んだ。
 ナイフを男の左腿の裏に突き立てると、彼は大声を上げて悶絶した。
 この時、ポケットから携帯端末が覗く。
 アリシアはそれを抜き取り、反撃が来る前に離脱した。
 ここで詠春刀を一本拾う。
 立ち直った二人の男が撃ってきた。
 アリシアは宙を舞って避け、二本目の詠春刀を回収。
 最後にジャケットへ飛びかかりながら前転し、逃げ出した。

「待ちやがれェ!」

 敵の怒声。銃声が続く。頭上で風を切る音がした。
 アリシアは振り向きもせず走る。銃持ち三人を相手取るには深手を負っていた。
 集落の手前まで駆け、息を整えつつ詠春刀を右腿に巻きつけた鞘へと納める。
 ジャケットを着直して、一度振り返った。
 案の定、二人の傭兵が追いかけてくる。
 アリシアは集落内に逃げ込み、なるべく狭い道や入り組んだ通路を選んで走った。
 その甲斐あってか、敵を振り切ることに成功した。


 アリシアは集落を抜けて町へと至る。幹線道路にほど近く、駅へのアクセスも良い地点の町だ。さまざまな店舗と住宅とが入り混じって立ち並んでいる。
 もうずいぶんと太陽も高くなってきて、通行人も増えつつあった。
 そのため、人々からの視線が気になりだす。
 傷と共に視線が痛むものの、はっきりした足取りのおかげか殺気立ったオーラが出ているせいか、声をかけてくる者はいない。
 ふと、視界の先にドラッグストアが見えた。
 思えば水で軽く流した程度で、きちんと処置をしていない。
 アリシアは財布の中身に思いを馳せてから、緊急事態だと己を説得し、入店した。

「いらっしゃいま――」スタッフが言いかけて血相を変える。「大丈夫ですか?! いったい何が……」
「酔っ払いと殴り合いのケンカになっちゃって……」

 そう答えて、アリシアは問う。

「傷薬の売り場どこですか……?」
「すぐご案内します! でもその、警察と病院に行ったほうが……」
「承知の上です……けど今は応急手当を……」

 かくしてアリシアは傷の処置に必要な医薬品を買い物カゴに入れてゆく。
 が、レジへ向かう前にあることを思い出し、

「ごめんなさい、あともうひとつ……」

 とスタッフに訊いた。

「携帯端末用のメモリーカードって、置いてます?」


 所望の品々を購入したアリシアは、店舗内のトイレを借りて傷の手当を行う。
 自分で思っていたよりは打撲も裂傷も少なくて、その点では安堵できる有様だった。とくに骨折や歯の欠け、視聴覚の被害が無いのは幸運としか言いようがない。
 だが消毒液が傷口を刺激する度、代わるがわる殴ってきたハイルダインの男たちへの怒りも一緒に刺激された。
 連中の下卑た笑い顔を思い出してムカっ腹が立つ。足にナイフを突き立てたくらいではどうやら足りないみたいだ。
 歯を食いしばりながら、彼女は痛みに耐え切った。
 一通り処置を済ませ、敵からくすねた端末を取り出す。
 端末はやはりロックされていた。パターン入力式のものだ。
 一瞬お手上げかと思ったが、よく見れば画面の保護フィルムに線状の傷がついている。それがロック解除のパターンであることは容易に察しがついた。
 アリシアは傷に沿って指を滑らしてみる。
 端末のロックはすんなり解除され、思わず大きなため息が出た。
 そういえば、と彼女は思う。
 ハイルダイン・セキュリティサービスは国内の民間軍事会社では創業数十年の老舗だ。こういった電子機器に疎い連中が今でも多いのだろう。尤も、疎いのは情報の取り扱いだけではなさそうだが。
 アリシアはどんなデータが入っているか調べる前に、買ったメモリーカードへのコピーを試みた。さすがに時間がかかるため、端末を懐に入れてトイレを出る。
 そして自前の端末の電源を入れた。待受画面の隅に、新着メッセージと不在着信を報せるアイコンがある。
 いずれもルカからのものだった。メッセージは皆、自分とアシェルの行方を心配する内容だ。
 アリシアはルカに電話をかける。
 数度のコールの後、ルカが出た。

「アリシア!? 大丈夫?」
「アタシは……大丈夫っちゃあ大丈夫……」
「何かあったの? アシェルさんは?」
「ああ、そのことなんだけど……」

 彼女は額に指を当て、わずかに黙ってから言う。

「マズイ事態になった……。詳しくは帰ってから話すよ」
「……わかった。気をつけてね」
「うん。そっちも」

 通話を終えて、アリシアはマップアプリを起動しテシルの店への経路を検索する。案の定、あの資材置き場よりも遠い所に来てしまったようだ。
 仕方ない、と心の中で言って彼女は歩み出した。
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