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チャプター1
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ガロンガラージュ愛像録
1
ガロンガラージュ<江域>二十六番街。
アリシアとルカが訪れる九ヶ月前――。
アシェラ・レハイムは傘を持たずに家を出てしまった後悔と共に、帰路を駆ける。
天気予報では、降雨は夜になってからのはずだったのに。
どうか降っても小雨で済むか帰宅数秒前のタイミングでありますようにと祈りながら、早足で進んでいるところに降ってきたのである。
雨粒は地上に存在するもの全てに叩きつけ、耳を聾し、視界を白く霞ませていた。
ローファーの中まで水浸しになり、セーラー服の襟は身頃にひっついている。
今度から折り畳み傘をカバンの中に常備しておこう。
彼女はそんなことを思いながら、ようやっと自宅の前まで辿り着いた。
そこで真っ先に目に留まったのは、斜めに停まったクルーザースタイルのバイク……兄の愛車だ。
いつも几帳面な兄らしくない、投げやりな停め方だった。カバーさえかけていない。
アシェラは小首を傾げ、室内に入りながら言った。
「ただいまー。お兄ちゃん帰ってるの?」
返事は無い。
が、まずは濡れて冷えた体をどうにかしたかった。
彼女は靴とソックスを脱ぎ捨て、バスルームで大判タオルを二枚、引っ張り出す。一枚はカバンの下に敷き、もう一枚を頭から被るようにして服ごと全身を拭いた。
それからカバンの中身を取り出し、ノートやテキストを広げて乾かす。幸い紙類は端が濡れてふやけている程度で、思ったよりも軽微な被害で済んでいた。
次は靴だ。古新聞を丸めて突っ込み、雑巾で水と泥を拭き取る。
その途中で彼女はまた言った。
「バイクまっすぐ停め直しといてよ。あれじゃお父さん帰ってきた時、車入れられないよー」
兄からの返事は、やはり無い。
彼女は玄関に脱ぎ捨てられた兄のジャケットと、その上に転がるヘルメットに目を落とした。バイクを置いてまた外出したというわけでもなさそうだ。
妙な感じが、いよいよ怪しさに変わってくる。
すこしだけ眉間にしわを寄せて立ち上がる。すると、アルコールのほのかな匂いを感じた。
彼女は匂いを辿り、キッチンの前に至る。
「今日ファビオラさんとデートじゃなかったっけ?」アシェラは言いながら扉に手をかけた。「おうちデートでも――」
開けた瞬間、むせ返る酒の臭いに短い悲鳴を上げる。
そして、兄の――アシェルの背を見た。彼は体もろくに拭かず、テーブルに突っ伏していた。
声をかけようとする前に彼が答える。
「……おかえり……」
「……何があったの……とか、訊いていい雰囲気じゃないよね……」
「いいよ別に……お察しの通りだからさ……」
兄は濡れたままの両腕を顔へ持ってゆき、頭を抱えた。
「……ファビオラさん、急な仕事入ったとか?」
「そうだったらどれだけ良かったか……」
「……別れちゃったの?」
「講義終わって、待ち合わせ場所に行こうと思ったら電話がかかってきたんだ……」
「でもなんで――」
「わからないよ……でも、『あたしのことは忘れて、他の人と幸せになって』って……」
兄が握り拳をつくる。その両手は余る力に震えていて、指先が赤くなっていた。
アシェラは彼の隣に行き、テーブルの上の物に目をやる。
中身が半分ほどに減った酒のボトルがあった。ラベルに大きく書かれた数字を見れば、非常に度数の強いものであることは察しがつく。
酒瓶の脇には、それをストレートに注いだグラス。そして――。
「……気の毒だと思うけど、バカな考え起こしちゃだめだよ」
彼女はコルト製.三八口径の短銃身リボルバー拳銃を、兄の手元から遠ざけた。
「お父さんがコレくれたの、自分の身を護るためでしょ」
言いながらアシェルの身を引っ張り起こす。
「ほら立って。とりあえず着替えて。そのまんまじゃ風邪ひくよ」
「……ごめん……アシェラ……」
「お酒弱いくせにヤケ酒なんて呷っちゃだめだよ」
「……今度から水で割る……」
「今度なんて来なくていい――」
その時、アシェラの足裏が床にグリップして、前につんのめる。
「うわ!」
咄嗟にアシェルが腕を回し庇おうとするも、結局二人はバランスを崩し床に倒れ込んでしまった。
幸い受身が間に合い、自分も兄もたいしたダメージは無い。
が、仰向けの彼女に、兄が覆いかぶさるような姿勢になっていた。
急接近した兄の顔。潤んだ瞳と、頬に触れる髪に、どきりと胸が高鳴る。
お兄ちゃん、と、アシェラは自分でも聞こえないほど小さな声で呟く。
二人はそのまま離れようとせず、しばらく見つめ合っていた。
酒気にあてられたのかもしれない。
生まれた時から、物心ついた時から、ずっと一緒にいた兄アシェルに、初めて異なる認識を抱いた。
きっと、兄も同じ気持ちだろう。
この時アシェラ・レハイムには、兄アシェル・レハイムが一人の<男>に見えた。
二人の顔が、更に近づく。
生温かい兄の呼気を、唇に感じる。
アシェルが目を逸らす。一瞬、我に返ったような、後ろめたさを秘めた表情だった。
けれどアシェラは彼の頬を掌で包み、唇を重ねた。
雨は勢いを増し、排水口を溢れさせていた。
◇
アリシアは恋人ルカをリアシートに乗せて、バイクを飛ばしていた。
待ちに待った春休み。二人だけの旅行である。
彼女らが住む<宮域>から<江域>までの約一時間半、アリシアの愛車<ネロ>はVツインの力強いエンジン音を轟かせ、快調に走っていた。
見慣れた風景から、新鮮な風景の中へ。曲がりくねった山中の道路を行く。木々の緑の葉が風に揺れ、その隙間から射してくる陽の光が二人を照らした。ネロのカウルも輝いて、黒と青の彩りが映えている。
このマシンにライドする二人の少女は、対照的ないでたちだった。
アリシアは黒革のライダースジャケットに、黒いブーツカットのジーンズとリングブーツを合わせている。手にはハーフフィンガーグローブで、バイク乗りらしいスタイルだ。
一方でルカは、アリシアより明るい色を主軸にしている。白のフライトジャケットにテーパードのデニム姿で、黒いのはブーツくらいだ。手袋とその下に着けるスリーブで手首までカバーし、紫外線対策は万全である。
ヘルメットは二人ともレトロなデザインのスモールジェットだった。アリシアがシルバーでルカがグロスブラックで塗装されている。
そこから伸びるアリシアの黒い三つ編みと、ルカの白い髪が風になびいていた。
やがて、左手側にダム湖が現れる。エメラルドグリーンの水面は整然としていて、波ひとつ立っていない。
予約してあるモーターロッジまであと半分ほどの距離だ。
それから二人は首尾よくロッジに到着し、フロントに向かった。
「申し訳ございません」
と、係の人が頭を下げる。
アリシアは目を丸くして言った。
「えっと……それって、ダブルブッキングってことですか?!」
「はい……。先ほどのお客さまがチェックインなさったばかりでして……」
「他の空き部屋とかはないんですか?」
斜め後ろから、ルカが問う。
係の人は答えた。
「どの部屋も満室でして……。この時期はどこも争奪戦になるんです」
「そうなんですね……」
アリシアとルカは顔を見合わせ、肩をすくめた。
いまさらどうしようもないので、二人は返金してもらうことで決着をつける。
再度ネロに荷物を載せてから、アリシアとルカは携帯端末を取り出す。
「争奪戦って言っても、どこか一件くらいあるでしょ」
と検索エンジンを駆使して代わりの宿を探した。
が、どこで探しても、いかに条件を下げても、果てにはここから更に一時間半走った所にも、空き部屋は無かった。
気疲れが襲いかかる。二人の目は<満室>という文字がゲシュタルト崩壊を起こしていた。
アリシアは額に汗をにじませて言う。
「まじか……ホンットーに一件も空いてないなんて……」
「国内最大の湖おそるべしだね……」
「これガロンガラージュ在住の二千万人全員来てるんじゃないの……?」
「いやいやまさか……」
アリシアもルカも、うなだれて大きく息を吐く。
深呼吸して、空を仰ぎ、アリシアはつぶやいた。
「……近くに登山用品店あるかな……」
「まさか野宿する気?!」
むろん冗談なのだが、宿のあてがはずれてしまったのは大問題であった。
野宿とまでいかずとも、ベッドの上で夜を明かせないのはルカにも不便をかけてしまう。自分一人なら用品を現地調達してキャンプ場で一泊、というのも悪くないが、ルカはそういうわけにもいかない。
眉尻を下げたまま、アリシアはルカを見る。彼女はまた端末を見て、宿を探していた。
キャップの下から伸びるルカの髪は雪色で、肌も同じ色をしている。つばの陰からでもよくわかった。サングラスの、淡いレンズカラーの奥では澄んだブルーグレーの瞳が輝いている。
ルカは、アルビノであった。神秘的な風貌だが、そのぶん日光――紫外線にはぬかりのない対策が要る。
思案していると、ルカがこちらの視線に気づき、言った。
「とりあえずさ、お宿のことは置いといてごはん食べない?」
「ん……それもそうだね」
「アリシアが言ってたライダーズカフェ行こうよ。先輩のお店なんでしょ?」
「うん。良いとこだよ」
二人はネロに跨り、件のカフェへと向かった。
アリシアの先輩が経営するというライダーズカフェは、人里よりすこし離れた場所に位置していた。店舗は民家の一階部分に増設したような格好で、ログキャビンめいた外装である。馬が繋がれていても画になりそうな風格があった。
ネロを入口近くの駐車スペースに停め、扉をくぐると、
「やあいらっしゃい」
と、凛々しい雰囲気の、痩せた女性が迎えてくれた。
「お久しぶりです、先輩」
「元気そうで何よりだ」先輩が言う。「そちらのコが?」
彼女の目がルカに向く。
アリシアはルカの肩に腕を回し、言った。
「ええ。アタシの彼女です」
「ルカです。はじめまして」
「はじめまして。わたしはテシル・オームロ」
彼女はそう名乗り、着席を促す。
「さ、どうぞ」
二人はテシルのすぐ前のカウンター席に腰掛けた。
さっそくアリシアはメニュー表を手に取り、ルカと共に覗き込む。
「お料理、バイクとかモータースポーツの用語がついてるんですね」
ルカが言った。
「アタシ、オープン前にいくつか試作品食べさせてもらったけど、どれもなかなかおいしかったよ」
「じゃあぼくは――」
彼女はナナハンサンドを指し、アリシアも続けてモトクロスカレーを頼んだ。
テシルの手が動き出すと、まもなく食欲を刺激するにおいが漂ってきた。
完成までの時間をわくわくしながら待つ。
ルカが手袋を外し、スリーブのサムホールから親指を抜いているのを見て、アリシアも素手になった。
「そういえば」ルカがこちらに顔を向ける。「アリシアとテシルさんてどこで知り合ったの?」
「道場だよ。先輩、当時は宮域住まいだったからさ」
「いつだったか、休憩中にバイクの話になってね」と、テシル。「そこからウマが合って今に至るというわけさ」
「もともと組手によく付き合ってくれてたから、なおさら意気投合したんだ」
アリシアは言った。
テシルの目がルカに向く。
「きみたちは学校で?」
「はい」ルカが答えた。「ぼく、アルビノなんですけど運動とか、外出るのが好きで……アリシアがツーリングに誘ってくれたのがきっかけです」
アリシアはルカの、うれしそうな横顔を見てすこしだけ照れ笑いした。ルカの真っ白な頬もにわかに赤くなっている。
そうか、とテシルが微笑む。それから、
「江域もいいところさ。この時期になると、ガロンガラージュ内外から観光客がこぞって来る。……ウチにはめったに来ないけどネ」
と、おどけてみせた。
だがアリシアはルカと真顔を合わせる。
「そうだ……宿どうしよう……」
「ん? 予約してあるんじゃないのか?」
「実は……」
二人は事情を話した。
「――なるほどネ」
言いながらテシルが料理を二人の前に置く。
「それならウチに泊まるといい」
「いいんですか!?」
アリシアとルカの声が揃った。
テシルは頷く。
「もちろんさ。ここにはわたししか住んでない。空き部屋には事欠かないよ」
「ありがとうございます先輩」
「お礼に何かお手伝いします」
「それはたすかる。じゃあまずは食事を楽しんで」
「じゃあ……いただきます」
合掌の後、食べ始める。
アリシアの頼んだカレーは、モトクロッサーが走るオフロードコースを、玄米とルウで再現したものだった。それをスプーンでしゃくる。
一口食べた瞬間、ほどよい辛味とコク、玄米の歯ごたえが彼女に笑顔を浮かばせた。
隣でサンドイッチをほおばるルカも、とろけそうな顔をしている。
ふと、ルカの持つナナハンサンドに目が行き、ナナハン――750ccの名に違わぬ大ボリュームを再認識した。具となっているハンバーグを挟むのがバンズでもしっくりくるアメリカンサイズだ。
舌鼓を打っていると、目を細めているテシルが訊ねてきた。
「お二人さん、滞在期間は決めてるのかい?」
「ほんとは二泊三日の予定だったんですけど」アリシアは答えた。「宿のことがあったから……ねえ」
ルカのほうに向くと、彼女も頷く。
ならば、とテシルが言った。
「もしよかったら、ウチでバイトしつつ江域を堪能しないかい?」
「ぜひぜひ!」
アリシアはやや前のめりになり、拳を握る。
「ぼくたちでよければ、お役に立ててください」
ルカも両手の指を合わせ、合掌のような仕草で言った。
「じゃあ、食事を終えて荷物運んだら仕事を教えるよ」
その時、外からバイクのエンジン音が聞こえてきた。渋みのある単気筒エンジンの低い音だ。それは店の駐車スペースで止まり、やがて一組の、若い男女が入ってきた。
兄妹、あるいは姉弟だろうか。どこか似た顔立ちで、髪型にも共通するポイントが散見される。男性のほうは深い青の、フード付きジャケットがまず目についた。女の子のほうも、似た感じの青のトラッカージャケットにイエローのパーカーを合わせている。
「やあ、来てくれたね」
テシルはカウンターから出て、かれらに水を差し出す。
アリシアはその様子を見てすこし笑みを浮かべると、またカレーに向き直った。
「どうしたアシェルくん」テシルの声。「元気が無いように見えるが」
「いえ、そんなことは……」
男性――アシェルがそう返す。
「お兄ちゃん、いちおう言っとこ」
女の子の声。
妹であろう彼女はこう続けた。
「すこし前から、お兄ちゃんストーカー被害に遭ってるみたいなんです」
「ストーカー? 盗聴器や監視カメラなんかを?」
「そういう証拠が残るようなことは無くって……」
「けど、ずっと視線を感じるんです。睨むような……僕を責めるような……」
「……警察には?」
「何度か相談しました。けど、証拠が無いからどうしようもないって……」
「そうか……つらかろうな」
テシルが息を吐く。
「とりあえず何か食べなよ。そのために来てくれたんだろう?」
「ありがとうございます。じゃあ、いつものお願いします」
「了解。アシェラちゃんは?」
「あたしもいつもので」
OKと返して、彼女はこちらに戻ってきた。
アリシアとルカは目を見合わせ、アシェルとアシェラの兄妹を横目で見る。
すると今度は車の音が近づいてきて、店の前で止まった。
「今日は繁盛するな」
テシルが言うと、扉が開いてスーツ姿の三人の男が現れる。
三人とも眉間に深いシワを寄せた、粗い印象の男たちだった。ラペル幅の広いジャケットにツータックのスラックス、タイの大剣もラペルと同等の幅広だ。
「いらっしゃい」テシルが言った。「空いてるお席に――」
「食事に来たわけじゃねェ」
男の言葉に、アリシアは思わず顔をしかめる。
三人組は兄妹の座るテーブル席に近づき、
「お嬢、一緒に来てもらいましょうか」
二人を取り囲む。
「なんです急に」言ったのはアシェルの方だった。「いったい何の用が――」
「てめえは黙ってな」
「僕の妹なんだ。黙ってるわけないだろう!」
「妹だからなんだってんだ!」
「ちょっと!」アシェラが声を上げる。「どっちもやめてよ!」
「ならさっさと来やがれ!」
男の一人がアシェラの腕を引っ掴み、彼女はその手を振り払う。
言い争いはヒートアップし、テシルがまたカウンターから出る。
アリシアとルカも男たちに目をやり、あることに気づいた。
「ねえ、上着の脇のとこ……」
「ああ。アイツら……」アリシアは眉をひそめた。「銃持ってる」
その時、三人組側が手を出した。立ち上がったアシェルを殴ったのだ。
「お兄ちゃん!」
アシェラが兄に駆け寄る。
テシルが声を張った。
「アンタらいい加減に――!」
最後まで言う前に、別の男が懐から拳銃を抜いた。
銃口がテシルに向き、ホールドアップを強いる。
ここでアリシアは革手袋をつけ直し、足元の荷物から武器を取った。
「隙見てあの二人よろしく」
彼女はルカにそう言って、三人組に近づいた。
案の定、男たちはこちらにも銃口を向ける。
「おとなしく席に戻りな」
「お断りだね」
「じゃあこれならどうだ」
男は銃の撃鉄を起こした。
が、アリシアは怖じけない。
「……ラージュM1911……<ガロンガ・コルト>か」彼女は言った。「アンタらが銃刀法を守ってれば、弾倉には九ミリパラベラム弾が八発入ってるよな? さらに薬室にもう一発……合計九発。かける三で二十七発か」
「大正解だ。秀才さんよ」男が鼻を鳴らす。「その二十七発の銃弾に、鉈で対抗する気か? ええ?」
「鉈じゃない」
アリシアは鞘のホックを親指ではじいた。
「詠春刀だ」
男が引き金を引こうとする直前で、アリシアは詠春刀を突き上げる。
鍔の鈎が火を噴く銃を撥ねた。
弾丸は天井で砕け、アリシアは次の銃撃が来る前に動く。
足払いを放って男を転がし、二人目の懐に飛び込んだ。
視界の端ではテシルが三人目の男の銃を退け、拳を当てていた。
アリシアは詠春刀の鞘を振り飛ばし、立て直した一人目の男を牽制する。
そして抜身になった二振りの詠春刀を、両手に構えた。
刃が鳴らす金属音の響鳴が、その場の全員を一瞬止める。
再び動き出したのは、男たちのほうだった。
怒号と共に銃把による打撃を仕掛けてくる。
アリシアは詠春刀のナックルガードで受け止め、腹に一撃喰らわせた。
すると背後に殺気を感じる。
だがテシルの助太刀が入った。
振り向くと同時に見えた銃口が、テシルの手技で明後日の方向へ逸れる。
礼を言う暇も無く、三人目の男がタックルを繰り出した。
アリシアは男もろとも床に倒れ込んだものの、銃を詠春刀の鍔で絡め取り、入口付近まで転がした。
続けて頭突きで反撃する。
男がのけぞった。
アリシアは起き上がると同時に蹴りを放つ。
蹴りは男の顔を打ち、ぐらつかせた。
その肩越しに、ルカが兄妹をカウンターの裏へ連れて行くのが見えた。
アリシアはわずかに間合いを開け、構え直す。
三人の男たちも、互いの死角を庇い合う形で固まり、睨視してくる。
反対側では、テシルも拳を突き出して臨戦態勢だ。
男たちが攻めに出る。
銃を持つ二人が一斉に腕を突き伸ばし、撃った。
アリシアは身を低くして弾を避け、前転しつつ斬撃を放つ。
斬撃は跳んで避けられた。が、そこにテシルがラリアートを見舞った。
喰らった男はテーブルに叩きつけられ、その拍子に拳銃を落とす。
アリシアとテシルは残りの男たちに攻めかかったが、彼らは後ろに跳んで躱す。
その時、
「店長!」
とアシェラの声がして、テシルのほうに一挺の小銃が投げてよこされる。
銃持ちの男が隙を突いてきたが、アリシアはその手に蹴りを喰らわし、発砲を阻んだ。
テシルが小銃をキャッチし、初弾装填と同時に一発撃った。
轟音と共に床に穴が開き、男たちは額に冷や汗をにじませる。
「さあ出ていってもらおうか」
テシルの言葉と、男たちの唸り声。
アリシアはそこで、倒した男の胸元に目が行った。
はだけたシャツの隙間から、IDタグがこぼれ出ている。
そこには、紋章と思しき図形があった。
ハッとなっているうちに、三人の男たちは後ずさりしながら銃と空薬莢を回収し、扉を蹴破って逃げていった。
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ガロンガラージュ<江域>二十六番街。
アリシアとルカが訪れる九ヶ月前――。
アシェラ・レハイムは傘を持たずに家を出てしまった後悔と共に、帰路を駆ける。
天気予報では、降雨は夜になってからのはずだったのに。
どうか降っても小雨で済むか帰宅数秒前のタイミングでありますようにと祈りながら、早足で進んでいるところに降ってきたのである。
雨粒は地上に存在するもの全てに叩きつけ、耳を聾し、視界を白く霞ませていた。
ローファーの中まで水浸しになり、セーラー服の襟は身頃にひっついている。
今度から折り畳み傘をカバンの中に常備しておこう。
彼女はそんなことを思いながら、ようやっと自宅の前まで辿り着いた。
そこで真っ先に目に留まったのは、斜めに停まったクルーザースタイルのバイク……兄の愛車だ。
いつも几帳面な兄らしくない、投げやりな停め方だった。カバーさえかけていない。
アシェラは小首を傾げ、室内に入りながら言った。
「ただいまー。お兄ちゃん帰ってるの?」
返事は無い。
が、まずは濡れて冷えた体をどうにかしたかった。
彼女は靴とソックスを脱ぎ捨て、バスルームで大判タオルを二枚、引っ張り出す。一枚はカバンの下に敷き、もう一枚を頭から被るようにして服ごと全身を拭いた。
それからカバンの中身を取り出し、ノートやテキストを広げて乾かす。幸い紙類は端が濡れてふやけている程度で、思ったよりも軽微な被害で済んでいた。
次は靴だ。古新聞を丸めて突っ込み、雑巾で水と泥を拭き取る。
その途中で彼女はまた言った。
「バイクまっすぐ停め直しといてよ。あれじゃお父さん帰ってきた時、車入れられないよー」
兄からの返事は、やはり無い。
彼女は玄関に脱ぎ捨てられた兄のジャケットと、その上に転がるヘルメットに目を落とした。バイクを置いてまた外出したというわけでもなさそうだ。
妙な感じが、いよいよ怪しさに変わってくる。
すこしだけ眉間にしわを寄せて立ち上がる。すると、アルコールのほのかな匂いを感じた。
彼女は匂いを辿り、キッチンの前に至る。
「今日ファビオラさんとデートじゃなかったっけ?」アシェラは言いながら扉に手をかけた。「おうちデートでも――」
開けた瞬間、むせ返る酒の臭いに短い悲鳴を上げる。
そして、兄の――アシェルの背を見た。彼は体もろくに拭かず、テーブルに突っ伏していた。
声をかけようとする前に彼が答える。
「……おかえり……」
「……何があったの……とか、訊いていい雰囲気じゃないよね……」
「いいよ別に……お察しの通りだからさ……」
兄は濡れたままの両腕を顔へ持ってゆき、頭を抱えた。
「……ファビオラさん、急な仕事入ったとか?」
「そうだったらどれだけ良かったか……」
「……別れちゃったの?」
「講義終わって、待ち合わせ場所に行こうと思ったら電話がかかってきたんだ……」
「でもなんで――」
「わからないよ……でも、『あたしのことは忘れて、他の人と幸せになって』って……」
兄が握り拳をつくる。その両手は余る力に震えていて、指先が赤くなっていた。
アシェラは彼の隣に行き、テーブルの上の物に目をやる。
中身が半分ほどに減った酒のボトルがあった。ラベルに大きく書かれた数字を見れば、非常に度数の強いものであることは察しがつく。
酒瓶の脇には、それをストレートに注いだグラス。そして――。
「……気の毒だと思うけど、バカな考え起こしちゃだめだよ」
彼女はコルト製.三八口径の短銃身リボルバー拳銃を、兄の手元から遠ざけた。
「お父さんがコレくれたの、自分の身を護るためでしょ」
言いながらアシェルの身を引っ張り起こす。
「ほら立って。とりあえず着替えて。そのまんまじゃ風邪ひくよ」
「……ごめん……アシェラ……」
「お酒弱いくせにヤケ酒なんて呷っちゃだめだよ」
「……今度から水で割る……」
「今度なんて来なくていい――」
その時、アシェラの足裏が床にグリップして、前につんのめる。
「うわ!」
咄嗟にアシェルが腕を回し庇おうとするも、結局二人はバランスを崩し床に倒れ込んでしまった。
幸い受身が間に合い、自分も兄もたいしたダメージは無い。
が、仰向けの彼女に、兄が覆いかぶさるような姿勢になっていた。
急接近した兄の顔。潤んだ瞳と、頬に触れる髪に、どきりと胸が高鳴る。
お兄ちゃん、と、アシェラは自分でも聞こえないほど小さな声で呟く。
二人はそのまま離れようとせず、しばらく見つめ合っていた。
酒気にあてられたのかもしれない。
生まれた時から、物心ついた時から、ずっと一緒にいた兄アシェルに、初めて異なる認識を抱いた。
きっと、兄も同じ気持ちだろう。
この時アシェラ・レハイムには、兄アシェル・レハイムが一人の<男>に見えた。
二人の顔が、更に近づく。
生温かい兄の呼気を、唇に感じる。
アシェルが目を逸らす。一瞬、我に返ったような、後ろめたさを秘めた表情だった。
けれどアシェラは彼の頬を掌で包み、唇を重ねた。
雨は勢いを増し、排水口を溢れさせていた。
◇
アリシアは恋人ルカをリアシートに乗せて、バイクを飛ばしていた。
待ちに待った春休み。二人だけの旅行である。
彼女らが住む<宮域>から<江域>までの約一時間半、アリシアの愛車<ネロ>はVツインの力強いエンジン音を轟かせ、快調に走っていた。
見慣れた風景から、新鮮な風景の中へ。曲がりくねった山中の道路を行く。木々の緑の葉が風に揺れ、その隙間から射してくる陽の光が二人を照らした。ネロのカウルも輝いて、黒と青の彩りが映えている。
このマシンにライドする二人の少女は、対照的ないでたちだった。
アリシアは黒革のライダースジャケットに、黒いブーツカットのジーンズとリングブーツを合わせている。手にはハーフフィンガーグローブで、バイク乗りらしいスタイルだ。
一方でルカは、アリシアより明るい色を主軸にしている。白のフライトジャケットにテーパードのデニム姿で、黒いのはブーツくらいだ。手袋とその下に着けるスリーブで手首までカバーし、紫外線対策は万全である。
ヘルメットは二人ともレトロなデザインのスモールジェットだった。アリシアがシルバーでルカがグロスブラックで塗装されている。
そこから伸びるアリシアの黒い三つ編みと、ルカの白い髪が風になびいていた。
やがて、左手側にダム湖が現れる。エメラルドグリーンの水面は整然としていて、波ひとつ立っていない。
予約してあるモーターロッジまであと半分ほどの距離だ。
それから二人は首尾よくロッジに到着し、フロントに向かった。
「申し訳ございません」
と、係の人が頭を下げる。
アリシアは目を丸くして言った。
「えっと……それって、ダブルブッキングってことですか?!」
「はい……。先ほどのお客さまがチェックインなさったばかりでして……」
「他の空き部屋とかはないんですか?」
斜め後ろから、ルカが問う。
係の人は答えた。
「どの部屋も満室でして……。この時期はどこも争奪戦になるんです」
「そうなんですね……」
アリシアとルカは顔を見合わせ、肩をすくめた。
いまさらどうしようもないので、二人は返金してもらうことで決着をつける。
再度ネロに荷物を載せてから、アリシアとルカは携帯端末を取り出す。
「争奪戦って言っても、どこか一件くらいあるでしょ」
と検索エンジンを駆使して代わりの宿を探した。
が、どこで探しても、いかに条件を下げても、果てにはここから更に一時間半走った所にも、空き部屋は無かった。
気疲れが襲いかかる。二人の目は<満室>という文字がゲシュタルト崩壊を起こしていた。
アリシアは額に汗をにじませて言う。
「まじか……ホンットーに一件も空いてないなんて……」
「国内最大の湖おそるべしだね……」
「これガロンガラージュ在住の二千万人全員来てるんじゃないの……?」
「いやいやまさか……」
アリシアもルカも、うなだれて大きく息を吐く。
深呼吸して、空を仰ぎ、アリシアはつぶやいた。
「……近くに登山用品店あるかな……」
「まさか野宿する気?!」
むろん冗談なのだが、宿のあてがはずれてしまったのは大問題であった。
野宿とまでいかずとも、ベッドの上で夜を明かせないのはルカにも不便をかけてしまう。自分一人なら用品を現地調達してキャンプ場で一泊、というのも悪くないが、ルカはそういうわけにもいかない。
眉尻を下げたまま、アリシアはルカを見る。彼女はまた端末を見て、宿を探していた。
キャップの下から伸びるルカの髪は雪色で、肌も同じ色をしている。つばの陰からでもよくわかった。サングラスの、淡いレンズカラーの奥では澄んだブルーグレーの瞳が輝いている。
ルカは、アルビノであった。神秘的な風貌だが、そのぶん日光――紫外線にはぬかりのない対策が要る。
思案していると、ルカがこちらの視線に気づき、言った。
「とりあえずさ、お宿のことは置いといてごはん食べない?」
「ん……それもそうだね」
「アリシアが言ってたライダーズカフェ行こうよ。先輩のお店なんでしょ?」
「うん。良いとこだよ」
二人はネロに跨り、件のカフェへと向かった。
アリシアの先輩が経営するというライダーズカフェは、人里よりすこし離れた場所に位置していた。店舗は民家の一階部分に増設したような格好で、ログキャビンめいた外装である。馬が繋がれていても画になりそうな風格があった。
ネロを入口近くの駐車スペースに停め、扉をくぐると、
「やあいらっしゃい」
と、凛々しい雰囲気の、痩せた女性が迎えてくれた。
「お久しぶりです、先輩」
「元気そうで何よりだ」先輩が言う。「そちらのコが?」
彼女の目がルカに向く。
アリシアはルカの肩に腕を回し、言った。
「ええ。アタシの彼女です」
「ルカです。はじめまして」
「はじめまして。わたしはテシル・オームロ」
彼女はそう名乗り、着席を促す。
「さ、どうぞ」
二人はテシルのすぐ前のカウンター席に腰掛けた。
さっそくアリシアはメニュー表を手に取り、ルカと共に覗き込む。
「お料理、バイクとかモータースポーツの用語がついてるんですね」
ルカが言った。
「アタシ、オープン前にいくつか試作品食べさせてもらったけど、どれもなかなかおいしかったよ」
「じゃあぼくは――」
彼女はナナハンサンドを指し、アリシアも続けてモトクロスカレーを頼んだ。
テシルの手が動き出すと、まもなく食欲を刺激するにおいが漂ってきた。
完成までの時間をわくわくしながら待つ。
ルカが手袋を外し、スリーブのサムホールから親指を抜いているのを見て、アリシアも素手になった。
「そういえば」ルカがこちらに顔を向ける。「アリシアとテシルさんてどこで知り合ったの?」
「道場だよ。先輩、当時は宮域住まいだったからさ」
「いつだったか、休憩中にバイクの話になってね」と、テシル。「そこからウマが合って今に至るというわけさ」
「もともと組手によく付き合ってくれてたから、なおさら意気投合したんだ」
アリシアは言った。
テシルの目がルカに向く。
「きみたちは学校で?」
「はい」ルカが答えた。「ぼく、アルビノなんですけど運動とか、外出るのが好きで……アリシアがツーリングに誘ってくれたのがきっかけです」
アリシアはルカの、うれしそうな横顔を見てすこしだけ照れ笑いした。ルカの真っ白な頬もにわかに赤くなっている。
そうか、とテシルが微笑む。それから、
「江域もいいところさ。この時期になると、ガロンガラージュ内外から観光客がこぞって来る。……ウチにはめったに来ないけどネ」
と、おどけてみせた。
だがアリシアはルカと真顔を合わせる。
「そうだ……宿どうしよう……」
「ん? 予約してあるんじゃないのか?」
「実は……」
二人は事情を話した。
「――なるほどネ」
言いながらテシルが料理を二人の前に置く。
「それならウチに泊まるといい」
「いいんですか!?」
アリシアとルカの声が揃った。
テシルは頷く。
「もちろんさ。ここにはわたししか住んでない。空き部屋には事欠かないよ」
「ありがとうございます先輩」
「お礼に何かお手伝いします」
「それはたすかる。じゃあまずは食事を楽しんで」
「じゃあ……いただきます」
合掌の後、食べ始める。
アリシアの頼んだカレーは、モトクロッサーが走るオフロードコースを、玄米とルウで再現したものだった。それをスプーンでしゃくる。
一口食べた瞬間、ほどよい辛味とコク、玄米の歯ごたえが彼女に笑顔を浮かばせた。
隣でサンドイッチをほおばるルカも、とろけそうな顔をしている。
ふと、ルカの持つナナハンサンドに目が行き、ナナハン――750ccの名に違わぬ大ボリュームを再認識した。具となっているハンバーグを挟むのがバンズでもしっくりくるアメリカンサイズだ。
舌鼓を打っていると、目を細めているテシルが訊ねてきた。
「お二人さん、滞在期間は決めてるのかい?」
「ほんとは二泊三日の予定だったんですけど」アリシアは答えた。「宿のことがあったから……ねえ」
ルカのほうに向くと、彼女も頷く。
ならば、とテシルが言った。
「もしよかったら、ウチでバイトしつつ江域を堪能しないかい?」
「ぜひぜひ!」
アリシアはやや前のめりになり、拳を握る。
「ぼくたちでよければ、お役に立ててください」
ルカも両手の指を合わせ、合掌のような仕草で言った。
「じゃあ、食事を終えて荷物運んだら仕事を教えるよ」
その時、外からバイクのエンジン音が聞こえてきた。渋みのある単気筒エンジンの低い音だ。それは店の駐車スペースで止まり、やがて一組の、若い男女が入ってきた。
兄妹、あるいは姉弟だろうか。どこか似た顔立ちで、髪型にも共通するポイントが散見される。男性のほうは深い青の、フード付きジャケットがまず目についた。女の子のほうも、似た感じの青のトラッカージャケットにイエローのパーカーを合わせている。
「やあ、来てくれたね」
テシルはカウンターから出て、かれらに水を差し出す。
アリシアはその様子を見てすこし笑みを浮かべると、またカレーに向き直った。
「どうしたアシェルくん」テシルの声。「元気が無いように見えるが」
「いえ、そんなことは……」
男性――アシェルがそう返す。
「お兄ちゃん、いちおう言っとこ」
女の子の声。
妹であろう彼女はこう続けた。
「すこし前から、お兄ちゃんストーカー被害に遭ってるみたいなんです」
「ストーカー? 盗聴器や監視カメラなんかを?」
「そういう証拠が残るようなことは無くって……」
「けど、ずっと視線を感じるんです。睨むような……僕を責めるような……」
「……警察には?」
「何度か相談しました。けど、証拠が無いからどうしようもないって……」
「そうか……つらかろうな」
テシルが息を吐く。
「とりあえず何か食べなよ。そのために来てくれたんだろう?」
「ありがとうございます。じゃあ、いつものお願いします」
「了解。アシェラちゃんは?」
「あたしもいつもので」
OKと返して、彼女はこちらに戻ってきた。
アリシアとルカは目を見合わせ、アシェルとアシェラの兄妹を横目で見る。
すると今度は車の音が近づいてきて、店の前で止まった。
「今日は繁盛するな」
テシルが言うと、扉が開いてスーツ姿の三人の男が現れる。
三人とも眉間に深いシワを寄せた、粗い印象の男たちだった。ラペル幅の広いジャケットにツータックのスラックス、タイの大剣もラペルと同等の幅広だ。
「いらっしゃい」テシルが言った。「空いてるお席に――」
「食事に来たわけじゃねェ」
男の言葉に、アリシアは思わず顔をしかめる。
三人組は兄妹の座るテーブル席に近づき、
「お嬢、一緒に来てもらいましょうか」
二人を取り囲む。
「なんです急に」言ったのはアシェルの方だった。「いったい何の用が――」
「てめえは黙ってな」
「僕の妹なんだ。黙ってるわけないだろう!」
「妹だからなんだってんだ!」
「ちょっと!」アシェラが声を上げる。「どっちもやめてよ!」
「ならさっさと来やがれ!」
男の一人がアシェラの腕を引っ掴み、彼女はその手を振り払う。
言い争いはヒートアップし、テシルがまたカウンターから出る。
アリシアとルカも男たちに目をやり、あることに気づいた。
「ねえ、上着の脇のとこ……」
「ああ。アイツら……」アリシアは眉をひそめた。「銃持ってる」
その時、三人組側が手を出した。立ち上がったアシェルを殴ったのだ。
「お兄ちゃん!」
アシェラが兄に駆け寄る。
テシルが声を張った。
「アンタらいい加減に――!」
最後まで言う前に、別の男が懐から拳銃を抜いた。
銃口がテシルに向き、ホールドアップを強いる。
ここでアリシアは革手袋をつけ直し、足元の荷物から武器を取った。
「隙見てあの二人よろしく」
彼女はルカにそう言って、三人組に近づいた。
案の定、男たちはこちらにも銃口を向ける。
「おとなしく席に戻りな」
「お断りだね」
「じゃあこれならどうだ」
男は銃の撃鉄を起こした。
が、アリシアは怖じけない。
「……ラージュM1911……<ガロンガ・コルト>か」彼女は言った。「アンタらが銃刀法を守ってれば、弾倉には九ミリパラベラム弾が八発入ってるよな? さらに薬室にもう一発……合計九発。かける三で二十七発か」
「大正解だ。秀才さんよ」男が鼻を鳴らす。「その二十七発の銃弾に、鉈で対抗する気か? ええ?」
「鉈じゃない」
アリシアは鞘のホックを親指ではじいた。
「詠春刀だ」
男が引き金を引こうとする直前で、アリシアは詠春刀を突き上げる。
鍔の鈎が火を噴く銃を撥ねた。
弾丸は天井で砕け、アリシアは次の銃撃が来る前に動く。
足払いを放って男を転がし、二人目の懐に飛び込んだ。
視界の端ではテシルが三人目の男の銃を退け、拳を当てていた。
アリシアは詠春刀の鞘を振り飛ばし、立て直した一人目の男を牽制する。
そして抜身になった二振りの詠春刀を、両手に構えた。
刃が鳴らす金属音の響鳴が、その場の全員を一瞬止める。
再び動き出したのは、男たちのほうだった。
怒号と共に銃把による打撃を仕掛けてくる。
アリシアは詠春刀のナックルガードで受け止め、腹に一撃喰らわせた。
すると背後に殺気を感じる。
だがテシルの助太刀が入った。
振り向くと同時に見えた銃口が、テシルの手技で明後日の方向へ逸れる。
礼を言う暇も無く、三人目の男がタックルを繰り出した。
アリシアは男もろとも床に倒れ込んだものの、銃を詠春刀の鍔で絡め取り、入口付近まで転がした。
続けて頭突きで反撃する。
男がのけぞった。
アリシアは起き上がると同時に蹴りを放つ。
蹴りは男の顔を打ち、ぐらつかせた。
その肩越しに、ルカが兄妹をカウンターの裏へ連れて行くのが見えた。
アリシアはわずかに間合いを開け、構え直す。
三人の男たちも、互いの死角を庇い合う形で固まり、睨視してくる。
反対側では、テシルも拳を突き出して臨戦態勢だ。
男たちが攻めに出る。
銃を持つ二人が一斉に腕を突き伸ばし、撃った。
アリシアは身を低くして弾を避け、前転しつつ斬撃を放つ。
斬撃は跳んで避けられた。が、そこにテシルがラリアートを見舞った。
喰らった男はテーブルに叩きつけられ、その拍子に拳銃を落とす。
アリシアとテシルは残りの男たちに攻めかかったが、彼らは後ろに跳んで躱す。
その時、
「店長!」
とアシェラの声がして、テシルのほうに一挺の小銃が投げてよこされる。
銃持ちの男が隙を突いてきたが、アリシアはその手に蹴りを喰らわし、発砲を阻んだ。
テシルが小銃をキャッチし、初弾装填と同時に一発撃った。
轟音と共に床に穴が開き、男たちは額に冷や汗をにじませる。
「さあ出ていってもらおうか」
テシルの言葉と、男たちの唸り声。
アリシアはそこで、倒した男の胸元に目が行った。
はだけたシャツの隙間から、IDタグがこぼれ出ている。
そこには、紋章と思しき図形があった。
ハッとなっているうちに、三人の男たちは後ずさりしながら銃と空薬莢を回収し、扉を蹴破って逃げていった。
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