マイノリティシリーズ

もつる

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やり直したい

やり直したい 2/2

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 翌朝、トマは目元の腫れぼったさと、ベーコンの焼けるいいにおいを感じながら目覚める。
 どうやら泣き疲れて寝てしまったらしい。いつの間にかベッドに移動していた。
 ラキッドに本音を吐露したのは覚えている。すこし気まずい。
 彼が距離を置くかもとか、拒絶するかもとか、そういった危惧ではなく、単に恥ずかしいだけだった。
 ベッドから出ないまま、上体を起こしてどうしようか迷っていると、ラキッドのほうから寝室にやって来る。

「おはよう、おねぃ」
「あ、おはよう……」

 心なしか、ラキッドの笑顔はいつもより優しかった。

「その……昨日のことだけどね……」
「みなまで言わなくてもいいさ」彼は軽く返す。「オレはライフサポートロボットなんだ。おねぃみたいな、生きづらさを抱えた人の助けになるために創られた」

 ラキッドはトマの手を取る。

「オレは自分の使命を全うする。おねぃも、幸せになっていいんだ」
「……ありがとう、ラキッド」
「さあ、朝食できてるぜ」

 ダイニングに向かうと、ラキッドが乾パンとコーヒー、それに焼いたベーコンを出してくれた。
 トマはそれが妙に嬉しくて、冗談を言いたくなる。

「とっておきのベーコンだ」
「それ映画のセリフだろ?」
「わかってくれて嬉しいよ。いただきます」

 彼女は朝食を口に運ぶ。優しい味わいだった。子供の頃に食べたきりの母の手料理を思い出して、ラキッドへの感謝の念がより強まる。
 あっという間に食べ終えて、洗い物を片付けて、それからラキッドが言った。

「オレが思うに、おねぃは先生に恵まれてないだけだと思うんだ」
「そうかな?」
「そうさ。だから、なんかこの世界で役立つ技術を身に着けて、自信を持つってのも悪くないんじゃないか? だいたいのことはオレが教えられると思うし」
「うーん……役立つ技術か……」

 トマは腕を組み、室内を見回した。
 すると、彼女が愛用するライフルに目が行く。
 ラキッドも同じ方を向き、銃を手に取った。

「そういえば……銃の撃ち方とかの訓練は?」
「受けてない」
「なら今から練習とかどうだい?」
「いいけど、ラキッド知識あるの?」
「人間の技術ならほとんどインストール済みだからね。ロボット三原則その三さ」
「……身を守るため?」
「そう。オレたちはハイテクの塊だからさ、夜道で襲われてデータや部品を奪われる恐れだってあるし、できることの選択肢は多いに越したことないだろ?」
「なるほどねー」

 トマは腕を組み、ライフルを診断するラキッドを見つめた。
 すると、彼は弾を手にして言う。

「……おねぃ、これラプアマグナムじゃん」
「マグナム? ってことは強いの?」
「スナイパーライフルの弾だよ。軍用を前提に作られた高価な弾薬だ」
「高価……」

 その言葉を耳にして、彼女は今まで考えなしに撃っていた自分を省みて目を泳がせた。
 ラキッドがそんな様を見て頭を抱え、それから言う。

「まあいいや……方向性は定まった」
「なら早速練習開始だね」

 トマは立ち上がると、外に出る準備をした。


 トマとラキッドは、見通しの良い場所に移動して狙撃の訓練を開始する。
 まずラキッドが、ライフルとスコープの調整を行った。
 使うのは突撃銃だ。これならラプアマグナムに比べて補給も用意だし、反動も軽いため心置きなく撃てる。
 何発か試射して、照準と実際の弾道との差異を縮めていく。

「――で、これをゼロインっていうんだ」
「なんか難しそうだね……。スコープのダイヤル接着剤で固定したい」
「そりゃ映画の中だけさ」

 ラキッドは笑って銃をこちらに渡す。

「まずは的に中てるだけでいいから。やってみて」
「ウス……」

 トマは銃を構えた。ラキッドに教えてもらったグリッピングを意識し、しっかりと全身で反動を吸収するように姿勢を正す。
 そして、呼吸を整え引き金を引く。
 轟音と共に銃弾が放たれ、的にした空き缶を掠めた。

「惜しい」トマはスコープから顔を離して言う。
「でも外してないじゃん」とラキッド。「筋トレと同じさ。繰り返しが肝心だ」

 オッケー、と口の中で呟き、彼女は横になった缶に次の一射を放つ。
 今度はちゃんと缶を射抜いた。

「よっしゃ!」

 トマは思わずガッツポーズをする。
 すこし自信がついたのが自分でもわかった。それから彼女は繰り返し射撃を行い、缶が真っ二つになるまで続ける。
 しかし、銃を撃つ反動は体力をごっそりと削いでいた。意欲はまだまだ充分なのだが、掌底と肩が痛い。イヤーマフをしていたにも関わらず、若干耳鳴りもする。

「今日はこのへんにしとこうか」

 ラキッドが言った。


 住居に戻ると、トマは銃の整備をする。
 その向かいで、ラキッドは彼女のウェアラブルコンピュータをいじっていた。

「――これ使って、オレを起動させたのか?」
「そう。ヘイブンにいたころに買ったんだ。なんでも、スーパーポータブルテクニカルアドバイザーっていう端末を分解して作ったらしいけど……」
「ふむふむ」

 言いながら彼はキーボードを操作する。

「いろいろとサバイバルに役立つ情報が入ってるらしいけど、その量が膨大すぎてあんまり使いこなせてなかたり……」

 と苦笑いするトマに、ラキッドはこう返した。

「AIと連動して動く端末だからね。でももう宝の持ち腐れじゃなくなるぜ」

 彼は端末のケーブルの自らにつなぐ。何かデータのやりとりを行っているようだ。
 銃の整備を終えたトマは、ラキッドの隣に座る。

「なにやってるの?」
「この端末とオレをリンクさせてる。ゴーグルのカメラアイで視覚を共有させて、おねぃの観測手になるんだ」

 そう答えると、ラキッドのフェイスディスプレイが一旦真っ暗になった。
 五秒もしないうちに、また彼の顔に光が灯り、いつもの顔が表示される。

「よし、同期完了」

 ラキッドがウェアラブルコンピュータをトマに返す。
 トマはゴーグルをつけてみた。
 すると、右目のカメラアイを介して、レンズに外部環境の情報が投影される。

「おおっ!」と、思わず声を上げた。
「遠距離の狙撃になればそれだけ計算事項も増えるからね。気温や湿度、風向きだけじゃなくて地球の自転や重力まで考慮しなきゃいけないけど、いきなり一人でそれ全部やるのも無茶だろ?」
「一生かかってもできなさそう……」
「まずはできるとこからさ。充分な訓練を積んだ軍人でも、狙撃手と観測手の複数人で行動するんだ」
「……そっか。そうだね。ありがと、ラキッド」


 そして翌日、トマとラキッドは再び訓練のために外へ出た。今回は小高いビルの屋上だ。そこで、トマの狙撃銃を使いラキッドが用意した的を撃つのである。
 彼は下のほうで空き缶を置いたり、ターゲットマークを描いた板を街路樹に立てかけたりしていた。
 それと並行して、トマはこれからやることを教わる。

「――まあ、ゴーグルの情報をきちんと読み取って照準を合わせればOKさ。ド忘れしたって何度でも教えるから、安心してくれ」
「オッケー」

 答えながら、トマはボルトを引いた。

「……しかし、的の設置とあたしへのレクチャーと観測をさ……全部同時進行でやってるんよね……? すご……」
「ロボットだからな」得意げな調子の返事だ。「マルチタスクはお手の物さ」
「はーっ、うらやま……」

 最後まで言わないうちに、トマは遠方からの妙な音を聞いた。
 気のせいかなと思いながら振り返ると、ラキッドが言う。

「おねぃ、ちょっとヤバそうだ」
「なんだかわかる?」
「複数種類の銃声と……人の声……たぶん敵対機械に襲われてんだ」

 彼の言葉に、トマは二つの選択肢が思い浮かんだ。
 逃げ隠れしてやり過ごすか、助けに行くか。

「ラキッド……あたしは――」

 どうすればいい、と問おうとして、やめた。どっちを選んでも、きっと彼は自分の選択を尊重してくれるはずだ。
 ならば――。

「――助けに行きたいんだけど、無謀かな……?」
「……オレが最大限サポートするよ」

 彼はフェイスガードを引き下げると、突撃銃を構える。

「気をつけてね」

 二人は戦闘の繰り広がる場へと急いだ。


 トマとラキッドが見たのは、機人兵士の部隊に追われる生存者のチームだ。かれらは異なる種類の銃と、スポーツ用品や乗車用のプロテクターを流用した防具で武装している。
 生存者側の陣形は乱れに乱れ、半ば自棄になっているのが見て取れた。
 そこに、ラキッドが助太刀に入る。
 突撃銃で手近な敵兵を撃ち倒し、生存者たちに体勢を立て直す余裕を与えた。
 トマはその間に高所へ陣取り、戦況を俯瞰してラプアマグナムを敵対機械に見舞う。
 最初の一発は見事に機人兵士を射抜いた。

「いいぞ、おねぃ。その調子だ!」

 耳元でラキッドの声。
 それに励まされ、トマはさらに狙撃を繰り返す。
 素早く動く敵兵はさすがに外してしまったが、生存者にかまけている機人兵士は難なく貫けた。
 そうやっているうちに、生存者側もラキッドと連携して優勢を取り戻していく。

 あと少しだ。

 彼女がそう思った矢先である。

「ラキッド後ろ!」

 思わず叫んだ。が、次の瞬間にはラキッドは機人兵士の繰り出した破れかぶれの打撃を受けてしまった。
 彼はむき出しの鉄骨に頭を打ちつけ、ダウンしてしまう。
 それと同時にウェアラブルコンピュータもエラーを起こしアシスト機能が止まった。
 トマは急速に自信を失う。
 ラキッドの身は生存者の一人が背負ってくれたが、せっかく逆転しつつあった形勢がまた敵対機械側に傾きはじめる。
 選択を誤ったのでは、と彼女は思った。

 自分なんかにできるはずなかったんだ。

 そんなことが脳裏によぎる。
 それをラキッドとの日々が、彼への愛が否定した。
 けれど、とトマは思い返す。

 いまここで逃げたら絶対に後悔する。
 価値ある人間ならここで逃げ出したりしない。

 トマはライフルのボルトを引き、照準を合わせる。
 弾はたっぷりあるんだ。切れるまでとことん撃ってやる。
 彼女はまばたきさえ忘れて、呼吸すら止めて機人兵士たちを狙撃し続けた。
 まもなく敵にこちらの位置がバレて、彼女も銃撃を受けてしまう。
 咄嗟に壁に隠れ、マガジンを交換しながら場所を移した。
 すると、銃声にまじって車の音が聞こえてくる。

 まさか敵の援軍――?

 冷や汗を額に、スコープを覗いた。
 一台の即席装甲車が、機人兵士の部隊の背後からやってきて敵兵たちを撥ね飛ばす。
 そして武装した人々が飛び降りてきて、残りを一掃した。
 あっという間だった。
 トマはあっけにとられていたが、すぐ我に返ってラキッドのもとへ急ぐ。


「ラキッド!」

 トマは生存者たちに介抱されるラキッドに駆け寄った。

「大丈夫だよ」生存者の一人が言う。「強い衝撃を受けて、一時的にシャットダウンしただけさ。気絶みたいなもんさ」

 それから彼は続ける。

「あなたこのコのオーナーさん?」
「え、ええ……まあ一応は……」
「助かったよ。ありがとうな」

 彼が笑うと、ちょうどラキッドも再起動した。
 ラキッドはフェイスガード越しに目を泳がせ、それからガードを跳ね上げる。

「おねぃ……敵は――」
「きみがやられた後もこのお姉さんが狙撃してくれてね。お蔭で本隊が来るまで持ったよ」

 別の生存者が言った。

「そっか……」

 ラキッドは呟く。
 トマはそんな彼のそばにしゃがみこんで、手を握った。
 二人は微笑み合い、それから互いを抱きしめる。


 トマとラキッドが助けた生存者たちは、ここからすこし離れたところにあるヘイブンから来た、物資調達チームらしい。長い流浪の果てにようやく辿り着いた土地で、まだあちこちに不備があり人手を求めているとのことだ。
 そんな状況のため、二人に誘いの声がかかるのは当然の流れであった。

「――どうかな? きっとみんなも歓迎してくれると思う」

 調達チームのリーダーが言う。
 しかしトマはしどろもどろな調子で返答をためらった。

「で、でもあたしがいても……その……イヤってわけじゃないんですけど……」

 過去の経験が決断に二の足を踏ませる。
 自分という存在の価値を、トマはまだ充分に信じられないでいた。
 そこに、ラキッドが助け舟を出す。

「おねぃ、なんか忘れてませんか?」

 彼は得意げな顔で自分を指差した。

「……そっか。そうだったね」

 トマは笑顔を浮かべ、深呼吸をしてからリーダーに答える。

「これからお世話になります。どうぞよろしく」

 彼女とリーダーは握手を交わし、話がまとまった。
 ヘイブンの皆は高らかに言う。

「よし! 帰還だ!」
「あ! ちょっとまって!」

 制止したのはトマだった。

「あたし他にも荷物いっぱいあるんで、それまとめてからでもいいですか……?」
「……そりゃそうだ! 嬉しすぎてちょっと掛かり気味だった!」

 トマもラキッドも、新たなる仲間たちと大笑いした。

  了
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