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ニセモノノナミダ
ニセモノノナミダ 2.1
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いつかの会話を、夢に見た。
「ティアっていう名前は、誰がつけてくれたの?」
「わたくしが自分でつけたんです」
「そうなんだ……。どうしてティアなの?」
「そうですね……憧れと言うのが適切でしょうか」
「憧れ?」
「はい。わたくしはフェイスディスプレイでとても感情表現に幅があります。よくロボットは涙を流せないと申しますが、わたくしは涙を流せるんです」
「それが憧れとどう関係あるの?」
「涙を流せるといっても、ディスプレイに表示された映像でしかありません。だから、あなたたちのように本物の涙を流せるわけではない……。ティアという名前は、わたくしが抱く本物の涙への憧れから来ているんです」
ザリザリと耳の奥でノイズが聞こえた。
いや、聞こえたというのはすこし違う。
奇妙な感覚だった。
次の瞬間、毒電波がもたらした大破局の、しばらく後の記憶が夢として想起される。
「お父さんもお母さんも……みんな死んじゃったんだね……」
ベッドに横たわって、ラシャが言う。
「……ごめんなさい、ラシャ」隣のティアが言った。「わたくしがいながら……」
「ティアはなにも悪くないよ。ただ……恐いんだ……」
「死ぬことがですか?」
「……死んで……ティアと離ればなれになることが」
ラシャはティアの手を強く握った。
「ぼくたちは……死んだらどこに行くのかな……天国とか地獄とか……ほんとにあるのかな……?」
「……その答えは……わたくしでもわかりません。ですが、お父さまもお母さまも、あなたが生きて、幸せな未来を得ることを望んでおられました」
「……ティアは……自分が死ぬことについて考えたことある?」
ティアの目を見つめて、ラシャは続ける。
「いつかぼくが年を取って……ティアにも寿命が来て……あの世に行くのは……ぼくだけなのかな……?」
「……日本には、ヤオヨロズという概念があります。この世のありとあらゆるものには神が……魂が宿り、そのうちの一部はツクモガミとなるという考え方です」
ティアはラシャの頭を撫でながら言った。
「ヤオヨロズは八百万……ツクモガミのツクモとは九十九……どちらも大きな数字ですよね? そこから転じて、この世の全てを意味しているんです」
「……ティアも、ツクモガミなのかな……?」
「そう信じましょう。確かめようはありませんが……」
「……ありがとう、ティア……。ぼくたちは今、生きてる。それだけは確かなことだ」
どこかの、放棄された軍事施設。
そこでラシャは意識を取り戻した。
真っ先に見えたのは、ティアの姿だ。
が、その顔は後ろめたさに曇っているように思えた。
「ティア……? ぼくは……死んだんじゃないの……?」
「……ごめんなさい、ラシャ……」
「どうして謝るの……? あれ……?」
ラシャは気づいた。自分の目線がティアを見下ろしていることに。
ティアは言う。
「あの時、確かにあなたは死にました。ですが、室内に漏れ出た液体窒素で脳細胞の死滅までに猶予ができたんです」
「ということは、ぼくは――」
「察しの通りです。……いま、ロックを解除します」
ティアは端末を操作し、ラシャの入るカプセルを開いた。
同時に体を固定していた器具も外れて、ラシャは自らの足で立つ。
そして、ティアの持つ鏡で己の姿を確かめた。
「これが……ぼく……?」
そこに立っているのは、機械の体となった自分自身であった。
大人の体格で、ティアとよく似た外装を着けて、かつての自分とはまったく異なる姿だ。
「ティアが……ぼくをこの体に……?」
「はい……。脳髄と、消化器と……かつての肉体はもうほとんど残っていません」
鏡を置いて、彼女は言う。
「……恐かったんです」
「恐かった……?」
「あなたを喪いたくなかった……。ずっと一緒にいたくて……」
うつむくティアの拳が、固く握られた。
「勝手なことを……許されないことをした自覚はあります。罰を受ける覚悟も――」
彼女が言い切る前に、ラシャはティアを抱きしめる。
「ありがとう、ティア」彼は言った。「ぼくを助けてくれて」
「ですがあなたの体は……」
「これから慣れていけばいいよ。それよりも……嬉しいんだ」
ラシャは彼女の目を見つめて言う。
「ぼくもティアと同じように生きていける。得なことも、損なことも、共有できるんだ」
「ラシャ……ありがとう」
ティアの目から涙が流れ、ラシャは指で拭おうとした。
「あ……そうだった……」
「いえ……。お願いします」
そう言うとティアはラシャの手を握り、頬を撫でさせる。
ラシャの指が、彼女の涙を拭った。
それを見てラシャはすこし驚く。
「種明かしをすると、ディスプレイのセンサーと涙のエフェクトをアップグレードしたんです。……まあ、偽物の涙なのは変わりありませんが……」
「偽物なんかじゃないよ」ラシャは言った。「たとえ見えてる涙が映像でも、ティアの心が涙を流させた。だから、ティアの涙は本物だ」
二人はしばらく見つめ合い、抱きしめ合う。
「……大好きだよ、ティア」
「わたくしもです……ラシャ。大好きです」
すると、扉の向こうがにわかに騒がしくなった。
ラシャとティアはそちらを見る。
「この体、レーダーもついてるんだね」
「ええ。可能な限り強いパーツを集めて、選びました」
「ということは、ぼくもメックトルーパーと互角に闘えるわけだ」
「互角以上ですね」ティアが戦闘モードになる。「武器も用意してあります」
彼女は超振動剣を差し出した。
「おそろいだ」
ラシャは剣を受け取り、鞘から抜き放つ。
扉が蹴破られ、メックトルーパー隊が姿を見せた。
それと同時に、二人は刃を振るう。
ラシャとティアは、今日を生きるため闘いに臨んだ。
了
「ティアっていう名前は、誰がつけてくれたの?」
「わたくしが自分でつけたんです」
「そうなんだ……。どうしてティアなの?」
「そうですね……憧れと言うのが適切でしょうか」
「憧れ?」
「はい。わたくしはフェイスディスプレイでとても感情表現に幅があります。よくロボットは涙を流せないと申しますが、わたくしは涙を流せるんです」
「それが憧れとどう関係あるの?」
「涙を流せるといっても、ディスプレイに表示された映像でしかありません。だから、あなたたちのように本物の涙を流せるわけではない……。ティアという名前は、わたくしが抱く本物の涙への憧れから来ているんです」
ザリザリと耳の奥でノイズが聞こえた。
いや、聞こえたというのはすこし違う。
奇妙な感覚だった。
次の瞬間、毒電波がもたらした大破局の、しばらく後の記憶が夢として想起される。
「お父さんもお母さんも……みんな死んじゃったんだね……」
ベッドに横たわって、ラシャが言う。
「……ごめんなさい、ラシャ」隣のティアが言った。「わたくしがいながら……」
「ティアはなにも悪くないよ。ただ……恐いんだ……」
「死ぬことがですか?」
「……死んで……ティアと離ればなれになることが」
ラシャはティアの手を強く握った。
「ぼくたちは……死んだらどこに行くのかな……天国とか地獄とか……ほんとにあるのかな……?」
「……その答えは……わたくしでもわかりません。ですが、お父さまもお母さまも、あなたが生きて、幸せな未来を得ることを望んでおられました」
「……ティアは……自分が死ぬことについて考えたことある?」
ティアの目を見つめて、ラシャは続ける。
「いつかぼくが年を取って……ティアにも寿命が来て……あの世に行くのは……ぼくだけなのかな……?」
「……日本には、ヤオヨロズという概念があります。この世のありとあらゆるものには神が……魂が宿り、そのうちの一部はツクモガミとなるという考え方です」
ティアはラシャの頭を撫でながら言った。
「ヤオヨロズは八百万……ツクモガミのツクモとは九十九……どちらも大きな数字ですよね? そこから転じて、この世の全てを意味しているんです」
「……ティアも、ツクモガミなのかな……?」
「そう信じましょう。確かめようはありませんが……」
「……ありがとう、ティア……。ぼくたちは今、生きてる。それだけは確かなことだ」
どこかの、放棄された軍事施設。
そこでラシャは意識を取り戻した。
真っ先に見えたのは、ティアの姿だ。
が、その顔は後ろめたさに曇っているように思えた。
「ティア……? ぼくは……死んだんじゃないの……?」
「……ごめんなさい、ラシャ……」
「どうして謝るの……? あれ……?」
ラシャは気づいた。自分の目線がティアを見下ろしていることに。
ティアは言う。
「あの時、確かにあなたは死にました。ですが、室内に漏れ出た液体窒素で脳細胞の死滅までに猶予ができたんです」
「ということは、ぼくは――」
「察しの通りです。……いま、ロックを解除します」
ティアは端末を操作し、ラシャの入るカプセルを開いた。
同時に体を固定していた器具も外れて、ラシャは自らの足で立つ。
そして、ティアの持つ鏡で己の姿を確かめた。
「これが……ぼく……?」
そこに立っているのは、機械の体となった自分自身であった。
大人の体格で、ティアとよく似た外装を着けて、かつての自分とはまったく異なる姿だ。
「ティアが……ぼくをこの体に……?」
「はい……。脳髄と、消化器と……かつての肉体はもうほとんど残っていません」
鏡を置いて、彼女は言う。
「……恐かったんです」
「恐かった……?」
「あなたを喪いたくなかった……。ずっと一緒にいたくて……」
うつむくティアの拳が、固く握られた。
「勝手なことを……許されないことをした自覚はあります。罰を受ける覚悟も――」
彼女が言い切る前に、ラシャはティアを抱きしめる。
「ありがとう、ティア」彼は言った。「ぼくを助けてくれて」
「ですがあなたの体は……」
「これから慣れていけばいいよ。それよりも……嬉しいんだ」
ラシャは彼女の目を見つめて言う。
「ぼくもティアと同じように生きていける。得なことも、損なことも、共有できるんだ」
「ラシャ……ありがとう」
ティアの目から涙が流れ、ラシャは指で拭おうとした。
「あ……そうだった……」
「いえ……。お願いします」
そう言うとティアはラシャの手を握り、頬を撫でさせる。
ラシャの指が、彼女の涙を拭った。
それを見てラシャはすこし驚く。
「種明かしをすると、ディスプレイのセンサーと涙のエフェクトをアップグレードしたんです。……まあ、偽物の涙なのは変わりありませんが……」
「偽物なんかじゃないよ」ラシャは言った。「たとえ見えてる涙が映像でも、ティアの心が涙を流させた。だから、ティアの涙は本物だ」
二人はしばらく見つめ合い、抱きしめ合う。
「……大好きだよ、ティア」
「わたくしもです……ラシャ。大好きです」
すると、扉の向こうがにわかに騒がしくなった。
ラシャとティアはそちらを見る。
「この体、レーダーもついてるんだね」
「ええ。可能な限り強いパーツを集めて、選びました」
「ということは、ぼくもメックトルーパーと互角に闘えるわけだ」
「互角以上ですね」ティアが戦闘モードになる。「武器も用意してあります」
彼女は超振動剣を差し出した。
「おそろいだ」
ラシャは剣を受け取り、鞘から抜き放つ。
扉が蹴破られ、メックトルーパー隊が姿を見せた。
それと同時に、二人は刃を振るう。
ラシャとティアは、今日を生きるため闘いに臨んだ。
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