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93.魔王復活③

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あれからどれほど時間が経ったのだろう。
私の周りでは熾烈な争いが繰り広げられている。
剣の腕があるハーロルトはみんなに檄を飛ばしながら、戦っている。
普段は冷然とした物腰のお父様とお兄様も、額に汗をにじませながら剣を振るっている。
周りにいる男子生徒たちも、それに遅れをとるまいと余裕のない表情で、必死に戦っている。
ジュリアとヴェロニカが見事その務めを果たしてくれ、先程より警備隊と騎士たちも駆けつけ、持ち前の技量で、魔物たちを倒してくれている。
でも、彼らの体力も無限大にあるわけじゃない。

「お姉ちゃん」

不安になったのか、アルバートが見上げてくる。
私はその手をぎゅっと握った。

「大丈夫よ。アルは私が絶対守るわ」

魔物を倒せる技も力も持っていないけれど私は言い切る。アルバートを守る自信がなければ、最初から預かっていない。
私はその自分の言葉になぜか自信があった。
なぜなら、魔物というすぐ近くに危険なものがありながら、〈ユニコーンの角笛〉が全く鳴らないからだ。それを証明するように、穴から魔物が出てきても、私を避けるというか初めから目に入ってないみたいに、通り過ぎていく。
これは最初からそうだった。一番初めのミノタウロスやその次の狼型まで、私を目に移していなかった気がする。ミノタウロスは私の横のユーリウスを、狼型はすぐ隣のイリアスにむかっていった。
あとから出てくる魔物たちも同様。私とはてんで違う方向に向かっていった。
これに七剣士が気付いていたかどうかはわからないけれど、だからこそ彼らは私を守る必要もなく、戦いに専念できたのよね。
でも魔物たちは私を見えていないわけじゃないみたい。穴がすぐ近くにあって、そこから次々と魔物が出てくるけど、私の周りからは這い出そうとしないし、直線上に私がいたら、わざと遠回りをしていく。
私に近寄りたくない何かがあるのね。証明しようと、ちょうど穴から蝙蝠型の集団が出てきたので、一番近くを通り過ぎようとしていた一匹に手を伸ばした。すると、触れた途端「ピギャッ」と断末魔のような悲鳴をあげて、霧のように霧散してしまった。

「ええ?」

私は今起こった出来事に驚いて凝視する。

「姉ちゃん、すごい!」 

隣で、アルバートが声をあげた。

「え、ええ、そうね」

自分でもまだ信じられない思いで、頷く。でも、これで確信した。魔物たちは私の体に触れたら、消えてしまうんだわ。だから避けていくんだわ。
そういえば、前歴史の授業で礼拝堂に訪れていた時、教師が「聖女は神聖魔法を使って、魔王を倒した」って言ってたけど、それじゃあこれが神聖魔法なのかしら。
黒い円に私が触れたとたん、光が周りを覆ったことといい、私の体自体が神聖魔法でできているか、覆われているのかもしれない。
聖女は騎士みたいに強くはないけれど、でも決して魔物には侵されない体の持ち主なのね。
それなら聖女から力を授かった七剣士も似たような力を持っていて、当然ということになる。光を帯びた彼らの剣によって急所じゃなくても、少し斬られただけで簡単に倒れていった魔物たち。魔物たちは今、ハーロルトたちが戦っているように物理攻撃でも倒せるけれど、七剣士の不思議な光が宿った攻撃のほうがもっと効いて、ともすればすごく弱いのかも。
七剣士たちから発せられるあの光は魔物たちが宿す性質とは、全く逆に位置するものなのかもしれない。
でも聖女が持つ神聖魔法とは違う。触れただけでは消滅しないから。
あー神様、なんだったら彼らにも同じ魔法を使えるようにしてくれてたら良かったのに。でも、「私の力の一部」って言ってたから、そう何回も「力の一部」をあげてたら、今度は神様の力が逆に小さくなっちゃうから、仕方ないのかもしれない。神様でも力が無限にあるわけじゃないのね。
聖女の魔法が神聖魔法なら、七剣士が使う魔法はなんて言うのかしら。前、占いの館に行ったとき占い師のひとが魔法には種類があるって言ってたわね。あの時ちゃんと真面目に聞いとけば良かったわね。まあ、七剣士たちからは光が出てるからそのまま安直に光魔法でいいわよね。色がみんな違うのは、占い師のひとが言ってた「魔法を扱う者が宿す性質」がそれぞれ違うからね、きっと。神様の力が体の中にはいったあと、それぞれが持っている性質によって、魔法が具現化する際、色が変わったってことね。
それにしても、みんな『きらレイ』のキャラクターカラーに見事ぴったり当てはまってるのはすごいわね。
イリアスは青だし、ユーリウスは赤、エーリックは橙だし、フェリクスは紫、ラインハルトは緑だし、レコは藍、バルタザールは黄色。
ん? 全部で七色。前、ラインハルトが屋上で言ってた空の色と一緒ね。虹がその色だって。
虹といえば、千年前、魔王を倒したときも虹がでたって言ってたけど、今回も出るのかしら。
私が考えている間にも、魔物と人々の戦いは激しさを増している。
ここで自分だけが何もせず、じっと立っているのがなんとももどかしい。何もできないなんて――。
今頃、七剣士たちも必死で戦っていることだろう。彼らの様子もしれないのも、なんとも歯がゆい。
――どうか無事で。
祈るように胸に手を当てて、目を瞑っていると――。
私の頭になにかの映像が浮かび上がってきた。
あれは!! 真っ黒い体に、炎獄のような真っ赤な目、頭に角が生えた、見るからに邪悪なもの。周りを七色の光をそれぞれ纏わせた何かが飛び交っている。よく見れば、ハナとレオンたちに乗った七剣士だと、すぐにわかった。
現実? 目をぱっと開くと、その映像は消え、先程と同じハーロルトやお父様、お兄様、みんなが戦っている光景が目にはいる。再び目を閉じてみれば、七剣士の姿が頭に広がった。ということは、これは今、彼らが戦っている様子が見えているのね。彼らと繋がっているからかしら。聖女、遠見もできたみたい。神様の力、すごい。
私は目を閉じて、彼らの様子を固唾を呑んで見守る。
彼らが戦っている相手は魔王だろう。っていうか、魔王、でかっ。今まで見た魔物たちとは比べられないほどでかい。建物三階分くらいはありそう。七剣士たちが小さく見える。もしかしたら、魔王はこの穴が通り抜けるくらい大きくなるのを待っていたのかもしれない。その前に魔界への門が大きくなるのを防ぐことができて本当良かったわ。私はほっと息を吐く。
魔王の周りを駆けながら、七剣士たちが剣を振るう。よく見ると、ハナやレオンも彼らと同じ色の光に包まれているのがわかる。
あれも光魔法の影響? 剣が光を帯びて強くなったように、ハナたちもその光の影響を受けたのか、軽々と疾駆している。その跳躍を活かして、巨大な魔王の体の上を飛び跳ねている。膝からお腹、肩へと移動する。そのたびに七剣士たちが魔王の体に剣を振るう。振るうたびに、剣の切っ先から光が溢れ、その余波が魔王の体を伝う。すごいわ。もうあんなこともできるなんて、光魔法をちゃんと使いこなせているのね。
しかし、魔王も大人しくやられているわけじゃない。魔王の口から何かが吐き出される。黒い霧のようなもの。瘴気と呼ばれる類のものだろう。七剣士が光魔法なら、魔王が使うのは闇魔法といったところだろうか。
あんなのに触れたら、普通の人間ならたちどころにやられてしまいそう。よく見れば、その黒い靄が魔王の体全体を包んでいた。普通なら近寄ることもできないのかもしれないが、光に守られているハナたちは平気そうに魔王の体のうえに着地している。
魔王が近くにいたイリアスに向かって、新たな瘴気を吐き出した。イリアスが剣を前に突き出すとその刀身から青い光が放たれる。それに阻まれるように瘴気がイリアスとレオンの周りで霧散していく。そこに魔王が巨大な拳を振るう。
危ない!!
でも、危機一髪のところで、レオンが飛び跳ね難を逃れた。さっきからこの繰り返しのようね。七剣士たちが剣を振るって近づいたところで瘴気を吐き出し、そして剣で防いでいるところを魔王が拳を振り上げているみたい。その間にも他の七剣士たちが別の方角から何度も切り裂いているはずなのに、魔王は何のダメージも食らっていなさそうだ。切り裂いた切り口から光が放たれるも、魔王を包んでいる黒い靄に覆われてしまい、またすぐに戻ってしまう。
七剣士たちはそれでも剣を振り続ける。埒が明かないことにしびれを切らしたのか、ユーリウスが盛大に剣を振るった。その余波で、赤い光が魔王の体を走る。その向かった先にイリアスがいた。
レオンが慌てて、跳躍する。

「悪ぃ、手がすべった」
 
ユーリウスが剣を肩にかけ、悪びれる様子もなくイリアスに向かって声をかける。

「…………」

イリアスがそれには返事を返さずに無言のまま、剣を振るった。今度はイリアスの青い光が魔王の体を傷つけながら、ユーリウスへと向かっていく。
ユーリウスが慌ててハナを操った。青い光を避けて、跳躍する。

「何すんだ?!」

「ごみも一緒に処分しようと思ったんだが、外したようだ」

イリアスが涼しい顔で宣う。

「――あんたなぁ。そっちがその気なら、俺だって容赦しねえからな」

ユーリウスが、イリアスを睨みつけると、その方角へと剣を振るった。魔王の体を切り裂きながら――だがすぐに黒い靄に覆われて塞がってしまう――、赤い光がイリアスへと向かっていく。イリアスが奇麗によけ、今度はイリアスが剣を振るう。青い光の動線上にはもちろんユーリウスがいて、ハナが同じように飛び跳ねた。ふたりが競うように剣を振るい始めた。
なに、やってるの、あの二人。ケンカしてるのか魔王を倒しているのかわからないじゃない。
ふたりを見咎めたフェリクスが叫ぶ。

「てめえら、何やってんだー!! ケンカするならあとにしやがれ!」

「ふたりとも、今は魔王を倒すことに集中しようか」

ラインハルトも一旦地上に降りて、下から諭す。
あ、髪を乱したラインハルト格好いい。普段は落ち着き払ってるから、貴重ショットだわ。
他の三人に目を向ければ、優等生組のエーリックとレコは真面目に、一匹狼のバルタザールは黙々と魔王に攻撃をしている。
全くあの三人を見習いなさいよ。
呆れたところで、イリアスの放った青い光がハナの足先をぎりぎり掠めていった。それを見て、イリアスが嘆息する。

「しぶといな」

「そんな生半可な攻撃効くかよ」

続けて、ユーリウスが応酬した赤い光がレオンの脇腹すぐ近くを通っていく。
ぶちっ。私のなかで何かが切れた。

「こらー!! ハナとレオンに怪我なんかさせたら、ふたりとももう二度と口きいてやらないんだから!!」

届かないとわかりながら、衝動的に思わず叫んでしまった。

「…………」

「…………」

あれ、あのふたり、急に静かになったわね。

「その声はカレンっ!?」

「えっ!? エーリック!? 私の声が聞こえるの!?」
 
「うん。聞こえるよ。もしかして、俺たちの姿、見えてる?」

「うん、見えてるわ。そっちは!?」

「カレンの声しか聞こえない」 

「そうなんだ……」

お互いの声は届くけど、映像は私しか見えないみたい。

「どう? 魔王倒せそう?」

私は気遣わしげに、一番肝心なことを尋ねる。

「それが……斬れるには斬れるんだけど、傷を負ってもすぐに戻っちゃうんだ」 

「そう。私も見たわ。魔王の体が戻るところ。一体どうしたら倒せるのかしら」
 
あのとき、魔王の倒し方も教えてもらうんだった。神様も説明不足ね。でも敢えて言わなかったのは自分たちで答えを導き出せってことかしら。全て頼らなければならないほど、人類は弱くない、自分たちの価値を示せってことなのかな。
うん、きっとそうね。これは私たちの戦い。神様に泣きつくなんて、情けない真似したくない。
決意を固めていたら、ラインハルトが口を開く。

「さっき心臓を刺したら倒れるんじゃないかと思ってやってみたけど、やっぱりこれも通じなかったんだ」

「心臓……」

なぜだかその言葉に引っかかって、呟く。
夢であった時、神様、「心臓の一欠片が残っていた」と言ってたわね。「体の一部」ではなく、「心臓」って言ったことに意味がありそう。つまり、心臓の一欠片があれば、魔王は蘇ることができるということは、「心臓」が重要なキーワードな気がする。でも、さっきラインハルトが言った通り心臓を刺しても効かないなら、一体どんな方法が有効なのかしら。

「早く倒さないと、犬たちの体力が持たない。俺たちも永遠には戦っていられない」

バルタザールが剣を振るいながら言う。

「だから、さっきからこうしてやっきになってるんじゃねえか!」

フェリクスがやけくそ気味に剣を振るいながら答える。

「でも、この方法だと魔王を倒せない気がします」

レコが真面目な顔つきで答える。

「どうしたら魔王を倒せるのかしら……」

私が神妙な顔つきになったところで、隣から明るい声がかかった。

「みんなでやっつければいいんだよ」

「どういうこと?」

私は目を開けて、アルバートを見て首を捻る。さっきから七剣士全員でかかっていってるわ。

「僕がさっき言ったでしょう。七つの色に光る光がいっぺんに黒いものにぶつかっていけば、光に変わったって」

『光の聖人』には特別な力なんてないはず。でも、前アルバートが拐われたときに見た夢といい、今回の夢といい、光を七剣士に見立てると、状況が似通っている。
今、に言ってるという事実が何よりもアルバートの言葉を信じてみようと思えた。
私はしゃがんでアルバートの腕を掴む。

「もう少し、その夢を詳しく話してくれない?」

「うん、いいよ。七つに光る光がね、黒いものに同時に向かっていくんだ」

「光はその黒いもののどこにぶつかっていったのかな? 人の形をしてる?」

さっき見た魔王は形だけは人の形をしていた。
人型だとすれば、ぶつかる場所が魔王の弱点だろう。

「ううん、してないよ」

アルバートが首をふる。
駄目か。アルバートの答えに落胆しようとした時――

「みんな、丸いよ」

「え? みんな?」

私は意外な答えに目を丸くする。

「うん、黒いのみんな丸いよ」

「待って。黒いのはひとつじゃないの?」

「ううん。七つあるよ」

「七つ……」

七剣士も七人。でも、魔王はひとりだ。
アルバートが見た「黒いの」と数が合わない。
でも、意味があるはず。
七。その数に思いを巡らす。そもそもなんで、魔王を倒すのに七人必要なのかしら。過去の七剣士と聖女の話を聞かされていたせいで、最初からそんなものだと疑問にも思わなかったけど……。魔王を倒せるなら、五人でも六人でも八人でもかまわないはずよね。七という数字が重要なんだわ。
私の頭の中で、色んなものがパズルのピースのように散らばっている。
魔王の姿……。切っても再生される……。心臓の一欠片……。黒いもの。七つ。

「あー、わかった!! 魔王は七つ心臓を持ってるんだわ! だから、心臓の一つを傷つけたところで、他の心臓がカバーして治しちゃうのよ!」

私の叫びを七剣士が聞き取った。

「心臓、七つもあんのか?」

「ということは、その七つを全部なくしちまえば……」

「死ぬってこと?」

「でも、さっき胸を刺したら再生したように、残りの心臓が無事だとまた再生されてしまう」

「じゃあ、全部同時に攻撃すれば――」

「――回復できない」

「答えが出たな。見ろ。胸の箇所以外に黒く靄で覆われた部分がある。恐らく、あそこに心臓がある」

心臓以外にも、額、両肩、腹、足の両の付け根が大きく靄に覆われている。
イリアスが剣を構えた。

「一度で仕留めるぞ」

「「「ああ!!」」」

「みんな! 心臓の一欠片でも残っていると、また永い時間をかけて魔王が再生してしまうの。だから――!」

「欠片が残らないように、思いっきりぶちかませばいいってことだよな」

ユーリウスが不敵に笑う。

「ええ、そう!!」

「任せろ。――さあ、さっさとこんな辛気くせえとこからおさらばしようぜ!!」

言うや否や、ユーリウスが剣を振り上げた。六人があとを追うように続いていく。
ハナやレオンたちが魔王の手をかいくぐり、七剣士が剣を振るう。
幾度の攻防を繰り返し、七人がハナやレオンたちの背から飛び降りる。ハナたちに乗っていては、剣が魔王の深部には届かないからだ。

「今よ!!」

七人が同時に一際靄が渦巻く場所に立ったのを見て、私は叫ぶ。
七剣士が剣を逆手に同時に振りかぶる。

「「「うおおおお!!」」」

喊声をあげ、剣を振り下ろした。到達した瞬間、まばゆい光がぱあっとそこから勢いよく溢れ出した。眩しくて目が開けていられない。耳に魔王の断末魔の叫びが入ってくる。
七剣士が全身全霊込めた光魔法と、魔王の心臓の中にある一番強力な力が激しく衝突しあい、切り口から光が噴き出している。
勢いがそこだけにとどまらず、流出する魔王の力を追うように、七色の光が筋となって上空へと飛びだしていく。まるで光自体に、一欠片さえも魔王の力を残さないという意志があるかのよう。
遥か上空へと光が登っていく。それが目の前の黒い穴からも、現れた。
ばらばらだった七つの色が重なるように、穴で集まり空へと向かっていく。
私は現れた七色の光の先端が走っていく様を目で追った。
青空を背景に七色に輝く線が描かれていく。

「虹だわ……」 

まるで、空に虹がかかっていくみたい。
私は空を見上げて、呆然と呟く。
周りで戦っている生徒や騎士たちも、青空を渡っていく七色の光に気付いて、目をむけ始めた。

「なんだ、あれは……」

「虹が現れたぞ……」

見惚れるように上を見上げる。が、注意をそらしたのは一瞬、再び魔物たちと対峙する。しかし、再び剣を振るったときには、先程までの死闘が嘘かのように魔物たちが次々とやられていく。

「なんだっ!?」

「さっきとはえらい違いだぞ!」

魔物たちが急に力を失ったように、動きが緩慢になっていく。

「今が好機だ!! 一気にかかれ!!」

「「「おお!!」」」

合図を皮切りに、魔物とは反対に生徒や騎士たちが水を得た魚のように勢いを取り戻し、ばっさばっさと魔物たちを倒していく。
魔物たちの力の源がきっと魔王だったのね。
魔王が斃れた今、力を失ったんだわ。
私は容易く倒れていく魔物たちを眺めた。
黒い円に目をやると、そこからはもう魔物たちが出てくる気配はなかった。
最後の魔物を倒したのと時を同じくして、空に走っていた七色の光が勢いを失ったのか、下へとゆるやかに弧を描いて落ちていく。上へ向かったときと同じ角度で落ちていくその様は、空に綺麗な放物線を描く虹と一緒で。
光の先端から、七色の光がきらきらと光りながら、粒となって地上へと崩れて落ちていく。

「綺麗……」

落ちてくるそれを受け止めようと手を広げる。光魔法の残像でしかないそれは、最後の形を保っていたのだろう、手のひらに届く前に、空気の中に溶けて消えていく。
地上に降り注ぐ、七色の魔法の粒。儚くなる寸前のそれはとても綺麗で、触れないとわかりながらも、私は空に手を広げた。

「聖女だ……」

誰かが呟いた。
え? 声が聞こえた方角に目を向ければ、生徒や騎士たちが見入るようにこちらに目を向けている。

「聖女の像とそっくりだ……」

え? 私は首を傾げる。その言葉に礼拝堂に祀られていた聖女の像を思い出す。
そういえば、私、今、あの像と同じ格好してるわね。

「聖女と七剣士の再来だ……」

「我々を救うために、神が聖女様を遣わしてくれたのだ」

熱に浮かされたように囁かれる言葉たち。
え? ちょっと待って。みんなのただならぬ気配に半ば戸惑い始めたところで、みんなが私に向かって頭を下げて跪く。
ひえ~。やめてよ、そんな。頭を下げてもらうほど、御大層な立場じゃありませんから!!
慌てて止めに入ろうとしたところで、足元にあった穴が縮んでいくのに気づいた。
えっ、ちょっと。まだみんな出てきてないのに。みんな、中に閉じ込められちゃう。
急速に小さくなっていく穴に焦ったけれど、私の心配が現実になることはなかった。
小さくなっていく穴から、レオンに乗ったイリアスが飛び出してきた。つづいて、ユーリウスが。そして、フェリクス、エーリック、ラインハルト、レコ、バルタザールと続く。

「みんな!!」

喜びに声を弾ませる。良かった、みんな無事みたい。
アルバートと一緒に七人のもとへ駆ける。
ハナとレオンたちが地面に降りたち、背に乗った彼らが飛び降りると、しゅるしゅると元の大きさに戻っていく。
あ、良かった。元に戻って。あのままの大きさを維持したら、家のなかにも入れないし、世話するの大変そうだもの。

「おかえりなさい!!」

一番近くにいたイリアスがちょうど手を広げたので、私は腕のなかに飛び込んでいく。
イリアスが私を抱きしめた。
アルバートは私の手から離れ、フェリクスのほうへ向かっていく。

「アル、お前……」

フェリクスの驚いたような声が聞こえる。
私はイリアスの顔を見上げた。きっと私の顔は今、喜びではちきれそうな笑顔をしているにちがいない。それくらい嬉しい。

「ああ! 良かった! 絶対みんななら成功してくれると信じてました!」

無事の姿を確認したくて、それから再びこうしてまた会えたことが嬉しくて、私たちはお互いの顔を至近距離から見つめ合う。胸にせり上がる想いを瞳にこめる。

「またこうして会えて、すごく嬉しいです!」

「ああ」

イリアスが私の腰を抱いたまま、微笑む。
その顔は今まで見たことがないほどの優しい微笑み。
うっ。やっぱり至近距離からのイケメンのドアップは辛いわ。慌てて目をそらして、ほかのみんなに目を向ける。

「みんなも無事で――――っん!?」

後頭部に手を置かれ、ぐいっと引っ張られたと思ったら、唇に柔らかいものが押し付けられた。一瞬何が起きたか、わからなかった。驚きに見開かれた目のなかにイリアスの閉じた瞼が飛び込んでくる。

「ンッー!!」

イリアスが私の腰を引き寄せ、キスしている。
それに気付くまで、数瞬。

「っんーんーっ!?」 

私の頭はもちろん混乱。

「てめえ、何してんだッ!!」

「今すぐ離れろっ!! 抜け駆けしてんじゃねえ!」

「カレン、俺も!!」

「ずるいです!! みんな頑張ったのに!!」

「……人目がある場所ではそういうことは慎むべきだよ」

「…………」

周りを怒号やら非難の声が一斉に飛び交う。
でもイリアスの耳にははいらない様子で――。
今や私の頭の両横を手で挟んで、キスを贈りつづけている。
その後、混乱の極みに達したことは言わずもがな。
その後の展開は恥ずかしくて、私の口からはとても言えそうにない。







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最後、ラインハルト焼きもち焼いておりました(*´艸`*)
バルタザールは「なんだ、こいつら?」って感じでしょうか。
でも内心、カレンにキスするイリアスを見て、イラッとしてたかもしれません(^_^;)多分、あとで(ふたりっきりのとき)負けじとキスしたことでしょう。(^^)
ほかの攻略対象者は? ……ご想像にお任せします。


この話、書き始める前に、十六歳の『かれん』同士をひっくり返すことも考えたんですが、元のカレンの性格が手遅れな上、イリアスは絶対カレンを好きになってくれないだろうなと思って、婚約した当初の十二歳からはじめました。(十六歳で急にカレンの性格が変わったところで、イリアスみたいなタイプはそう簡単には絆されない。(既に散々嫌な思いをしている&カレンの性格の悪さを熟知しているため)イリアスは一目惚れはもちろんのこと、そう簡単にひとを好きになってくれないタイプなので。信頼関係を築いて初めて、好意らしきものが出てくると思います。十六歳から始めてたら一体何年かかっていたでしょうか(^_^;)多分、好感度が「普通」になるだけで、好きにはなってくれなかったと思います)

なので、あっちの世界にいる『かれん』には悪いことしましたが、大人になれば(二十歳を迎えれば)恋愛面の四歳差はそんな大差はないかなと思って四歳差にさせてもらいました。
あっちの花蓮は今は二十歳(中身十六)ですが、大学卒業するくらいには周りの男性とも恋愛できるんじゃないかなと思います。

カレンも同じく、今は攻略対象者に対しては「イケメンなかわいい年下の男の子」の思いが強いかもしれませんが、あと二、三年したらそんな悠長なことも言ってられないと思います。(^_^;)今は十六歳の彼らも二十歳になる頃には今よりもっと男らしく格好良く素敵な男性に成長しているはずですから。



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