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60.ルベル邸①
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爽やかな風が吹き渡る木立を抜けると、今日の目的地である御屋敷が姿を表した。横に長く、広々とした丘にひとつだけ建っている外観は、まるで優雅に横たわっているように見える。白を基調として、所々に施されている紫の装飾。爽やかな青空と草原を背景に、気品がありながら、どこか悠揚とした雰囲気が漂ってくる。
馬車が止まり降り立つと、屋敷の扉がばんと勢い良く開かれた。
「お姉ちゃん!!」
アルバートが勢いよく駆けてくる。その勢いのまま、私の腰に抱きついた。
「こんにちは、アルバート様。お元気でしたか」
私は笑いながら背中に手を回す。
「うんっ!」
「よっ。道中、何事もなくたどり着けたみたいだな。我が家にようこそ」
アルバートの後ろからフェリクスが足取り軽くやってくる。けれど、馬車の扉から続いて現れた人物を見て、目を丸くしたあと、すぐにその顔をちょっと顰めた。
「お前を招待した覚えはないんだけど。イリアス」
「あの一件の礼がしたいと聞けば、俺も来ないわけにはいかないだろ」
その均整のとれた足ですくっと地面に降り立つと、イリアスが何食わぬ顔つきで言う。
「お前は身内だろ?」
「なら、余計来ないとだな」
「なんでだよ」
「俺も歓待しないと悪いだろ」
何故かいがみ合いを始める二人をよそに、私は先日の回想をしていた。
実は今日、イリアスと私のお茶会の日だったのだが、日にちを間違えてフェリクスに伝えてしまった私はイリアスに一日日にちをずらしてほしいとお願いしに行ったのだ。ついでに理由も一緒に伝えた。そしたら、イリアスが「なら、俺も行こう」と言って一緒に行くことになったのである。
「あら、イリアス君も来てくれたのね」
続いて、軽やかな柔らかい声が聞こえた。見れば、フェリクスの後ろから品の良さそうな美男美女が立っている。
「叔母上。今日は断りもなく、お伺いすることになり申し訳ありません」
「あら、イリアス君ならいつでも歓迎よ。それにその口調、もっと緩めてっていつも言ってるのに。本当、お兄様に似て真面目なんだから」
「イリ兄ちゃんも来てくれたの?!」
アルバートが、喜色満面にしてばっと顔をあげる。
「ああ、今日はよろしくな」
「うん!」
そばに寄ってきたアルバートに、イリアスが身を屈める。心なし、アルバートを見つめるその目元は穏やかだ。
へえ、イリアスも、自分と血が繋がっている可愛い従兄弟相手だと、表情も緩くなるのね。珍しいもの見ちゃった。
それにしても、「イリ兄ちゃん」に「イリアス君」だって。イリアスをそんな気安く呼べるのはこの人たちぐらいね。
相手は氷のような性格の人間なのに、呼び方ひとつで可愛く聞こえるから不思議。そんなことを思っていたら、手をぐっと取られた
「あなたがカレンさんね。お話は聞いています。私たちのアルバートを取り返してくれたそうですね」
身なりも立派な貴婦人が突然目を潤ませて、迫ってきたので私は焦った。
「いえ、大したことはしてませんから……」
「まあ、大したことじゃないなんて! 私たちにとってはアルバートを喪うことは身を引き裂かれるよりも辛いこと。そのアルバートを見つけてくださったのに、大したことじゃないなんて、万が一にも仰らないで」
「私が言ったことはそういうことじゃなくて……」
「手柄は全部あなたの息子さんたちが立てたんです」というあとの言葉は口にできなかった。なぜなら、新たな登場人物が口を開いたからだ。
「フェリクスに聞いた通り、慎み深いお嬢さんだ。あなたのような人間に救われて、我々も幸運だった」
駄目だ、こりゃ。全然、話が通じないわ。
ちょっと目が遠くなっていると、手を握っていた貴婦人がぱっと手を離した。
「私としたことが、興奮のあまりごめんなさい。自己紹介がまだだったわね。私はフェリクスとアルバートの母、マレインよ。今後とも仲良くお近づきになれたら、嬉しいわ」
「私は父親のヤンネ。改めて、礼を。――家族一同、あなたには返しきれない恩ができた。本当にありがとう」
ヤンネが頭を下げると、続いて、マレイン、そして居住まいを正したフェリクス、アルバートあとに続く。一斉に頭を下げたことで、場が神妙な空気に包まれた。
しんと静まり返るなか、感謝の気持ちが痛いほど伝わってくる。
お門違いだとわかっているのに、その真剣な気持ちに何か返さねばと、強い思いがせり上がってくる。
「顔をおあげください。私もアルバート様を助けたい気持ちは皆さんと一緒でした。だからここは、感謝する感謝されるではなく、アルバート様が今こうして無事に元気でいられることを一緒に喜びたいです。そのための集まりとして、この場に集ったということにしませんか? いえ、これは私からのお願いなので、そうさせて貰えると、有り難いです。お願いします」
私も頭を下げると、マレイン、ヤンネたちがはっとして頭をあげる気配がする。
しばらく間があったあと、肩に手を置かれた。
「ふふ。そうね、今日はカレンさんの言ったとおり、喜びの会にしましょう」
なぜだか顔をあげると、マレインとヤンネの目が潤んでいる。フェリクスは目頭を押さえて、そっぽを向いている。
「さあ、うちにあがって。歓迎するわ」
「はい!」
私は笑顔で答えた。
アルバートが私に手を繋いでくる。マレインに案内されるなか、後ろから声が聞こえた。
「イリアス君、君の両親がちょっと羨ましくなったよ」
「ほんと。今から譲る気ない?」
フェリクスの軽口が聞こえたかと思ったら――
「痛ってッ!」
叫び声が聞こえた。
「足、踏むなよ!」
盛大な文句が聞こえる。
相変わらず、仲がいいわね。私は歩きながら肩を竦める。
それにしても、「譲る」って何譲るのかしら?
まあ、親友同士にしか通じない意味合いが含まれてるんでしょうけど。
後ろから冷気が漂ってくるから、相当大事なもののようね。イリアスにしてはちょっと意外で面白いかも。今日は意外な一面が見える日ね。
「お姉ちゃん、こっち!」
アルバートが嬉しそうに手を引っ張ってくるので、私の意識はすぐに可愛い天使に移ってしまった。
馬車が止まり降り立つと、屋敷の扉がばんと勢い良く開かれた。
「お姉ちゃん!!」
アルバートが勢いよく駆けてくる。その勢いのまま、私の腰に抱きついた。
「こんにちは、アルバート様。お元気でしたか」
私は笑いながら背中に手を回す。
「うんっ!」
「よっ。道中、何事もなくたどり着けたみたいだな。我が家にようこそ」
アルバートの後ろからフェリクスが足取り軽くやってくる。けれど、馬車の扉から続いて現れた人物を見て、目を丸くしたあと、すぐにその顔をちょっと顰めた。
「お前を招待した覚えはないんだけど。イリアス」
「あの一件の礼がしたいと聞けば、俺も来ないわけにはいかないだろ」
その均整のとれた足ですくっと地面に降り立つと、イリアスが何食わぬ顔つきで言う。
「お前は身内だろ?」
「なら、余計来ないとだな」
「なんでだよ」
「俺も歓待しないと悪いだろ」
何故かいがみ合いを始める二人をよそに、私は先日の回想をしていた。
実は今日、イリアスと私のお茶会の日だったのだが、日にちを間違えてフェリクスに伝えてしまった私はイリアスに一日日にちをずらしてほしいとお願いしに行ったのだ。ついでに理由も一緒に伝えた。そしたら、イリアスが「なら、俺も行こう」と言って一緒に行くことになったのである。
「あら、イリアス君も来てくれたのね」
続いて、軽やかな柔らかい声が聞こえた。見れば、フェリクスの後ろから品の良さそうな美男美女が立っている。
「叔母上。今日は断りもなく、お伺いすることになり申し訳ありません」
「あら、イリアス君ならいつでも歓迎よ。それにその口調、もっと緩めてっていつも言ってるのに。本当、お兄様に似て真面目なんだから」
「イリ兄ちゃんも来てくれたの?!」
アルバートが、喜色満面にしてばっと顔をあげる。
「ああ、今日はよろしくな」
「うん!」
そばに寄ってきたアルバートに、イリアスが身を屈める。心なし、アルバートを見つめるその目元は穏やかだ。
へえ、イリアスも、自分と血が繋がっている可愛い従兄弟相手だと、表情も緩くなるのね。珍しいもの見ちゃった。
それにしても、「イリ兄ちゃん」に「イリアス君」だって。イリアスをそんな気安く呼べるのはこの人たちぐらいね。
相手は氷のような性格の人間なのに、呼び方ひとつで可愛く聞こえるから不思議。そんなことを思っていたら、手をぐっと取られた
「あなたがカレンさんね。お話は聞いています。私たちのアルバートを取り返してくれたそうですね」
身なりも立派な貴婦人が突然目を潤ませて、迫ってきたので私は焦った。
「いえ、大したことはしてませんから……」
「まあ、大したことじゃないなんて! 私たちにとってはアルバートを喪うことは身を引き裂かれるよりも辛いこと。そのアルバートを見つけてくださったのに、大したことじゃないなんて、万が一にも仰らないで」
「私が言ったことはそういうことじゃなくて……」
「手柄は全部あなたの息子さんたちが立てたんです」というあとの言葉は口にできなかった。なぜなら、新たな登場人物が口を開いたからだ。
「フェリクスに聞いた通り、慎み深いお嬢さんだ。あなたのような人間に救われて、我々も幸運だった」
駄目だ、こりゃ。全然、話が通じないわ。
ちょっと目が遠くなっていると、手を握っていた貴婦人がぱっと手を離した。
「私としたことが、興奮のあまりごめんなさい。自己紹介がまだだったわね。私はフェリクスとアルバートの母、マレインよ。今後とも仲良くお近づきになれたら、嬉しいわ」
「私は父親のヤンネ。改めて、礼を。――家族一同、あなたには返しきれない恩ができた。本当にありがとう」
ヤンネが頭を下げると、続いて、マレイン、そして居住まいを正したフェリクス、アルバートあとに続く。一斉に頭を下げたことで、場が神妙な空気に包まれた。
しんと静まり返るなか、感謝の気持ちが痛いほど伝わってくる。
お門違いだとわかっているのに、その真剣な気持ちに何か返さねばと、強い思いがせり上がってくる。
「顔をおあげください。私もアルバート様を助けたい気持ちは皆さんと一緒でした。だからここは、感謝する感謝されるではなく、アルバート様が今こうして無事に元気でいられることを一緒に喜びたいです。そのための集まりとして、この場に集ったということにしませんか? いえ、これは私からのお願いなので、そうさせて貰えると、有り難いです。お願いします」
私も頭を下げると、マレイン、ヤンネたちがはっとして頭をあげる気配がする。
しばらく間があったあと、肩に手を置かれた。
「ふふ。そうね、今日はカレンさんの言ったとおり、喜びの会にしましょう」
なぜだか顔をあげると、マレインとヤンネの目が潤んでいる。フェリクスは目頭を押さえて、そっぽを向いている。
「さあ、うちにあがって。歓迎するわ」
「はい!」
私は笑顔で答えた。
アルバートが私に手を繋いでくる。マレインに案内されるなか、後ろから声が聞こえた。
「イリアス君、君の両親がちょっと羨ましくなったよ」
「ほんと。今から譲る気ない?」
フェリクスの軽口が聞こえたかと思ったら――
「痛ってッ!」
叫び声が聞こえた。
「足、踏むなよ!」
盛大な文句が聞こえる。
相変わらず、仲がいいわね。私は歩きながら肩を竦める。
それにしても、「譲る」って何譲るのかしら?
まあ、親友同士にしか通じない意味合いが含まれてるんでしょうけど。
後ろから冷気が漂ってくるから、相当大事なもののようね。イリアスにしてはちょっと意外で面白いかも。今日は意外な一面が見える日ね。
「お姉ちゃん、こっち!」
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