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53.落ちてきた花瓶

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ガッシャン!!!

私はすぐさま音がした背後を振り返った。
ついさっきまで私がいた場所。
そこに花瓶らしきものが粉々になって、砕け散っていた。
私は反射的に上を見上げる。
三階の窓。外はねの肩までの長さの髪の女の子が一瞬窓際をかすめた。
あれって……!
ガブリエラじゃない!?
絶対見間違いなんかじゃない。ゲームで何度も見たもの。あの髪の切りそろえかたといい、髪の色といい。
私は落ちた花瓶に目をやった。
粉々になった陶器の欠片。散らばった量と、形を残した首の部分から大きさがだいだい推測できる。
あのまま突っ立っていたら、間違いなく頭に直撃して即死してたかも。
体からさあっと血の気が引いていく。
水が染み込んで、じわじわと黒く変色していく地面。
まるで不吉な予感を象徴しているようで、肌がぞわりと粟立った。
綺麗な咲いた白い百合と対比して、一層不気味だ。

「……わたし、……もしかして、……とんでもなくやばいんじゃ――」

本来ヒロインが位置する場所に、私がおさまってしまったことによって、ガブリエラにライバル認定されてしまった。

「でも、どうして? 『カレン』はいないのに――」

カレンに唆されて、ヒロインを虐めたんじゃないの? ガブリエラひとりでこんな恐ろしいことをしたとは信じたくない。
誰かに唆された? それとも、カレンに唆されたなんて本当は建前で、ガブリエラひとりで本当は実行できたとしたら? 
それが真実ならとんでもなく『カレン』以上に悪女ということになる。
弱いフリして、同情を誘う涙流して、カレンを利用して。
カレンに全ての罪をなすりつけておいて、裏では大したお咎めなしなことを喜んでほくそ笑んでいたとしたら――。
もしそれが事実なら許せない。とんでもなく、卑怯だわ。思わず拳をぎゅっと握る。カレンがあまりに哀れだ。
でもまだわからない。私はすぐに首を振る。
早急に決断をくだすには、情報が少なすぎる。
とりあえず、まずは身の危険を避けることが優先よね。
ゲームではヒロイン、どうしてたっけ。
ライバル令嬢から苛めが続くと、ヒロインはストレスが溜まって学園を一週間休学するシステムだった。その間に学園の行事と重なると、もちろん攻略対象者とのイベントも発生しないし、スチルもゲットできない。
攻略対象者に熱をあげる乙女たちにとっては、何が何でも避けたい道。ちなみにそれが六回重なると、学園を退学することになり、ゲームオーバーとなる。そんなエンドを迎えた日には悔し涙を流すどころじゃない。思わず、頭を抱えて地団駄を踏んでしまう。
しかし、そうならないための解決法もちゃんと用意されている。それは占いの館で売っている秘密アイテムを入手すること。
〈身代わり人形〉、〈ユニコーンの角笛〉、〈聖女の護符〉がそれである。
〈身代わり人形〉とはその名の通り、危険を引き受けてくれる人形のこと。これがあれば、階段から突き落とされても無傷でいられる。ただし、効果は一回だけ。
〈ユニコーンの角笛〉は危険なものを感知すると、音が鳴って知らせてくれるもの。実質あまり役には立たないけど、事前に知ることができるせいか、ライバル令嬢からいじめられても、ストレスが上がる値が小さくなる。
そして、一番最強なのが〈聖女の護符〉。これがあれば、嫌がらせが一切起きなくなるのだ。
本当にこんなものがあるのかどうか疑わしいけど、今は藁にもすがりたい思い。
だって、自分の命がかかってるんだもの。
こんな花瓶を頭に落とすなんて、冗談でも許せない。
あと少し遅かったらこの世にいなかったかと思うとぞっとする。
どうしてエーリックから好かれてしまったのかわからないけど、ガブリエラが危険な存在になってしまったのは、否定しがたい事実。
自分の身を守るのは、自分しかいないのだ。
私は午後の授業も気もそぞろに受けたその足で、占いの館へと直行したのだった。


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