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38.翌日①
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翌日、学校は地下組織壊滅の話題でもちきりとなっていた。
情報通の生徒によって、瞬く間に広まったらしい。イリアスとフェリクスの活躍ぶりを、多少脚色を含め、手振り身振りで説明している。さも自分がやっつけたかのように得意満面である。それを取り囲む生徒たちも興味津々だ。
あなた、あの時、現場にいましたっけ?
私は思わず、首を捻る。
一連の出来事を誰もが話題としているせいで、普段静かな学園の空気がざわついている。
しかし、当の本人たちの周りはこの比ではないみたい。
イリアスとフェリクスは、女子からは黄色い歓声を浴び、男子からは尊敬の眼差しを注がれ、抜け出る隙がないほど囲まれている。行く先行く先、好奇心むき出しの生徒たちにおいかけ回され、さながら金魚のフンのよう。
一方、私の周りはというと、閑古鳥がさっきから鳴りっぱなしだ。
ちょっと、皆さん、私にも聞いてちょうだい。事件の詳細なら私も話せるわ。
背筋を伸ばして、いつでも訊かれる準備万端なのに、さっきから誰も話しかけてこない。
私があの場にいたことは知らないから仕方ないとしても、せめてその輪に入りたい。
うう、寂しい。
やっぱりこの見た目かしら。
自分ではけっこう可愛いと思うんだけど、周りからはやっぱり悪女にしか見えないのかしら。
あまりに凶悪な見た目に、遠巻きにされてるのかしら。
ああ! 悲しいかな、見た目だけはどうすることもできないのよ。
いくら性格は『ゲームのカレン』じゃなくなっても、周りはそう見てくれないのね。このままずっと『悪女カレン』のまま行くのかしら。
物思いに沈んだせいで、私は周りをよく見ていなかった。
「カーレン」
「きゃっ!」
窓辺に立っていた私の目の前に突然ユーリウスが現れた。
「びっくりした――」
「なにしてんの、こんなところで」
「べ、べつに何もしてないわ。景色を見ていただけ」
「ふーん」
ユーリウスがちらっと窓の下に目線をやる。
私達がいるのは三階。窓からは生徒たちに囲まれ外を行くイリアスの姿が見える。
「あいつのこと、好きなの?」
「え?」
私は驚いて、窓からユーリウスへと視線を向ける。
ユーリウスは体をこっちに向け、壁に頭と肩を寄っかからせている。腕を組んでこちらを見ているけど、雰囲気がいつもと違う。口は薄く笑っているけど、目は私の一瞬の感情の変化も見逃さないように光っているように見えた。
イケメンの威圧感にちょっと、ドキドキしながら私は答える。
「あいつって、イリアス様のこと?」
「そう」
「う~ん――」
そんなこと訊かれたのは初めてだわ。私は腕組してちょっと考える。
イリアスを好きねえ……。
顔も頭脳も剣の腕も非の打ち所がない。確かに格好いい。みんながきゃあきゃあ言うのも頷ける。
私もそんなふうに騒げたらいいんだけど、その前に恐怖がやってくる。
その恐怖を取り除いて、ちょっと考える。
向こうの世界で、プレイしていたときは幾度となくドキドキしていた。好きかと言われれば間違いなく「好き」だと答えるけど、ユーリウスの訊く『好き』とは違う気がする。恋愛のそれじゃなくて、テレビ画面の向こうのアイドルに対して、憧れているのに近いかも。
恋なんてまだしたことないけど、『恋』って相手の姿が見えなくても始終その人のことが頭から離れなかったり、その人の側にいるだけでドキドキキュンキュンが止まらなくなったりするものじゃないかしら。
以前、誰かがそんなことを言っていた。私はそれを聞いて、いつか自分もそんな恋に落ちてみたいと思ったのを覚えている。
「普通に尊敬してるし、好きだと思う。だけど、男の人としての『好き』とは違うかな……」
私は正直に答える。
「婚約者なのに?」
「婚約者になったら、みんなその人のことを好きになるの?」
婚約者になっただけで、好きになってくれるなら、イリアスにこんな苦労してないわよ。
私が答えると、ユーリウスがふっと軽く吹き出した。さっきまでの空気は消え、柔らかいものに変わる。
「確かに。――答えが聞けて良かった。これで心置きなく、動けるよ」
「どういう意味?」
「俺とあいつは大差ないってこと。まあ、この勝負、俺が勝つと思うけどね」
ますますわからない。私が首を捻っていると、ユーリウスが話題を変えた。
「ああ、そうだ。カレン。今度の休み、うちに招待したいけど、来れる?」
「あなたの家に?」
「そ」
「ごめんなさい。今、お父様から外出禁止令がでてるの」
「外出禁止令? 何かあった?」
ユーリウスが姿勢を正し、ちょっと心配そうに訊いてくる。
「ちょっと令嬢らしくないことをしちゃって、その罰ってわけ」
私が肩を竦めてみせると、ユーリウスがほっとしてちょっと目を丸くしてから、笑った。
「あはは、なにそれ。カレンらしい。なにやったの?」
笑い事じゃないわ。他人事だと思って。
私はちょっと頬を膨らませる。
「笑ったからもう言わない。言ったらもっと馬鹿にされそうだもの」
「馬鹿になんかしないよ。――――俺は、どんなカレンも好きだよ」
後半は、私を見据えて、ちょっと低い声で呟く。
や、やめてよ。真剣な表情にドキッとしてしまうわ。
また人をからかってるんでしょ。この色男め。
私は無視することに決めた。
「そんなことより私を家に招待したいなんて、どうして?」
「――手強いな」
ふふーん、そう何度も同じ手は食わないわ。
からかいたいならほかを当たりなさい。
私がにんまり笑ったのを見て、ユーリウスがくすりと笑う。
「そんな可愛い顔してると、連れ去りたくなるんだけど」
壁に頭をもたせながら、再び腕を組んだユーリウスがおかしそうに笑う。
「なっ!」
油断していたところに、奇襲攻撃を受け私の心臓が跳ねた。
ユーリウスのほうが一枚上手だったわ!
「またひとをからかって! これ以上からかうつもりなら、話はもうこれで打ち切りよ。向こう行って」
「からかったわけじゃないんだけど――。ごめん、カレン。機嫌治して」
天下のフェレール家の人間に謝らせるなんて、悪女じゃなきゃできない技ね。
「まったくもう。――それで、どうして私を招待したいのよ」
ユーリウスも切り替えて、真面目な顔つきになった。
「初めて出会った時、カレンが俺を祖父さんのとこまで、案内してくれただろ。その話は当時からもうしてあったんだけど、その子と再会したって言ったら、みんなカレンに会いたがってさ。父さんと母さんは、あんたにお礼を言いたいらしく、祖父さんもあんたがどんな子か知りたいから、連れてこいって」
「お礼なんていいのに。同じ状況だったら誰だって同じことをしたわよ。そんなことでわざわざ感謝されたら逆に気がひけるっていうか――。身分の高い人たちに会うのも緊張するし――」
遠慮する、と言おうとしたところで、遮られた。
「そんなこと言わないで。あれ以来ずっと、俺たち家族を助けてくれた子を、父さんも母さんも気にかけてたんだ。ようやく見つかったって聞いて、本当に喜んでる。会えないなんて知ったらがっがりするよ。人助けだと思って会いにきてよ、ね」
親を思う気持ちは痛いほどよくわかる。
ユーリウスは幼い頃苦労してる分、両親を想う気持ちは人一倍強いに違いない。そんな彼の願いを聞き届けたいと思うのは自然の流れだった。
「うん、わかった。そこまで言うなら会いに行くわ」
「本当? 良かった」
ユーリウスがぱっと瞳を輝かせた。
ちょっと性格に癖はあるけど、両親を大切にする良い子なのよねと、微笑ましい気持ちになる。
「じゃあ、伺うのは外出禁止が解かれた一ヶ月後の最初の休みでかまわない?」
「うん、大丈夫。うちからも招待状出しておくよ」
「うん、わかったわ」
「あー、それにしても一ヶ月外出禁止なら、寄り道も駄目ってことか」
「そうなのよ」
私は眉を下げる。
「残念。今日、放課後誘おうと思ってたのに」
「私も残念。また誘って」
この間の寄り道、いろんな物が見れて楽しかったし、今度はジェラートなんか食べ行くのもいいかも。
「言われなくても、喜んで誘うよ。とりあえず、約束は取り付けられたし、これでよしとするよ。それじゃまた」
ユーリウスが去っていく。
私はその背を見送っていたとき――。
「ちょっとあなたたち!! イリアス様に近付き過ぎよ!」
ユーリウスの姿が廊下の先に消えると同時に、キンキン声が耳にはいってきた。
「離れなさい! あなたたちみたいな下世話な人間が気安く触れられる相手ではなくてよ!」
下を見れば、さっきは距離があったイリアスたちが真下にやって来ていた。声の主はミレイア。
イリアスを追っかけている生徒たちに目を尖らせ、びしっと指差す。
「ちょっとあなた! イリアス様が困っているのにも気づかず、そんな近くに図々しく近付いて! 下がりなさい!」
一番近くにいた女子生徒を突き飛ばして、間に分け入る。
そして、その勢いでちゃっかりとイリアスの腕にべったりとくっ付いた。
ええ!? あなた、今自分が言ったことと同じことしてない?
私はちょっと驚いて、一行を観察してしまう。
突き飛ばされた女子生徒や周りにいた生徒たちはどうしていいかわからず困惑気味。対して、ミレイアはそんな彼らを馬鹿にするように鼻で笑う。
ああ、そっか。彼女の言う『下世話な人間』に自分は含まれていないから、自分はお触りオッケーなのよ!ってことね。
状況が読めたわ。
それにしてもミレイアって子、あんなに周りを敵に回すようなことして大丈夫かしら。
「イリアス様が何もおっしゃらないから、彼らもつけあがってしまうんですわ。でもこのミレイアがいる限り、ご安心してくださいませ。気高く、誉れ高いイリアス様に下賤な者たちを決して近付けさせませんから! おーほっほっほ」
腕をぎゅうっと絡ませながら、イリアスに向かって胸を張って言う。
対してイリアスは氷の膜が張ったよう冷めた目線を向けている。
「離れてくれないか」
「ほら、あなたたち! イリアス様も離れてくれっておっしゃってるじゃない!」
いや、今の台詞あなたに言ったんだと思うんだけど……。
それにしても、イリアスの冷たい視線を受けてひるまないなんて、メンタルが強いのね。
それとも鈍感なのかしら。
ある意味、羨ましい性格ね。
イリアスがはあと溜め息を吐いた。
「君に言ってる。離せ」
イリアスが力を入れて、腕を引き抜く。
「あんっ」
ミレイアがよろけた隙にさっと背を向け、何事もなかったかのようにその場をあとにする。
「待って! イリアス様っ」
ミレイアが追いかけようと足を踏み出そうとした。だが、その前に何か思い立ったのか、くるりと振り返り、生徒たちに向き直る。
「いいこと、あなたたち! 今後気安くイリアス様に近付かないでちょうだい!」
「でも、あなたは? あなただって近付いてるじゃない」
女子生徒のひとりが、不服そうに言う。
「はっ。あなたのような一般貴族と、わたくしを一緒にしないでちょうだい! わたくしのお祖母様は王太后様の乳姉妹であり、小さい頃から仲良く育ったのよ。そしてお母様は王妃様のお茶友達。財力だって、この国の貴族の中で十指に入るお家柄。そこらへんの貴族と一緒にしてもらったら困るわ!」
腰に手をあて、ふんぞり返るくらいに顎を上向かせる。
言われた女子生徒は、何も言い返すこともできずに閉口する。
「ふん。わかったら、今後イリアス様に半径五メートル以内に近付かないでちょうだい」
睥睨して、スカートをひらりと翻し、イリアスが向かった先に消えていく。
あとには空気が悪くなってしまった一団が残された。
「金持ちだからって、偉そうに」
中のひとりがぼそっと吐き出す。
「仕方ないわよ。彼女より偉そうに振る舞える女子生徒がほかにいないんだもの」
もうひとりが宥めすかす。
「そうよね。でも悔しい! 公爵家には女子はいないし、王女様もまだ幼いから、この学園に入学するのはまだまだ先の話だし。あー。ってことは、この学園はあの女の天下ってことじゃない?」
「しっ!」
嘆く生徒の口を、ほかの女子生徒が慌てて人差し指で止める。
「あの女の取り巻きがどこにいるかわからないわ。告げ口されたら、どんな意地悪をされるかわからないんだから、言葉には気をつけないと」
止められた生徒は肩をすくませた。
「ありがとう。うっかりしてたわ」
「いいのよ。私たちは仲良くやりましょう」
「そうよ。イリアス様をお慕いする気持ちは、私たちだって、負けないんだから」
「うんうん。そうよね。それにしても、本当格好良いよね~」
「昨日の話、お聞きしたかったけど、全然教えてくれないんだもの」
「『特別なことはしていない。当たり前のことをしただけだ』って」
ひとりの生徒が声真似をすると、周りが「きゃー」と声をあげる。
さっきまでの悪かった空気はどこ吹く風。恋する乙女達によって途端に雰囲気が賑やかで浮き立ったものに変わった。
女の子って、強いわね。
私は明るさを取り戻した彼女たちに笑みを浮かべる。
いや、正確には推しが強いと言うべきか。好きなものがあるだけで、途端に元気になれるパワー。
私はミレイアが歩き去った方角に目に向けた。
彼女の姿はもう見えない。
彼女のちょっと――というか大分?―――押し付けがましい態度も周りを牽制する姿も、イリアスを想う気持ちが溢れてのこと。
向かう方向が人それぞれ違うにせよ、恋が生み出す力ってすごいなあと感じる。
私もいつかこの世界で、好きになれる人が現れるかしらと、恋に騒ぐ彼女たちを見ながら思ったのだった。
情報通の生徒によって、瞬く間に広まったらしい。イリアスとフェリクスの活躍ぶりを、多少脚色を含め、手振り身振りで説明している。さも自分がやっつけたかのように得意満面である。それを取り囲む生徒たちも興味津々だ。
あなた、あの時、現場にいましたっけ?
私は思わず、首を捻る。
一連の出来事を誰もが話題としているせいで、普段静かな学園の空気がざわついている。
しかし、当の本人たちの周りはこの比ではないみたい。
イリアスとフェリクスは、女子からは黄色い歓声を浴び、男子からは尊敬の眼差しを注がれ、抜け出る隙がないほど囲まれている。行く先行く先、好奇心むき出しの生徒たちにおいかけ回され、さながら金魚のフンのよう。
一方、私の周りはというと、閑古鳥がさっきから鳴りっぱなしだ。
ちょっと、皆さん、私にも聞いてちょうだい。事件の詳細なら私も話せるわ。
背筋を伸ばして、いつでも訊かれる準備万端なのに、さっきから誰も話しかけてこない。
私があの場にいたことは知らないから仕方ないとしても、せめてその輪に入りたい。
うう、寂しい。
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自分ではけっこう可愛いと思うんだけど、周りからはやっぱり悪女にしか見えないのかしら。
あまりに凶悪な見た目に、遠巻きにされてるのかしら。
ああ! 悲しいかな、見た目だけはどうすることもできないのよ。
いくら性格は『ゲームのカレン』じゃなくなっても、周りはそう見てくれないのね。このままずっと『悪女カレン』のまま行くのかしら。
物思いに沈んだせいで、私は周りをよく見ていなかった。
「カーレン」
「きゃっ!」
窓辺に立っていた私の目の前に突然ユーリウスが現れた。
「びっくりした――」
「なにしてんの、こんなところで」
「べ、べつに何もしてないわ。景色を見ていただけ」
「ふーん」
ユーリウスがちらっと窓の下に目線をやる。
私達がいるのは三階。窓からは生徒たちに囲まれ外を行くイリアスの姿が見える。
「あいつのこと、好きなの?」
「え?」
私は驚いて、窓からユーリウスへと視線を向ける。
ユーリウスは体をこっちに向け、壁に頭と肩を寄っかからせている。腕を組んでこちらを見ているけど、雰囲気がいつもと違う。口は薄く笑っているけど、目は私の一瞬の感情の変化も見逃さないように光っているように見えた。
イケメンの威圧感にちょっと、ドキドキしながら私は答える。
「あいつって、イリアス様のこと?」
「そう」
「う~ん――」
そんなこと訊かれたのは初めてだわ。私は腕組してちょっと考える。
イリアスを好きねえ……。
顔も頭脳も剣の腕も非の打ち所がない。確かに格好いい。みんながきゃあきゃあ言うのも頷ける。
私もそんなふうに騒げたらいいんだけど、その前に恐怖がやってくる。
その恐怖を取り除いて、ちょっと考える。
向こうの世界で、プレイしていたときは幾度となくドキドキしていた。好きかと言われれば間違いなく「好き」だと答えるけど、ユーリウスの訊く『好き』とは違う気がする。恋愛のそれじゃなくて、テレビ画面の向こうのアイドルに対して、憧れているのに近いかも。
恋なんてまだしたことないけど、『恋』って相手の姿が見えなくても始終その人のことが頭から離れなかったり、その人の側にいるだけでドキドキキュンキュンが止まらなくなったりするものじゃないかしら。
以前、誰かがそんなことを言っていた。私はそれを聞いて、いつか自分もそんな恋に落ちてみたいと思ったのを覚えている。
「普通に尊敬してるし、好きだと思う。だけど、男の人としての『好き』とは違うかな……」
私は正直に答える。
「婚約者なのに?」
「婚約者になったら、みんなその人のことを好きになるの?」
婚約者になっただけで、好きになってくれるなら、イリアスにこんな苦労してないわよ。
私が答えると、ユーリウスがふっと軽く吹き出した。さっきまでの空気は消え、柔らかいものに変わる。
「確かに。――答えが聞けて良かった。これで心置きなく、動けるよ」
「どういう意味?」
「俺とあいつは大差ないってこと。まあ、この勝負、俺が勝つと思うけどね」
ますますわからない。私が首を捻っていると、ユーリウスが話題を変えた。
「ああ、そうだ。カレン。今度の休み、うちに招待したいけど、来れる?」
「あなたの家に?」
「そ」
「ごめんなさい。今、お父様から外出禁止令がでてるの」
「外出禁止令? 何かあった?」
ユーリウスが姿勢を正し、ちょっと心配そうに訊いてくる。
「ちょっと令嬢らしくないことをしちゃって、その罰ってわけ」
私が肩を竦めてみせると、ユーリウスがほっとしてちょっと目を丸くしてから、笑った。
「あはは、なにそれ。カレンらしい。なにやったの?」
笑い事じゃないわ。他人事だと思って。
私はちょっと頬を膨らませる。
「笑ったからもう言わない。言ったらもっと馬鹿にされそうだもの」
「馬鹿になんかしないよ。――――俺は、どんなカレンも好きだよ」
後半は、私を見据えて、ちょっと低い声で呟く。
や、やめてよ。真剣な表情にドキッとしてしまうわ。
また人をからかってるんでしょ。この色男め。
私は無視することに決めた。
「そんなことより私を家に招待したいなんて、どうして?」
「――手強いな」
ふふーん、そう何度も同じ手は食わないわ。
からかいたいならほかを当たりなさい。
私がにんまり笑ったのを見て、ユーリウスがくすりと笑う。
「そんな可愛い顔してると、連れ去りたくなるんだけど」
壁に頭をもたせながら、再び腕を組んだユーリウスがおかしそうに笑う。
「なっ!」
油断していたところに、奇襲攻撃を受け私の心臓が跳ねた。
ユーリウスのほうが一枚上手だったわ!
「またひとをからかって! これ以上からかうつもりなら、話はもうこれで打ち切りよ。向こう行って」
「からかったわけじゃないんだけど――。ごめん、カレン。機嫌治して」
天下のフェレール家の人間に謝らせるなんて、悪女じゃなきゃできない技ね。
「まったくもう。――それで、どうして私を招待したいのよ」
ユーリウスも切り替えて、真面目な顔つきになった。
「初めて出会った時、カレンが俺を祖父さんのとこまで、案内してくれただろ。その話は当時からもうしてあったんだけど、その子と再会したって言ったら、みんなカレンに会いたがってさ。父さんと母さんは、あんたにお礼を言いたいらしく、祖父さんもあんたがどんな子か知りたいから、連れてこいって」
「お礼なんていいのに。同じ状況だったら誰だって同じことをしたわよ。そんなことでわざわざ感謝されたら逆に気がひけるっていうか――。身分の高い人たちに会うのも緊張するし――」
遠慮する、と言おうとしたところで、遮られた。
「そんなこと言わないで。あれ以来ずっと、俺たち家族を助けてくれた子を、父さんも母さんも気にかけてたんだ。ようやく見つかったって聞いて、本当に喜んでる。会えないなんて知ったらがっがりするよ。人助けだと思って会いにきてよ、ね」
親を思う気持ちは痛いほどよくわかる。
ユーリウスは幼い頃苦労してる分、両親を想う気持ちは人一倍強いに違いない。そんな彼の願いを聞き届けたいと思うのは自然の流れだった。
「うん、わかった。そこまで言うなら会いに行くわ」
「本当? 良かった」
ユーリウスがぱっと瞳を輝かせた。
ちょっと性格に癖はあるけど、両親を大切にする良い子なのよねと、微笑ましい気持ちになる。
「じゃあ、伺うのは外出禁止が解かれた一ヶ月後の最初の休みでかまわない?」
「うん、大丈夫。うちからも招待状出しておくよ」
「うん、わかったわ」
「あー、それにしても一ヶ月外出禁止なら、寄り道も駄目ってことか」
「そうなのよ」
私は眉を下げる。
「残念。今日、放課後誘おうと思ってたのに」
「私も残念。また誘って」
この間の寄り道、いろんな物が見れて楽しかったし、今度はジェラートなんか食べ行くのもいいかも。
「言われなくても、喜んで誘うよ。とりあえず、約束は取り付けられたし、これでよしとするよ。それじゃまた」
ユーリウスが去っていく。
私はその背を見送っていたとき――。
「ちょっとあなたたち!! イリアス様に近付き過ぎよ!」
ユーリウスの姿が廊下の先に消えると同時に、キンキン声が耳にはいってきた。
「離れなさい! あなたたちみたいな下世話な人間が気安く触れられる相手ではなくてよ!」
下を見れば、さっきは距離があったイリアスたちが真下にやって来ていた。声の主はミレイア。
イリアスを追っかけている生徒たちに目を尖らせ、びしっと指差す。
「ちょっとあなた! イリアス様が困っているのにも気づかず、そんな近くに図々しく近付いて! 下がりなさい!」
一番近くにいた女子生徒を突き飛ばして、間に分け入る。
そして、その勢いでちゃっかりとイリアスの腕にべったりとくっ付いた。
ええ!? あなた、今自分が言ったことと同じことしてない?
私はちょっと驚いて、一行を観察してしまう。
突き飛ばされた女子生徒や周りにいた生徒たちはどうしていいかわからず困惑気味。対して、ミレイアはそんな彼らを馬鹿にするように鼻で笑う。
ああ、そっか。彼女の言う『下世話な人間』に自分は含まれていないから、自分はお触りオッケーなのよ!ってことね。
状況が読めたわ。
それにしてもミレイアって子、あんなに周りを敵に回すようなことして大丈夫かしら。
「イリアス様が何もおっしゃらないから、彼らもつけあがってしまうんですわ。でもこのミレイアがいる限り、ご安心してくださいませ。気高く、誉れ高いイリアス様に下賤な者たちを決して近付けさせませんから! おーほっほっほ」
腕をぎゅうっと絡ませながら、イリアスに向かって胸を張って言う。
対してイリアスは氷の膜が張ったよう冷めた目線を向けている。
「離れてくれないか」
「ほら、あなたたち! イリアス様も離れてくれっておっしゃってるじゃない!」
いや、今の台詞あなたに言ったんだと思うんだけど……。
それにしても、イリアスの冷たい視線を受けてひるまないなんて、メンタルが強いのね。
それとも鈍感なのかしら。
ある意味、羨ましい性格ね。
イリアスがはあと溜め息を吐いた。
「君に言ってる。離せ」
イリアスが力を入れて、腕を引き抜く。
「あんっ」
ミレイアがよろけた隙にさっと背を向け、何事もなかったかのようにその場をあとにする。
「待って! イリアス様っ」
ミレイアが追いかけようと足を踏み出そうとした。だが、その前に何か思い立ったのか、くるりと振り返り、生徒たちに向き直る。
「いいこと、あなたたち! 今後気安くイリアス様に近付かないでちょうだい!」
「でも、あなたは? あなただって近付いてるじゃない」
女子生徒のひとりが、不服そうに言う。
「はっ。あなたのような一般貴族と、わたくしを一緒にしないでちょうだい! わたくしのお祖母様は王太后様の乳姉妹であり、小さい頃から仲良く育ったのよ。そしてお母様は王妃様のお茶友達。財力だって、この国の貴族の中で十指に入るお家柄。そこらへんの貴族と一緒にしてもらったら困るわ!」
腰に手をあて、ふんぞり返るくらいに顎を上向かせる。
言われた女子生徒は、何も言い返すこともできずに閉口する。
「ふん。わかったら、今後イリアス様に半径五メートル以内に近付かないでちょうだい」
睥睨して、スカートをひらりと翻し、イリアスが向かった先に消えていく。
あとには空気が悪くなってしまった一団が残された。
「金持ちだからって、偉そうに」
中のひとりがぼそっと吐き出す。
「仕方ないわよ。彼女より偉そうに振る舞える女子生徒がほかにいないんだもの」
もうひとりが宥めすかす。
「そうよね。でも悔しい! 公爵家には女子はいないし、王女様もまだ幼いから、この学園に入学するのはまだまだ先の話だし。あー。ってことは、この学園はあの女の天下ってことじゃない?」
「しっ!」
嘆く生徒の口を、ほかの女子生徒が慌てて人差し指で止める。
「あの女の取り巻きがどこにいるかわからないわ。告げ口されたら、どんな意地悪をされるかわからないんだから、言葉には気をつけないと」
止められた生徒は肩をすくませた。
「ありがとう。うっかりしてたわ」
「いいのよ。私たちは仲良くやりましょう」
「そうよ。イリアス様をお慕いする気持ちは、私たちだって、負けないんだから」
「うんうん。そうよね。それにしても、本当格好良いよね~」
「昨日の話、お聞きしたかったけど、全然教えてくれないんだもの」
「『特別なことはしていない。当たり前のことをしただけだ』って」
ひとりの生徒が声真似をすると、周りが「きゃー」と声をあげる。
さっきまでの悪かった空気はどこ吹く風。恋する乙女達によって途端に雰囲気が賑やかで浮き立ったものに変わった。
女の子って、強いわね。
私は明るさを取り戻した彼女たちに笑みを浮かべる。
いや、正確には推しが強いと言うべきか。好きなものがあるだけで、途端に元気になれるパワー。
私はミレイアが歩き去った方角に目に向けた。
彼女の姿はもう見えない。
彼女のちょっと――というか大分?―――押し付けがましい態度も周りを牽制する姿も、イリアスを想う気持ちが溢れてのこと。
向かう方向が人それぞれ違うにせよ、恋が生み出す力ってすごいなあと感じる。
私もいつかこの世界で、好きになれる人が現れるかしらと、恋に騒ぐ彼女たちを見ながら思ったのだった。
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