❲完結❳乙女ゲームの世界に憑依しました! ~死ぬ運命の悪女はゲーム開始前から逆ハールートに突入しました~

四つ葉菫

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22.帰り道

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私はイリアスに引っ張られるまま、ペルトサーク家の馬車の前まで連れてこられた。

「ドロノア家まで行ってほしい。彼女を送っていく。それと、彼女の家の馭者にもそう伝えてくれ」

待っていた馭者に伝えて、イリアスが馬車の扉を開く。同意を得ることもなく、無言で私を馬車に乗り込ませる。
後ろに続いたイリアスがどさりと腰を下ろす。
私も戸惑いながら席に座った。

「…………」

「……」

沈黙があたりを漂う。我が家の馭者トマスに伝え終わったのか、馭者が戻ってきて馬車が走り出した。
私はちらっとイリアスを伺った。
むかえの席に座ったイリアスが、不機嫌なオーラを漂わせ、こちらをじっと見てくる。
怖い!!
あの~何をそんなに怒ってらっしゃるのでしょうか?
確かにユーリウスとは良好とは言えないやり取りだったけど、それをまだ引きずってこっちにまで向けてくるなんて、八つ当たりもいいところよ。
ああ。なんて運が悪い。ライバルになる運命のユーリウスとイリアスが出くわすところにたまたま居合わせるなんて。
あれ? っていうか、そもそもなんであんなところにイリアスが?
帰り道とは外れているし、何もない校舎裏になんて用があるはずもない。
もしかして私を探していたとか?
でも何で? もしかして一緒に帰ろうとしてくれたとか? 
いやいやそれはない。イリアスが婚約者としての義理を果たそうとするような殊勝な性格ではないことは私がよくわかっている。その上、基本人を甘やかすようなことをしない、己にも他人にも厳しい一本気で筋の通った人だ。
そんな真面目で正義感をもった人だから、ヒロインに恋に落ちた時にたまに見せるデレ姿はぐっとくるものがある。
だから間違っても、私相手に『一緒に帰ろう』なんて言いに来るわけがない。
これは別の理由があるはず。
考えてすぐに、頭に閃くものがあった。
そうだ! これはきっと私に忠告しに来たんだわ。これから学園で嫌でも一緒に過ごすわけだから、今後一切学園で話しかけるなと、言いに来たに違いない。入学初日から、先手を打ちに来たってわけね。
ええ、ええ。言われなくても近づかないわよ。私だって自分と家族が大事なだもの。間違っても、将来断罪されてお父様とお兄様を不幸にさせることはしないわ。
私がふんすふんすと、鼻息を荒くしたところで、イリアスが第一声を放った。

「あの男とは知り合いか?」

思考から抜け出して、イリアスを見る。イリアスは腕と足を両方組んで、こちらを見据えている。無言の圧力に屈して、私の口は勝手に開く。

「ユーリウス? ええ、知ってるわ」

「名前で呼ぶほど親しいのか」

「べ、別に親しくないわ」

ゲームで攻略した過去があるとは言えない。

「いつ知り合ったんだ」

「四年前の十二歳の時よ」

「どこで?」

間髪入れずの問いかけ。普段よりも低い声。姿勢も崩す気配なし。
まるで尋問されているみたい。
どうして?! 何でイリアスからも尋問されなくちゃいけないわけ?
悪役は何もしてなくても罪があると思われちゃうのかしら。

「…………」

私が何も答えずにいると、イリアスが腕を解いた。

「どうして答えない」

「……」

答えたくても答えられないのよ!
ユーリウスの生い立ちの秘密は、ヒロインが攻略を進めていくうちに明らかになるからだ。
ユーリウスの大事な者だけが知っている秘密。
だから今、ここでユーリウスの出生に関わることを話すのは彼のプライベートに踏み込むこと。
例え祖父とのわだかまりがなくなったとしても、栄えあるフェレール家の跡取りが平民出身であるとばれるのは、この先の瑕疵になりかねない。
彼の将来に影響を及ぼすかもしれないそんな重大事を私なんかがやすやすと言っていいはずがない。
既に貴族の一員となって何年も過ごしてきた私には、貴族の事情というものがある程度理解できている。
だから、ユーリウスと平民街で会ったとは口が裂けても言えない。
私がだんまりを続けていると、イリアスが溜め息をついた。

「……言わない、か」

組んでいた足も解く。

「俺は婚約者なんだから、知る権利はあると思うが」

何よ。こんな時ばっかり婚約者面しないでよ。
顎を下げたまま恨みがましく見つめれば、イリアスがわざとらしく咳をする。耳が僅かに赤くなった気がする。
おっ。ひるんでる。悪女の睨みも伊達じゃなかったみたい。

「まあいい。今度からあの男に勝手についていくなよ」

あれは不可抗力だったのよ。引っ張られたんだから、仕方ないでしょ。
私が内心言い訳を並べていると、馬車ががたんと止まった。どうやら、我が家についたらしい。
意識が外に向いている間に、イリアスがいつの間にか立ち上がり距離をつめてきていた。
私の後ろに手をついて、中腰の姿勢になる。急にドアップで見つめることになり、頭が追いつかない私。
イリアスが空いたほうの手で私の長い髪を手にとった。
伏せていた睫毛が上がり、瞳が私を捉える。

「今度、もし付いていったら――」

私の髪を唇に引き寄せ、青い双眸がきらりと光った。

「お仕置きだからな」

私の中で時が止まった。呼吸ひとつ、指先ひとつさえ自分の意識から外れてしまったみたい。
まるで、自分を映すその青い瞳の中に閉じ込められてしまったよう。
完全に固まってしまった私を見て、イリアスがはらりと髪を離した。
すっと離れ、馬車の扉を開ける。

「着いた。降りないのか?」

首を傾げるイリアスにはっとして、機械仕掛けの人形が急に動き出したように、私は下手な動きで、ぎくしゃくと馬車を降りる。

「じゃあ、また明日学校で」

いつもと変わらぬ涼しい顔つきで告げて、扉が閉まる。ペルトサーク家の馬車が再び走り出した。
その後ろ姿を見つめながら、唖然と呟く。

「なに、あれ……」

地面にひとり降り立った私は拳を握って、ぷるぷると震えだす。

「攻略対象者は脅し方も普通にできないわけ?……」

悪女じゃなかったら、完全に口説き落としにかかっているとしか思えないほど気障な仕草と台詞回し。
まさに攻略対象者だけが成せる業。
どんな時でも格好良く振る舞うように出来ている技はまさに天性の才能と言っていい。

「心臓に悪すぎる……」

自分が悪女だとわかっていなかったら、間違いなく胸をときめかしていただろうけど、あいにく私は自分の立場をよくわきまえている。

「間違っても、甘い響きのほうじゃないわよねえ」

はあーと盛大な溜め息を吐く。
なんだって悪女なんかに憑依してしまったのだろう。自分の運のなさが憎い。
それにしても『お仕置き』って、どんな種類のお仕置きなの? まさかもう牢獄行き!? 絶対イヤだ! 私は恐怖で自分の腕をさする。
いろんな意味で心臓がドキドキして疲れてしまった私は、力ない足取りで家に帰ったのだった。

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