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15.孤児院

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ペルトサーク家に二か月に一度出向く以外で、私が屋敷から出ることはほとんどない。
なぜならお茶会に一切呼ばれないからだ。
過去のカレンがやらかしたせいで、王都中の令嬢たちから嫌われているのか、初めこそあった招待状も今では一通も届かない。
まあ、いいんだけどね。堅苦しい貴族の令嬢のお茶会なんて、肩が凝りそうだし。
思い返せば、ゲームではカレンには友達らしい友達がひとりもいなかった気がする。
カレンの身上を思って、ため息をひとつつく。
この歳からもうすでにひとりだったわけね。そのせいで、余計性格がひねくれてしまったのかもしれない。自分を癒やしてくれるのは、散財と月に一度のイリアスのお茶会のみ。あれほど、イリアスに執着していたわけもこれでわかった。
執着すればするほど、相手は逃げていくのに。傲慢でわがままなカレンなら尚更。
ゲームではカレンがそばに寄る度に、イリアスは眉間にしわを寄せ、不機嫌なオーラを発していた。
ヒロインがイリアスと話していても、カレンが画面上に現れると、イリアスはすぐ消えちゃうんだよね。プレイヤーにとっても、カレンは非難のまと、ブーイングの嵐だった。
で、そのあとヒロインに嫌味をひとつかふたつ浴びせたあと、『お待ちになって、イリアス様!』と行って消えるのがお決まりのパターンだった。
――うん。私は心の中で決心する。学園に入ったらイリアスにはなるべく近付かないようにしよう。嫌な顔しかされないもの。その前までにできるだけ仲良くなれれば御の字。
そこまでいって、私の思考は再びもとに戻った。
やっぱり一歩も屋敷から出ないのは、退屈だわ。
街に行ってもいいけど、もう独りでぶらつかせてはくれないだろう。行方をくらました前歴があるせいで、アンナが「もう絶対おそばを離れません!」と宣言されてしまった。
お付きの者がいる以上、貴族だとひと目でわかるだろうから、そんな人間が買う気もないのにぶらぶらと店をひやかしに回ったら、白い目で見られたうえ、ドロノア家の品格に傷をつけてしまうかもしれない。
じゃあ買い物をすればいいじゃんって話だけど、あいにくそんな気は全くおきない。何故ならお父様とお兄様が一生懸命働いて稼いだお金だからだ。お父様とお兄様が汗水垂らして稼いだお金を無駄遣いするなんて、言語道断。向こうの世界で、節約が第二の服のように生活をしていたから、尚更である。 
私が買い物するのをやめたせいで、お父様もお兄様も以前よりは時間に余裕が持てるようになったのか、今では夕食をともにするようになった。照れ屋なお兄様も、最近では普通に話せるくらいに距離が縮まったし。その分、すごくベタベタして甘やかしてくるようになったけど。
そこでハナを撫でていた私は、突如閃く。

「そうだ! 散歩に行こう!」

「散歩ですか」

私の大きな独り言を聞きつけたアンナ。

「そう! ハナの散歩! お前も行きたいよね、ねえハナー」

ハナの顔をわしゃわしゃと撫で回す。ハナが返事を返すようにわふっと吠えた。

「よーし、決まりー。さあ、アンナ行くよ。支度して付いてきて!」

ハナを連れて部屋から飛び出した私のあとを、慌ててアンナが付いてくる。

「貴族の令嬢が自ら犬の散歩だなんて――」

ぶつくさ言いながらもちゃんと従ってくれるのがアンナのいいところである。
インギスにリードを用意してもらい、私は屋敷を飛び出した。
とりあえずハナの気の向くままついていく。アンナが付いてきてくれるから、道に迷う心配もない。
私の足取りは軽かった。
向こうの世界ではアパート暮らしだったから、動物なんて飼うことはできなかった。だから、こういうのにすごく憧れていた。
貴族の屋敷が建ち並ぶ閑静な住宅街を抜け、商店街の通りにはいる前で、ハナが道を変えた。ひとつ、ふたつ角を曲がり、全然知らないところに出る。一本道を大分進んだころになって、アンナが声をかけてきた。

「一体どこまで行くんですか? あんまり遠くに行ったら、帰る途中で体力がなくなっちゃいますよ」

「そうね。そろそろ戻ろうかしら」

私は振り返ったところで、道の反対側の建物が目に付いた。
フェンス越しに校庭のような砂地で何人も遊ぶ子供たち。同じ敷地に建物が建っているところからして、学校だろうか。

「あれって学校?」

格好からして平民だ。カレンは通ってないからわからなかったけど、この世界にも学校なんてあるんだなと感心していると、アンナが口を挟む。

「あれは学校じゃなくて、孤児院ですよ」

「孤児院?」

「王都では一番古い孤児院ですよ、確か。身寄りのない子や、貧しくて親に捨てられた子が引き取られるんです」

アンナは淡々と言うけど、その厳しい現実に私の胸は傷んだ。

「ほら見えません? あの表札。アラス孤児院ってかいてあるじゃないですか」

「本当だ。――ねえ、ちょっと寄っていい?」

「え? ちょっとカレン様!」

「大丈夫。ちょっと外から見るだけだから!」

引き留めようとするアンナを無視して、私は反対側に移動して、孤児院を囲む柵までやってきた。
目敏く私に気付いた子供たちが声をあげて、やってくる。

「わあ、犬だ!」

「おっきな犬!」 

私と同じ位か、もしくはもっと小さい子がはしゃいでいる。
やっぱり、どこの世界でも、動物は子供に人気だ。

「ハナって言うのよ」

「可愛い~」

「触りたーい」

柵をよじ登る子が現れたところで、建物のほうから鐘が鳴り響いた。

「やっばい。お昼休み終わっちゃった」

「行かなきゃ」

密集していた子たちが、蜘蛛の子を散らすようにあっという間に離れていく。

「バイバーイ」

中には手を振って別れていく子もいた。
騒がしかった空気だけをあとに残していく。

「やんちゃな子供たちでしたね」
 
「うん。――つぎはぎだらけだったね」

「ここは有志のひとたちの支えや一部の貴族たちの寄付でやってると聞きました。善意だけで全て賄うにはやっぱり大変なんじゃないでしょうか」

「ボランティアとかもいるのかな」

アンナが首を傾げる。

「――さあ。でもいたらいたで、歓迎されるんじゃないでしょうか」

「ふーん、わかった。それだけ聞ければ充分。さ、戻ろ」

「……カレン様、また何かしでかすつもりじゃないですよね」

アンナがジト目で見てくる。

「やだな。しでかすなんて。そんなつもり全然ないんだけど」

「本当ですかー」

疑わしそうに見てくるアンナの目線を避けて、私は来た方向へと向きを変える。
屋敷に戻る間中ずっと私は、必要なものの材料と向こうで学んだ知識を思い返していた。

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