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12.もうひとりの攻略対象者
しおりを挟むあてもなく帰り道を探して、裏通りを歩いていると、いつの間にか住宅街に入り込んでいた。
貴族の屋敷が建ち並ぶ閑静で整然とした一画とは違い、庶民の家が並ぶここは一軒一軒がひしめき合い、所狭しとかたまっている。
今まできれいな貴族の屋敷しか見てこなかった私は目をぱちくりさせた。
そっか、そうだよね。
こっちの世界の人々もちゃんと生きて生活してるんだもの。
当然、こういうところがあっても不思議じゃないんだよね。
私は引き返そうと踵を返して進んだけど、ますます見知らぬ所へと入り込んでいく。
「あれ? おかしいな。本当にここどこなの?」
いくつも角を曲がって、道を何本も通り過ぎていくうちに、周りの家もどんどん様変わりしていった。
初めはそれなりにきちんとした建物だったのに、今はどの家も壁にヒビが入っていたり、屋根が欠けたりしている。
なんだかますます街から遠ざかったような気がする。
中心街から離れれば離れるほど、貧しさが比例していくのかもしれなかった。
「これは完璧迷子だわ。誰かに道聞かなくちゃ」
周りに人はいないかと見渡せば、ふたつ道をいった先に座り込んでいる小さな人影が目に入った。
「ちょうど良かったわ。あの子に聞いてみよう」
体格からしてそう年の頃は変わらなさそうである。
足を曲げて膝の上で顔を伏せている状態は、雰囲気が暗くてあまり話しかけやすいとは言えなかったけど、四の五は言ってられない。
「ねえ、道に迷っちゃったんだけど、街までどう戻るのか教えてくれない?」
「え?」
少年が顔をあげた。私は少年の顔を見た途端、息を呑んだ。
類まれな美少年の顔立ちである。
イリアスといいお兄様といい、この世界は美少年の割合が多いわね。
私は感心して、少年の顔をまじまじと見つめた。
赤色の髪に、ルビーを嵌め込んだかのような眼。
表情こそ暗いものの、その瞳の美しさは隠せるものじゃない。
話しかけた私が言葉を途切らせてしまったので、少年はそのままぼうっと私の顔を見つめる。
何だかとっても覇気のない子ね。まるでこの世の絶望を全て背負い込んでるみたいに雰囲気が暗い。
まあ、つぎはぎだらけの出で立ちといい、ここに座り込んでいることといい、あまりいい生活を送っているとは言えないから、無理もないのかもしれない。
「ねえ、ここはあなたの家?」
私は少年から視線を外し、背後の家に目を向けて気になっていることを尋ねた。
「うん」
「なんで家に入らないの?」
少年が顔を俯かせ、視線を伏せた。
「……言いたくないならいいけど。でもそんなところにずっといたら、おうちの人が心配するんじゃない? うちにはいったら?」
ゲームではヒロインがひとりで寄り道していたくらいだ。王都の治安は悪くないだろうけど、絶対とは言い切れない。ましてやこのあたりの雰囲気からして、怪しい人間のひとりかふたりくらいはひそんでいそうである。
加えてこの少年の美貌である。ある種の誘拐犯に真っ先に狙われそうな顔立ちだ。
私は実年齢十六歳。歳上の人間が子供を危険から守ろうとするのは、ごく当たり前で義務だと思っている。だから私は少年が動くまで、ここから動かないつもりでいた。
少年はそんな無言の圧力に負けたのか、ぽつりと言葉を漏らす。
「母さんと父さんが病気なんだ」
「え?」
「初めに母さんが。もともと体が弱くて――。冬に風邪をこじらせてからひどくなる一方で……。薬があれば治るはずだけど、買う金がないんだ」
「…………」
私はあまりの内容に発する言葉をなくした。
「父さんが一生懸命働いたけど。無理がたたったのか、父さんも倒れちゃって。だから今はふたりとも寝込んでる」
「それじゃあ、尚更ついててあげなきゃ――」
「そんなのとっくにずっとやってるよ!! それで良くならないんだから、薬が必要なんだよ! でも買うお金がないんだ!!」
少年がすがりつくように顔を歪めて、私を見上げる。でも、すがりつく相手は私を通り越して、もっとずっと上にいる神様なんだと思った。この少年は幾度となく天に祈ったに違いない。
どうか、両親を救ってくださいと――。
さっきまでの憤りが嘘のように、少年がだらりと首を下げる。
「……働きたくても、俺なんかどこも雇ってくれない……。――十二歳の何もできないガキなんて……」
全ての望みが絶たれたように、力なく呟く。膝に両腕を回し、顔を俯ける。まるでこんなひどい世の中を拒絶するみたいに。
「……今日だって、そこら中走り回って頭下げたけど無理だった……。ガキは無理だって……。もう、どうすればいいんだよっ」
涙を堪えるように、少年の喉がひくつく。
足に顔を埋める少年を見下ろしているうちに、私の中に眠っていた記憶がだんだんと掘り起こされていく。
なんか似たような境遇を最近、聞いたような気がするわ。でも何だっけ。
改めて少年の容姿をまじまじと見つめて、あっと叫ぶ。
「あ、あなた、もしかして、ユーリウスって名前じゃあ……」
私は驚愕に目を見開き、少年を見つめる。
赤色の髪に、赤く煌めく瞳――。
『ユーリウス・フェレール』。
イリアスと人気を二分する攻略対象者。この国の双璧のうちのひとつ、フェレール公爵家の跡取り。
うそ!? なんでこんなところにいるの!?
「なんで、俺の名前知って――」
少年が顔をあげた。
ゲームでは『格式あるフェレール家の高貴な血筋を持ちながら、貴族らしからぬ言動がある。何故か周りの貴族を疎んじている。どうやら過去に秘密があるようで――』というのが紹介文である。
攻略していくうちにその秘密が明らかになるのだが、その過去を今、まさか目の前で見ることになるなんて――。
好感度マックス近くになると、ユーリウスは自ら、ヒロインに生い立ちを話し始める。自分は元庶民だったと――。
ユーリウスの母は公爵令嬢で、平民の男性と恋に落ちるも、父親から猛烈な反対にあって駆け落ちするのだ。慎ましく幸せな生活を送っていたものの、しかし、無理がたたって風邪をこじらせあえなく儚くなってしまう。続いて父親も病で倒れ、呆気なくこの世を去ってしまう。独りとり残されたユーリウスは、両親の葬式が終わったその日に母の書き置きを発見する。そこにはふたりに何かあったときはフェレール公爵家を訪ねよと書いてあった。彼はあなたの血のつながった実の祖父であると――。
そこには家を出る経緯が書かれており、祖父への手紙も一緒に入っていた。ユーリウスは祖父宛ての手紙を思わず読む。
『お父様、罪は全てわたくしとこの子の父、クリスティアンが持っていきます。ですから、あなたのたったひとりの孫はお許しください』
ユーリウスの悲しい生い立ちに、ヒロインと一緒になって涙したプレイヤーは数知れず。
ユーリウスはやるせない怒りと悲しみを胸に抱き、祖父の家に乗り込む。
『あなたが母さんを許していたら、こんなことにはならなかった! ふたりは逃げずに済んだのに!! あなたが許してくれさえすれば、あんな辛い思いはしなくて済んだのに! 父さんと母さんはまだ生きていて幸せに暮らしてるはずだった! 父さんと母さんを返せ!!』
フェレール公爵と両親の死因は直接は関係ないと心のどこかでわかっていても、十二歳の少年の中で全て抑え込むにはあまりに悲しく重い出来事だった。
ユーリウスは過去を振り返り、独白する。
『貴賤にとらわれ、血筋というものを後生大事に守る貴族たち。同じ赤い血が流れているのはみんな一緒なのに――。あんたは笑うだろうか。そんな貴族たちを馬鹿にしながらも、その相手を頼るしかなかった俺を――』
あの時の切ない横顔は、亡くなった父と母を思い出していたに違いない。
その過去が明かされたあと、その後に訪れる選択によって、ユーリウスが祖父と和解できるかが決まり、ヒロインのグッドエンドも決定する。
だから、私が今からしようとしていることは、そのグッドエンドをなくすこと。
だってしょうがないじゃない。
人の死がかかってるんだから。ここで見捨てたら、一生後悔する。
それにヒロインだったら、グッドエンドがなくったって、元庶民という共通点でユーリウスの興味を引くはず。ゲームでも初めはそうだったんだから。貴族の中でも明るくめげずにやっていくその真っ直ぐな性格が、ユーリウスの好感度を高めていく。そのきっかけさえあれば充分だよね。
辛い過去がなくたって、結ばれる攻略対象者だっているんだし。
私は自分を納得させると、ユーリウスと同じ目線にしゃがみこむ。
膝においてあった手を掴んで、握りしめる。
「来て。お母さんとお父さんを助けたかったら。――今すぐ私に道を教えて」
驚きに見開かれるルビーの瞳を、私は力強く見つめ返した。
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