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5.神様、現る?

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気がつくと私はだだっ広い場所に立っていた。
周りには何もない。

「ここは一体……」

あたりを見渡していると、白い光が私のもとに舞い降りた。

「橘花蓮、いや今はカレン・ドロノアか」

驚いたことに声は球体の形をした光から発せられた。

「私を知っているんですか」

「当然だ。私がお前の魂をカレン・ドロノアの中に入れたのだから」

白い球体は話すたびに瞬き、光が強くなったり弱くなったりした。けれど、今の私にとってはそんなことはどうでも良い。
驚いて、光に詰め寄った。

「ええ!? 一体どうして!?」

「カレン・ドロノアの魂は遠くにいってしまった。魂を失った肉体は永くは持たない。ちょうど近くに共鳴した魂があったため、仕方なくお前の魂を使わせてもらったのだ」

面食らいつつも、私は呆然と呟く。 

「そんな……。勝手過ぎます。私を元の体に戻して!」

「それはできない」

光が一層強く瞬いた。

「どうして!?」

「魂をそう簡単に抜き取ることはできないのだ。それにお前とカレンの魂を移し替えようとすれば、お前は確実に死ぬ」

私は息を呑んだ。

「嘘……」

「嘘ではない。橘花蓮の生はあそこで終わったのだ。魂を抜き取れば、カレン・ドロノアはもとに戻れるが、天寿を全うしたお前は確実に天に導かれるだろう」

「どうして、私だけ?」

そんなの不公平だ。握った拳が思わず、震える。

「カレン・ドロノアにはまだこの世界でやることが残されている。カレン・ドロノアはまだ生きなければならない」

それって、悪役令嬢として生きろということ? 確かにここでカレン・ドロノアが死んでしまえば、ゲームの世界が成り立たない。
私は一生懸命、頭の中で思考を巡らせる。
球体は宙に浮遊しながら、ちかちかと光った。

「だから、お前はカレン・ドロノアとして、この世界で生きるのだ」

「そんな――」

どうしてよりによって、断罪される悪役なのだろうか。せっかく生き返っても、不幸になる未来しか待っていないなんて――。
どうしてカレン・ドロノアなんかに。
私の悔しげな表情に気付いたのか、白い球体が続ける。

「死ぬ時、この世界のことを強く念じただろう」 

「え?」

私は最後に見た光景を思い返す。
確かにゲームソフトに向かって必死に手をのばしていた。

「強く思ったせいで、天に向かうはずがこちらの世界に先に来てしまったようだ。そのため、お前の魂を使うことができた」

私は盛大なため息を吐く。あのときは何が何やらわからず、ひたすら目に入ったものを考えたけど、まさかこんなことになるなんて。
そこでふと気づく。

「あ、じゃあ本当のカレン・ドロノアの魂はどこに行ったの?」

白い球体が上下に揺れ、これまでになく、激しく明滅した。何だか笑っているようにも見えなくもない。

「喜べ。カレン・ドロノアの魂はお前の体の中に入った」

「は!?」

「お前はあのとき、死ぬはずだった。しかし、まだ生きる運命のカレン・ドロノアが入ったことで、生き延びることができたのだ」

私はあんぐりと口を開けた。  

「まさか、嘘だよね?」

私の体を持ちながら、中身は全く違うなんて、そんなのありえないんだけど。あんなワガママお嬢様に突如なったら、周りは驚くに決まってる。それこそ、一緒に暮らす母が心配だ。振り回されたりしないだろうか。おろおろし始めた私に、球体が私の目線まで上がり迫ってきた。まるで、落ち着かせるように、穏やかな光を放つ。

「安心しろ。あちらの世界でもうまく生きていけるように、橘花蓮としての記憶を全て与えた。お前もそうだろう?」

確かに私にはカレン・ドロノアの記憶がある。
こくりと頷く。

「初めは戸惑うだろうが、じきにあちらの世界にも慣れるだろう。勝手に魂を入れ替えてしまったせめてもの詫びだ」

「はあ」

ありがとうございますというのも変で、ため息混じりの返事しか返せない。

「さて、話すことはこれで全て話したな。そろそろ私は行く」

目線の高さだった球体が、徐々に上へ上へと昇っていく。このまま去るつもりのようだ。

「あ、待って」  

私は手を伸ばしたが、もう届かないところまで上がってしまった。

「それでは、こちらの世界でうまくやれ。幸運を祈る」

「待って、また会えるの――?」 

ひときわ強い光が頭上で輝いた。あまりの眩しさに私は目を瞑った。

そこではっと、私は目を覚ました。

「――今の夢? それとも現実?」

私はがばりと寝台から起き上がると、あたりを見渡した。部屋は眠りに落ちる前と変わりない。

「夢を見ていたけど、夢じゃない……」

あんなにはっきりと自分の意思を保て、光との会話を一言一句はっきりと思い出せる。

「神様だったのかな……」

呆然と呟くも、次の瞬間顔を覆った。

「ああ!まさか死んじゃったなんて! 嘘でしょう! しかも入れ替わってるなんて! 信じられない!」

否定したくて、気持ちを持て余して、私は部屋の中をうろうろと歩き回った。

「なんでそんな勝手なこと! 私の気持ちは!? 神様の馬鹿!!」

一際大きく叫んだあと、私は立ち止まった。肩を落とし、昏い目線で顔をあげる。
まだ日は高く、窓から明るい日が降り注いでるはずなのに、私の周りだけ暗く感じた。

「私、お母さんをおいてきちゃった」

たった二人の家族だったのに。
自分が死んだことよりも、そのことが悲しかった。
肩が震えて嗚咽が溢れる。
今頃、どれほど心配していることだろう。自分の体にカレン・ドロノアが入って生き返ったとしても、それは私じゃない。
全くの赤の他人だ。
お母さんのことは私が一番良くわかってる。
お母さんだってそうだ。
娘のなかに全く知らない誰かが入ってたら、すぐ気付くだろう。

「どうしたら……」

いくら言葉を紡いでも、あちらとこちらの世界は別世界。一番ついててあげたいときに、どんなにお金を積んだって、どんなにすごい乗り物に乗ったって、たどり着くことはできない。もうどうすることもできないのだ。

「お母さん、ごめん、――ごめんね……」

私はずるずると座り込んで、いつまでも泣き続けた。


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