❲完結❳傷物の私は高貴な公爵子息の婚約者になりました

四つ葉菫

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 馬車から降りた瞬間、エレン嬢が目の前の邸に目を奪われたのがわかった。

「さあ、手を回して」

 エスコートするために腕を差し出せば、正気に戻った彼女が、慌てて手を回す。

「あ、は、はい」

 当初はぎこちなかったそれも、今では躊躇いなく、安心したように身を任せてくれるようになったことが嬉しい。

 アーキン邸に入れば、廊下の途中、彼女がそわそわと落ち着きなく、視線を辺りに彷徨わせているのが感じとれた。

 初めての場所に、初めての社交界。不安になるのも無理はない。
 彼女をしっかりとエスコートしようと気を引き締めた。

 会場に入ると、一番に話しかけてきた者は――

「フェリシアンじゃないか。来たんだな」

 今日の主催者であるレナルドである。

「ああ。お招きありがとう。盛況のようだな」

「お陰様で」

 レナルドがエレン嬢ににちらりと視線を向ける。

「そちらがあの――」

「ああ。紹介しよう。私の婚約者、エレン・レヴィンズ嬢だ」

 レナルドがわざとらしく眉を上げた。

「一体どんな娘か、ずっと気になってたが可愛らしい娘じゃないか。お前がずっと俺に紹介しなかった気持ちがわかるよ」

 その言葉の裏の意味合いがわからない私ではない。遠回しに両親に紹介していないことをからかっているのだ。
 反論したくなったが、エレン嬢が返事を探して焦っている様子を見て、フォローすることを優先させた。

「みんながお前と同じように軽口を叩けるわけではない。からかうな。――エレン嬢、こちらはこの夜会の主催者であり私の友人でもあるアーキン公爵家のレナルド・アーキンだ」

 レナルドがエレン嬢に向き直る。

「よろしく。今日デビュタントだろ。おめでとう。楽しんでいってくれ」

「は、はい。ありがとうございます」

 緊張で顔を赤くさせたエレン嬢が少しまごつきながら返事を返すのが、可愛らしく映った。
 その後、二、三語他愛もない話を私にすると、レナルドは去っていった。

 その後も声をかけられる度エレン嬢を紹介していき、その都度一生懸命お辞儀をして自己紹介する姿が初々しくて、自然に笑みを誘われた。
 その波も途切れた頃――

「アデラだわ……」

 ふと声をあげるエレン嬢。
 彼女の視線の先を追えば、同じ年頃の少女が手を振っているのが見えた。

「友達?」

「はい」

「挨拶ばかりで疲れただろう? ちょうど良い。休憩がてら、友達と楽しんでくるといい」

 慣れない続きで、ここまで彼女もよく頑張った。
 ここからは同年代の友達といたほうが彼女も夜会を楽しめるだろう。

「ありがとうございます。行ってきます」

 彼女が少しほっとしたように笑った。

「ああ」 

 友達のところへ行くのを見ていれば、友達と手と合わせて笑い合う。
 あんなふうにはしゃぐのを、もしかして初めて見るかもしれない。

 新鮮な驚きとともに眺めた。

――結婚すれば、彼女の新しい面をこれからたくさん見れるかもしれない。

 そのことが胸をときめかせた。
 
 その後、二三人の知り合いと話に興じた私はパトリス嬢に声をかけられた。

「フェリシアン様、ご機嫌よう」

「君も来てたのか」

「ええ」

 相変わらず非の打ち所のない微笑み。
 そういえば、今日は令嬢たちが寄ってきていない。
 理由はよくわからないが、もしかしたらあのドレスが多少は影響しているかもしれない。
 狙ったわけではないが、思わぬ功を奏したわけだ。

「もう少し早く声をかけてくれれば、婚約者を紹介したんだが」

「まあ、そうでしたの。それは残念でしたわ」

 パトリス嬢が言葉とは裏腹に柔和な笑みを浮かべる。

「俺も話に混ぜてくれよ」

 レナルドが急に話に割り込んできた。

「レナルド様、ご機嫌よう。本日はお招き、ありがとうございます」

「いや。楽しんでいってもらえることが俺にとっての礼だから、そんなに頭を下げる必要はない。いつも言ってるだろ」

 この二人は同じ公爵家同士ということもあって、顔馴染みの仲である。

「それより、フェリシアンの婚約者に会ったか?」

「……いえ」

「可愛い方だったよ。なにせ、こいつが両親から隠す程、べた惚れしてる相手だからさ」

「おいっ」

「べた惚れだなんて、そんな――」

 私は肩を跳ねさせ、その様子を見たレナルドが愉快そうに笑う。
 パトリス嬢は面白いことを聞いたというように、笑い声をあげた。
 その拍子に、パトリス嬢の手が私の腕に触れる。

「レナルド様は面白いことを言うのね。今まで誰にも振り向かなかったフェリシアン様が女性に夢中になるなんて、何かの間違いじゃないかしら。――ねえ、フェリシアン様」

 私は反射的にエレン嬢のほうに首を向けていた。幸いにも、エレン嬢は違う方向を見ていて、今のこの姿を見られずに済んだようだ。
 疚しいことをしたわけではないが、私は心底ほっとした。
 自分の腕からパトリス嬢の手を外す。

「パトリス嬢、私はもう婚約者がいる。このように気軽に触れるのは、お互いに良くないだろう。今後は注意してくれ」

 それを聞いたパトリス嬢の目が僅かに見開く。
 パトリス嬢にこのような物言いをするのは、おそらく初めてのことだ。
 彼女のすること、言うことに今まで口を挟んだことなどなかったから、驚いているのだろう。
 別に彼女に従っていたというわけではなく、私の許容範囲だったからそうしていたというだけの理由だ。それは彼女だけに言えることではなく、女性ならある程度そう対応してきた。
 だが、これからは変わるだろう。
 
「ほらな、言った通りだろ?」

 レナルドが可笑しそうに笑った。

「独り占めしたくて、両親にもまだ紹介してないやつなんだよ」
 
「おい、もうやめろ」
 
「両親にもまだ紹介していない……」

 パトリス嬢がぼそりと呟いた。
 けれど、私はレナルドを止めるのに意識がいき、気にとめようとはしなかった。

 その後二人と別れた私は、エレン嬢と最後まで夜会をともにした。
 そうして、何事もなくデビュタントは終えたと思っていた。



 
✥✥✥✥✥✥✥✥✥✥✥✥✥

補足説明。

 フェリシアン様がエレンの方を向いた時には、エレンが視線を外したあとでした。
 パトリス嬢は最後の呟きの言葉がきっかけで、悪巧みを考えます。「あの女のせいで、フェリシアン様が変わってしまったわ。私の優しいフェリシアン様を返して」と歯軋りしたかもしれません。

このストーリー(本編)はヒロイン、ヒーロー目線のみで構成しているため、パトリス嬢目線がなく、いまいち彼女の悪女感が出ていないんですが、5歳も年下のエレンに取り巻きを引き連れて3体1で圧をかけてるところや、自分の欲を満たすために平気で嘘をつけるところなどから、「あ、こいつ性格悪いんだな」と思って頂けたら。
それからフェリシアン様の腕に触れてマウントとってるところとか、性格の悪い人間が友人なので「あ、類友だ」と思って貰えるよう、所々で匂わしてはあります。

フェリシアン様にいつも群がっていた令嬢たちですが、結婚式が間近&フェリシアン様色のドレス&今まで見たことがない優しい笑みのフェリシアン様を見て、6、7割方フェードアウトしました。(少しはエレンの容姿も影響してるかもしれません。地味で目立たないとアデラに評されていたエレンですが、実際は可愛らしい顔をしてます。口数が少ない&化粧っ気がない&地味な格好のため、他の令嬢と比べると地味で目立たないため、そう評価されてしまいました。)

あとの3、4割方の令嬢は様子見です。

けれど、結婚すれば、バックにサンストレーム家が付きますからね。フェリシアン様はもちろん靡かないし、社交界に君臨している公爵ママがエレンの味方になるので、想定外の展開に彼女たちもいづれフェードアウトするでしょう。

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

引き続き、楽しんで読んで頂けたら幸いです。
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