❲完結❳傷物の私は高貴な公爵子息の婚約者になりました

四つ葉菫

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 私は警備団の本所に戻ると、恋人や若い妻を持つ部下たちに声をかけた。

「若い女性が好みそうな菓子ですか? うーん」

 ひとりの部下が首を捻ったあと、ぱっと顔をあげた。

「あ、もしかして例の婚約者にですか?」

 私がエレン嬢を婚約者に迎えたことがいつの間にか広まっている。
 話の出所を調べれば、何と父上から始まっていた。
 一週間前の舞踏会で尋ねられた折、ほろ酔い気分だったこともあり、つい口が滑らせてしまったらしい。酒に酔っていたとはいえ、普段は口の軽い方ではないのだが、その事実から読み取れるのは父上は内心は喜んでいたのだということ。婚約の話を出したときはあんなことを言っていたのに。
 エレン嬢が療養中は周りを騒がせたくなくて黙っていたのだが、公になってしまったのなら仕方ない。
 
「そうだ」
 
 私は肯定した。
 少しでも気が晴れればと思い、今までずっと花を贈っていたが、エレン嬢のあの言葉で花しか贈らなかった自分を反省した。かといって、ドレスや宝石では見舞いの品には不向きだろう。考えたついた末、菓子が妥当だと思い、こうして部下に尋ねてまわっている。

「やっぱり。――そうですね。あ、あの店の菓子なんてどうでしょう。今、王都でもっぱら人気だそうですよ」

 部下が教えてくれた店名と場所を記憶する。

「ありがとう」
 
 話が済んだので立ち去ろうとしたが、次の部下の言葉に動きを止めた。

「団長、ひとつ言っておきますけど菓子を箱詰めで贈るのは駄目ですからね」

「何故だ」 
 
 沢山贈ったほうが良いだろう?

「若い令嬢がそんなに食べられるわけないでしょう。それに特別感がないですよ。箱詰めで送られたら、自分だけじゃなく家族の分も含まれてるんだと思いますし。少しの量だったら、あなたの為だけに買ってきた特別感が出るじゃないですか。それに包装もそれ用で可愛いですしね」

「……そうか」

 ドレスや宝石は贈ったことはあるが、菓子を贈った経験は今まで一度としてない。菓子をほしがる令嬢はひとりもいなかったからだ。
 危うく気が利かないあやまちをするところだった。
 部下に再びお礼を伝えて、明日エレン嬢に会いに行く前に菓子を買っていこうと決めたのだった。


 そうして翌日、私は菓子を包んだ小さな箱をエレン嬢に手渡した。

「これは――?」

 部下が言っていた通り、ひとり分の菓子の包装は可愛らしくこじんまりとして、若い女性にはぴったりな気がした。
 エレン嬢が小さな白い手で受け止めて、小首を傾げる。

「お菓子だ。若い女性が好みそうなものを選んだつもりだ。……君の口にも合うといいんだが――」

 それから反省をこめて口にする。

「毎日、花ではつまらなかっただろう。……配慮が足りなかった」

「つまらないだなんて、そんな」

 エレン嬢は驚いたように否定する。
 
「お花も嬉しかったです」

 はにかんで顔を少し伏せるその様子が、可愛らしく映った。
 今まで一度として女性を可愛いと思ったことはないのだが。
 自分の心の移り変わりを不思議に思う。

「お花のおかげで随分慰められました。――お菓子もわざわざありがとうございます。有り難く頂きます」

 その何の混ざり気もない彼女の瞳に、昨日の私の考えは思い違いだったのだとわかった。

――下位貴族の令嬢はみんなこうなのだろうか。

 今まで爵位の高い令嬢しか相手にしてこなかったからわからなかった。
 夜会や舞踏会は勿論、成人前に出席したお茶会でも、私の周りにはいつも上位貴族の令嬢ばかりが集まるからだ。

「大したことはしていない。あまり気にしないでくれ」

 私は気分を切り替えた。

「さあ、歩行の練習をしようか」

「はい」

「私の腕に捕まって」

 私の差し出した腕に、エレン嬢がぎこちなく手を伸ばし寄り添う。
 もっと寄り添ってくれてもかまわないのだが。
 他の女性とは違うその遠慮深さが、私をまた何とも言えない気持ちにさせた。

「辛くなったら、すぐ言ってくれ」

「はい」

 エレン嬢が私の腕を支えに、震える足を一歩ずつ前に出す。
 その懸命な姿に私も腕に力をこめる。転びそうになるたび支えた。
 庭に到着した。

「とりあえず庭を歩こう」

「はい」

 そうしてエレン嬢とのリハビリの日々が始まった。

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