46 / 75
46
しおりを挟む「今日はこの花を君に持って来た」
今日も私は見舞いに訪れ、彼女に花束を差し出す。
「ありがとうございます」
例によって、花束を嬉しそうに受け取る彼女。が、しかし次の言葉で私は一瞬固まることになった。
「花に埋もれてしまいそう」
これまで毎日、花を欠かしたことはなかったため、私が贈った花束はエレン嬢の部屋だけではなく、玄関にまで飾られていた。今まで贈った量を考えると、レヴィンズ家の至るところに飾られているかもしれない。今更ながらそんなことに気づく。
――流石に毎日は持ってき過ぎだっただろうか。
そんな不安が胸中に疼く。
今の言葉はもしかしたら遠回しにそれを伝えているのかもしれない。優しい彼女のことだから面と向かって断れないのだろう。
そう判断した私は内心反省しつつ、椅子に座った。
「調子はどうだろうか」
「はい。お医者様から寝台から降りて良いと言われました」
「それは良かった」
私はほっと息を吐く。医者から許可が貰えたのなら、彼女には特に後遺症はないのだろう。
斬りどころが悪ければ、半身が動かない可能性もあった。
「はい。全てフェリシアン様のおかげです」
健気にそう微笑む彼女に心が温かくなった。
「私はなにもしていない。君が頑張ったんだ」
この少女といると何故だろう。
度々味わったことがない感情に見舞われる。
決して不快ではなく、むしろ心地よいのだが、まだこの感情がはっきりしないでいる。
微笑めば、彼女が柔らかく笑みを返してくれる。また胸がざわついた。
そうしていつも通り、雑談をして帰ることとなった。
「さて、そろそろ行かねばならない」
「あ、今日は私がお見送りします」
私が立ち上がると、エレン嬢は寝台の端に腰掛け立ち上がろうとした。
「――あっ」
声をあげて、彼女が崩れ落ちる。
「危ない」
床につく寸前でなんとか、彼女を抱きとめる。
「大丈夫か?」
腰に手を回しながら、その軽さに驚く。
背中が目に入り、その広さは優に覆い尽くせそうな程小さい。
――こんな小さい背中で私を守ったのか。
改めてその現実が身にしみた。
「ずっと動いていなかったから、すっかり筋力が落ちてしまったんだろう」
「……すみません」
「いや、謝ることはない。これから歩く練習をすればいい」
彼女を寝台に座らせるも、果たして付き添える使用人がいるか気にかかった。
この家に通って早一ヶ月。その間、目にした使用人はドロシーというメイドひとり。ほかは見ていない。
目に入った範囲内だから厨房の方にはもしかしたら料理人がいるかもしれないが、少なくとも、この家の仕事はほとんど彼女が担っているのだろう。男爵夫妻の用事も言い付けられることを考えたら、ドロシーにエレン嬢を見る余裕はない。
私のまなうらに少女がひとりで懸命に歩こうとする姿が浮かび上がり、そんなことはさせられないと思った。
「明日から私と一緒に練習しよう」
気付けば、そう口に出していた。
そもそも怪我を負ったのは私のせいなのだから、彼女の面倒をきちんと見るのが筋だろう。
「……はい」
彼女は俯いたまま顔をあげない。
その消沈したともとれる様子に、歩けなかったことがショックだったのだろうと考えた。
怪我を負う前は普通に歩けていたのだから、当たり前だ。
体だけではなく、心まで傷つけてしまったことに心が痛んだ。
慰めるために、彼女の頭を数回撫でる。
「それではまた明日」
返事はなかったが、今はそっとしておくべきだと思い、私は静かに部屋から辞した。
10
お気に入りに追加
519
あなたにおすすめの小説
私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?
⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。
海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】
クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。
しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。
失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが――
これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。
※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました!
※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。
悪役令嬢は大好きな絵を描いていたら大変な事になった件について!
naturalsoft
ファンタジー
『※タイトル変更するかも知れません』
シオン・バーニングハート公爵令嬢は、婚約破棄され辺境へと追放される。
そして失意の中、悲壮感漂う雰囲気で馬車で向かって─
「うふふ、計画通りですわ♪」
いなかった。
これは悪役令嬢として目覚めた転生少女が無駄に能天気で、好きな絵を描いていたら周囲がとんでもない事になっていったファンタジー(コメディ)小説である!
最初は幼少期から始まります。婚約破棄は後からの話になります。
私のお金が欲しい伯爵様は離婚してくれません
みみぢあん
恋愛
祖父の葬儀から帰ったアデルは、それまで優しかった夫のピエールに、愛人と暮らすから伯爵夫人の部屋を出ろと命令される。 急に変わった夫の裏切りに激怒したアデルは『離婚してあげる』と夫に言うが… 夫は裕福な祖父の遺産相続人となったアデルとは離婚しないと言いはなつ。
実家へ連れ帰ろうと護衛騎士のクロヴィスがアデルをむかえに来るが… 帰る途中で襲撃され、2人は命の危険にさらされる。

初恋の人と再会したら、妹の取り巻きになっていました
山科ひさき
恋愛
物心ついた頃から美しい双子の妹の陰に隠れ、実の両親にすら愛されることのなかったエミリー。彼女は妹のみの誕生日会を開いている最中の家から抜け出し、その先で出会った少年に恋をする。
だが再会した彼は美しい妹の言葉を信じ、エミリーを「妹を執拗にいじめる最低な姉」だと思い込んでいた。
なろうにも投稿しています。
【完結】初夜の晩からすれ違う夫婦は、ある雨の晩に心を交わす
春風由実
恋愛
公爵令嬢のリーナは、半年前に侯爵であるアーネストの元に嫁いできた。
所謂、政略結婚で、結婚式の後の義務的な初夜を終えてからは、二人は同じ邸内にありながらも顔も合わせない日々を過ごしていたのだが──
ある雨の晩に、それが一変する。
※六話で完結します。一万字に足りない短いお話。ざまぁとかありません。ただただ愛し合う夫婦の話となります。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる