43 / 75
43
しおりを挟む翌日、私はレヴィンズ家を訪ねた。
今回もまた執事ではなく、昨日と同じメイドが出てきた。
応接間に通されると、程なくして男爵夫妻が足音を響かせてやってきた。
一応先触れとして、公爵家から尋ねることは伝えておいたのだが、これ程慌ててくるのはもはや男爵の性格のせいだろう。
「これは、フェリシアン様っ。お待たせ致しました!」
「いや」
「毎日お勤めご苦労様でございます」
男爵は私が仕事の一環で来たと思ったようだった。
「いや。今回は仕事とは関係なく。――エレン嬢の具合はどうだろうか」
今回はこちらから勧めることなく、男爵夫妻はソファに座ってくれた。
メイドがやってきて、お茶を並べていく。
「実は昨日、娘が一度目を覚ましました」
「そうか」
私はほっと息を吐いた。
「ですが、血を失ったせいかまたすぐ眠ってしまい――。今は深く眠っているようです」
男爵が娘の身を案じるように眉を寄せた。
「――男爵、それから夫人」
「はい」
私の視線に二人が居住まいを正した。
「今日来たのは他でもない。――エレン嬢を私の婚約者に迎えいれたい」
言った瞬間、ふたりが目を広げて固まった。
「怪我が治っても、普通の令嬢の幸せは望めないだろう。ならば、せめて私が彼女の慰めとなって、本来与えられるべきだった幸せを与えてあげたい」
突然の申し出に驚いたのか、男爵の額から一気に汗が滲み出てきた。
「で、ででですが、そんな大事なことをこの場で決めてしまってよろしいのですか。公爵様の許可も――」
「父と母にはもう許可を貰ってある」
「左様ですか……」
男爵は呆然としたまま、口を開け放つ。
「もしや気が進まないだろうか?」
案じて訊いてみれば、男爵は慌てて手と首を振った。
「とんでもない! このしがない男爵家からしてみれば、願ってもない申し出です!」
「良かった。では、こちらにサインを貰えるだろうか。必要なところは記入し、あとはそちらのサインを書くだけになっている」
私は懐から一枚の用紙を取り出す。
役所に提出する婚約届だ。
名前も必要事項も総て記入し、男爵のサインを記すところだけが空白になっている。
男爵は啞然としながら、婚約届を手にした。
しかし、ふと何かに思い至ったのか、心配気に眉を寄せる。
「とても光栄な申し出なのですが、我々には持参金がありません……用意できてもほんの少ししか……」
それまで呆然としていた夫人も一緒になって眉を寄せる。
「いえ、持参金は必要ありません」
言われるまで念頭になかったことだが、私は即座にそう返した。
体や容貌に難がある令嬢を嫁に出すときは持参金を高くするのが通常ではある。
だがどんなに高く積んだところで、たかが知れている。我がサンストレーム家にとってはあってもなくとも同じこと。
「こちらから望んだ婚約です。エレン嬢さえお嫁に来て頂けたらそれで充分です」
「よろしいのですか……?」
「ああ」
「では本当に……。ありがとうございます!」
半信半疑だったような男爵の顔がぱっと明るくなった。夫人も隣で顔を綻ばせる。
男爵は早速メイドに筆とインクを持ってこさせると、書類にサインを走らせた。
「どうぞ、よろしくお願いします」
男爵が頭を下げて、書類を私に戻した。
「ああ。ではこちらは私が役所に提出しよう。――これからよろしく頼む」
こうして、思いがけぬ縁によって、私は婚約者を迎えたのだった。
✥✥✥✥✥✥✥✥✥
補足説明
『体や容貌に難がある令嬢を嫁に出すときは持参金を高くするのが通常ではある。』としていますが、大きな傷を負ってしまったエレンの場合は流石に厳しく嫁の貰い手がありません。
体や容貌に難がある令嬢を嫁に出す家が持参金を積めるということは、家格がそれなりにあり、家同士が結びつく利益も踏まえての上です。
レヴィンズ家はそういった益もないので、エレンが嫁にいける可能性はゼロに近いです。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。✥✥✥✥✥✥✥✥✥
10
お気に入りに追加
519
あなたにおすすめの小説
私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?
⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。
【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。
海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】
クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。
しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。
失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが――
これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。
※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました!
※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。
悪役令嬢は大好きな絵を描いていたら大変な事になった件について!
naturalsoft
ファンタジー
『※タイトル変更するかも知れません』
シオン・バーニングハート公爵令嬢は、婚約破棄され辺境へと追放される。
そして失意の中、悲壮感漂う雰囲気で馬車で向かって─
「うふふ、計画通りですわ♪」
いなかった。
これは悪役令嬢として目覚めた転生少女が無駄に能天気で、好きな絵を描いていたら周囲がとんでもない事になっていったファンタジー(コメディ)小説である!
最初は幼少期から始まります。婚約破棄は後からの話になります。
私のお金が欲しい伯爵様は離婚してくれません
みみぢあん
恋愛
祖父の葬儀から帰ったアデルは、それまで優しかった夫のピエールに、愛人と暮らすから伯爵夫人の部屋を出ろと命令される。 急に変わった夫の裏切りに激怒したアデルは『離婚してあげる』と夫に言うが… 夫は裕福な祖父の遺産相続人となったアデルとは離婚しないと言いはなつ。
実家へ連れ帰ろうと護衛騎士のクロヴィスがアデルをむかえに来るが… 帰る途中で襲撃され、2人は命の危険にさらされる。

初恋の人と再会したら、妹の取り巻きになっていました
山科ひさき
恋愛
物心ついた頃から美しい双子の妹の陰に隠れ、実の両親にすら愛されることのなかったエミリー。彼女は妹のみの誕生日会を開いている最中の家から抜け出し、その先で出会った少年に恋をする。
だが再会した彼は美しい妹の言葉を信じ、エミリーを「妹を執拗にいじめる最低な姉」だと思い込んでいた。
なろうにも投稿しています。
【完結】初夜の晩からすれ違う夫婦は、ある雨の晩に心を交わす
春風由実
恋愛
公爵令嬢のリーナは、半年前に侯爵であるアーネストの元に嫁いできた。
所謂、政略結婚で、結婚式の後の義務的な初夜を終えてからは、二人は同じ邸内にありながらも顔も合わせない日々を過ごしていたのだが──
ある雨の晩に、それが一変する。
※六話で完結します。一万字に足りない短いお話。ざまぁとかありません。ただただ愛し合う夫婦の話となります。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる