40 / 75
40
しおりを挟む黄色い声援が飛ぶ中、私は部下に指示を出す。
今は以前より王都を騒がせていた犯罪組織の摘発中である。
建物から捕縛された男たちが列をなして出てくる。
「フェリシアン様ぁ、頑張ってー」
「きゃあ、今日も麗しい!」
「フェリシアン様、素敵ー」
声援は有り難いと思うものの、私が応えることはない。
王都民を守る者として、常に仕事を第一として優先するべきだからだ。
油断したあまり、王都民を危険に晒すことはあってはならない。
建物から最後のひとりが出てくるのと入れ替わるように、私は建物のまえに立った。
「ちょっとでもいいから、こっち向いてー」
「フェリシアン様ぁ、お仕事応援してますぅー」
ひときわ声援が大きくなる。
周りの音が紛れてしまうその大きさに、私は部下に指示を出す声に集中した。
その時、歓声が悲鳴に変わった。
後ろに何かを感じて、振り向いた。
そして飛び込んできた光景に目を見開いた。
何かを守るように腕を広げた少女と、その後ろで刀を構えた男。
少女の榛色の瞳と目が合った瞬間、時がとまったように感じた。
男が刀を振りかざし、少女が斬られる。
私は反射的に叫んだ。
「取り押さえろっ!!」
場が一気に騒乱する。
部下が一斉に駆け寄り、男に飛びかかる。
抵抗したものの、男は悪態をつきながらも取り押さえられた。
私はその間、自分の代わりに斬られた少女に駆け寄った。
「医者を呼べっ!! 早くっ!!」
指示を出している間に、血止めするために自分の制服を脱いだ。
血の気の失せた少女の顔。その小さな体。
「死ぬなっ!」
もう意識もない少女に必死に呼びかける。
「お嬢様っ!」
その時、群衆の中から年嵩の女性が出てきた。
倒れた少女を見て、蒼白な顔をしている。
私は少女の背中を必死に押さえながら、声をかける。
「知り合いか。どこの者だ?」
「ええ! その方はレヴィンズ男爵家のお嬢様です!」
貴族の令嬢と聞いて、驚く。
てっきりどこかの商家の娘だと思ったが。
程なくして、医者が駆けてきた。
「助けてくれ!! こっちだ!!」
医者はすぐに状況を判断すると、少女を近くの建物へと運びいれるよう指示する。私は団員たちの手を借りて、少女を建物へと慎重に運びいれた。
途中だった捜査に関しては部下に指示を与える。
建物の前で待っている間、私は知らず知らずのうちに拳を握っていた。
眼の前で、団員でもない、何の罪もない少女の命が尽きるかもしれない現実が重くのしかかる。
何故、あの男の縄が解けたのか、早急に調べなければならない。
もし不手際があったら――
頭の中でこれからの算段をつけていると、建物から医者が出てきた。
「どうだ? 助かるか?」
「今日を越せば、なんとか大丈夫でしょう。あとはあの娘の気力、体力次第です」
「そうか、良かった」
とりあえず一命を取り留めたことにほっとする。
しかし次に発した言葉によって、その気持ちはすぐに消えた。
「しかし、命は助かっても、傷は残るでしょう」
額の汗を拭いながら医者が続ける。
「もし貴族の令嬢なら、将来は歳の離れた男の後添えか、修道院に行くしかないでしょうな。助けた身とはいえ、少し気の毒です……」
医者の言葉に罪悪感が胸に広がっていく。
「とりあえず、しばらくは自宅で療養です」
「……そうか。わかった」
少女の行く末をあれこれ考えたところで、今は仕方がない。
やるべきことがある今は、そちらを優先させよう。
少女をずっとこの建物においておけないため、私は団員たちの手を借りて、少女を慎重に運び出すことにした。
医者に付き添ってもらい、彼女の侍女に道案内させて、自宅まで送り届ける。
着いた先は小さな家だった。
侍女を先に通し、家の中にはいると、男爵夫妻が出てきた。
急に現れた我々に目を丸くするも、とりあえず少女を寝台まで運ばせてもらう。
付いてきた医者が男爵夫妻に少女の容態を伝える。
男爵夫妻の顔がだんだんと青ざめていくのが見て取れた。
話し終えた医者と入れ代わるように今度は私が男爵夫妻に身分と名前を名乗り、ことの経緯を説明する。
「娘さんに怪我を負わせてしまい、申し訳ありません」
頭を下げると、男爵夫妻は慌てたようだった。
「そ、そんなっ。頭をあげてください! サンストレーム家のご子息が我々に頭を下げるなど!」
ご両親は私が名乗るなり、固まっていた。
「……フェリシアン様が悪いわけではありません。全てはその男が悪いんですから……」
娘が重傷を負ったと知った時のご両親の気持ちは如何ばかりだろう。何の罪もない親子を苦しめてしまったことに、私の胸が痛んだ。
私はそれから、公爵家から改めて医者をおくることを約束して、その場を辞した。
付き添ってくれた医者に関してはあとから部下に治療代を届けることを約束した。
本当はずっとそこにいて少女を見守りたかったが、私にやれることはなかったし、かえってご両親に気を使わせるだけだと思って止めた。
その後仕事に戻るも、常に少女のことが気にかかり、いつもより仕事が手につかなかった。
10
お気に入りに追加
519
あなたにおすすめの小説
私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?
⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。
海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】
クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。
しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。
失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが――
これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。
※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました!
※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。
悪役令嬢は大好きな絵を描いていたら大変な事になった件について!
naturalsoft
ファンタジー
『※タイトル変更するかも知れません』
シオン・バーニングハート公爵令嬢は、婚約破棄され辺境へと追放される。
そして失意の中、悲壮感漂う雰囲気で馬車で向かって─
「うふふ、計画通りですわ♪」
いなかった。
これは悪役令嬢として目覚めた転生少女が無駄に能天気で、好きな絵を描いていたら周囲がとんでもない事になっていったファンタジー(コメディ)小説である!
最初は幼少期から始まります。婚約破棄は後からの話になります。
私のお金が欲しい伯爵様は離婚してくれません
みみぢあん
恋愛
祖父の葬儀から帰ったアデルは、それまで優しかった夫のピエールに、愛人と暮らすから伯爵夫人の部屋を出ろと命令される。 急に変わった夫の裏切りに激怒したアデルは『離婚してあげる』と夫に言うが… 夫は裕福な祖父の遺産相続人となったアデルとは離婚しないと言いはなつ。
実家へ連れ帰ろうと護衛騎士のクロヴィスがアデルをむかえに来るが… 帰る途中で襲撃され、2人は命の危険にさらされる。

初恋の人と再会したら、妹の取り巻きになっていました
山科ひさき
恋愛
物心ついた頃から美しい双子の妹の陰に隠れ、実の両親にすら愛されることのなかったエミリー。彼女は妹のみの誕生日会を開いている最中の家から抜け出し、その先で出会った少年に恋をする。
だが再会した彼は美しい妹の言葉を信じ、エミリーを「妹を執拗にいじめる最低な姉」だと思い込んでいた。
なろうにも投稿しています。
【完結】初夜の晩からすれ違う夫婦は、ある雨の晩に心を交わす
春風由実
恋愛
公爵令嬢のリーナは、半年前に侯爵であるアーネストの元に嫁いできた。
所謂、政略結婚で、結婚式の後の義務的な初夜を終えてからは、二人は同じ邸内にありながらも顔も合わせない日々を過ごしていたのだが──
ある雨の晩に、それが一変する。
※六話で完結します。一万字に足りない短いお話。ざまぁとかありません。ただただ愛し合う夫婦の話となります。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる