❲完結❳傷物の私は高貴な公爵子息の婚約者になりました

四つ葉菫

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「そういえば、フェリシアン様のご両親にまだ御挨拶に行ってませんが……」

 結婚まであと二ヶ月しかない。
 これまで何度か尋ねたことはあったけれど、そのたびに「まだ先で良い」と言われて今日まで来てしまった。
 流石にそろそろ御挨拶に伺ったほうが良いんじゃないかしら。
 フェリシアン様はそう言うとなんだか微妙なお顔をされた。

「両親は……。そうだな、結婚式の前日が空いてるからその日で良いと思う」 

「そんなにお忙しい方なんですか」

「……まあ、そうだね。なかなかお忙しい方ではある」

「そうなんですか……。じゃあ、フェリシアン様の言うとおりにします」

「うん、それが良い」

 フェリシアン様はなんだかほっとしたような顔つきになった。
 内心首を傾げながらも、私は納得したのだった。


 そうして体も休まったのでそろそろベンチから離れようとした頃、ひとつの屋台が私の目に入った。

「――あ」

「どうした?」

「……いえ、何でもありません」

 首を振ったけれど、フェリシアン様は私の視界の先をよく捉えていた。
――その先にあったのは。

「的にあててぬいぐるみをとる遊戯だな。ほしいのか」

「――いえ、ただちょっと気になっただけで……」

 あの時と同じような屋台が偶然にもあったことについ驚いてしまった。
 こんなことってあるのね。
 同じ公園にいて、同じようなぬいぐるみの出店がある。
 不思議な巡り合わせに、運命のいたずらのようなものを感じた。
 私は否定したのに、フェリシアン様は屋台に興味が引かれたようだった。

「的あてか。実は少し得意なんだ。とってみせようか?」

「え?」
 
 私は驚いて顔をあげる。
 私の返事を聞く前に、フェリシアン様が屋台のほうに向かっていく。
 私も慌ててあとに付いていった。
 屋台には、いぬのぬいぐるみ、きつねのぬいぐるみ、とりのぬいぐるみなどが並んでいた。

「店主、一回頼む」
   
 フェリシアン様が店主にお金を渡したあと、的を狙い始める。
 おもちゃの得物から手を離すと、見事に的にあたった。
 あてたのは白いうさぎのぬいぐるみだった。

「はい。君にやろう」

 フェリシアン様が楽しそうに笑って、うさぎのぬいぐるみをくれた。

 私はなにも言えなかった。
 あの時と同じようにあなたはまた私にぬいぐるみをくれるのね。
 顔を上げれば、あの時と同じような眩しい笑み。
 昔も今も変わることのない、私のたったひとりの王子様。
 あの時よりも、あなたを想う気持ちがずっとずっと強くて。
 
「……フェリシアン様は昔、迷子の女の子にくまのぬいぐるみをあげたのを覚えていますか?」

 胸が切なく疼いて、下を向いて絞り出すように尋ねた。
 しばらく間があったあと、フェリシアン様が答えた。

「……いや、覚えていないな」

 やっぱり。フェリシアン様にとっては、私は助けた数多くの人間のひとりに過ぎないんだろう。
 それでも、この気持ちを伝えたかった。

「……あなたが好きです」

 溢れる思いを、目をぎゅっと瞑って耐えた。
 婚約者だったこの二年間。
 少しでもあなたに近づけただろうか。
 私に向ける優しい目。柔らかい微笑み。
 何度も重ねたデート。たくさんの会話。
 それらが積み重なるうちに、心のなかに少しでも『責任以外の何かが』が混じるようになってくれたのではないだろうか。
 『恋』や『愛』でなくていい。
 慣れ親しんだ者に対する『情』でもかまわない。
 『責任以外の何か』だったら――。
 
 しかし、いくら経ってもフェリシアン様からの返事はなかった。
 堪らずそろそろと顔をあげて、フェリシアン様の顔を見た瞬間、私は悟った。  

――ああ。駄目だった。

 言っては駄目だった。
 優しさを絶やさなかったフェリシアン様が初めて見せる表情。
 私の心に鉛のように重たいものが落ちた。

「……ありがとう……」

 フェリシアン様の呟き。
 それだけ言うのが精一杯かのような、ぎこちない響き。
 瞳が戸惑いに揺れ、私から外れない視線。
 固まったままのフェリシアン様。
 心の痛みのなかから自己嫌悪が生まれる。 
――困らせてしまった。
 私の軽率な行動のせいで。
 勇気を振り絞ったことが、かえって愚かに思えた。
――こんなに優しい人を困らせてしまうなんて。
 そのことを申し訳なく思う。
 フェリシアン様は初めから『責任』と仰っていたのに。
 そこにほかの感情が入る隙間なんて初めからなかったのに。 
 淡い期待を抱いてしまった自分が身勝手に思えて情けなかった。 
 
 それからまた祭りを見て回ったけど、フェリシアン様は口数が少なくなり、私はそんなフェリシアン様の半歩後ろから俯き気味に歩いた。
 楽しいはずの祭りを見ても、心は重く沈んだままだった。
 そうして別れる最後まで、ぎくしゃくした雰囲気が消えることはなかった。

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