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「聞いてよ、もう! すっごく良かったんだから!!」

 アデラが興奮気味に瞳を輝かせた。

「あんな綺羅びやかな世界って現実にあるのね! 天井から床までぴかぴかで、一歩入った途端、別世界かと思っちゃった」 
  
「そんなに良かったの?」

 アデラの気持ちの昂りがこっちにまで伝わってきて、私は興味深げに尋ねる。

「うん。食べ物もすっごく上品に盛り付けてあって美味しいものばっかだしさ。いるひともみんなお洒落で、特に高位貴族のひとたちは立ってるだけでなんか私たちと違うオーラがあるっていうかさ。後ろ姿もキマっててじっと見ちゃった。それから昨日は、知り合いの紹介で侯爵家のお嬢様と喋れたんだ。今まで高位貴族の人と話したことなかったから、緊張しちゃった。――とにかく、すっごく良かった!」 

 アデラが気持ちを込めて、盛大に言い切った。  

「そうなんだ」 

 初めてのパーティーを盛大に楽しんだ様子のアデラに、私もつられるように笑みを返した。
 今日はアデラがうちに来ている。
 私より先に十六歳を迎えたアデラ。
 十六歳を迎えれば、晴れて社交界デビューができる。
 そしてアデラが社交界デビューを果たしたのが、つい昨日のこと。
 興奮が冷めやらぬ内にというより、ひとりでは抑えきれなくなって、昨日の今日で、その興奮を伝えに来たらしい。
 
「そのひとを足がかりに、徐々に知り合いを広げていって、最終的には伯爵とか侯爵家の男性と結婚できたらいいなーって思ってるんだけど」

 アデラが口をにやつかせた。

「私もエレンに負けてらんないからね。フェリシアン様みたいな素敵な男性を私も見つけてやるんだから。あ、そうだ。フェリシアン様、昨日のパーティー来てたよ」

 フェリシアン様の名前を耳にしただけで、心臓が大きく音を立てた。

「そうなの?」

 社交界デビューは大きな節目のため、それに見合ってパーティーも選ばれる。本人にとっては晴れ舞台のため、小規模のパーティーを好んで選ぶ子息令嬢はまずいない。アデラが昨日行ったパーティーも、おそらく公爵や侯爵といった高位貴族が開いたパーティーだろう。だとしたらそこにフェリシアン様がいてもおかしくはなかった。
 これまでフェリシアン様とはたくさんの会話をしてきたけれど、夜会や舞踏会の話に及んだことは一回もなかった。
 パーティーに出席されるフェリシアン様はどんな感じなのかしら。
 好奇心が頭をもたげた。

「久々に見たけど、やっぱ格好良いね! フェリシアン様!! 隊服姿も格好良かったけど、タキシード姿もすっごく似合ってて惚れ惚れしちゃった。あれじゃあ他の人が霞むよ!」

 アデラが喜々として伝えてくるのを、私も一言も聞き漏らすまいと、身を乗り出した。
 
「近くで見たかったんだけどさ。でも全然近づけなかった。フェリシアン様の周りがみんな高位貴族の令嬢ばっかりでさ」

 アデラが残念そうに首を振った。

「フェリシアン様の周りをがっちり固めちゃってて、『高位貴族の令嬢が邪魔して全然近づけない』って言ってたお姉様の言葉を実感させられた。近くに寄るだけで睨まれるんだもん。あれじゃあ怖くて、私たちみたいな下位貴族の令嬢は全然近づけないよ」

「……そうなんだ」

 聞きたかった類の話ではなくなって、反対に耳に入れたくなかった話にとって変わったところで、心がどんどん沈んでいく。
 高位貴族の令嬢がそんなに近くにいたら、しがない男爵令嬢の自分との差がはっきりわかってしまうような気がして、心が苦しくなった。

「……あの、エレンに黙ってるの悪いから言うんだけどさ」

 アデラが気まずそうな目を向ける。

「なに?」

「そのフェリシアン様を囲む令嬢のなかに、特にフェリシアン様と仲が良い令嬢がいるみたいなの」

「そうなの?」

「うん。これもお姉様から聞いたんだけどね、フェリシアン様よりひとつ年下の方でその令嬢が社交界デビューしてからはずっとフェリシアン様の隣を独占してるんだって」

 アデラが休まず言葉を続ける。

「フェリシアン様も、実際その令嬢を何回かエスコートしたことがあるんだってさ。最近だと建国祭がそうだったって。ほかの令嬢はみんな一度切りだったのにって言ってた。本当、よく見てるよね」

 アデラが呆れたように言った。そのあと「あ、でも、エレンが婚約者になってからは諦めたみたいだけど」と小さく声に出した。
 
「なんか親同士が仲がよくて、その関係で小さい頃から交流があったみたいだよ。公爵家の令嬢だってさ」

「……そうなんだ」
 
 そんな方がフェリシアン様のすぐ横にいつも寄り添っていたなんて。
 全然知らなかった。
 フェリシアン様とその方の関係はただの仲の良いお友達なのかしら。
 それとも――
 話すのに熱中していたアデラが、私が俯いたのに気付いて、慌てたように言った。

「でも小さい頃からの付き合いで、恋人だったって噂も聞かないし、単なる幼馴染みだよ。エスコートしたのだって、エレンはまだ社交界デビューしてないからさ。同伴必須のパーティーもあるから仕方なくじゃない?」

「うん……」

「それにフェリシアン様、エレンに優しくないわけじゃないんでしょ?」

「ううん。とっても優しい」
 
 私はかぶりを振って、微笑んだ。
 先月は素敵なドレスを三着も贈ってくださったもの。
  
「なら、大丈夫だよ。結婚式だってもうすぐなんだしさ。婚約者が十六になったらすぐに花嫁に迎えるだなんて、普通、他に想い人がいたらそんなことしないよ」

 それは『責任』をすぐ果たすべきとのフェリシアン様のお考えから、そうなったに過ぎないの。
 けれど『十六になったら君をすぐ娶ろう』と言ったフェリシアン様の言葉をわざわざアデラに説明しようとは思わなかった。

「フェリシアン様を信じなきゃ。親身にエレンを見舞ってくれたり、たくさん親切にしてくれたんでしょ。そんな方をうたぐったら罰があたるよ」

「うん」
 
 本当にそうね。
 フェリシアン様への信頼感。
 その感情だけはほかのものが一切入る余地もなく、自分の中でずっしりと根が張ったように動かない。
 今まで受けた恩に優しさ。彼の人となりを知れば、彼が信頼足る人物だと考えるまでもなく自然に導き出せる。

「私、フェリシアン様を信じてる」
 
 自分でも思いの外強い言葉が出た。
 アデラが少し目を丸くして私を見た。  

「フェリシアン様は人を傷つけるような方では決してないもの」

 呆けたように口を開けていたアデラだったけど、すぐに表情を改めて笑顔を作った。

「うん。そうだね」

「うん」
 
 それからアデラはまた楽しかったパーティーの出来事へと話題を戻した。 
 私はその後、先程の憂いも忘れ、アデラとの会話を楽しんだのだった。




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