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しおりを挟むそれから何度か私たちはデートを重ねた。
再び高級ブティックが並ぶ通りに行ったこともあったけれど、やはり眺めるだけで終わってしまった。
それよりも私は見慣れぬ場所を散歩しながらフェリシアン様の話を聞いたり、一緒に街の景観を眺めたりするほうが好きだった。
そうして適度に歩いた頃休める場所を探すのが自然の流れになっていた。
今日は噴水広場のベンチに座った私達。
そろそろ夏も近くて、陽射しを浴びた噴水の水がキラキラ反射して綺麗だった。
「ウェディングドレスは決まった?」
「はい」
私が十六になるまでいつのまにか半年を切っていた。
成人を迎えれば、フェリシアン様と結婚式をあげることになっている。
日取りも決まっていて、誕生日から数えて一月後となった。
私の誕生日を過ぎてから一番縁起の良い日がその日だったそうだ。
式場の手配から準備、招待状まで、全部おんぶにだっこで、フェリシアン様に任せきりだった。
少しは手伝うと申し出たものの「全部、私に任せくれれば良い」と断られてしまった。
唯一私が関わったことと言えば、ウェディングドレスのデザイン決めだった。
一月前、我が家に王都でも一番腕が立つと評判の仕立て屋が訪れた。
事前にフェリシアン様から聞いていたとはいえ、その人数に驚いた。
せいぜいひとりかふたりかと思っていたら、何人ものデザイナーやお針子が大勢やってきた。
採寸から始まり、デザイン選び、布地選び、刺繍図案・レースやパール、フリルの種類決め、決まったら次はいくつ使うかどこに入れるか、その都度お針子たちがサンプルを使っては布に手を入れイメージを伝えてくれる。
あまりの情報量に頭がついていけず、始終混乱しっ放しだった。
けれど、お店のひとの親身なアドバイスによってなんとか決めることができた。
ドレスを仕立てたことがない私にとってはどれも印象深いものだったけれど、一番心を捉えたのはやはりウェディングドレスのデザイン画を見せられた時だった。
結婚するんだという実感が湧き、大好きな人に嫁ぐ喜びが押し寄せた。
これから半年以上かけて、お針子がひと針ひと針丁寧にさして仕上げていくウェディングドレス。
ドレスを作るのにそんなに時間がかかるとは思っていなかった私にとって、それもまた驚きだった。
ほかのドレスもそうなのかしら。
既製品しか買ったことがない私にとっては未知な世界だった。
今後も採寸を合わせたり、進捗状況を確認するためにも、度々来てくれることになっている。
あとからアデラに仕立て屋の店名を告げたら「王室御用達じゃん! 一年待ちがザラだよ!」と目を丸くして教えてくれた。
そんなすごい仕立て屋に頼んでくれたなんて。改めてフェリシアン様に感謝の気持ちがわいた。
「何から何までありがとうございます」
「いや。本当は付き添ってあげたかったんだが、そこまで時間がとれなくてすまない」
「いいえ! もう充分過ぎるほど良くしてもらっています」
「それに」と私は話を続けた。
「初めてあんなに綺麗な刺繍やレースをいっぱい見ることができて、夢のようでした」
繊細なものから華やかなものまで。こんなに多種多様にあるのかと驚かされてばかりだった。
「『レース』で思ったんだが、その襟元のレース、以前君に買ってあげたものに似ているな」
私の襟元で飾られていたレースにフェリシアン様が目を向けた。
「……はい。そうです。フェリシアン様に買ってもらったものです……」
「自分で付けたのか?」
「はい……」
「……この刺繍も?」
フェリシアン様が私のドレスの裾に施された刺繍に目をやった。これも、フェリシアン様から買ってもらった刺繍糸で刺繍したものだった。
「はい……」
「どうしてそんなことを?」
私は口を閉ざした。
けれど、フェリシアン様が私の返事をじっと待つように視線を向けてくださっていたから、答えないわけにはいかなかった。
「……私、ドレスを四着しかもっていないから……」
たくさんのドレスを持っているみんな。それに比べて私は――。
私は顔を俯かせた。
「……少しでも違うドレスに見せれたらと思ったんです……。それで……」
同じドレスを何回も着ることに、恥ずかしさを感じながら参加したお茶会。
みんなの前ではそれでも通せた。
けれど、フェリシアン様の前では――。
好きなひとのまえでは、ちゃんとしていたかった。
同じドレスを何回も着る自分がどう思われるか怖かった。
こんな自分が横にいたら、もしかしたらフェリシアン様が恥をかくのではないかと怖かった。
それで、五度目以降のデートからはドレスに手を加えた。
フェリシアン様はこんな私をどう思ったかしら。
私のことを『普通とは違う子』だと思ったかしら。
恥ずかしさと不安がないまぜになった頃、隣から声が聞こえた。
「綺麗な仕上がりだ。よくできている」
聞き間違いかと一瞬思った。けれど――
「これだけ上手なら、刺繍も好きなのも頷ける」
フェリシアン様のしっかりとした声が耳に響く。
顔をあげると、優しく煌めく青い瞳があった。
「……本当ですか?」
「ああ」
その一言で、私のなかで渦巻いていた恥ずかしさや悲しみ、自己嫌悪、居たたまれなさ、全てが押し流されていった。
フェリシアン様は私のつまらない考え方をするような方じゃなかった。
それが何よりも私を安心させる。
誰かに肯定されることがこんなにも嬉しいことだとは思わなかった。
胸に温かさが灯り、私は自然に微笑んでいた。
私のなかで『自信』というものが初めて根付いた瞬間だった。
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