16 / 75
16
しおりを挟む馬車は座り心地だけではなく、乗り心地も抜群だった。
しばらくしてから馬車が止まったのでフェリシアン様のあとに続いて降りてみれば、そこは王都の商業地区でも特に一番きらびやかな通りだった。
ブティック、宝飾店、靴屋、時計屋などの様々な店が建ち並び、それぞれのショーウインドウが人目を引く。
飾られた華やかな商品たち。
所々にあるオープンカフェもまたお洒落で、買い物を楽しんだ人々が優雅にお茶を楽しんでいるのが見えた。
以前通りを横切った際、一、二度ちらっと見たことはあったけれど、こんなに中まで立ち入ったのは初めてのことだった。
ここの通りで売られている物はどれも自分の手には届かぬものばかりで。
行き交う人々も洒落た装いで自分とはどこか違う人種のように感じていた。
そんなところに自分がいたら場違いのような気がして、今まで足を踏み入れることはなかったけれど――。
「さあ、行こうか。入りたいお店があったら言ってくれ」
フェリシアン様がエスコートするために腕を差し出してきてくれたので、私はそれに手を回した。
「はい」
フェリシアン様と一緒に歩き出す。
ショーウインドウを通るたび、そこに飾られた商品たちに目が奪われる。
普段見ることができない技巧を凝らした一級品の数々。
どれも眩しく感じられて、立ち止まってはひとつひとつ見入ってしまう。
「気になるなら入ろうか?」
「いいえ」
私は慌てて首を振った。
こんな高級なお店に入ったら、気軽に出てこれないような気がした。
お店の人に勧められるまま、買う流れになりそうで怖かった。
こんな高い金額をフェリシアン様に出させるわけにはいかない。もちろん自分で払えるわけなどないのだが。
それに珍しくて見ているだけで、ほしいわけではなかった。
たくさんのものに見惚れて心がいっぱいで、充分満たされていた。
フェリシアン様が一緒でなかったら、こんなところに来ることも、こんな気分を味わうこともなかった。
だから、それだけで充分満足だった。
歩いているうちに、見知っている場所に出てきた。
さっきとはまた違う雰囲気のお店が立ち並ぶ通り。
どれも先程見たお店とは違い、敷居は高くない。
なかのひとつに、アデラとよく行くお店があって――と言ってもアデラの買い物に付き合うのがほとんどだったけれど――私が足を運べる数少ないうちの一画でもあった。
フェリシアン様はその通りは歩かず、近くにあった公園に目を向けた。
公園の周りには平民たちも利用する雑貨屋や花屋などが点在して、先程の洗練された雰囲気とは違い、ゆったりとしたのどかな雰囲気が流れているようだった。
「歩いたから、疲れただろう。適当な良いお店もなさそうだから、少し公園で休んでいこう」
「はい」
私たちは公園に入って、ベンチを見つけると腰をおろした。
一呼吸ついてしばらくしたあと、フェリシアン様が口を開いた。
「初めて一緒に出掛けた記念に、君に何かあげたかったんだが、ほしいものはなかったか」
私は慌てて首を振る。
「ほしいものなんて、全然――……。……一緒にこうしてフェリシアン様と歩けただけで、充分満足です」
「そう言ってくれるのは嬉しいが、私の気が済まない。何か君に――」
言葉が途中でとまったのは、公園のそとにあった花屋に目を止めたせいだった。けれど、すぐ首を振った。
「もう散々贈ったしな……。記念にはならないな……」
フェリシアン様は小さく独り言ちたあと、考えこむように眉を寄せた。
私のために一生懸命思案してくださっているんだわ。
フェリシアン様を煩わせるのが忍びなくて、それによく考えたら、私もフェリシアン様と初めて出掛けた思い出を残せるものがあったら素敵だという気がしてきた。
「なら、あの、手芸用品がほしいです」
「手芸用品?」
「はい。ちょうどこの近くに私が行くお店があるんです」
「そうか、君は刺繍が好きだと言っていたな」
「はい」
「なら、そこにいこうか」
私はフェリシアン様を手芸屋に案内することにした。
11
お気に入りに追加
519
あなたにおすすめの小説
私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?
⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。
海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】
クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。
しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。
失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが――
これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。
※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました!
※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。
悪役令嬢は大好きな絵を描いていたら大変な事になった件について!
naturalsoft
ファンタジー
『※タイトル変更するかも知れません』
シオン・バーニングハート公爵令嬢は、婚約破棄され辺境へと追放される。
そして失意の中、悲壮感漂う雰囲気で馬車で向かって─
「うふふ、計画通りですわ♪」
いなかった。
これは悪役令嬢として目覚めた転生少女が無駄に能天気で、好きな絵を描いていたら周囲がとんでもない事になっていったファンタジー(コメディ)小説である!
最初は幼少期から始まります。婚約破棄は後からの話になります。
私のお金が欲しい伯爵様は離婚してくれません
みみぢあん
恋愛
祖父の葬儀から帰ったアデルは、それまで優しかった夫のピエールに、愛人と暮らすから伯爵夫人の部屋を出ろと命令される。 急に変わった夫の裏切りに激怒したアデルは『離婚してあげる』と夫に言うが… 夫は裕福な祖父の遺産相続人となったアデルとは離婚しないと言いはなつ。
実家へ連れ帰ろうと護衛騎士のクロヴィスがアデルをむかえに来るが… 帰る途中で襲撃され、2人は命の危険にさらされる。

初恋の人と再会したら、妹の取り巻きになっていました
山科ひさき
恋愛
物心ついた頃から美しい双子の妹の陰に隠れ、実の両親にすら愛されることのなかったエミリー。彼女は妹のみの誕生日会を開いている最中の家から抜け出し、その先で出会った少年に恋をする。
だが再会した彼は美しい妹の言葉を信じ、エミリーを「妹を執拗にいじめる最低な姉」だと思い込んでいた。
なろうにも投稿しています。
【完結】初夜の晩からすれ違う夫婦は、ある雨の晩に心を交わす
春風由実
恋愛
公爵令嬢のリーナは、半年前に侯爵であるアーネストの元に嫁いできた。
所謂、政略結婚で、結婚式の後の義務的な初夜を終えてからは、二人は同じ邸内にありながらも顔も合わせない日々を過ごしていたのだが──
ある雨の晩に、それが一変する。
※六話で完結します。一万字に足りない短いお話。ざまぁとかありません。ただただ愛し合う夫婦の話となります。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる