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しおりを挟むあれから半年――。
フェリシアン様が我が家に訪れるのは、多くて週に一度、少ないときは月に一度の割合だった。
その間に私は十五歳になった。
背中の傷も大分癒えて、ドレスを着られるようになった。
フェリシアン様をきちんとした格好で迎えられるようになって、幾度目かの来訪の折だった。
お茶の席で、フェリシアン様が口を開いた。
「ドレスを着られるようになったのなら、この次は外に出掛けてみないか」
「え?」
思いがけぬ提案に、一瞬耳を疑ってしまった。
「こうしてお茶を飲むのも悪くないが、たまには外に出るのはどうだろうか。良い気晴らしになると思う」
フェリシアン様が私に意見を訊いてくる。
それってデートなのかしら。
婚約した者同士が外に出かけるなら当然そういうことだろう。
胸が思わず弾んだ。
――嬉しい。
まさかフェリシアン様とデートができるだなんて。
こうして顔を合わせてお茶をするだけでも、身に余るほど幸せなのに。
「はい。私もお出かけしたいです」
喜んで返事を返せば、フェリシアン様が顔を和ませた。
「そうか。では、次の休みの日に街にでも行ってみよう」
「はい」
そうして私はフェリシアン様とデートの約束をしたのだった。
当日。
私は朝からそわそわし通しだった。
あっという間に今日になってしまった。
朝からずっと身支度に時間をとられている。
といっても、着たドレスを鏡で見返し色んな角度で眺めては、本当にこれで良かったかと自問自答の繰り返し。
髪もおろしたほうが良いのか、それともハーフアップにしたほうが良いのか。もしくは一つに束ねたほうが良いのか。
決まらなくて自分でできる数少ない髪型の中で迷ってばかり。
数少ない髪飾りもどれにするか全然決まらない。
――この白い花がひとつだけついた飾りがいいかしら。
それとも色違いのものが三つ小さく並んだもののほうが可愛いかしら。
紺のリボンのものもあるけれど、これは地味になってしまうかしら。
あれこれ変えてるうちに、どれが一番正解か自分でもわからなくなってしまった。
そうこうしているフェリシアン様が来る時間になってしまった。
もう迷っている暇はないし、これでいこう。
私は鏡のなかの自分の姿を確認する。
結局おろしただけの髪に小さな髪飾り。
ドレスは一番新しいやつだから、ほかの三つより汚れていない。
納得できていなかったけれど、今の私ではいくら時間があっても、ぐるぐると同じことを繰り返すだけで、徒労に終わるような気がした。
自分自身にため息を吐いたところで、扉がノックされた。
「お嬢様、フェリシアン様がお見えになりました」
メイドのドロシーが来訪を告げる。
「ありがとう。今行くわ」
部屋を出て、玄関をくぐれば、フェリシアン様が門扉の前で立っているのが見えた。
その後ろにある大きくて立派な馬車。
まあ、あれに乗っていくのかしら。
今まで見たことがない瀟洒な意匠が目を引く、美しい造りの馬車。
扉にはサンストレーム家の家紋が金色に光り輝いているのが見えた。
それを背景に立つフェリシアン様もまた様になっていて、そうなると、フェリシアン様につられるように馬車のほうも一層箔がかかったように見えるから不思議だった。
両者がお互いの美しさを引き立てていた。
流石サンストレーム家の高貴な血を受け継ぐフェリシアン様であり、サンストレーム家専用の馬車だった。
「おまたせいたしました」
どぎまぎしながら声をかけると、フェリシアン様が柔らかい表情を作った。
「いや。――さあ、行こうか。今日は街を歩くにちょうど良い天気だ」
フェリシアン様の言葉通り、今日は空が晴れ渡っていた。
好きな人とのデートに加え、気分も自然と明るくなる。
扉の前でエスコートしてくれるフェリシアン様。私はその手をとって馬車に乗り込んだ。
座席に腰を落とした私はこれまた驚いた。
滑らかな天鵞絨を張った座面はふかふかで、お尻が沈みそうになるほど柔らかい。
初めて感じる心地よい浮遊感。
詰め物が綿ではなく、まるで羽毛が入っているみたい。
こんなに座り心地の良い馬車は初めて。
フェリシアン様にはこれが当たり前なのだろう。
目を白黒させている私と違って、涼しい顔で足を組んで向かいに座った。
馬車が走り出した。
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