7 / 75
7
しおりを挟む「本当に綺麗なお花だこと」
ドロシーが、寝台横に飾られた花の水を取り替えながら微笑む。
あれから二週間あまり。
フェリシアン様は毎日お見舞いに来てくださっている。
そして毎回、部屋には立ち寄らず、見舞いの言葉と花束を残して去っていく。
「動けないお嬢様を思って、こうして毎日違う花を持ってきてくださるなんて、優しい方ですね」
「……ええ、本当に」
会わないのなら、遣いの者に届けさせても良いのに、わざわざご自身で届けられるフェリシアン様。
王都警備団の団長ともなれば、忙しい身の上だろうに。
「私達使用人に対しても、全然態度が変わられないんですよ。あれほど高貴な家柄の出では珍しいくらい。本当にお嬢様は良き方の婚約者になられましたね」
嬉しそうに褒めそやすドロシーの姿から、本心からフェリシアン様を讃えているのが伝わってくる。
『婚約者』という言葉が出たけれど、私の中ではまだフェリシアン様の婚約者になった実感が湧かない。
きっとまだ一度もお会いしていないからだわ。
ずっと痛みに喘いだり、熱にうなされたりと、人に会える状態ではなかったこの二週間。
私は贈られた花を見る。
可愛らしいピンクのお花。
昨日は黄色とオレンジのガーベラだった。
怪我を負って運ばれ、一番最初に目覚めた時に見た花も、実はフェリシアン様からのものだったとドロシーから聞かされた。
私の口が自然と綻ぶ。
彼が変わらず、あの頃のまま優しいことが嬉しかった。
お茶会では、フェリシアン様が誰にもなびかない冷たい貴公子と言うひともいるけれど。
――本当の彼はとても優しいひと。
どうして私なんかを婚約者にしたのかしら。
婚約者になったと知らされてから、ずっとぐるぐると頭の中をめぐる疑問。
私には自慢できるところなんてひとつもないのに。
ほかの令嬢のほうが私よりずっと優れているだろうに。
それこそ幼い頃からしっかりと教育を受けた公爵令嬢や侯爵令嬢たちが。きっと博識で、歌や管弦に優れた、多才な方。
我が家は貧しかったから、そんな教育は一切受けれなかったけれど。
お会いして聞いてみれば、答えが聞けるかしら。
もしかして、あの時の子供が私だと気付いたのかしら。
それで婚約者になった理由はわからないけれど、もしそうなら嬉しい。
フェリシアン様の頭の片隅にでも自分がいたのだと思うと、心が浮き立つ。
そう思ったところで、扉がノックされた。
「エレン、調子はどうだい」
扉を開けてお父様が部屋に入ってきた。
「まだ痛みはありますが、最初よりは大分楽になりました。ありがとうございます」
「起き上がれるようにもなったんだね。それは良かった。なら、そろそろこの部屋にフェリシアン様を通しても良いだろうか」
「――え?」
心の準備もなにもなかった私は、突然の提案に心臓が波打った。
「毎日花束だけを届けられて、もう二週間以上経つ。流石にそろそろ顔を合わせても良いんじゃないかと思ってね」
急に高鳴り始める心臓の音。
フェリシアン様に会うことを考えるだけで、臆病になって逃げてしまいたくなる。
ずっと想っていた相手なのに。
なぜこんなにも、私には勇気がないのだろう。
「どうだろうか」
返事を返さない私を訝しがって、お父様が首を傾げる。
「は、はい。わかりました。……お会いします」
いつまでもこのままではいけない。
うまく対応できる自信はこれっぽっちもないけれど、これ以上先延ばしにするのは悪いような気がした。
同じことを思ったのか、お父様もほっと息を吐いた。
「良かった。フェリシアン様はお前が充分回復するまで待つと仰ってはいたんだが、私らより遥かに高い家門のお方だろう。毎日ただ花を受け取るだけでは忍び難くてね」
男爵家の我が家が礼儀を尽くすならいざ知らず、貴族の頂点に位置するサンストレーム家の御子息が、遣いのように毎日我が家に来てくださっていたのだ。
普通なら考えられないことだった。
お父様に気まずい思いをさせていたんだわ。
「それじゃあ、明日お見舞いに来た際に、エレンの部屋に通すからそのつもりで」
「はい。わかりました」
お父様が部屋から出ていった。
私は緊張を緩めるように、ふうと息を吐いた。
――明日、とうとうお会いするんだわ。
私は窓の外を見つめて、拳をぎゅっと握りしめた。
10
お気に入りに追加
519
あなたにおすすめの小説
私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?
⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。
海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】
クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。
しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。
失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが――
これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。
※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました!
※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。
悪役令嬢は大好きな絵を描いていたら大変な事になった件について!
naturalsoft
ファンタジー
『※タイトル変更するかも知れません』
シオン・バーニングハート公爵令嬢は、婚約破棄され辺境へと追放される。
そして失意の中、悲壮感漂う雰囲気で馬車で向かって─
「うふふ、計画通りですわ♪」
いなかった。
これは悪役令嬢として目覚めた転生少女が無駄に能天気で、好きな絵を描いていたら周囲がとんでもない事になっていったファンタジー(コメディ)小説である!
最初は幼少期から始まります。婚約破棄は後からの話になります。

初恋の人と再会したら、妹の取り巻きになっていました
山科ひさき
恋愛
物心ついた頃から美しい双子の妹の陰に隠れ、実の両親にすら愛されることのなかったエミリー。彼女は妹のみの誕生日会を開いている最中の家から抜け出し、その先で出会った少年に恋をする。
だが再会した彼は美しい妹の言葉を信じ、エミリーを「妹を執拗にいじめる最低な姉」だと思い込んでいた。
なろうにも投稿しています。
【完結】初夜の晩からすれ違う夫婦は、ある雨の晩に心を交わす
春風由実
恋愛
公爵令嬢のリーナは、半年前に侯爵であるアーネストの元に嫁いできた。
所謂、政略結婚で、結婚式の後の義務的な初夜を終えてからは、二人は同じ邸内にありながらも顔も合わせない日々を過ごしていたのだが──
ある雨の晩に、それが一変する。
※六話で完結します。一万字に足りない短いお話。ざまぁとかありません。ただただ愛し合う夫婦の話となります。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中です。
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる