婚約者の隣にいるのは初恋の人でした

四つ葉菫

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「ジャスミン・ティルッコネン、本日限りで、お前との婚約は破棄する!」

 イグナシオの耳障りな声がすぐ近くで私の鼓膜を震わす。 
 王宮のなかの一室で、私達は向き直っていた。

「お前のような人間に俺の妃は相応しくない。美しくもなければ、俺を楽しませる会話ひとつできん。地味で根暗で。お前の顔を見ると、こっちまでくさくさする。その点!」

 イグナシオが私の肩をぎゅっと引き寄せる。その瞬間、肘鉄を食らわしたくなった。

「ここにいるレヒーナは、誰よりも美しく聡明で、皆からも好かれている。まさにお前より王族に連なるに相応しい女性だ!」

 正面にいたジャスミンが心細いような顔で見上げてくる。 
 それもそうだろう。急に呼び出された上、わけもわからず敵意をむき出しにされたのだから。
 愛する女性を貶める胸くそ悪い発言をするイグナシオの口を今すぐ塞いでやりたい。
 そして今すぐジャスミンのもとに駆け寄って、「大丈夫だよ」とその背をさすってあげたい。
 だが、辛抱だ。
 この日のために今日まできたのだ。
 私の不用意な言動で、台無しにするわけにはいかない。
 その後、ありもしない罪でジャスミンを責め立てたあと、イグナシオは用紙にサインしろと言い放った。
 サインをする前、ジャスミンが私を見上げてくる。  
 およそ婚約破棄を言い渡された女性とは思えぬ顔立ち。
 すでにイグナシオに見切りをつけていたのだろう。
 諦めたような、悲しそうな顔。
 私はできるだけ無表情を装った。私の胸のうちが漏れてはいけない。
 あと少しで望みが叶う予感に、溢れそうになる喜びを必死で抑える。  
 今が正念場だ。
 私の些細な表情の変化でもしかしたら、ジャスミンの気が変わるかもしれない。
 サインをする前に、父親か国王に一言申し上げてからと言うかもしれない。周囲が反対するようなことがあれば、またいちからやり直しだ。もしかしたら、一生ジャスミンが手に入らないかもしれない。
 焦りと希望で高鳴る心臓のせいで、数瞬をとても長く感じた。
 けれど永遠とも思えた時間は、ジャスミンがことりと筆を置いたことで終わった。
 急いでジャスミンの側にかけより、紙を手に取ると、そこに不備がないことを確かめる。

「はは」

 抑えきれず、笑いが口からこぼれていた。
 
「ははははははははは」

 そのまま嬉しさが突き上げて、笑い声が止まらない。
 すぐさま向きを変え、ジャスミンの手をがしっと掴む。

「これで、ジャスミンは私のものだ!」  
 
 ようやく彼女に触れられる。もう私とジャスミンの間を阻むものは何もない。



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