婚約者の隣にいるのは初恋の人でした

四つ葉菫

文字の大きさ
上 下
10 / 19

10

しおりを挟む

「どういうことだっ!!」

「ひいっ。そんなお綺麗な顔で怒ると、本当怖いんでやめてください」

 隣国から戻ったシーグルドが縮こまる。

「私に文句を言ったって、事実は変わらないんですから」

「ジャスミンが婚約してるだと? 私との約束を忘れてしまったのか」

 片手を頭に突っ込み、部屋の中で行ったり来たりする。
 ああ、そんな。このためだけにここまで頑張ってきたのに。
 血の気が音を立てて引いていくようだ。

「あの、お返事は頂けませんでしたが、これを代わりに渡されました」

 シーグルドが恐る恐る差し出して来たものを、奪うように手を取る。

「これは……」

 そこにあるものを食い入るように見つめる。

「女性が男性に贈るものにしては、ちょっと筋違いなんじゃないかなと思ったんですけどね……。それに持ち歩いて、使っていたようですし、殿下には不似合いですよね」

 まるで自分が悪いかのように、シーグルドが言い訳めいて、頭をかく。

「婚約者は?」

「は?」

「婚約者は誰だと聞いている」

「ジャスミン様はそこまでは仰られなかったんですが――」 
  
「まさか、そのままのこのこ帰ってきたんじゃないだろうな」

 お前はそこまで無能だったのかと、地の底を這うような声を出せば、シーグルドが慌てて首を振った。

「調べてきましたよ! 一体何年、殿下の従者をしてるとおもってるんですかっ」

「で?」

 先を促せば、「全く褒め言葉のひとつも言いやしない」とぶつくさ言っている。

「で?」

 もう一度、笑顔で促せば、ぶるぶると震えだす。

「その青筋浮かべながら、笑うのやめてください。悪寒がしてきますから。ああっ! 言いますよ、言います。――第二王子のイグナシオ・ジャンメール殿下ですっ」

「イグナシオ?」 

 幼い頃、尻もちをついた人間に対して何の感慨も浮かばない表情で見てきた少年を思い出す。
 あの頃に関しての出来事は、もうどうでも良い。
 しかし、そんな男がジャスミンの婚約者になったことが気になった。

「どうしてだ? ジャスミンが望んだのか?」

「さあ。調べればわかることとは思いますが」

「調べてくれ。どういった経緯で。それからふたりの今の仲も詳しく」

「はっ」

 シーグルドが勤勉な部下の顔になって部屋を出ていく。間諜に指令を出しにいったのだろう。
 私はひとり部屋の中で溜め息を吐いて、目を瞑った。
 ジャスミンが本心からイグナシオを好いて、幸せなら潔く身を引くしかない。
 けれど、そうじゃないなら――。
 私は渡されたものに視線を落とす。
 これを見る限り、その可能性は限りなく薄かった。



 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」

ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」 美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。 夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。 さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。 政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。 「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」 果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

【完結】旦那様、その真実の愛とお幸せに

おのまとぺ
恋愛
「真実の愛を見つけてしまった。申し訳ないが、君とは離縁したい」 結婚三年目の祝いの席で、遅れて現れた夫アントンが放った第一声。レミリアは驚きつつも笑顔を作って夫を見上げる。 「承知いたしました、旦那様。その恋全力で応援します」 「え?」 驚愕するアントンをそのままに、レミリアは宣言通りに片想いのサポートのような真似を始める。呆然とする者、訝しむ者に見守られ、迫りつつある別れの日を二人はどういった形で迎えるのか。 ◇真実の愛に目覚めた夫を支える妻の話 ◇元サヤではありません ◇全56話完結予定

あなたが幸せになるために

月山 歩
恋愛
幼馴染の二人は、お互いに好きだが、王子と平民のため身分差により結婚できない。王子の結婚が迫ると、オーレリアは大好きな王子が、自分のために不貞を働く姿も見たくないから、最後に二人で食事を共にすると姿を消した。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

好きだった人 〜二度目の恋は本物か〜

ぐう
恋愛
アンジェラ編 幼い頃から大好だった。彼も優しく会いに来てくれていたけれど… 彼が選んだのは噂の王女様だった。 初恋とさよならしたアンジェラ、失恋したはずがいつのまにか… ミラ編 婚約者とその恋人に陥れられて婚約破棄されたミラ。冤罪で全て捨てたはずのミラ。意外なところからいつのまにか… ミラ編の方がアンジェラ編より過去から始まります。登場人物はリンクしています。 小説家になろうに投稿していたミラ編の分岐部分を改稿したものを投稿します。

婚約破棄を、あなたのために

月山 歩
恋愛
私はあなたが好きだけど、あなたは彼女が好きなのね。だから、婚約破棄してあげる。そうして、別れたはずが、彼は騎士となり、領主になると、褒章は私を妻にと望んだ。どうして私?彼女のことはもういいの?それともこれは、あなたの人生を台無しにした私への復讐なの?

処理中です...