3 / 19
3
しおりを挟む
それから一日も経たぬうちに、呼び出されたのが今日。
レヒーナ様との出来事を脳裏に過ぎっていた私の眼の前に、差し出された一通の書状。
「婚約破棄の同意書だ。そこにお前のサインを書け。俺はもう書いてある」
吐き捨てるように告げる殿下。
私は文面を見下ろしたあと、顔をあげる。
「このことは陛下と王妃様は……」
「ええい。つべこべ言わず、とっととサインしろ。お前が嫉妬に狂い、影でレヒーナを虐める陰険女だと知ったら、父上も母上も迷わずお前との婚約破棄を手放しで喜ぶだろう」
冷たく言い放ったあと鼻で笑う殿下に何を言っても、届かないのだと悟った。
「本当は卒業式の日に皆の前で、お前の悪事を明らかにするとともに婚約破棄を突きつけてやろうと思ったが、ここにいるレヒーナが慈悲深くもやめてくれと懇願したため、こうして席を設けたのだ。ありがたく思え」
私はレヒーナ様を見上げた。レヒーナ様は静かな眼差しで、私を見つめている。凪のように澄み切った綺麗な表面だ。
――ごめん。あと少しだから。
あの時言った言葉はこのことだったの?
婚約破棄されると知っていたから、謝ったのかしら。
だとしたら、本当にふたりは両想いなのだろう。
私ではいくら言っても、女遊びをやめてくれなかった殿下。
でもレヒーナ様が現れてから、ぱたりと火遊びをやめ、レヒーナ様一筋になった殿下。
私ではできなかったことをレヒーナ様なら、今後もしっかりと殿下を導いてくださるに違いない。
それなら、ふたりの仲を分かつ私はお邪魔虫ね。
私はそっと息を吐くと、ペンをとった。
白い空白に自分の名前を記す。
ペンをことりと起き、一仕事終えたように肩の力を抜く。
再び二人を見上げようとした私の視界に、眩い銀髪が入り込んできた。さっきまでぴったりと寄り添って殿下のそばを離れなかったレヒーナ様が眼の前にいる。
婚約破棄書を掴み、きらきらした目で眺めている。
よほど嬉しかったのね。
さっきまで感情を窺わせない目だったのに。
「はは」
レヒーナ様が口の端をあげる。かと思ったら、婚約破棄書を掴んだまま突然天井を見上げて、高笑いを始めた。
「ははははははははは」
ぎょっとする私と殿下。
レヒーナ様、こんなに大きな声をあげて笑う方だったかしら。
学園ではいつも楚々として、淑女の鑑みたいな方だったのに。
啞然としていると、レヒーナ様が私の手をがしっと掴んできた。
「これで、ジャスミンは私のものだ!」
「は?」
言う相手が間違ってます。その台詞、後ろでぽかんと口を開けた殿下に言ってあげてください。
嬉しさのあまり、見境がつかなくなってしまったのかしら。
それに口調もなんだか男性っぽい。声音もハスキーではなく、完全な男の人のものに聞こえるんだけど……。
「あ、あの……」
「幼い頃の約束、覚えているだろうか? 迎えに行くと君に言った」
私は目を見開いた。
封印していた『彼』の言葉が私の頭に蘇る。
――きっと迎えに行くから。
「覚えている?」
レヒーナ様が首を傾げて、優しく問うてくる。
その見覚えのある眼差し。春の陽射しよりも柔らかで、夏の陽射しよりも強い眼差し。
見覚えのある紫の瞳が、私の過去の記憶を掘りおこした。
レヒーナ様との出来事を脳裏に過ぎっていた私の眼の前に、差し出された一通の書状。
「婚約破棄の同意書だ。そこにお前のサインを書け。俺はもう書いてある」
吐き捨てるように告げる殿下。
私は文面を見下ろしたあと、顔をあげる。
「このことは陛下と王妃様は……」
「ええい。つべこべ言わず、とっととサインしろ。お前が嫉妬に狂い、影でレヒーナを虐める陰険女だと知ったら、父上も母上も迷わずお前との婚約破棄を手放しで喜ぶだろう」
冷たく言い放ったあと鼻で笑う殿下に何を言っても、届かないのだと悟った。
「本当は卒業式の日に皆の前で、お前の悪事を明らかにするとともに婚約破棄を突きつけてやろうと思ったが、ここにいるレヒーナが慈悲深くもやめてくれと懇願したため、こうして席を設けたのだ。ありがたく思え」
私はレヒーナ様を見上げた。レヒーナ様は静かな眼差しで、私を見つめている。凪のように澄み切った綺麗な表面だ。
――ごめん。あと少しだから。
あの時言った言葉はこのことだったの?
婚約破棄されると知っていたから、謝ったのかしら。
だとしたら、本当にふたりは両想いなのだろう。
私ではいくら言っても、女遊びをやめてくれなかった殿下。
でもレヒーナ様が現れてから、ぱたりと火遊びをやめ、レヒーナ様一筋になった殿下。
私ではできなかったことをレヒーナ様なら、今後もしっかりと殿下を導いてくださるに違いない。
それなら、ふたりの仲を分かつ私はお邪魔虫ね。
私はそっと息を吐くと、ペンをとった。
白い空白に自分の名前を記す。
ペンをことりと起き、一仕事終えたように肩の力を抜く。
再び二人を見上げようとした私の視界に、眩い銀髪が入り込んできた。さっきまでぴったりと寄り添って殿下のそばを離れなかったレヒーナ様が眼の前にいる。
婚約破棄書を掴み、きらきらした目で眺めている。
よほど嬉しかったのね。
さっきまで感情を窺わせない目だったのに。
「はは」
レヒーナ様が口の端をあげる。かと思ったら、婚約破棄書を掴んだまま突然天井を見上げて、高笑いを始めた。
「ははははははははは」
ぎょっとする私と殿下。
レヒーナ様、こんなに大きな声をあげて笑う方だったかしら。
学園ではいつも楚々として、淑女の鑑みたいな方だったのに。
啞然としていると、レヒーナ様が私の手をがしっと掴んできた。
「これで、ジャスミンは私のものだ!」
「は?」
言う相手が間違ってます。その台詞、後ろでぽかんと口を開けた殿下に言ってあげてください。
嬉しさのあまり、見境がつかなくなってしまったのかしら。
それに口調もなんだか男性っぽい。声音もハスキーではなく、完全な男の人のものに聞こえるんだけど……。
「あ、あの……」
「幼い頃の約束、覚えているだろうか? 迎えに行くと君に言った」
私は目を見開いた。
封印していた『彼』の言葉が私の頭に蘇る。
――きっと迎えに行くから。
「覚えている?」
レヒーナ様が首を傾げて、優しく問うてくる。
その見覚えのある眼差し。春の陽射しよりも柔らかで、夏の陽射しよりも強い眼差し。
見覚えのある紫の瞳が、私の過去の記憶を掘りおこした。
9
お気に入りに追加
408
あなたにおすすめの小説

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」
ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」
美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。
夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。
さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。
政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。
「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」
果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?
愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。
それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。
一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。
いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。
変わってしまったのは、いつだろう。
分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。
******************************************
こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏)
7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。
婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜
みおな
恋愛
王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。
「お前との婚約を破棄する!!」
私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。
だって、私は何ひとつ困らない。
困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。
王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?
いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、
たまたま付き人と、
「婚約者のことが好きなわけじゃないー
王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」
と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。
私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、
「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」
なんで執着するんてすか??
策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー
基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

あなたが幸せになるために
月山 歩
恋愛
幼馴染の二人は、お互いに好きだが、王子と平民のため身分差により結婚できない。王子の結婚が迫ると、オーレリアは大好きな王子が、自分のために不貞を働く姿も見たくないから、最後に二人で食事を共にすると姿を消した。
【完結】旦那様、その真実の愛とお幸せに
おのまとぺ
恋愛
「真実の愛を見つけてしまった。申し訳ないが、君とは離縁したい」
結婚三年目の祝いの席で、遅れて現れた夫アントンが放った第一声。レミリアは驚きつつも笑顔を作って夫を見上げる。
「承知いたしました、旦那様。その恋全力で応援します」
「え?」
驚愕するアントンをそのままに、レミリアは宣言通りに片想いのサポートのような真似を始める。呆然とする者、訝しむ者に見守られ、迫りつつある別れの日を二人はどういった形で迎えるのか。
◇真実の愛に目覚めた夫を支える妻の話
◇元サヤではありません
◇全56話完結予定

好きだった人 〜二度目の恋は本物か〜
ぐう
恋愛
アンジェラ編
幼い頃から大好だった。彼も優しく会いに来てくれていたけれど…
彼が選んだのは噂の王女様だった。
初恋とさよならしたアンジェラ、失恋したはずがいつのまにか…
ミラ編
婚約者とその恋人に陥れられて婚約破棄されたミラ。冤罪で全て捨てたはずのミラ。意外なところからいつのまにか…
ミラ編の方がアンジェラ編より過去から始まります。登場人物はリンクしています。
小説家になろうに投稿していたミラ編の分岐部分を改稿したものを投稿します。

この恋を忘れたとしても
メカ喜楽直人
恋愛
卒業式の前日。寮の部屋を片付けていた私は、作り付けの机の引き出しの奥に見覚えのない小箱を見つける。
ベルベットのその小箱の中には綺麗な紅玉石のペンダントが入っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる