王太子は幼馴染み従者に恋をする∼薄幸男装少女は一途に溺愛される∼

四つ葉菫

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43、十八歳

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 今日も王宮の一角では、令嬢たちがお喋りの花を咲かせている。



「最近、ますます殿下の御姿が輝いて見えますわ」



 ひとりの令嬢が呟けば、周りから次々と同意の声があがる。



「わかります。あのお顔のお美しいこと。それでいて、きりっと整った眉が雄々しくて、胸がときめかずにいられませんわ」



 胸の前で手を組み、ほうと息をはく。



「あの髪も光に透けると、赤く輝いて眩しいほどよね。目の色といい、まるでこの国の神話に出てくる戦神、アスタ神のようだわ」



「そうそう、瞳の色もとても素敵で、いつもは知的な光を讃えているのに、たまにいたずらっぽく笑うのがたまりませんわ。皆さまは見たことあるかしら。わたくし、たまたま見る機会があって、思わず不躾にもじっと見てしまいましたわ」



「あら、それならわたくしもあるわ。でもあなたに微笑んだのではありませんわよね? わたくしが見たことがあるのは、あのいつも連れている従者に殿下が顔を向けたときですわ」



 意見を唱えられた令嬢は少し、むっとするも、渋々認める。



「まあ、そうですわね」



 自分たちには決して向けられることのない笑みを思い出し、令嬢たちは一様に溜め息を漏らす。そして、唯一、その笑みを向けられる人物に、今度は話題を向ける。



「クリスと言ったかしら、あの従者。あの者もなかなか魅力的だとは思いますが」



「そうですか? わたしには少し頼りない感じがするのですが。男性の中では背が低いですし。わたしはやっぱり殿下のほうが良いですわ」



 アレクシスは男性の中でも長身の部類に入るため、その背に見合う者はなかなかいないのだが、すっかりアレクシス贔屓になっている者はその点に気付かない。アレクシス至上主義の者にとって、ほかの者はどうやったって劣る存在なのだ。

 そんな令嬢をひとりの令嬢がちらりと見る。



「あら、そこがいいんじゃない。あのちょっと無垢な感じを、自分色に染めてみたいって思う人もいるかもしれないわ」



「やだ、ちょっと」



 周りの令嬢たちがからかい気味にたしなめると、令嬢はぱしりと扇子を閉じる。



「勿論、わたくしではないわよ。中にはそういった令嬢がいるかもしれないって話をしただけよ。わたくしは殿下一筋ですわ」



「わたくしだって」



「わたくしも」



「わたしもそうよ」



 表面上はにこやかに笑みを讃えているも、その瞳はばちばちと火花を散らす。



「そういえば、ご存知? 殿下はたまに舞踏会に出ても、三曲目以降は決して誰とも踊らないことを」



 ひとりが言えば、もうひとりもしたり顔で頷く。



「あら、有名な話じゃない。殿下が踊るのはいつも始めの曲ばかりで、あとの曲はほとんど踊らないみたい」



 夜が浅いうちは、軽やかな曲から舞踏会は始まる。曲に合わせてダンスも同じく、集団で弾むようにステップを踏んだり、ペアになった男女が一歩離れて、対のような動きでくるくると踊ったりと、軽快なものが多い。

 しかし、夜が更けてくると、優美で、しっとりした曲調に変わる。そうなると、ダンスも必然、体を重ねた色っぽいものに变化する。踊るのは夫婦、婚約者、恋人同士が多い。そして男性側は好意をもっていることを伝える絶好の機会でもある。誘われた女性は、男性から『あなたが好きです』と告白されたと捉えるのが当然の成り行きとされた。そのため、アレクシスと最後まで踊れた女性が王太子妃になれると、舞踏会の中盤以降は令嬢たちは鼻息荒くアレクシスを取り囲むのだが、今のところ誰一人その僥倖に巡り合ったものはいない。



「いつも殿下は、途中で去ってしまわれるのよね」



 はあと重い息を吐く。次こそはその名誉を自分が賜りたいと、一同思ったところで、ひとりの女性が、そういえばと言葉をつむぐ。



「従者のかたも、女性から誘われても自分は殿下の付き添いですからっていつも断るそうよ」



「そう言われれば、一度も踊ったところを見たことがないわね」



「従者ともども、女泣かせね」



 罪深いアレクシスたちに嘆くも、令嬢は意気込むように顔をあげる。



「次こそはきっと、殿下に誘われてみせるわ」



「あら、わたくしだって、そのつもりよ」



「負けないわ」



 噂をすれば何とやらで、令嬢たちがいる庭の一角とは離れた、王宮の建物内をつなぐ回廊にアレクシスとクリスティーナが姿を現した。

 それを視界に捉え、令嬢たちが溜め息をつく。



「今日も素敵ですわ」



「麗しいこと」



「こっち向かないかしら」



 少しでもながくその姿を焼き付けようと、目で追い続ける。

 遠くから令嬢たちに見つめられているとは知らないアレクシスは回廊を颯爽と渡っていく。

 その姿は少年の域を脱し、大人の青年へと変わりつつあった。均整のとれた体躯、厚みのある胸板、広い肩幅、すらりと伸びた長い脚が、自然と人々の視線を集める。顔立ちもその体躯に相応しい整ったものだ。意思の強そうな形の良い眉、すっと伸びた高い鼻梁、端正な唇。どれも完璧な配置である。極めつけはその印象深い瞳だ。炎を燃やしたような熱が籠もっているのに、ルビーのような明るい輝きが瞬いている。吸い込まれそうな、それでいて触れたら火傷しそうな光を宿していた。

 その瞳にかかる髪もまた美しかった。暗い場所では赤茶色に見えるが、日の当たる場所にくれば途端に赤く透けて輝きを増す。装身具など何ひとつ必要ないほど、その髪はアレクシスを充分際立たせていた。少し癖のある前髪が半分、形の良い額にかかっているのも、また色気があった。

 そんな際立つ魅力を頓着せず、アレクシスが振り返った。



「クリス、これをあとでライザー侯爵に届けてくれないか。それと、昨日尋ねた案件もどうなったか聞いてきてくれ」



「はいっ」



 クリスティーナは手渡された手紙を、歩きながら受け取る。片手には先程終えた会議の資料の束を、胸の前で抱いている。

 クリスティーナの足取りも、アレクシスと同じくらい軽かった。

 その姿はすっかり一人前の従者だ。アレクシスの片腕として、いつも横に控え、補佐している。

 隣で支える夢を無事叶えることができ、クリスティーナは幸せだった。

 そんなふたりの軽やかな足取りが、今日も王宮を渡っていく。



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