24 / 93
24、王宮図書室
しおりを挟む
(最近、アレクの様子がおかしい)
妙に避けられている気がする。相変わらず一緒に授業を受けているが、それ以外の時間だと妙によそよそしくて、ぎこちない。かと思えば、こちらにじっと視線を送ってきたりと、しかし視線が合えば慌てて外されてしまう。
(わたし、何かしたかな)
思えば、あの川の一件から様子がおかしい。
クリスティーナが首を捻っている同じ頃、アレクシスもまた悩んでいた。
(俺は一体、どうしてしまったんだ!?)
長年一緒にいたクリスティーナのことが気になって仕方ない。近付いてくると、妙にどきどきするし、こんな自分に戸惑いを感じるのに、無意識にその姿を追ってしまう。あの透けるような青い目と視線が会えば、鼓動が跳ねるのをやめられない。
(この感情は一体なんなんだ!?)
今まで感じたことがない思いを誰に相談すれば良いか、頭の中は色々な人物が浮かぶが、どれも適切とは思えない。ずっと一緒にいた相手に急に違う感情を抱くことはあるのだろうか。長年、一緒にいた影響だろうか。あんまり近くにいると、友情が何か別の何かに変化してしまうのだろうか。しかし、家族に対するものとは違う。
ひとり悶々としていると、向こうから問題のクリスティーナがやってくる。アレクシスの顔を見て、口元を綻ばせる。それだけで心臓がうるさく跳ね、脈が速くなるのを感じる。
(だめだ、そんな風に見るな。どう反応したらいいかわからなくなる)
その時、不意に閃いたものがあった。
「アレク、何してるの?」
「あ、ああ、今からちょっと行こうと思ったところがあって」
「どこに行くの?」
「ちょっと調べ物があって、図書室に」
この王宮には何百年にも渡って、膨大な知識を蓄えてきた巨大な図書室がある。
「調べ物? じゃあわたしも手伝うよ。ふたりでやったほうが早く見つかるよね」
親切心をこめた提案に、アレクシスは慌てて首を降った。
「いや、いい! 俺の個人的な調べ物に、クリスの時間を使わせるのも悪いし、俺、ひとりで調べられるから」
「でも――」
クリスティーナは言い募ろうとした。
「――本当にいいから。それじゃあ」
断ち切るように言い捨て、アレクシスが去っていく。その後ろ姿を見送り、クリスティーナは寂しく思った。
(やっぱり、避けられてる)
一方、クリスティーナと別れたアレクシスはほっと息を吐いた。
(危なかった。まさか調べ物の内容がこの感情に関することだとは言えないし)
アレクシスはそのまま、図書室へと向かう。いくつかの角を折り、普段ほとんど人影が見えない廊下を進んでいく。その先に年月の経った趣のある扉が見えた。図書室の入り口だ。
室と謳っていても、その広さは広大だ。壁一面に本棚が置かれ、百以上もある背の高い本棚が等間隔に置かれている。アレクシスは何十とある本棚を横切って、奥に向かった。
その奥には王太子にしか許されていない、特別な一角がある。歴代の王太子によって集められた蔵書が並んでいるのだ。
アレクシスはそこに立ち入ると、本の背表紙を眺めていった。
ここに来た理由は、自分と同じような立場に立つ――つまりずっと従者をそばにおいていた王太子なら、今の自分と同じような感情を抱いたケースがあってもおかしくないと思ったからだ。この感情を紐解く書籍の一冊でもないかと、本の背表紙を目でたどっていく。
(旅行記、航海術、軍記、金糸雀の育て方、駄目だ、全然見当たらない)
果ては薔薇の栽培方法などもある。確か二代前の王太子がザヴィヤから婚約者を迎えた時、生国を離れた王太子妃を慰めるため、薔薇が特産品のザヴィヤからわざわざ苗を取り寄せ、手ずから育て、花を贈ったという逸話を聞いたことがある。その薔薇は今も王宮の庭の一角で咲いているらしい。
アレクシスは首を降った。
王太子として必要な学問以外は王太子たちの趣味がちぐはぐに並んでいるだけで、目当てのものはない。
誰も今まで、アレクシスのように悩んだことがないのだろうか。
アレクシスは王太子専用の一角を出た。ほかを見て回る。人心掌握術や、交渉術はおいてあっても、ほかの心理に関することはない。それもそうだろう。政治に関わる廷臣たちも利用するのだ。ほとんどは実務向きで経済や法律、歴史に関することだ。ため息を吐いて、図書室を出ようとした。
ふと、入り口付近にあった本棚が目に入った。そこは歴代の王女たちが好んで読む童話や恋愛小説の棚だった。
堅苦しい本の背表紙ばかり睨んでいたアレクシスは、急にそこだけ和やかな雰囲気になった本棚に笑ってしまった。
(エレノーラも今は、ここの本に無中だな)
今年、十一歳になった妹を思い出し、思いつきで一冊を手にとる。
表紙にはきらびやかな服装をした王子と、質素なドレスを身に纏った令嬢が描かれている。どうやら身分差を書いた恋愛小説のようだ。
アレクシスは鼻で笑った。今の自分には到底、関係ないものだと悟り、本棚に戻す。
アレクシスは足早にそこから去っていった。
妙に避けられている気がする。相変わらず一緒に授業を受けているが、それ以外の時間だと妙によそよそしくて、ぎこちない。かと思えば、こちらにじっと視線を送ってきたりと、しかし視線が合えば慌てて外されてしまう。
(わたし、何かしたかな)
思えば、あの川の一件から様子がおかしい。
クリスティーナが首を捻っている同じ頃、アレクシスもまた悩んでいた。
(俺は一体、どうしてしまったんだ!?)
長年一緒にいたクリスティーナのことが気になって仕方ない。近付いてくると、妙にどきどきするし、こんな自分に戸惑いを感じるのに、無意識にその姿を追ってしまう。あの透けるような青い目と視線が会えば、鼓動が跳ねるのをやめられない。
(この感情は一体なんなんだ!?)
今まで感じたことがない思いを誰に相談すれば良いか、頭の中は色々な人物が浮かぶが、どれも適切とは思えない。ずっと一緒にいた相手に急に違う感情を抱くことはあるのだろうか。長年、一緒にいた影響だろうか。あんまり近くにいると、友情が何か別の何かに変化してしまうのだろうか。しかし、家族に対するものとは違う。
ひとり悶々としていると、向こうから問題のクリスティーナがやってくる。アレクシスの顔を見て、口元を綻ばせる。それだけで心臓がうるさく跳ね、脈が速くなるのを感じる。
(だめだ、そんな風に見るな。どう反応したらいいかわからなくなる)
その時、不意に閃いたものがあった。
「アレク、何してるの?」
「あ、ああ、今からちょっと行こうと思ったところがあって」
「どこに行くの?」
「ちょっと調べ物があって、図書室に」
この王宮には何百年にも渡って、膨大な知識を蓄えてきた巨大な図書室がある。
「調べ物? じゃあわたしも手伝うよ。ふたりでやったほうが早く見つかるよね」
親切心をこめた提案に、アレクシスは慌てて首を降った。
「いや、いい! 俺の個人的な調べ物に、クリスの時間を使わせるのも悪いし、俺、ひとりで調べられるから」
「でも――」
クリスティーナは言い募ろうとした。
「――本当にいいから。それじゃあ」
断ち切るように言い捨て、アレクシスが去っていく。その後ろ姿を見送り、クリスティーナは寂しく思った。
(やっぱり、避けられてる)
一方、クリスティーナと別れたアレクシスはほっと息を吐いた。
(危なかった。まさか調べ物の内容がこの感情に関することだとは言えないし)
アレクシスはそのまま、図書室へと向かう。いくつかの角を折り、普段ほとんど人影が見えない廊下を進んでいく。その先に年月の経った趣のある扉が見えた。図書室の入り口だ。
室と謳っていても、その広さは広大だ。壁一面に本棚が置かれ、百以上もある背の高い本棚が等間隔に置かれている。アレクシスは何十とある本棚を横切って、奥に向かった。
その奥には王太子にしか許されていない、特別な一角がある。歴代の王太子によって集められた蔵書が並んでいるのだ。
アレクシスはそこに立ち入ると、本の背表紙を眺めていった。
ここに来た理由は、自分と同じような立場に立つ――つまりずっと従者をそばにおいていた王太子なら、今の自分と同じような感情を抱いたケースがあってもおかしくないと思ったからだ。この感情を紐解く書籍の一冊でもないかと、本の背表紙を目でたどっていく。
(旅行記、航海術、軍記、金糸雀の育て方、駄目だ、全然見当たらない)
果ては薔薇の栽培方法などもある。確か二代前の王太子がザヴィヤから婚約者を迎えた時、生国を離れた王太子妃を慰めるため、薔薇が特産品のザヴィヤからわざわざ苗を取り寄せ、手ずから育て、花を贈ったという逸話を聞いたことがある。その薔薇は今も王宮の庭の一角で咲いているらしい。
アレクシスは首を降った。
王太子として必要な学問以外は王太子たちの趣味がちぐはぐに並んでいるだけで、目当てのものはない。
誰も今まで、アレクシスのように悩んだことがないのだろうか。
アレクシスは王太子専用の一角を出た。ほかを見て回る。人心掌握術や、交渉術はおいてあっても、ほかの心理に関することはない。それもそうだろう。政治に関わる廷臣たちも利用するのだ。ほとんどは実務向きで経済や法律、歴史に関することだ。ため息を吐いて、図書室を出ようとした。
ふと、入り口付近にあった本棚が目に入った。そこは歴代の王女たちが好んで読む童話や恋愛小説の棚だった。
堅苦しい本の背表紙ばかり睨んでいたアレクシスは、急にそこだけ和やかな雰囲気になった本棚に笑ってしまった。
(エレノーラも今は、ここの本に無中だな)
今年、十一歳になった妹を思い出し、思いつきで一冊を手にとる。
表紙にはきらびやかな服装をした王子と、質素なドレスを身に纏った令嬢が描かれている。どうやら身分差を書いた恋愛小説のようだ。
アレクシスは鼻で笑った。今の自分には到底、関係ないものだと悟り、本棚に戻す。
アレクシスは足早にそこから去っていった。
0
お気に入りに追加
227
あなたにおすすめの小説
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください
楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。
ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。
ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……!
「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」
「エリサ、愛してる!」
ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる