上 下
13 / 13

13

しおりを挟む
 ――――数年後。

「『――そうして悪い魔女を追い出した国は平和を取り戻し、王子様とお姫様は末永く幸せに暮らしました。おしまい』」

 絵本を読み終えても、その余韻に浸っているのか、小さな頭は動かなかった。
 テーブルの上の絵本を掴む小さな紅葉のような手。
 その時、外の門扉が音を立てた気がして、顔をあげる。
 
「パパが帰ってきたかも」

「パパ?」

 隣に座る娘のナターシャが反応した。
 ぱっちりとした大きなオレンジ色の目が振り返る。
 私が最も愛するひとたちの色。私が世界で一番好きな色だ。
 椅子をひいて立ち上がったところで、家の扉が開いた。

「おかえりなさい、あなた」

「ただいま」

 カイルが私の肩を引き寄せて、頬にキスを送る。それからすうっと香りを嗅ぐ仕草をした。

「いい香り」

「ふふ、わかった? 今日はあなたの好きなシチューよ。すぐ温めるわね。――どうしたの?」

 私の肩から手を離さず、私の顔をじっと見つめるカイルに首を傾げる。
 
「――いや、ずっと夢だったなと思って」

「夢?」

「うん。うちに帰ったら、温かい食事、優しい妻、可愛い子供が迎えてくれるのが。――それが叶ってるんだなって今、思ってさ」

「カイル……」

 ごく当たり前に与えられるものが、子供時代に与えられなかった彼。
 彼が子供の時に夢描いたもののなかに、自分がいると思うと、胸がいっぱいになった。
 
 あれから私たちはいくつか国を渡り、満足できる場所を見つけると、この国に住むことに決めた。
 幸いにも、私とカイルは魔法を使えたから、魔法が希少なこの世界で、職に困ることはなかった。
 旅をしている間もちょくちょくと日雇で稼いだりなんかしたくらい。 

 日当たりの良い小さな借家を見つけ、すぐに働き口を見つけると、二人で早速働きに出た。
 前世の記憶が薄ぼんやりとだがあったおかげで、新しい暮らしに馴染むのも早かった。
 全てが楽だったといったら嘘にはなるけれど、二人で一緒に料理をしたり、休みの日にはどこかに出掛けたりと、楽しむ術はいつもどこかに転がっていた。
 ふたりだけの生活はとても穏やかで、温かで、私に安心感を与えてくれた。
 私は彼が大好きだったけど、彼はどうなんだろう。
 生活が安定してくると、そんなふうに思うことが多くなった頃、彼からプロポーズしてくれた。
 私はもちろん二つ返事で抱きついた。
 
『実は学園の時から、好きだったんだ。最初は優しいところに惹かれた。次は君の笑顔に。その次は君の強さに。辛い状況でも、君はいつでも顔をあげて真っ直ぐ立っていた。そんな時でも、優しさを失わない君を尊敬していた』

 彼はそんなふうに言ってくれた。
 涙が零れた。
 そして今は立派な持ち家と可愛い娘にも恵まれた。
 子供が生まれてからは私は仕事を離れてしまったけど、カイルのほうは今でも職場でとても重宝されていると聞く。

「ねえ、カイル」

「ん?」

「私、思うの。私を育ててくれたお父様とお母様には悪いけど、あの時、国を追い出されて良かったって」
 
 カイルが微笑んだ。

「別に悪くないさ。君にも幸せになる権利はあるんだから」

 その時、それまで絵本の最後の挿絵を熱心に眺めていたナターシャが頭をあげた。

「ねえ。悪い魔女は追い出されたあと、どうなったの?」

「それなら、パパが知ってるよ」  

 カイルはにっこり微笑むと椅子から娘を抱き上げた。

「悪い魔女はそのあと、真実の愛を見つけて幸せになったんだ」

「幸せになったの?」

「そう」

「そんなの変だよ」

 娘がその小さな可愛らしい口を尖らせる。

「物語を別の角度から見れば、そういうこともあり得るってことさ」

「わかんないよ」

「お前も大人になればわかるよ」

 カイルが小さな頬に唇を寄せる。
 私とカイルの目が自然に合い、微笑み合った。
 幸せな満ち足りた時間の中、私たちはどちらともなく唇を寄せて、キスをした。 



 私の母国はその後、王妃の贅沢によって重税に苦しんだ民衆によって暴動が起こり、その機に乗じた隣国に攻め滅ぼされたというのは、また別のお話。





     ――おしまい――







#################################


あとがき



 
 シャルロッテとカイルはこの後、あとふたりほど子供をもうけて、にぎやかで明るい家庭を築いたことでしょう。


 最後までお読みくださり、ありがとうございました。m(_ _)m

 この話を読んで、面白かったと思ってくださったら嬉しいです。

 ありがとうございました。



#################################


しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

楓
2023.02.10
ネタバレ含む
四つ葉菫
2023.02.10 四つ葉菫

コメント、ありがとうございます!
それは私も思いました(^_^;)
それだとまた話の流れがまた変わってくるので(変わっても良かったんですが、この話は短編ですっきりさせたかったのです(^_^;))、友達は出しませんでした。
王妃教育でお茶会にも行けず、忙しかったんだと思ってください(^_^;)

お読みくださりありがとうございました!

解除
kokekokko
2022.09.24 kokekokko
ネタバレ含む
四つ葉菫
2022.09.25 四つ葉菫

感想ありがとうございます!!
とても嬉しいです(^o^)

『幸せ』に地位やお金は関係ない、愛する人がいるだけで満たされている彼らを書きたくて、この話を書きました。
楽しんで読んでくださったみたいで、とても嬉しいです(^^)

ありがとうございましたm(_ _)m

解除

あなたにおすすめの小説

コルセットがきつすぎて食べられずにいたら婚約破棄されました

おこめ
恋愛
親が決めた婚約者に婚約を破棄して欲しいと言われたクリス。 理由は『食べなくなった』から。 そんな理由で納得出来るかーーー!とキレつつも婚約破棄自体は嬉しい。 しかしいつものように平民街の食堂で食事をしているとそこに何故か元婚約者が!? しかも何故かクリスを口説いてくる!? そんなお話です。

他には何もいらない

ウリ坊
恋愛
   乙女ゲームの世界に転生した。  悪役令嬢のナタリア。    攻略対象のロイスに、昔から淡い恋心を抱いている。  ある日前世の記憶が戻り、自分が転生して悪役令嬢だと知り、ショックを受ける。    だが、記憶が戻っても、ロイスに対する恋心を捨てきれなかった。

……モブ令嬢なのでお気になさらず

monaca
恋愛
……。 ……えっ、わたくし? ただのモブ令嬢です。

まったく心当たりのない理由で婚約破棄されるのはいいのですが、私は『精霊のいとし子』ですよ……?

空月
恋愛
精霊信仰の盛んなクレセント王国。 その王立学園の一大イベント・舞踏会の場で、アリシアは突然婚約破棄を言い渡された。 まったく心当たりのない理由をつらつらと言い連ねられる中、アリシアはとある理由で激しく動揺するが、そこに現れたのは──。

断罪されて婚約破棄される予定のラスボス公爵令嬢ですけど、先手必勝で目にもの見せて差し上げましょう!

ありあんと
恋愛
ベアトリクスは突然自分が前世は日本人で、もうすぐ婚約破棄されて断罪される予定の悪役令嬢に生まれ変わっていることに気がついた。 気がついてしまったからには、自分の敵になる奴全部酷い目に合わせてやるしか無いでしょう。

どこの馬の骨とも知れない素性のわからない悪役令嬢、実はとある方のご息女だった!?

下菊みこと
恋愛
主人公が色々あって公爵令嬢として生活していたら、王太子から婚約破棄されたお話です。 王太子は過剰な制裁を受けます。可哀想です。 一方で主人公はめちゃくちゃ幸せな日々になります。 小説家になろう様でも投稿しています。

【短編】誰も幸せになんかなれない~悪役令嬢の終末~

真辺わ人
恋愛
私は前世の記憶を持つ悪役令嬢。 自分が愛する人に裏切られて殺される未来を知っている。 回避したいけれど回避できなかったらどうしたらいいの? *後編投稿済み。これにて完結です。 *ハピエンではないので注意。

悪役令嬢はざまぁされるその役を放棄したい

みゅー
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生していたルビーは、このままだとずっと好きだった王太子殿下に自分が捨てられ、乙女ゲームの主人公に“ざまぁ”されることに気づき、深い悲しみに襲われながらもなんとかそれを乗り越えようとするお話。 切ない話が書きたくて書きました。 転生したら推しに捨てられる婚約者でした、それでも推しの幸せを祈りますのスピンオフです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。