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アマリア・アルバートン/フローラ・エインズワース

旅立ち

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慌ただしい公爵領での日々が過ぎ、ヘンドリックは王都の公爵邸へ戻ることになった。

玄関ホールでそれを見送るために待っているといつもと変わらない様子でヘンドリックはやってきた。



「きっとこれが最後になるだろう。私達が会うことがあればそこからどんな噂が立つかわからないからね。ショーンのお墓にはいつでも会いに来るといい。コンラッドとも。きっと君のことだから、生まれてくる子のことも等しく愛するんだろうからね」



「ええ、ありがとう。初めての孫ですもの。愛しく思わないはずがないでしょう。あなたもきっといいおじい様になるわ」



「そうだな。そうありたいと思っているよ。アマリア、体にくれぐれも気をつけて過ごすんだよ。何かあれば使いをやってくれ。支援できることならなんでもしよう」



「ありがとう。何から何まで…本当にありがとう」



「もう私が直接してあげられることは何もないからね…つながりを残していてくれてありがとう、アマリア。私が生きていけるように最後の糸を残していてくれて。私のことは心配いらないよ。君が生きている限り、私は幸せだから」



ある日唐突に捻じ曲げられてしまった歯車はもう重なることはないけれど、お互いを愛し合っていた日々は決して嘘偽りはなかった。

過去を恨まず、未来を歩いていく私達にどうか救いの日々が続きますように。



「アマリア。最後に一度だけ抱きしめさせてほしい」



大きく広げられた腕におずおずと進み、できるだけ力強くその背中を抱きしめた。



「ありがとう、さようなら、ヘンドリック」



「私こそ、ありがとう。お別れだよ、アマリア。私の妻は生涯君一人だ。幸せにね」



笑顔で別れたくて、涙が溢れるのをぐっとこらえ、彼の背中を見送った。

ヘンドリックが馬車の窓から見せた笑顔に、恋心を抱いた昔の幼い自分の気持ちを思い出した。

そっと手を振り、馬車が見えなくなるまでその場に居続けた。これが、ヘンドリックとの別れだった。



こぼれた涙を拭い、振り返って控えていた侍女や執事達ににこりと微笑んだ。



「さあ、私の最後のお仕事を務め上げさせてちょうだい。コンラッドとリアーナを迎える準備を進めましょう」



「はい、承知いたしました」



彼らの目が赤くなっていたことも、肩が震えていたこともわかっていた。ここの誰もが私達がうまくいくことを、やり直すことを願っていたことも。

それでも誰一人私を責めることなくずっと仕えてくれることに、今度は私が応えなければならない。

大きく深呼吸をして、私がすべき仕事に集中することにした。





それから数週間後、リアーナとコンラッドが王都から馬車に乗ってやってきた。

それまでに受け取っていた手紙では、リアーナはつわりや妊娠初期の体調不良もほとんどないようで早めに移動することが可能になり、主治医の判断の元で順調に手筈を整えることができた。

既にこちらのお屋敷には二人の部屋はもちろん、子ども部屋や侍医の控室まで整えられた。ずっと暗い話が続いたこの場に新しい風が吹き、とても良い雰囲気になっていた。



「リアーナ!コンラッド!遠い道のりを来てくれて本当にありがとう」



「奥様…私達のためにご配慮くださいましてありがとうございます」



馬車から降りてきたリアーナを出迎えると、涙ぐんだリアーナが私の前で頭を下げた。全く上げる気配がないので、そっと体を寄せて肩を抱き、屋敷の中へと一緒に歩き始めた。

その数歩後ろをコンラッドは静かについてきていた。



「リアーナ?もう私への謝罪は必要ないのよ?何度も何度も私のもとへ来て涙を流してきたけれど、もうそれはおしまい。お腹の子どものためにもあなたが笑顔でいてくれることが一番だから。それにほら、私はとても元気でしょう?あなたの妊娠がわかって、更に力をもらったの」



「っ…はいっ…」



「それでね、そのうち階段を昇り降りすることも危なくなるからお部屋は一階に用意したの。中庭にも出やすいから、散歩も楽しんでね。臨月が近づいたら侍医も屋敷に滞在してもらう予定ではあるけれど、不安があれば早めにそうしてもらうこともできるわ」



「いえ、奥様、私は今でもほとんど妊娠前と変わらない状態ですから。きっと大丈夫だと思います」



「そう?でもね、用心には用心を重ねてほしいの」



「母上、父上からも散々同じことを言われていますので、よくわかっています」



後ろからため息交じりにコンラッドが口を挟んできた。振り返ると困ったように小さく笑っていた。



「メリンダからも散々言い聞かされましたし、なんなら屋敷中の使用人達から王国中の妊娠中に良いとされているものを山のように渡されましたから。これだけの加護があれば元気に生まれてくると思いますよ」



「だから、それがそうもいかないのが妊娠と出産なのでしょう?」



「ですから、それも父上からくどくどと」



「ふふっ…あははっ」



私達の言い合いにリアーナがお腹をおさえて笑い出した。目元を拭いながら私達を見て優しく微笑んだ。



「よかった…二人がこんなに仲良くなっていて…それに私達の子がこんなに祝福されているなんて…ずっとずっと信じられなくて…ここに来てよかったです」



「本当?それを聞いてとっても嬉しいわ。あのね、私が本当なら出産まで薬草も煎じてあげたいところなんだけど、公爵邸でアンドリューの下で働いていた薬草師を呼んだから、彼女からこれから色々な薬草茶やマッサージに使うオイルなどをもらってね」



「はい、ありがとうございます」



「でも、今日は私がお茶を淹れるから、二人はそこにかけて?」



中庭に面したテラスまで二人を連れてきて侍女達が用意してくれたティーポットにお湯を注ぐ。



「私もリアーナの様子が落ち着いて、ここでの暮らしに慣れたら辺境領へ発つ予定なの」



「そうなのですか…」



「辺境領からセザールがこちらに来るそうです…」



「え?あら、そうなの?」



カップを差し出すと嫌そうな顔をしながらコンラッドが頷いた。

そしてもう一人私のそばに控えているハンナも眉間に皺を寄せて押し黙っている。



「もしかして手紙が来ていたの?」



ハンナに声をかけると、更に難しい顔をしたまま固まってしまった。



「コンラッド、その手紙ではいつこちらに来ると言って」



「ハンナ!!迎えに来たぞ!!」



屋敷中に響き渡るような声の正体に耳を疑い、まさかと思って振り返るよりも先にハンナが中庭に向かって走り出してしまった。

相変わらずその身のこなしはさすがのもので、私もあんな風に走れたら良いのに…と眺めていたら、ハンナの前にいきなり黒い陰が現れて、勢い余って思い切りぶつかっていた。



「熱烈な歓迎、ありがとうハンナ!」



「あら、セザール、いらっしゃい。中庭のほうから来たのね」



私の声が聞こえているのかいないのか、セザールはにこにこしながらハンナの両脇に手を差し込んで抱き上げるとくるくると回っている。私も初めて会ったときはああやって回されたものね…と思って感慨深く見ていたけれど、隣ではリアーナが口をあんぐりと開けて固まっているし、騒ぎを聞きつけてやってきた屋敷の者達もあっけにとられている。

そんな様子を確かめながら、私もすっかりエインズワースの常識に慣れてしまっていたのねと実感した。



「セザールも一緒にお茶を…と思ったけれど、久しぶりにハンナと過ごしたいわよね」



「母上!お久しぶりです!お変わりないようで安心しました!では、ハンナにこの辺りを案内してもらってきます!」



「ええ、夜までには帰って…もう行ってしまったわね…」



「夜までに戻るなんてありえませんよ、あいつは」



「そうね、朝まで飲むのかしら」



お茶を一口含むと、再びセザールがどしどしと戻って来た。ハンナは小脇に抱えられてしまっている。



「コンラッド!おまえもどうだ!」



「行くわけがないだろう!」



「ああ、そうだった。父親になるんだったな!しっかりそばについていてやれよ!えーと、そこにおられる…リアーナ!おめでとう!男の子が生まれたら、馬の乗り方と剣を教えてやるから辺境領に滞在してくれ!女の子が生まれたら何が喜ぶかはよくわからないが、今辺境領中で花を育てるのにも力を入れているから、楽しめるかもしれない!」



「え?ええ…ありがとうございます」



「ハンナ、俺も早く父親になりたい!」



「私はまだ微塵も思っておりません!」



再会の喜びのせいかいつも以上に陽気なセザールはじたばたするハンナを抱えて豪快に笑いながらまた遠ざかっていった。



「あ、たくさん飲んでもいいけれど、裸になってどこでも寝ないようにって言うのを忘れてたわ…」



「奥様は…その…本当に、辺境領で過ごされて…大丈夫なのですか…?」



目を見開いたままのリアーナが私を見て、信じられないといった様子で言った。



「ふふっ。とても楽しいところよ?ぜひ、落ち着いたら遊びに来てね」



「奥様が…想像以上にたくましいお方なのだと…今、実感いたしました…」



「そう?でも王都で過ごすよりは確かに刺激的な日々かもしれないわ。辺境領の女性はたくましくないとやっていけないのよ。あ、それとね、リアーナ、嫌かもしれないんだけど、私のことはお母様って呼んでくれるかしら?あなたは私に仕えているわけではないのだし、奥様っていうのはもうおしまいにしない?」



「っっ」



絶句してしまったリアーナに、図々しいお願いだったかもしれないと自分の発言を取り消そうかと逡巡していた時だった。

リアーナがぽろぽろと涙を流し始めた。



「えっ、あらっ、どうしたのかしら?いいのよ?そんなに嫌なら無理しなくて大丈夫。なんどでも呼んでくれて構わないの」



「ち、違うんですっ。わ、私っ…私…」



おろおろとリアーナの背中をさすると、コンラッドもリアーナの手を握り彼女が落ち着くのを待った。

しばらくして涙が収まったリアーナが真っ赤な目をして私を見て口を何度か震わせて絞り出すように声を出した。



「お母様…」



その言葉に体の奥から湧き上がる喜びを感じた。

思い切り彼女を抱きしめると、強張っていた彼女の体が少しずつ柔らかくなっていくのを感じた。



「ありがとう、リアーナ。私、娘は初めてなの。とっても嬉しいわ!」



「ありがとうございます…ありがとうございます…」



ふとリアーナの肩越しにコンラッドが見え、その目が赤くなっているような気がした。

片手を伸ばし、コンラッドの手を握りしめた。



「二人とも、ずっと幸せにね」



誰の上にも愛が降り注ぎ、彼らを包み込みますようにと祈りを捧げた。
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