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アマリア・アルバートン/フローラ・エインズワース
新たな関係
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日に日に奥様の状態は良くなり、2週間もするとベッドに体を起こして座り、自力で時間をかけながら食事をすることもできるようになった。
今は辺境伯から届いたお手紙を読みながら以前のように優しく微笑まれている。
奥様に長くお仕えしているけれど、こんなに穏やかな時間は久しぶりに訪れた気がする。
公爵邸の使用人は全員奥様に嘘をつき続けたことを心から後悔し、恐らく最後になるであろうお仕えできる時間をかけがえのないものだと感じている。
それは私も同じことで、奥様がここを離れるとき、私はそのお姿をどうお見送りするのか想像しただけで胸が痛い。どうにかして離れずに済む方法はないものかと考えてしまう。
「母上!失礼します!」
ノックもそこそこに大きな声とそれと同じくらい大きな体と存在感で部屋に入って来たのは辺境伯のご子息のセザール様だ。
公爵邸は言うなれば父親の恋敵の邸宅であるのに、全く気にするそぶりすらなく気ままに過ごし、使用人達とも親し気に話しては大声で笑っている。セザール様がいるところはすぐにぎやかになるので、ああ、今はあそこにいるんだなというのがこの広い公爵邸でさえわかるほどだ。
距離の取り方が私としては異常にしか見えない。「距離をとる」こと自体想定もしていないようで、気が付くとみんなの懐の中に入り込んでいるような人だ。
数日前など、奥様の様子を見に来られたコンラッド様にずんずんと進んでいったかと思うと、いきなり腕を取り「おまえ、母上との関係で悩んでいるんだってな!今から産んだだけの母親ってのに会いに行くからついてきてみろ!」と奥様さえ目を丸くされているのに全くお構いなしにコンラッド様を連れていかれてしまった。
他の侍女に聞いたところ、嫌がるコンラッド様をものともせず、公爵家の馬車を用意させてその中にコンラッド様を押し込むとご自分も乗り込み、そのままどこかへ行ってしまったという。
夜に戻られたセザール様からはお酒の匂いがして、行きと同様にずるずると引きずられて帰って来たコンラッド様は青白い顔をしていらっしゃった。
そのままかなり久しぶりに自室でお休みになったコンラッド様は目が覚めると横にセザール様がいたことにひどく驚かれて、朝食もとられずに馬車でまた公爵邸を後にしてしまわれた。
その朝にいつもと変わらない笑顔で奥様の部屋に来られたセザール様からお話を伺うと、
「父上と俺が王都に来ている噂が早い段階で立ってしまったらしく、それが再婚した母と祖父の耳に入ったらしいんですよ。父上が戻られた時点で連絡が来たんです。俺だけなら懐柔できるとでも思ったんじゃないんんですかね。今の今まで何の関心も示さなかったくせに、少し声をかけたくらいで俺がなびくとでも思っているのかって、一度会ってやろうと思ったんですよ」
と奥様のベッドの横にそれなりの重さのある一人掛けのソファを片手で持ってきて話し始めた。
「噂では再婚相手の事業がうまくいかなくなったらしくて、父上からもらっているお金を増額してほしいような感じだったんですよね。馬鹿な話ですよ。俺としてはもう金を送るのだってやめたかったので会ってケリをつけようかと思ってたら、浮かない顔したコンラッドがいるじゃないですか。気晴らしに連れて行ってやろうかと思って。公爵家の馬車がどーんとあったので乗ってみたいなとも思ったんですよ。俺は生まれてこのかた馬には乗っても馬車に乗る機会はほとんどなかったので。でも馬車ってのはじっとしていないといけないし、狭いし、帰りは御者の席に座らせてもらいました」
セザール様に紅茶を差し出しながら、公爵家の馬車は王都の貴族の中でも最も大きいものであるし、御者の席にいたということはきっとなんだかんだと御者に言って手綱を持ったに違いないだろうし、その操縦の荒さを想像するだけでコンラッド様に同情したくなった。
「王都のカフェ?レストラン?というんですか?洒落たところに呼び出されて言ってみれば、本当にこれが俺の母親なんだろうかと思うほど、ギラギラと着飾った女がそこにいましたよ。席につくなりわざとらしく涙を流しながら『あなたのことを忘れたことはないわ』とかしおらしく言ってきて。笑ってしまいましたね。話が無駄に長くて、中身がなくて、眠ってしまいそうだったので、テーブルをどんっと叩いたら割れてしまったんです。あんな脆いテーブル、北部ではありえませんね」
にこにこといつも笑っているからその強さを忘れてしまうけれど、セザール様は辺境伯と肩を並べて争いの中で生き延びてこられた方なのだと思うと、いくら私は護衛として訓練してきたとはいえ、実践の場数が違うと実感した。
「あっ、テーブルの弁償はすませてきましたのでご安心ください、母上。テーブルの上に乗っていたグラスや皿も割れたんですが、それも弁償してきました。料理を食べ終わった後でよかったです。食事を無駄にすることは北部では万死に値しますから」
「ふふっ。そうね。食べ残すなんてことしたら、家にも城の食堂にも入れてもらえないでしょうね」
声を上げて笑われる奥様とセザール様には辺境領での日々が共有されていて、なんだか羨ましかった。そもそも以前の奥様ならこんな話には口元を両手でおさえて絶句されていたと思う。それなのに今目の前ではくすくすと笑っていらっしゃる。私が全く知らない奥様を見て不思議な気持ちになってしまう。
「あいつらに会うことは二度とないと言ってきました。もし今後俺や父上に近づくそぶりでも見せたら、今開発を進めている兵器の出来栄えをお見せしに行きますよって言ったら、それはそれは怒り出しまして。『家族を脅迫するのか!』って言われましたよ。家族を搾取するやつらに言われたくないって話ですよね。でも、コンラッドが出て来てくれて」
「コンラッドが?」
「ええ。『おまえの夫は投資で金を失い、おまえはその宝飾に金を使い…そこの男は見覚えがあると思えば…』と言っただけで、祖父が血相変えて母の腕を引っ張って出ていきました。なんでも祖父はコンラッドが持っている娼館で娼婦に入れ込んで妾として囲おうと画策していたらしいですよ。誘拐騒ぎまで起こして。その全てをコンラッドというか公爵家が知っているということに怖気づいて帰ったみたいですね」
「公爵家に目をつけられては今後どこからも融資はおろか、社交界でのつながりも持てなくなるでしょうからね」
「そうらしいですね。権力はこうやって使うのかとコンラッドに感謝しましたよ。俺が、ほら、血がつながっててもろくなことないだろって、お互い血はつながってなくても最高の母親を持ったんだから親孝行していこうぜって、とりあえず王都に来てた騎士達と酒屋に入って飲むことにしたんです」
セザール様とコンラッド様が…?とその光景が全く浮かばないけれど、セザール様なら誰もなしえなかったことも容易に突破されそうだと頭のどこかで頷いてしまっていた。
奥様も驚いたり、笑ったりくるくると表情を変えながら話を聞いていらして、その眼差しがセザール様を大切に思っていらっしゃることを体現されていた。
「それで母上、俺もそろそろ辺境領に戻らなければならないんです。それで交代要員が来るので、その前にお願いがあって今日は参りました」
「そうね、セザールがこんなに長くそばにいてくれるなんて思わなかったけれど、ようやく動く気になったのね」
奥様が見せるかわいらしい笑顔にうっとりと見惚れていたときだった。
「はい!ハンナさんをデートに誘ってもよろしいでしょうか?!」
「ふふっ。ええ、どうぞ。ハンナは今日お休みにしましょう。侍女は他にもいるから大丈夫よ。あ、リリー、ハンナをかわいく仕上げてあげてね」
「はいっ、お任せください奥様!」
私が返事をするより先にリリーが私の手を取って、部屋を出て行こうとする。
戸惑っている私とは対照的にリリーはにこにことどこか楽しそう。どこか計画性を感じているとその後ろで奥様とセザール様の会話が続いていて私は自分の耳を疑った。
「母上、ヴィクトル兄さんが来るんですよ。なんとしても今日口説き落とさないといけないんです!兄さんと俺、好みが似てるんです!俺、そうなったら兄さんに勝ったことないんですよ。どうしたらいいですか」
「そうね…ハンナは全くあなたの好意に気づいていなかったから難しいかもしれないけれど…」
「既成事実を作ったらいいですか?」
その言葉を聞いて逃げ出そうとした私の前には仲間であるはずの侍女やメイドが腕まくりをして意気込んでいた。
「セザール様はとても素晴らしい方だから一度デートくらいしてきなさい」
「いざとなればハンナなら逃げきれる。そもそもセザール様はそんな無体はしないから安心しろ」
「セザール様からみんな何度も頭を下げられたから、協力しないわけにはいかない」
などど次々と言われ、私の戸惑いなどそっちのけで身支度を整えられ、セザール様のご自慢の馬に跨らせられデートという名の連れ去りにあってしまった。
今は辺境伯から届いたお手紙を読みながら以前のように優しく微笑まれている。
奥様に長くお仕えしているけれど、こんなに穏やかな時間は久しぶりに訪れた気がする。
公爵邸の使用人は全員奥様に嘘をつき続けたことを心から後悔し、恐らく最後になるであろうお仕えできる時間をかけがえのないものだと感じている。
それは私も同じことで、奥様がここを離れるとき、私はそのお姿をどうお見送りするのか想像しただけで胸が痛い。どうにかして離れずに済む方法はないものかと考えてしまう。
「母上!失礼します!」
ノックもそこそこに大きな声とそれと同じくらい大きな体と存在感で部屋に入って来たのは辺境伯のご子息のセザール様だ。
公爵邸は言うなれば父親の恋敵の邸宅であるのに、全く気にするそぶりすらなく気ままに過ごし、使用人達とも親し気に話しては大声で笑っている。セザール様がいるところはすぐにぎやかになるので、ああ、今はあそこにいるんだなというのがこの広い公爵邸でさえわかるほどだ。
距離の取り方が私としては異常にしか見えない。「距離をとる」こと自体想定もしていないようで、気が付くとみんなの懐の中に入り込んでいるような人だ。
数日前など、奥様の様子を見に来られたコンラッド様にずんずんと進んでいったかと思うと、いきなり腕を取り「おまえ、母上との関係で悩んでいるんだってな!今から産んだだけの母親ってのに会いに行くからついてきてみろ!」と奥様さえ目を丸くされているのに全くお構いなしにコンラッド様を連れていかれてしまった。
他の侍女に聞いたところ、嫌がるコンラッド様をものともせず、公爵家の馬車を用意させてその中にコンラッド様を押し込むとご自分も乗り込み、そのままどこかへ行ってしまったという。
夜に戻られたセザール様からはお酒の匂いがして、行きと同様にずるずると引きずられて帰って来たコンラッド様は青白い顔をしていらっしゃった。
そのままかなり久しぶりに自室でお休みになったコンラッド様は目が覚めると横にセザール様がいたことにひどく驚かれて、朝食もとられずに馬車でまた公爵邸を後にしてしまわれた。
その朝にいつもと変わらない笑顔で奥様の部屋に来られたセザール様からお話を伺うと、
「父上と俺が王都に来ている噂が早い段階で立ってしまったらしく、それが再婚した母と祖父の耳に入ったらしいんですよ。父上が戻られた時点で連絡が来たんです。俺だけなら懐柔できるとでも思ったんじゃないんんですかね。今の今まで何の関心も示さなかったくせに、少し声をかけたくらいで俺がなびくとでも思っているのかって、一度会ってやろうと思ったんですよ」
と奥様のベッドの横にそれなりの重さのある一人掛けのソファを片手で持ってきて話し始めた。
「噂では再婚相手の事業がうまくいかなくなったらしくて、父上からもらっているお金を増額してほしいような感じだったんですよね。馬鹿な話ですよ。俺としてはもう金を送るのだってやめたかったので会ってケリをつけようかと思ってたら、浮かない顔したコンラッドがいるじゃないですか。気晴らしに連れて行ってやろうかと思って。公爵家の馬車がどーんとあったので乗ってみたいなとも思ったんですよ。俺は生まれてこのかた馬には乗っても馬車に乗る機会はほとんどなかったので。でも馬車ってのはじっとしていないといけないし、狭いし、帰りは御者の席に座らせてもらいました」
セザール様に紅茶を差し出しながら、公爵家の馬車は王都の貴族の中でも最も大きいものであるし、御者の席にいたということはきっとなんだかんだと御者に言って手綱を持ったに違いないだろうし、その操縦の荒さを想像するだけでコンラッド様に同情したくなった。
「王都のカフェ?レストラン?というんですか?洒落たところに呼び出されて言ってみれば、本当にこれが俺の母親なんだろうかと思うほど、ギラギラと着飾った女がそこにいましたよ。席につくなりわざとらしく涙を流しながら『あなたのことを忘れたことはないわ』とかしおらしく言ってきて。笑ってしまいましたね。話が無駄に長くて、中身がなくて、眠ってしまいそうだったので、テーブルをどんっと叩いたら割れてしまったんです。あんな脆いテーブル、北部ではありえませんね」
にこにこといつも笑っているからその強さを忘れてしまうけれど、セザール様は辺境伯と肩を並べて争いの中で生き延びてこられた方なのだと思うと、いくら私は護衛として訓練してきたとはいえ、実践の場数が違うと実感した。
「あっ、テーブルの弁償はすませてきましたのでご安心ください、母上。テーブルの上に乗っていたグラスや皿も割れたんですが、それも弁償してきました。料理を食べ終わった後でよかったです。食事を無駄にすることは北部では万死に値しますから」
「ふふっ。そうね。食べ残すなんてことしたら、家にも城の食堂にも入れてもらえないでしょうね」
声を上げて笑われる奥様とセザール様には辺境領での日々が共有されていて、なんだか羨ましかった。そもそも以前の奥様ならこんな話には口元を両手でおさえて絶句されていたと思う。それなのに今目の前ではくすくすと笑っていらっしゃる。私が全く知らない奥様を見て不思議な気持ちになってしまう。
「あいつらに会うことは二度とないと言ってきました。もし今後俺や父上に近づくそぶりでも見せたら、今開発を進めている兵器の出来栄えをお見せしに行きますよって言ったら、それはそれは怒り出しまして。『家族を脅迫するのか!』って言われましたよ。家族を搾取するやつらに言われたくないって話ですよね。でも、コンラッドが出て来てくれて」
「コンラッドが?」
「ええ。『おまえの夫は投資で金を失い、おまえはその宝飾に金を使い…そこの男は見覚えがあると思えば…』と言っただけで、祖父が血相変えて母の腕を引っ張って出ていきました。なんでも祖父はコンラッドが持っている娼館で娼婦に入れ込んで妾として囲おうと画策していたらしいですよ。誘拐騒ぎまで起こして。その全てをコンラッドというか公爵家が知っているということに怖気づいて帰ったみたいですね」
「公爵家に目をつけられては今後どこからも融資はおろか、社交界でのつながりも持てなくなるでしょうからね」
「そうらしいですね。権力はこうやって使うのかとコンラッドに感謝しましたよ。俺が、ほら、血がつながっててもろくなことないだろって、お互い血はつながってなくても最高の母親を持ったんだから親孝行していこうぜって、とりあえず王都に来てた騎士達と酒屋に入って飲むことにしたんです」
セザール様とコンラッド様が…?とその光景が全く浮かばないけれど、セザール様なら誰もなしえなかったことも容易に突破されそうだと頭のどこかで頷いてしまっていた。
奥様も驚いたり、笑ったりくるくると表情を変えながら話を聞いていらして、その眼差しがセザール様を大切に思っていらっしゃることを体現されていた。
「それで母上、俺もそろそろ辺境領に戻らなければならないんです。それで交代要員が来るので、その前にお願いがあって今日は参りました」
「そうね、セザールがこんなに長くそばにいてくれるなんて思わなかったけれど、ようやく動く気になったのね」
奥様が見せるかわいらしい笑顔にうっとりと見惚れていたときだった。
「はい!ハンナさんをデートに誘ってもよろしいでしょうか?!」
「ふふっ。ええ、どうぞ。ハンナは今日お休みにしましょう。侍女は他にもいるから大丈夫よ。あ、リリー、ハンナをかわいく仕上げてあげてね」
「はいっ、お任せください奥様!」
私が返事をするより先にリリーが私の手を取って、部屋を出て行こうとする。
戸惑っている私とは対照的にリリーはにこにことどこか楽しそう。どこか計画性を感じているとその後ろで奥様とセザール様の会話が続いていて私は自分の耳を疑った。
「母上、ヴィクトル兄さんが来るんですよ。なんとしても今日口説き落とさないといけないんです!兄さんと俺、好みが似てるんです!俺、そうなったら兄さんに勝ったことないんですよ。どうしたらいいですか」
「そうね…ハンナは全くあなたの好意に気づいていなかったから難しいかもしれないけれど…」
「既成事実を作ったらいいですか?」
その言葉を聞いて逃げ出そうとした私の前には仲間であるはずの侍女やメイドが腕まくりをして意気込んでいた。
「セザール様はとても素晴らしい方だから一度デートくらいしてきなさい」
「いざとなればハンナなら逃げきれる。そもそもセザール様はそんな無体はしないから安心しろ」
「セザール様からみんな何度も頭を下げられたから、協力しないわけにはいかない」
などど次々と言われ、私の戸惑いなどそっちのけで身支度を整えられ、セザール様のご自慢の馬に跨らせられデートという名の連れ去りにあってしまった。
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